IF25・A Route of M -Prologue-

394 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:04 ID:Br2Lfx2s
「お、俺達…こんなトコで何でケンカしてたんだっけ…?」
「わ、忘れた……」

疲労困憊で言い合う播磨と花井。二人は延々と丸一日殴り合っていた。
きっかけは忘れた。花井の方が突っかかってきたのだが、その理由は覚えていない。

「おい…いい加減やめよーぜ…。このまま続けても埒があかねえ…。」
「そ…そうだな…、決着はいずれつけるとしよう…。」

互いに疲労と空腹が限界にきている。これ以上は続けられそうになかった。

「んじゃあ、俺は帰るぞ。全く、何でこんな事になっちまったんだ…?」

先に播磨が立ち上がり、帰り道を探すため歩き出した。

「ああ。さて、僕も帰るとしよう…。」

花井も立ち上がり、歩き出した。播磨が向かった方向とは逆に。


A Route of M -Prologue-


「……つーか、一体何処なんだよここは………?」

 播磨は迷っていた。喧嘩を開始した時は公園にいた筈なのだが、戦いながら移動しているうちに
崖から転落してしまったのだ。
何とか登れそうな場所を見つけ、崖から這い上がったはいいが、空腹と眠気で朦朧としてしまい
林の中で方向が分からなくなってしまった。
矢神神社の裏の林という事は分かるのだが、真っ暗闇ではどっちがどの方角かも分からない。


395 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:07 ID:Br2Lfx2s
「クソッ…仕方ねえ…、真っ直ぐ歩いてりゃそのうちどっかに出るだろ。」

 そう決めて、播磨は真っ直ぐ前に歩き出した。足元が覚束無いが、ひたすら前進し続ける。
やがて、先に小さな明かりが見え始めた。やっと林を抜けられると期待して、播磨は歩く速度を速めた。
そして木々を抜け、視界が開ける。

「…ここは?」

 ついさっき見たのとそっくりな風景が広がった。視線の先に矢神の町並、その向こうには海が広がっている。
先程崖下から見えた風景と同じである。用は殆どUターンして来た道を戻ってしまったのだ。
この場所は自分が登った場所からややずれてはいるが。

「おいおい振り出しかよ!?」

 思わず強い調子でぼやいたその時、ふと視界の隅で何かが動く気配がした。
何かと思い播磨はそちらに目を向ける。
 一人の女がうずくまっていた。その女がこちらの声に反応して顔を向けたのだ。
見覚えのある顔だった。

「周防…?」

「播磨…か…?」

 そこにいたのは天満の親友の一人、周防美琴だった。
明るく気さくで、友人は多いようだ。その程度しか播磨は知らない。
播磨にとっては天満の友人という記号でしか認識していなかった。そう、今までは。


396 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:09 ID:Br2Lfx2s
 播磨が気になったのは、美琴の「目」だった。
こちらを見つめるその瞳は、虚ろで、何かが欠けているようだった。
だが気になったのはそれではなく、その「目」が、どこか既視感を感じるものだったからだ。
 その目を一体何処で見たのか、播磨は記憶を手繰っていく。そして、その記憶に辿り着いた。
それはそれほど前の出来事ではない。
かつて、お姉さんの家に転がり込んだ時に、鏡の中に見たもの。
何のことはない、天満に失恋したと思い、漫画も駄目で、絶望していたときの自分の目だ。
 今の美琴からは、その時の自分と同じものを感じる。
おそらく何か美琴にとって重大な事があったのだろう。そう思った播磨は、

「…悪ィ、邪魔したみてーだな。」

そう言い残してその場を去ろうとした。
しかし、

「いいよ、別に………ここにいても………」

それを止めたのは美琴だった。視線は既に前に戻され、播磨には横顔しか見えない。

「ここ、穴場なんだぜ…。ここからだとさ、花火がよく見えるんだ………。」
「……そうか………。」

そう言われ、播磨は居たたまれない気持ちのままその場に立ち尽くした。
美琴の顔は、自らの膝の間に埋められ、その表情は見えなくなる。


397 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:11 ID:Br2Lfx2s
 そのまましばらく時間が過ぎてゆき、播磨がやはりここから離れようと思った時、
美琴が顔を埋めたまま話しかけてきた。

「あのさ………」
「…ん?」
「あたし、フラれちゃったんだ………」
「…!!」

 播磨は息を飲んだ。自分の認識は間違っていなかったらしい。
だが、何故自分にそんな話をするのだろうか、そう思っていると、

「播磨はさ、何であたしが大学目指してたか、知ってるよな………?」

 言われて播磨は、かつて美琴が神社で願掛けをしていたのを思い出した。
そしてその時、その場にいた自分を。

『あたしは…あの人のいる大学に行きたいんです!』

 確かあの時、そんな事を言っていた。その時怪我をして困っていた美琴を自分が僅かながら手助けした。
助けた理由は、単なる気まぐれと、好きな人と同じ所を目指そうとする美琴への共感。
 今の今まで、播磨はその出来事を忘れていた。こんな事が無ければ、この事は二度と思い返すことは
無かったかもしれない。

