IF26・A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -

400 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:17 ID:xXHzhzFY
「…うーん……話は面白いんだけど……ちょっと独りよがりじゃない? 幾らなんでもこの展開はねぇ………」
「そーすか………」

今日も播磨は、担当に原稿を見てもらっていた。しかし相変わらずその反応は芳しくない。

「友達に見せてもらうといいと思うよ。」
「え? あ、あの…友人…ッスか?」

 担当が言ったその言葉に、播磨は硬直する。
不良である播磨には、そんな人間に心当たりがなかったのだ。
 談講社を出て、行きつけの喫茶店メルカドに入り先程の言葉を思い返す。そして、

「いるわけねーだろ!」

とあっけなく結論を下した。

「くそー、独学ではやはり限界が……」

ここへ来て現れた大きな壁に、播磨は苦悩する。
絃子は信用できるが恥ずかしすぎる、そして動物たちでは彼の描いた漫画など理解できないだろう。
他に彼と話したことのある人間は少ない。元々社交的ではない上に、天満以外に興味のある人間がいないのだ。
 しかし必死に考えた末に、ふとある一人の少女を思い出した。播磨の恋に気付いて、そしてそれを手伝ってくれる人。
それは播磨にとってただ一人、手を差し伸べてくれるかもしれない女の子だった。

「お、おし! 一か八かアイツに頼んでみるか!」


401 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:18 ID:xXHzhzFY
A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -

「じゃあね、美琴。」
「それじゃあ。」
「バイバーイ、美琴ちゃん!」
「ああ。じゃあな。」

 ある日の学校帰り、友人達と別れていつもと同じように帰途に着く。
しかし、しばらく歩いているうちに美琴は異変に気付いた。背後に何か妙な違和感を感じ始めたのだ。
一旦立ち止まり、振り向いてみる。しかし、怪しい人影は全くない。塀の上で呑気に猫が欠伸をしているだけだ。

「…気のせいか………?」

気を取り直して再び歩き出す。しかし先程抱いた違和感は拭えない。そこで、角を曲がったところで立ち止まり、少しタイミングを
おいて角から顔を出して覗いてみた。
けれどもやはり妙な人影は見当たらない。

「うーん………」

 つけられてる気がする、それなのに相手が見当たらない事が不気味だった。
痴漢かストーカーの類だろうか。以前満員電車に乗った時に痴漢にあった事はある。まあその時はお尻を触った相手の手首を
一瞬で極めてそのまま駅員に突き出したのだが。
しかし見えない相手には手の施しようがない。それに相手が何者かも分からないのだ。
そこで美琴は、最も安全かつ確実な手段を取る事にした。すなわち、

「三十六計逃ぐるにしかず、っと。」

走ってとっとと家に帰る事にしたのである。


402 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:19 ID:xXHzhzFY
「ハッ………ハッ………ハッ………」

安定したリズムの呼吸と、伸びのあるストライドで美琴はぐんぐん前に進んでいく。
美琴はクラスの女子でも五本の指に入るほど速く、そしてスタミナも群を抜いている。
例え男でも、並みの足ではとてもじゃないが追いつける代物ではないのだ。
 更に、家への最短距離ではなく、土地勘を利用して脇道に入ったり、そうかと思えば人気のあるところに出たりと、
散々ジグザグに走った挙句、家のすぐ近くまで来たところでようやく美琴は走るのを止めた。

「ふぃーっ……」

軽く1kmかそこらは走っただろう、スピードを出していたためやや乱れた呼吸を整えながら、後ろを振り向く。
背後には思ったとおり誰もいない。これだけ走ったのに追いつける筈がない、そう思って美琴は歩き始めた。
 しかし、その十数秒後、美琴はガシッ、と背後からいきなり肩を掴まれた。

「!?」

反射的だった。
予備動作の全くない高速のバックブロー(回転式裏拳)が背後にいる人物に繰り出される。
しかしそれは、何かに僅かに掠めた感触があっただけで、見事に空を切っていた。

(な…!?)

