IF26・A Route of M 第4話 -Super Fight- 後編A

869 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:02 ID:4FYyeXg2
 愛理はベッドから身を起こした。何か夢を見ていた気はするが内容は覚えていない。
ここ最近は眠りが浅い。あの出来事があってからだ。

 一つは、播磨が自分に告白してきたとき、いきなり現れた女が養護教諭として赴任してきたこと。
しかもこともあろうに保健室のベッドの上で播磨と抱き合っていたのだ。
 そしてもう一つは、その日屋上で播磨と美琴が密会していたこと。しかもあの二人は付き合い始めたらしく、
キスしようとしていた。愛理はすぐその場を離れたが。

 播磨が養護教諭の姉ヶ崎妙と抱き合っていたのを、美琴も一緒に見ていたのだ。そしてその時美琴は
訳が分からないと言っていた。なのに、その日の夕方にはもうキスしようとしていた。
美琴は付き合って間もないと言っていたが、では保健室のアレは何だったのか?キスしようなどという言葉が出るということは、
美琴がアレを受け入れているということだ。アレには何か理由があるということだろうか?

「あー………もう訳が分からないわよ。」

ここ数日ずっと考えていても、未だによく分からないこの出来事に頭を抱えて愛理はベッドから出た。
 播磨が妙とどういう関係だろうが、美琴と付き合っていようが、愛理には関係ない話、のはずだ。
しかし、何故頭から離れないのだろう。
………いや、一つ関係のあることがある。美琴と播磨が付き合っているということだ。
美琴はしばらく誰とも付き合う気は無い、と言っていた。しかし舌の根も乾かぬうちに播磨と付き合い始めた。
しかも、それを自分達に隠して陰でコソコソ密会しているのだ。それが愛理には気に食わなかった。
 ………考えてみれば、天満は播磨が美琴に告白しようとしていたと言っていたし、あれだけ懸命に
伸ばしていたヒゲも、美琴がヒゲはないほうがいいと言っただけで剃り落としてしまった。

「………つまり、あのヒゲは最初から美琴目当てで私たちに近づいた、ってこと?」

美琴がずっと好きだったという人に振られた時も、播磨が何故か側にいた。
振られて心が弱っている美琴に播磨は付け入ったのかもしれない、愛理はそう考える。
しかし、ずっと好きだったと言っておきながら、振られてそれほど経ってもいないのに別な男と
付き合っている心変わりの早さも、愛理には気に入らないことだった。


870 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:03 ID:4FYyeXg2
 ふと時計を見ると、そろそろ学校へ行く準備をしないといけない時間になっている。

 コンコン
「お嬢様、そろそろ準備をなされた方がよろしいかと。」
「……ええ、今着替えるわ。」
「ハッ。」

ノックの音と共に、執事のナカムラが扉の向こうから声を掛けてきた。それに返事をすると、愛理はひとまず考えることをやめ、
着替えるためにクローゼットへと向かった。
 今日は体育祭、矢神校の一大イベントだ。


A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-

「あー、ダリィ………」

播磨拳児は重い足取りで廊下を歩いていた。播磨はこの手のイベントに興味が湧かない。
別に運動が嫌いなわけではないが、わざわざ気合を入れて勝負事に熱くなるのが何となくカッコ悪く感じるのだ。
そして、こういう団結が強要されるようなイベントは、自分のようなクラスで浮いている人間には少し息苦しいものなのだ。
 保健室に行って漫画でも描きながら時間を潰そうか、と教室ではなく保健室へと向かおうとした時、

「ッハヨー播磨。」
「……!? オウ。」

いきなり美琴に声を掛けられ、播磨は驚きを必死で抑えて何事もなかったかのように挨拶を返した。
そのまま美琴の後ろについて教室まで一緒に行く。階段を上って3階に着いたところで、コッソリ美琴の後ろから離れ
このままフェードアウトしようと更に階段を上ろうとして、

「ドコ行く気だ播磨?」

振り向きもせずに言い放った美琴の一言で足を止められた。


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「…………………」
 バッ!   ガシィ!!