「ああ…。」
「神社で願掛けしたときもお前がいたし、今もお前がいる。何か縁でもあるのかもな…。
だからさ、播磨……あたしの話、迷惑だろうけど聞いてってくれないか…?」

美琴が顔を上げて播磨に語りかけてきた。播磨はその言葉に、一歩踏み出して美琴の横に並ぶことで応えた。


398 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:13 ID:Br2Lfx2s
 美琴は横に並んだ播磨に僅かに微笑むと、その「話」を始めた。

「…その人は、中学校の時の家庭教師でさ、あたしはその人のおかげで矢神高に入れたんだ。
あたしが勉強だけ教えるのは不公平だっつって、無理矢理入れた道場でも、一生懸命練習しちゃってさ。
ただ頭がいい人だと思ったらすごい努力家だった。
高校に入った時、先輩は3年生だった。けどその時は勇気が無くてさ、結局告白は出来なかった…。」

つらつらと美琴が話すのを、播磨は黙って聞いている。

「昨日、急に先輩が帰って来るって連絡が来て、それで飲み会やろうって話になってさ、
あたしは塚本達と花火見に行くって約束してたんだけど、今度こそ告白しようと思って、
約束破って……。」

塚本という単語に播磨は僅かに反応したが、すぐに思考を元に戻す。

「それで、さっき、飲み会に行ったんだ。店に行ったら、もう皆集まってて…神津先輩も来てて………」

そこで一旦言葉が途切れる。播磨はその神津先輩とやらが美琴の好きな人なんだと漠然と考えた。

「神津先輩は………彼女………連れて来てた………。」

搾り出すように、美琴は言葉を続けた。涙は、流れてはいなかった。

「あたし、飲み会が終わるまでずっと笑いながら皆と話してた……神津先輩とも………。
告白するチャンスなんて、とっくに無くなってたんだ………。」


399 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:16 ID:Br2Lfx2s
 美琴はそこまで話すと、屈託の無い笑顔を播磨に向けて言った。

「バカみてーだろあたし。告白する勇気も無いくせに一人で勝手に盛り上がって、
あげくに好きな人の彼女紹介されて、一緒になって騒いで………。
笑っていいぜ、播磨……笑ってくれ………。」

美琴は笑顔だった。壊れそうな、そんな表現が似合うような痛々しい笑顔だった。
今の美琴は自分の未来を映し出している、恋愛に臆病で何も出来ない自分が行き着く先を。
そう播磨には思えた。

「あたしの話はこれで終わりだ。悪かったな播磨、こんな辛気臭い話聞かせて………。」

もう行っていいぞ、と美琴は付け加えた。しかし、播磨はそこから動こうとしなかった。
そして、

「成る程な…んじゃあ、俺の知り合いのバカな奴の話を聞かせてやる。」
「え…?」
「ま、迷惑かもしれねーけど聞いてくれや。」

そう言って、今度は播磨が話し始めた。

「そいつはな、中坊時代はホントどうしようもない奴で、自分以外の全てを見下していた。
邪魔する奴、気に入らない奴がいりゃあケンカふっかけて、力づくで全てを思い通りにしていきがってた…。」

美琴は黙って播磨の話を聞いている。


400 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:19 ID:Br2Lfx2s
「2年前、そいつはチンピラに絡まれてる女を助けた。勿論助けたのはついでて、ただ暴れたかっただけ
だけどな。
その女は血ィ見て卒倒しちまって、そのまま転がしとくわけにもいかねえから取り敢えず自分の部屋まで
運んでいった。
そこで寝惚けたその女に抱きつかれて、その女が目ェ覚まして、変態と間違われてそいつはその女に
ブン投げられちまった。」
「ブン投げられた?」
「ああ、馬鹿みてーな話だが本当だぜ。それでそいつは自分を投げ飛ばしたその女が、物凄く綺麗に見えた。」
「…もしかしてそれで……?」
「ああ、一目惚れしちまったんだ。でも完全に嫌われちまった上にどこの誰なのかもワカラネェ。
必死でその子がどこの誰なのか調べて、彼女と一緒の高校に行こうとした。
で、死ぬ気になって勉強して同じ高校に合格したはいいが、そのまま会ったらまた変態呼ばわりされちまう。
だからそいつは、髪型変えて、サングラス掛けて髭まで伸ばした。」
「……え?」

 美琴が播磨の顔を見る。播磨は気にせず話を続けた。

「2年になって、そいつは彼女と同じクラスになれた。何とか彼女と仲良くなろうと色々やったよ。
けど何をやっても上手くいかなくてよ。それどころか彼女が他の男と仲良くしてるのを見ちまったり、
ワケのわからん勘違いをされたり………。
この前はとうとうその人に、最低呼ばわりされちまったよ。心当たりなんかねーのに。」