美琴の視界には誰の姿も映っていない。しかし武術家としての本能が、その視界の下に相手がいることを告げていた。
練習で積み重ねられたものが、勝手に美琴の身体を動かす。
放たれた膝蹴りは美琴が視線を下げるのと同時に命中した。
美琴の膝は正確に相手の顔を射抜いている、だが、相手は顔と膝の間に手を入れてブロックしていた。


403 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:19 ID:xXHzhzFY
「くっ…!」

転がされたら不味い、とあわててバックステップで距離を取る。しかし予想された追撃は来ない。

「…ッテー、いきなり何すんだよテメーは!?」
「へ? …は、播磨?」

そこにいたのは、鼻を押さえながら抗議の声を上げる播磨だった。

「…全く、散々走り回りやがって…、追いつくのにメチャクチャ苦労したぜ。」
「…待て。もしかしてお前があたしを……」

そこまで言った所で、美琴の視線がある一点で停まる。

「あ? 何だよ急に黙りやがって。」
「………ぶっ。」

突然美琴が噴き出した。腹と口を押さえて必死に声を殺して身体を震わせる。
いきなり笑い出した美琴に、何がなんだか分からずに困惑する播磨。

「何なんだよテメーは、いきなり笑い出しやがって。」
「ッ………い……っ………いやっ………悪ィッ………」

必死に笑いを堪えながら何とかそれだけ返事を返す。
どうにかして笑いを押さえ込むと、周りに視線を巡らせる。そしてそれを見つけると、美琴は拾い上げて播磨に差し出す。
播磨の顔は見ないように視線を逸らして。

「まあ、まずはこれを被っててくれ。何つーか…目の毒だ。」

その手にあったのは、先程のバックブローで播磨の頭の上から弾き飛ばされたベレー帽だった.。


404 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:21 ID:xXHzhzFY
「だぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!?」

慌てて帽子を被り直す播磨。美琴は視線を戻すと、

「な、何でそんなに見事にツルッパゲなんだよ?」

いまだにやや震える声で訊いた。愛理に髪を剃られたのは見ていたが、その時はあくまで一部分だけ剃られていた。
しかし今の播磨の頭はまるで侍のさかやきだ。

「剃ったんだよ、バランス悪ィーから。」
「あー……」

確かにあのままじゃ綺麗に生えそろわない。しかし思い切ったことだ美琴は思った。

(それにしても………)

 美琴は播磨の反射神経に関心していた。完全に奇襲だったはずの自分の攻撃をあっさりかわしたのだから。
そしてその次の膝も完璧に止めた。播磨がその気なら自分はそのまま道路に倒されていただろう。
まだまだ鍛え方が足りないな、と思う。
 そんなことを考えているうちに、播磨は何とか気を取り直したようだ。美琴は先程からの疑念を播磨にぶつけてみることにした。

「播磨、さっきからあたしを付け回してたのはお前か?」
「き、気付いてたのか!?」
「ああ、何となくだけどな。それで、何であたしをストーキングしてたんだ?」
「ス……テメエ、人を変質者みてーに………」
「やってる事は同じだろーが。」
「グッ………」
「で? 一体あたしに何か用か? 学校じゃ話せないようなことか?」


405 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:22 ID:xXHzhzFY
播磨はしばらく躊躇していたが、やがて意を決して口を開いた。

「……オメェに見てほしいモンがある。」
「見てほしいもの?」
「ああ。こんなことを頼めるのは俺にはオメーしかいねえ。」

そう言って、播磨は美琴に原稿の入った封筒を差し出した。

「ふーん……何かの本か? ま、立ったままってのも何だし行こーぜ。 あたしの家すぐ近くだからさ。」

そう言って播磨の顔を見て、ふとあることに気付いた。

「播磨、鼻血出てるぞ。」
「あ? ああ、問題ねーよ。どーせすぐ止まる。」

しかし意外と出血が多い。実のところ播磨は先程まで鼻血を飲み込んで堪えていたのだ。理由は、いくら鍛えているとはいえ、
防御したにも拘らず女性の攻撃で流血したことが恥ずかしかったからである。
 とその時、急に播磨の顔に何かが押し付けられた。美琴が鼻にハンカチを当てたのだ。