返事をせずにダッシュで階段を上ろうとして、美琴にガッチリ捕まえられてしまった。

「は、離せ周防! 行かせてくグェ!?(チョーク入った)」
「お前やっぱりサボるつもりだったろ! 声掛けといて正解だったぜ!」

そうやって取っ組み合っているところで、階段を上ってきた愛理と目が合った。

「………………」
「オ、オハヨー沢近。」

黙ってこちらを見つめる愛理にぎこちなく挨拶を返した美琴。どうも最近愛理の様子がおかしい。
自分に対して距離を置いているように感じるのだ。それがあってどうもうまく話すことが出来ない。
しかし愛理は、

「………ふーん、仲良さそうね。」

冷めた口調でそう言うと、そのまま教室へと向かう。
 美琴は今播磨を後ろから羽交い絞めにしているのだが、じゃれ合っているように映ってもおかしくはない。

「へ……? ってちょっと待て、それは誤解だ! コイツがサボろうとすっから………」

美琴が必死に弁解しようとするが、愛理は全く無視して教室へと入っていった。

「……っあー………何か最近おかしーんだよなぁ………」
「………ッ!! …ッ……!!!」
「あ、悪ィ播磨。」

必死でタップする播磨にようやく気付き、美琴は手を放した。


872 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:04 ID:4FYyeXg2
「ゲホッ!……ゲホゲホッ……! こ、殺す気かテメーは!? ……で、何がおかしーんだよ?」
「いや、この頃何かあたしを遠ざけてるような感じなんだよ。 何もした覚えねーんだけどなあ……。」
「ふーん。 まあお嬢がどうしよーが知ったこっちゃねーけどな。」
「あたしにとっちゃあ大問題だよ、つーか今のでまた誤解されちまったかもしれねーじゃねーか!」
「ゲ………マジかよ!?」
「全く、お前が素直に参加しようとしねーから………」

………結局この言い争いは、天満がやってきて播磨がやる気になるまで続いたのだった。


 そして、いよいよ体育祭が始まった。

 各クラスが鎬を削る中、特に対抗意識を剥き出しにしているのが2−Cと2−Dだった。
その闘争心は、玉入れの玉が相手チームの顔面に向かうほど。そもそもの目的から完全に逸脱しているが。
 点数でも、2−Cと2−Dは1,2を争ってデットヒートを繰り広げる。
2−Dには留学生連中を筆頭として、運動能力のずば抜けた連中がゴロゴロしている。しかし2−Cも負けてはいない。
運動部を上回る能力を持つ花井・播磨、そして隠れた実力者麻生。女子も国体クラスの実力を持つ城戸円を始め、
美琴、愛理、一条達の獅子奮迅の活躍で抜きつ抜かれつを繰り返した。

 そして、残す種目は3つ、男女混合の騎馬戦と男子・女子のリレーだけとなった。
点差は、僅か1点差で2−Cのリード。

「1点差かー、やっぱり競ったな。」
「…そうね。」
「次の騎馬戦で勝って突き放さないとね。」
「よーし、がんばるぞー!!」

いつもの4人で集まって現在の状況を確認する。
そしてそれぞれの持ち場へ向かった。しかし、美琴と愛理2人になったとき、急に愛理がこんな事を言ってきた。


873 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:05 ID:4FYyeXg2
「美琴。」
「何だ?」
「交代しましょう。 あたしは麻生君と組むから、あなたはヒゲと組んで。」
「へ!?」

本来、美琴が麻生の騎馬、愛理が播磨の騎馬である。ちなみに天満は奈良と組んでいる。

「……あのバカヒゲと一緒にやる気にならないのよ。」
「いや、まあ…あたしは別に構わねーけど………」
「貴方もヒゲと組んだ方が嬉しいでしょ。 仲良いんだから。」

やけに棘のある言い方に、美琴は僅かにムッとしながらも心を落ち着けて弁解しようとした。

「沢近、言っとくけど朝のは単なる誤解………」
「良いのね。 それじゃあお願い。」

しかし愛理は一方的に話を打ち切って、さっさと麻生達のいる方へ行ってしまった。

「………だぁーーーッ!! あたしが一体何したっつーんだ!?」

地団駄を踏む美琴。しかしそうしてても埒があかないので、仕方なく播磨のいる方へ向かった。
 播磨達の所へ着くと、既に皆スタンバイしていた。しかし播磨はやる気なさげに突っ立っていた。

「播磨、愛理とあたし交代したから。」
「あ? 別に誰でもいーや。 チッ……何で天満ちゃんじゃねーんだよ。」
(やっぱりか………。)