 播磨は自嘲気味に笑うと、また話を続けた。

「ま、結局はっきりその子に話せればそれで済むんだけどな。…けど駄目だ。
その子の前じゃ何も言えなくなっちまう………。」

 そして、播磨はサングラスを外し、それを見つめながら言った。

「俺は…告白どころか…素顔を晒す度胸すらねえ臆病者だ………。」


401 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:21 ID:Br2Lfx2s
 二人はそのまま黙って佇んでいた。草木のそよぐ音だけが静かに聞こえる。
やがて、美琴が口を開いた。

「播磨……何であたしにそんな話を………?」

当然とも言える美琴の問いに、播磨自身も首をかしげながら応えた。

「いや、俺にもよくわからねーけど…なんつーか、オメェの話が身につまされたのかな?
俺も未だに何も言えねぇでいるからなあ………。」

言いながらサングラスを掛けなおす。

「ま、何の慰めにもなりゃしねーだろうけど、オメェよりバカで臆病な奴もいるってこった。」
「……ホント、何の慰めにもなってねーなそれ。」

 苦笑しながら美琴が言う。それは苦笑でも、初めての美琴の心からの笑みだった。少し、心の中が
軽くなった。
そこで播磨が、思い出したように一言付け加える。

「…言っとくけど、俺が今した話は他言無用だぞ。」
「んー、どーすっかなー…。」
「おい!!」
「冗談だって、ジョーダン。」
「…チッ、全く…。……ま、今回は勇気出すのが遅かったってことだ。」
「今回、か……。次なんて…考えてなかったなあ………。」
「そんなもん俺だって考えたことねーよ。そもそも次があるかどうか分からねーだろ。」
「…お前、こーゆー時にそーゆー事言うか?デリカシーのねえ奴だな。そんなんだったら嫌われちまうぞ。」
「ムグッ………」

 それっきり互いに口を閉ざす。しかし、気まずい沈黙ではなかった。


402 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:22 ID:Br2Lfx2s
 しばらくして、後ろで草を踏みしめる音が聞こえた。
播磨と美琴が後ろを向くと、沢近愛理がそこに立っていた。

「沢近………」

愛理は戸惑っていた。何故播磨と美琴が一緒にいるのか。

(播磨君は美琴が好きだって、天満が言ってたわね…。本当、だったの…?でも、美琴は好きな人が帰ってくるって…。)

 考えがまとまらずに愛理は立ち尽くす。と、そこへ播磨がゆっくりと近付いてきた。

「沢近。」
「な、何よ?」
「お前、周防の友達だよな?」
「え?」

 急に予想もしてないことを聞かれ、愛理は動揺する。
友達。喧嘩はまだ続いている。でも、それは一時の事で、私達は今でも友達だ。

(そう、美琴は私の大切な友達………)
「ええ、そうよ。だったら何だって言うのよ?」

思わず喧嘩腰に応えてしまう。

「そうか。なら周防と一緒にいてやれ。俺がいたって何にもならねーからよ。」

 あっさりそう言って愛理の横を通り過ぎようとする。

「ちょ、ちょっと…」

愛理が反射的に呼び止めようとした時、ひゅるるるる………と甲高い音が響く。


403 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:25 ID:Br2Lfx2s
 そして、夜空に大輪の花が咲いた。

「へぇ、確かにいい眺めだな。」

次々と打ち上げられる花火を見上げながら播磨は呟く。

「さーて、そろそろ帰っかな。」
「何だ、花火見ていかないのか?」
「ああ、実は飲まず食わずで完徹なんてアホな事しちまっててよ。帰ってメシ食ってとっとと寝るわ。」
「そっか…。悪かったな、長々と引き止めて。」
「気にすんな、単なる成り行きだよ。…じゃーな、周防、沢近。」

 そう言って、播磨は林に向かって歩き出した。

「播磨!」

美琴が播磨を呼び止めた。

「ん?」
「ありがとな。」
「別に。何もしてねーよ。」

播磨は、あー腹減った、などとブツブツ呟きながら林の中へ消えていく。


404 :A Route of M -Prologue-:05/10/04 21:28 ID:Br2Lfx2s
 その背中を見届けた後、愛理が美琴に声を掛けた。

「美琴、何で播磨君がいたの?」
「ああ、何か道に迷ってたみたいだ、よく分からないけど。」
「道に?…はー、何か意味わからないことばっかりだわ。」

そう言って美琴の傍へ近付く。

「そう言えば美琴、その、好きな人と会う約束してたんじゃなかったの…?」
「ああ…あたしさ………フラれちゃった。」
「!!………その、ゴメン。」
「いいよ別に。…あたしの片思いだったんだし。それよりさ、みんな呼ぼーぜ。」
「…そうね。」

 愛理は携帯電話を取り出し天満を呼び出す。

(今日はみんなと一緒に騒ごう。忘れる事は出来ないけど…楽しむことは出来そうだ…。)

 失恋の痛みは、少しだけ軽くなっていた。それならちゃんと楽しまないと、慰めてくれた播磨と、
一緒にいてくれるみんなに失礼だ。

 やがてやってきた友人たちを、美琴はいつも通りの笑顔で出迎えた。

                                                
                             To be continued…
2007年11月15日(木) 12:50:57 Modified by ID:6wgBJGEHhA




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