「お、おわっ!?」

驚いて思わず体を離す。

「おい、動くなよ。血が止められねーぞ。」

そう言って美琴は再び播磨の鼻にハンカチを押し当てる。

「悪いな、つい反射的にやっちまってさ。大丈夫か?」
「………ッ!」


406 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:23 ID:xXHzhzFY
何かあやされているような気分になり、気恥ずかしさで播磨の顔に血が上る。
押し付けられたハンカチを引っ手繰るように奪い取ると、自分で鼻を押さえた。

「あ…お、おい……」
「いいって! これくらい自分で出来る!」
「そ、そっか……」

急に態度が変わった播磨にいささか驚いたものの、それ以上手を出すことはしない。
そして、二人並んで歩き出した。播磨が鼻を押さえて顔を上に向けているその横で、美琴は何か引っかかりを覚えていた。

(ハンカチ………)

その単語の意味するものをしばらく考えて、美琴はある出来事を思い出した。

「あ。」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いや、何でもない。 こっちの話。」

適当に返事をして、美琴はそれをとりあえず心の奥にしまいこんだ。

「で、これは一体なんだ?」

先程播磨に手渡された封筒を示す。

「………原稿だ。」
「原稿?」
「ああ……実は………実は………マ………マ………」
「マ?」
「漫画を描いてるんだ!!」


407 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:24 ID:xXHzhzFY
 しーん、と静まり返る。互いに言葉はない。重苦しい空気の中、遂に美琴が口を開いた。

「えーと…何か良く聞き取れなかったんだけど、もう一回言ってくれないか?」

幻聴と判断した美琴に、ガクッと崩れる播磨。

「だから漫画だよ! 俺は漫画を描いてるんだ!」
「…漫画っていうと、ジンガマとかそういうのに載ってるやつか?」
「そーだよ。つーかジンガマに持ち込んだ原稿だそれ。」
「………………ま、マジなのか!?」
「そーだよ! ……チッ…どうせ似合わねーとか思ってんだろ?」
「うん。」

あっさり肯定する美琴に再び崩れる播磨。

「ちったあ否定しろよ頼むから!」
「いやー、実際イメージに合わねーし。しかし何であたしに見せるんだ?」
「いや、編集の人が誰か他の友達にでも見てもらってアドバイスしてもらえって言うからよ。
思いついたのがオメーしかいなかったんだよ。」
「なるほど、お前友達少ないもんな。」
「ヨケーなお世話だ! クソッ、だから知られたくなかったんだ……」
「ハハハ、悪い悪い。ま、確かに似合わねーけど、別に笑ったりはしねーよ。」
「…へ? 何でだ? 不良が漫画描いてるなんておかしいだろーが。」
「本気ならあたしは応援するよ。真剣にやってる奴を馬鹿にはしないさ。」

そう言った美琴は真顔だった。そして、

「まあ、良かったじゃねーか。こうやって見てもらえる友達がいんだから。」

そう言いながら播磨の肩をポンポンと叩いた。


408 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:25 ID:xXHzhzFY
「友達…?」

美琴のその言葉に、播磨の目が驚愕に見開かれる。

「ん? どーした?」
「お…俺達って………友達だったのか!?」
「へ?」

今度は美琴が驚く番だった。

「友達だろ。てかそれ以外の何だっつーんだよ?」

美琴の言葉は当たり前のものだったのだが、ここ数年友人、友情というものに縁のなかった播磨にとっては驚愕の事実だった。

「い……いや……そーか…そーだなー…友達かぁ………」
「何だよ、あたしが友達じゃ不満なのか…?」
「いや、そーゆーわけじゃねえ! ダチなんてしばらくいなかったから、どーゆーモンなのか忘れちまってよ…。」
「何だそりゃ。」

呆れる美琴を尻目に、播磨は今更ながら友情というものを思い出していた。
随分と久しぶりの感覚、だがそれはとても温かく、とても貴重なものだった。
何故自分は、こんなに大切なものを拒絶して生きてきたのだろう、そう播磨は自分で疑問に思う。
 しかし美琴の方は既に話題が移っていた。