874 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:06 ID:4FYyeXg2
 何となく予想はしていたが、やっぱり播磨のやる気は無くなっていた。
天満と組めなくなってるのでこの競技でやる気を無くすと推測していたのだが、見事的中した。

「まあお嬢乗せるよかマシか、何されるか分かんねーからな。」
「……播磨、この騎馬戦でいいトコ見せたら塚本が惚れるかもよ?」
「な!? ま、マジか!?」
「いや、嘘。」

いきなりのフェイントに思わずこける播磨。

「…テ……テメェ………バカにしてんのか!?」
「ここで本当だ、ってあたしが言ったらお前がやる気になるのは分かってんだけどな………何となくそーゆーやり方
はしたくない。 けど誰だって手ェ抜くヤツより本気でやるヤツの方がいいもんだよ。勿論塚本だって例外じゃない。」
「………………」
「それに、さ……今ここで出来ることはこの戦いに勝ってクラスを優勝させること、これだけだ。それなら、やるから
には勝ちに行こーぜ。」
「………チッ、これで真面目にやらなきゃ俺が最低ヤローじゃねーか。」

播磨はため息をつきながら、しかし指をポキポキと鳴らし始めた。

「いいぜ。 それなら全員叩き潰して天満ちゃんに勝利を捧げる!」

たまには本気になるのも悪くない、播磨はそう思いながら、美琴をその背に乗せた。


875 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:07 ID:4FYyeXg2
 そして、騎馬戦が始まった。

「よっしゃ、行け播磨!!」
「オウヨ。」

気合と共に飛び出した美琴・播磨騎。手近にいる騎馬に一瞬で肉薄し、相手が驚く暇も無くハチマキを奪い去った。

「よし、この調子でサクサク……って、播磨、ひだ………」

美琴が言葉を言い終える前に、播磨は左から忍び寄っていた騎馬の前衛の顔面を横蹴りで一閃した。
前衛が失神したその騎馬は支えが無くなりそのまま崩れ落ちる。

「テメーらはちゃんと横を見てろ。」

そう後衛の吉田山たちに言うと、播磨は出来るだけ中心付近にはいかないように、外周部分にいる敵を狙って
移動を開始した。

「……さすがに反応はえーな播磨。 しかしいいのか? 蹴っ飛ばしたりして。」
「別に何も言われねーからいーんだろ。 それにアイツらも同じよーなもんだぜ。」

見てみると、今大会のエース騎、ララ・ハリー騎は、ハチマキなど奪わずに騎手を力ずくで引きずり落としていた。
ほとんど何でもありのようである。

「やっぱアイツ等が問題だな。 どーする? 早めに潰しに行くか?」
「いや、先に雑魚どもの掃除からだ。 こーゆー場合はまず数を減らさねーと不意打ち喰らいかねねェ。」

そう言って、播磨は再び近くにいる騎馬を狙って突撃していった。


876 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:08 ID:4FYyeXg2
 自身も数多くの騎馬を落としながら、花井は冷静に周りを状況を見ていた。縦横無尽に暴れまわるララ・ハリー騎、
そして、荒っぽいがその実正確無比な動きで相手を狙い打つ美琴・播磨騎が目に留まる。
 元々、美琴を播磨騎に乗せるか麻生騎に乗せるか迷い、安定感をとって麻生騎に決めたのだが、何時の間にか
入れ替わっていたので花井はやや心配だった。しかしどうやら杞憂のようだ。播磨の馬力と勘に優れた動き、
そして時折美琴が出す的確な指示が見事にマッチしている。
 これなら心配ない、そう思ってたその時、別な所から悲鳴が上がった。全員の視線がそっちに集中する。
その視線の先にいたのは天王寺騎。何故か分からないが明らかに人間よりデカイように見える。
片手で他の騎馬を文字通り薙ぎ倒し、突進するだけで相手が吹き飛ぶ。

「オォー…何かハリキッてるなぁ天王寺のヤロォ。」
「元気とかの問題かよ!? 何だあのデカさは!!」
「あれだろ、オーラ纏ってデカくなってるよーに見えるんだろ。 威圧感と大して変わんねーよ。」
「どこの世紀末覇者だそりゃあ!?」
「別にダイジョブだって。 勝手に数減らしてくれっからむしろ好都合………」