「ま、夢なんて他人から見たらおかしいってのはいくらでもあるしな。あたしなんか子供の頃は「看護婦さんになるー」なんて
言ってたんだぜ」


409 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:26 ID:xXHzhzFY
 冗談めかして言った美琴に、しかし播磨はいたって真面目に答えた。

「いや、別に似合ってねーとは思わねーけど。オメーはしっかりしてる奴だし気がきくしいいんじゃねーか?」
「へ?」

前に愛理に言ったときは爆笑された記憶があるので、播磨のこの返答にはどう答えていいのか分からなかった。
とりあえず礼を言っておくことにする。

「え、えーと………ありがと。」
「何がだ? …今はどーなんだ?」
「今?」
「オメーは今、将来の夢とかはあんのか?」

夢。ちょっと前までの自分の夢は、神津先輩と一緒の大学に進学することだった。そして、その後のことは何も考えていなかった。
今は、その夢は絶たれ、何の目的も持たずに漫然と日々を過ごしている。

「いや…今はまだ…何にも………。」
「そーか。」

遠い目をして言う美琴に、播磨はそれ以上は何も言わない。
そういえば播磨に自分のことについて聞かれたのは初めてだな、と何気なく美琴は思った。


410 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:26 ID:xXHzhzFY
 しばらくすると、だんだん播磨にとって見覚えのある風景になっていく。これは花井の家の近くだ。
というより花井の家にどんどん近づいてる。
 やがて花井の家の前まで到着すると、美琴はその向かい側の家に入っていく。家の前には「周防工務店」の看板だ。

「ここがオメーの家か? メガネん家の目の前じゃねーか。」
「そーだよ。あいつとは幼馴染だってのは知ってるだろ?」
「…ああ、なーるほどなー……」
「ちょっと待ってろ。準備してくるから。」

そう言って美琴は玄関に入っていく。しばらく待っていると、道着に着替えて美琴が出てきた。
そして播磨を連れて花井道場に入っていく。

「お…おいおい、何でメガネんトコに行かなきゃならねーんだよ!? アイツになんざゼッテー見せれねーよ!」
「いいから。こっちこっち。」

仕方なく美琴に付いていくと、途中で道着を着た子供たちと遭遇した。

「あー! 美琴先生だー!」
「おーす、みんなー!」

花井道場の教え子達である。

「この人誰ー? 美琴先生がオトコ連れ込んでるー!」
「カレシだカレシー!」
「バーカ、あたしがこんな変なサングラス男と付き合うわけないだろ?」
「ヨケーなお世話だ! …俺は播磨だ、播磨拳児。ハリオと呼べ!」
「…何だそのハリオってーのは?」
「ペンネームだよ、ハリマ☆ハリオっつーんだ。 子供が面白がって呼べるよーに。」
「へぇー……子供、好きなのか?」


411 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:27 ID:xXHzhzFY
 少し以外に思って美琴は播磨に訊ねる。

「ああ、ガキは嫌いじゃねーよ。 ま、弟の世話してて慣れたってのもあるけどな。」
「弟がいんのか?」
「ああ、いるぜ。クソ生意気な奴が一人な。…で、こんなトコ来てどーするってんだ?」

播磨は肝心なことを思い出し、美琴の真意を問いただした。

「ああ、コイツらのも見てもらおうと思ってさ。」
「なっ!?」

そう言って美琴は播磨と子供たちを連れて道場の事務所へと入っていった。

「ちょ、ちょっと待て周防! 俺はオメーに見てもらいに来たんだぞ、それをいきなりこんな大勢に………!」
「ンな事言ったってあたしは漫画なんてそれほど詳しくねーし。 それに漫画は元々子供に見てもらうもんだ。 なら子供に
見てもらうのが一番だろ。 意見は多い方がいいし。」
「うっ…!? そ、そーか…、確かにそーだな。 サンキュー周防、恩に着るぜ。」
「いいっていいって。」

そう言って、美琴は手に持った原稿を子供たちに手渡した。

「これはこの兄ちゃんが描いた漫画だ。 みんな読んでみて感想を言ってくれ。」
「へー、漫画だって。」
「見せて見せて!」

漫画という単語に子供たちは反応し、我先にと殺到する。それを尻目に美琴は事務所を出た。
飲み物くらい用意しようと思ったからだが、その時、一人だけ漫画に向かわず美琴に話しかけてきた女の子がいた。

「ねぇ、ミコ姉ミコ姉。 ハリオってメガネとったらかっこよさそーだよ。 狙っちゃえば?」
「ハハハ……そんなんじゃねぇって。」

苦笑しながら、美琴はその女の子の頭に手を置いた。


412 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:28 ID:xXHzhzFY
 一方、播磨は気が気でなかった。自分の作品がいきなり大勢の子供たちの目に曝されているのだ。

「バッカでぇー!」

と笑われてに心の中でガッツポーズし、

「ありえねーよー!」

としかめっ面されがっくりとうなだれる。
 そういうアップダウンを数十回繰り返したところで、ようやく本命とも言える美琴が戻ってきた。

「ほらよっ。」
「お、サンキュ。」

美琴が投げてよこした缶ジュースをキャッチして、播磨は礼を言う。

「で、みんな、どーだった?」

子供たちに意見を求めた美琴に対し、

「面白かったよー。主役スッゴクバカだった。」
「あたしこーゆー乱暴な人嫌いー。」
「女の子は可愛かった。」

など、思い思いの感想が返ってくる。意見は様々だが、全体的には好評なようだ。

「ふんふん…そっかー。……よーし、みんなは先に道場に行っててくれ。あたしも読んだらすぐ行くから。」

そう言って子供たちを退散させると、今度は美琴が原稿に目を通し始めた。


413 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:28 ID:xXHzhzFY
 美琴が原稿を見ているのを、播磨は緊張の面持ちでじぃっと見つめる。
美琴は無言で原稿を読んでいたが、

「ん………?」

ふとあることに引っかかりを覚え、眉をひそめてページを戻って最初のページから見直す。 

(な、何だ!? 何か問題でもあるのか!?)

美琴の表情の変化に播磨は気が気でなかったが、口には出せない。
 やがて最後のページまで読み終えると、

「うーん………」

と難しい表情をして腕組みをする。

「あ……あのー……いかがでしたでしょーか………?」

恐る恐る播磨は美琴に声を掛けた。

「うん……ちょっと主人公がわがままで好き勝手しすぎだし、その割にはヒロインが都合良く動きすぎだ。」

子供たちとは違う客観的で冷静な意見を言う美琴。それが播磨の心にグサリと突き刺さる。

(クッ……だ…駄目か……やっぱ俺には無理だったのか………!?)

「けど、まあ面白かったかな。話としては悪くないよ。」
「………へ?」
「ようは今言った部分を改善すればいいんだ。そーだなー………例えば…結構ムチャな展開が多いからツッコミ用の
新キャラを入れるとか、主人公に相談役でもつけるとか………」


414 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:30 ID:xXHzhzFY
 播磨が手に持ったジュースの缶をポロリと落とした。まだ少量残ってた中身が床にこぼれた。

「……っておいおい播磨、何やってんだよ。」

あわてて美琴が近くにあった雑巾を持ってきて床を拭く。
次の瞬間、播磨が勢いよく立ち上がった。そして驚いている美琴の肩をガシッと掴む。

「な、何だ!?」
「それだ!! そーか、誰かが突っ込み入れりゃあいーのか、それなら独りよがりにはならねえ。それに相談役か。
そーゆーのがいりゃあ主人公に秘密や悩みがあってもダイジョーブだ………待てよ、いっそのことその二つの役目を
一人に任せたらどーだ!?」
「あ、ああ…そーだな。変にキャラ増やしてゴチャゴチャするよりはいいかもな。」
「そーか! よーし、メラメラやる気が沸いてきたぜぇ!」

ずっと暗闇の中を手探りで進んでいたような状態から、ついに抜け出せた気分だった。
さて早速色々書き直そうと考えて、ふとある問題に気がついてそれを美琴に聞いてみる。

「……で、具体的にはどこにツッコミ入れりゃあいーんだ?」
「………………」

まあ、それが分かるなら既に改善できている問題ではあるかもしれない。

「…あー、それは下書きの段階で見せてくれたらあたしがアドバイスするよ。つってもあんまり期待すんじゃねーぞ。
あたしはただの読者にすぎないんだからな。」
「構わねぇよ。助言があるだけで十分だ。…やっぱ持つべきものは友達だな。」
「………………」

 播磨は見るからに嬉しそうだ。そこに水を差すのは良くないことなのかもしれない。しかし美琴は、「友達」だからこそ
その問題を黙っておくわけにはいかない、そう思った。


415 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:31 ID:xXHzhzFY
「ま、漫画そのものへの意見はこれで終わりだ。……ここからは、あたし個人としてお前に言いたいことがある。」
「………へ? 何だ?」

 舞い上がった状態から現実に引き戻される。美琴の表情は思いのほか厳しい。播磨は、美琴が漫画を読んでいるときに
明らかに表情を曇らせたことを思い出し、再び緊張に身体を強張らせた。

「まず、一つ聞きたいんだけど………この主人公はさ…お前だよな?」

そう言って美琴が指差したキャラクターの造形は、オールバックにカチューシャをつけて、サングラスにヒゲの高校生だった。
播磨は一瞬放心し、次の瞬間明らかな動揺を見せて飛びのいた。

「な、何のことかな…………?」
「それに、このヒロインだけど………これってどう見ても塚本だろ。」

播磨の言い分を全く無視して美琴が続けて言った台詞に、播磨は完璧無比に硬直した。ちなみにヒロインのデザインは、小柄で黒い長髪、
そして頭の両端のピコピコ髪がチャームポイント。見る人が見れば分かるのだが、明らかに播磨と天満なのだ。

「ど……どこが似てるってんだ………? は……ははは………そんなわけが……………」

完全にひび割れた乾いた笑いで必死にそれをごまかそうとする播磨。

「言い訳はいい。それにその事自体を責めてるわけじゃない。」

しかし美琴は播磨のごまかしを一蹴し、さらに言葉を続ける。


416 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:32 ID:xXHzhzFY
「………?」
「漫画ってのは……いや、漫画に限らずどんなものでもそうだけど、結局は自分自身を表現するためにやるもんだ。
だから、塚本の事が好きなお前が、自分と塚本を題材にした漫画を描いたってあたしはそれには別に何も言うつもりはねえ。
でもな……現実に思うとおりになってくれないからって、自分で都合よく話をつくって、都合よく相手を…塚本を動かして………。
お前は漫画が描きたいんじゃなくて、自分に都合のいい塚本が描きたいんじゃないのか?」
「な………!? ち、違ェよ! 俺はそんな………!」

播磨は美琴に食ってかかるが、美琴は意に返さずに真っ直ぐ播磨を見据える。決して強い視線ではない。
しかし播磨はその視線に気圧され、目を逸らしてしまう。

「……お前がそういうつもりで描いていないんなら別にいい。あたしやあの子達の言ったことを参考にすりゃもっと良くなると思う。
でも……もしそういうつもりで描いていたら………上手く言えねえけど、そんな心構えじゃ、たとえ才能があってもいいものは
創れないんじゃねーか? 自分だけを満足させようと思ってたら、他人を満足させるものは出来ないんじゃねーのか?」
「………………」

播磨は何も言えない。美琴の言葉は決して強い調子ではない、けれどまるでバットで殴られたかのような衝撃が心に伝わる。

「あたしには、お前が漫画を逃げ道にしてるように見える。現実の、振り向いてもらえない塚本からの逃げ道に。」
「ッ!!」

播磨の血液が一瞬沸騰する。しかしそれはすぐに氷点下まで低下した。
がっくりと頭を垂れる播磨。反論の言葉はあった。しかし、美琴の目を見てそれを言える自信は、播磨には無かった。
 美琴は席から立ち上がり、

「あたしの言うことはこれで全部だ…。 じゃあ……あたしは練習に行くよ。」

未だ深く沈んでいる播磨にそう声を掛け、美琴は事務所を出て道場へと向かった。


417 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:34 ID:xXHzhzFY
 美琴が練習を終え、事務所に顔を出した時には、もう播磨はいなかった。そこには、空になったジュースの缶だけがポツンと残っている。
体を動かして頭の中身をリセットしたのだが、そうやって改めて考えるてみると、さすがに厳しく言い過ぎたかもしれない。

「明日あったら謝っとくか………。」

そう決めて、美琴は空き缶を片手に自分の家へと戻っていった。


 次の日、播磨は学校へ来なかった。その次の日も、播磨は学校へは来なかった。

(やっぱ、傷つけちまったのかな………?)

播磨はその外見とは裏腹に繊細だ。そうでなければここまで悩まずにとうに天満に告白しているだろう。
厳しいことは言わず当たり障りのない意見だけで止めておくべきだったかも、と美琴は反省した。

 その更に次の日の朝も、播磨の姿は見えなかった。
美琴は、家に帰ったら播磨の自宅の住所を調べて直接謝りに行こうかと考えていた。
しかし、帰る頃になって、携帯電話にメールが届いた。タイトルは[ネーム]、本文は[放課後、屋上で]という簡潔なもの。
美琴はHRが終わった直後に教室を飛び出し、急いで屋上への階段を駆け上がっていった。
 勢いよく屋上のドアを開けると、果たしてそこにはメールの送信者である播磨が佇んでいた。
播磨は美琴に気付くと、淀みない足取りで美琴に歩み寄っていく。美琴もまた、播磨へと近づいていく。
やがて二人は相対すると、

「ごめん、播磨!」
「スマネェ、感謝するぜ!」

二人同時に頭を下げた。

『は……?』

声も二人同時に洩れた。



418 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:35 ID:xXHzhzFY
「播磨…えーと、何の話だ?」
「イヤ、オメェこそ何でいきなり謝んだよ?」
「あたしは……あの時勢いに任せてちょっと言い過ぎたなー、と思って………」
「イヤ、謝るこっちゃねーよ。 俺はアレで目が覚めた。 確かに漫画を逃げ道にしてたかもしれねぇ……。
だが、今度はちゃんとやれるぜ。 オメェが言ってくれたおかげだ。 恩に着るぜ。」
「播磨……怒ってないのか?」

珍しく気弱げに播磨に問う美琴。

「さすがに言われたときはカッときたけどよ……すぐに収まっちまったぜそんなモン。」
「でも、しばらく学校に来なかったじゃねーか。」
「あん? ああ、それはな………」

そう言って播磨は、脇に抱えていた封筒から原稿を取り出した。

「コイツをずっと描いてたんだよ。 何しろすぐに描き上げたかったからよ。」
「……もしかしてそれで学校休んでたのか?」
「おうよ。」

美琴は心にのしかかっていた重りが一気に外され、心の底から安堵した。

「な、何だよ……あたしはてっきりどれだけお前を傷つけたのかと………」

そんな美琴の心情など露知らず、播磨はあっさり話を変える。

「そーだ。コイツを忘れるとこだった。キチッと洗ったぜ。」

言いながら播磨が取り出したのは、一枚のハンカチ。播磨が鼻血を出したとき、美琴が播磨に貸したものである。


419 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:36 ID:xXHzhzFY
「あ……それか………」

美琴はそれを受け取ろうとして、いや、と思い直した。

「いいよ、返さなくて。 お前にやるよ、それ。」
「は? 何でだよ。もらう理由なんざねーぞ。」
「いーんだよ、前にお前からハンカチもらってそのままだし。」
「?」

播磨は全く身に覚えがないのか、キョトンとしている。

「…覚えてねーのかよ。前に神社でお前が神様やってたとき、あたしの手にペン持たせるのに使ったじゃねーか。」

美琴にとっては割と大切な思い出なので、ぞんざいに扱われた気になって少しむっとする。
それを言われて、播磨はようやく脳から揮発しかけていたその記憶を取り戻した。そして、

「あー…そういやそんなことあった………ぁあっ!?」

ようやくあのことに納得がいった。


420 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:38 ID:xXHzhzFY
 「あのこと」は3日前に遡る。

「お帰り、拳児君。」

夕方過ぎに戻ってきた播磨に、絃子はいつものように声を掛けた。

「オウ。」

返事もそこそこに自分の部屋に入ろうとする。一刻も早く原稿に手を出したかったのだ。
絃子はそんな播磨の後頭部に、抜き放ったG26の銃口を向けた。

バチンッ!
「痛ェ!!」
「返事くらいはちゃんとしたまえ。人間関係の基本だ。」
「ツ………ッ……………ただいま。」

怒りを抑えつつ返事をする播磨。しかし同時に舞い上がった状態精神状態が落ち着いてくる。
そして、忘れてはいけないことを思い出した。

「おぉ、そーだ。これ洗っとかねーと。」

そう言って、美琴から借りっぱなしだったハンカチを洗濯籠へ持っていこうとする。

「そのハンカチはどうしたんだい?」
「ああ、鼻血出しちまってよ。そのときに貸してくれたんだ。」
「ふーむ………ああ、そういえば拳児君、大分前に君にハンカチを貸したはずだが、それはどこへやったのかな?」
「へ?」


421 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:38 ID:xXHzhzFY
いきなりの絃子の言葉に、播磨は面食らった。そして、記憶を探っても思いつかない。

「君がハンカチもティッシュも持っていなくてあまりに格好がつかないから、私が君に持たせたはずだが。」
「………そーだっけ?」
「………」
「ま、待て! 銃口向けんじゃねーよ!! ちょっと待て。今思い出すから………」

そう言ってからしばらく考えて、

「スイマセン。 ワカリマセン。」

結局思い出せず、屈服した。

「……ふぅ…全く、君という奴は………」

呆れながら絃子は銃をしまう。予想された攻撃が来なくてほっとしたのも束の間、

「まあいい。 今度君に新しいものを買ってもらえば済むことだ。」
「な、何ィ!?」

経済制裁を宣告され、物理ダメージ以上の衝撃を受けた。
 結局必死の弁明も空しく、新しいハンカチを買わされることとなったのだった。


422 :A Route of M 第3話 - COMIC MASTER M -:06/02/18 23:40 ID:xXHzhzFY
(そ、そーか…よーやく思い出したぜ。 周防にやったんだ。 そーだよ、そもそも俺がそんなもん持ってたのが
おかしーんだよ!)

ようやく全てを思い出した播磨。そもそもハンカチが借り物だったことすら忘れていたのだから、思い出せるわけが
なかったのだ。

「ど、どーした播磨?」

いきなり叫んだ播磨に驚いた美琴が、何事かと播磨に訊ねた。

「い…いや…何でもネエ、こっちの話だ……。そんなことはいーからよ。 早くチェックしてくれねぇか?」

そう言って原稿を美琴に押し付け、強引に話題を切り替えた。

「あ、ああ、分かったよ……えーと、どれどれ………?」


しかし、ストーリーはがらりと変わっている。前は何故かバトルやギャグが変に入り混じったラブロマンスだったのだが、
今回のはヒロインに主人公が振り回され、主人公に周りが振り回されるドタバタラブコメである。
以前よりも話としては間違いなくまとまっている、やはり強引過ぎるところは随所にあるが。
 ここら辺はあとで話し合おうと思って続きを見たが、ふと美琴の視線があるキャラクターの部分で止まる。
今回新しく追加された人物、美琴の助言から生まれたツッコミ兼相談役。
背が高めでスタイルもいいが、男勝りでカラッとした感じの女の子、なのだが………

「何か、どっかで見たことあるよーな気がするんだけど………」
「ああ、コイツか。 どんな感じの奴がいーかなーって考えたんだが……何かオメーのイメージが浮かんできたから
オメーを元にデザインしてみた。」
「………………………あ、あたしかーーーーーッ!!?」


                                                                  第3話 END
2007年11月30日(金) 14:28:22 Modified by ID:EBvjy16zhA




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