そこまで言って播磨の言葉が止む。そしていきなり天王寺騎に向かって間合いを詰めていった。
その理由に美琴はすぐに気付いた。天王寺騎の目の前で天満・奈良騎が孤立しているのだ。
 しかし、その前に立ちふさがる影。

「ドケやコラァァァァッッ!!!」

播磨が放った全力の蹴りを、その騎馬はあっさりと避けた。そして、騎手の褐色の腕が美琴に伸びる。
美琴はその手を素早く払いのけ、逆にそのハチマキを狙う。しかし相手もその腕を弾いた。

「フ……ようやくマトモな勝負がデキそうだナ……来い、ミコチン!」
「何だミコチンって!」
「決着をつけようカ、ジャパニーズサムライ!」
「……どけキザヤロー。テメェに用は無ェ。」


877 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:09 ID:4FYyeXg2
ハリーは不敵に笑うと、播磨の腹に蹴りを突き刺した。

  ドスッ!!
「グエッ!」

ギャラリーの主に女性から歓声が上がる。しかし、

  ガキィッ!!
「ガッ!?」

播磨がすぐさまハリーの顎を蹴り返した。歓声が悲鳴に、そしてブーイングに変わる。

「…オイオイあたし達悪役かよ?」
「んなコタァどーでもいーんだよ。早く行かねーと………」

しかし播磨の願いも空しく、天満(と奈良)は天王寺の一撃により吹き飛ばされてしまった。

「て、天満ーーーーーッ!!! ……よくも邪魔しやがったなテメーら!!」

怒りに燃える播磨のその頭上で、もう一つの戦いが既に始まっていた。
 ララが美琴に向かってその両手を続けざまに繰り出す。速い、いやそれよりも重い。その攻撃を弾くたびに腕に
強烈な衝撃が加わり、美琴は顔をしかめる。徐々に押し込まれていく美琴。しかし、次の瞬間、ワンパターン気味に
繰り出されたララの右腕の手首に、受けを兼ねた強烈な手刀を叩きつけた。

 バシッ!
「ツッ! オノレッ……!!」

 隙が生じたその一瞬を見逃さず、美琴は反撃を開始した。矢継ぎ早に繰り出される連続攻撃。拳を握っていないだけで
殆ど打撃と変わらない手の動きだ。今度はララの方が防戦一方になる。やがて、美琴の左手がララのハチマキを掠めた。
それに反応しバランスを崩すララ。


878 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:10 ID:4FYyeXg2
 隙を見逃さず美琴の右手がララのハチマキを狙って伸びた。しかし、

  ガッ!
「な………!?」

その右腕をララが掴み取った。ニヤリと笑うララ。体勢を崩したのは誘いだったのだ。みしり、と掴んだその手に
力が込められる。

「クッ……しまった……!!」
「もらったぞ、ミコチン!!」

そのまま腕を引っ張って引き摺り落とそうとする。しかしその瞬間、

  ドガッ!

播磨がハリーの膝を蹴りつけた。ガクンと体勢が崩れ、一瞬動きが止まる。その隙に乗じて、美琴は掴まれた
腕を相手の親指方向に回しながら自分の体に引き付け、ララの手を振り解いた。武道でよくある掴まれた際の
外し方だ。そして左手でララのハチマキを狙ったが、それはスウェーでかわされた。
 ここでお互いに一旦距離を取る。客席からはハイレベルな攻防に拍手喝采が巻き起こった。

「フゥー……助かったぜ播磨、危うく落とされるトコだった…。 そっちはいけそうか?」
「別に問題ねぇよ、あのヤローゼッテェ潰してやる。……それよりオメーの方はどうなんだ?」
「掴まれるのさえ気をつけりゃあ何とかなりそうだ。 パワーは向こうが上だけどスピードと正確さはあたしが上だ。
この場合はスピードある方が有利だしな。」

言いながら、美琴は自分の腕を見つめた。先程一瞬掴まれた部分にくっきりと指の跡がついている。
その膂力に美琴は舌を巻いた。

「なかなか手強いナ。あの状況で頭上の動きにも気を配っているとハ、思った以上に息が合っているようダ。」
「アト少しで勝てたモノを………油断スルナ、ハリー!」
「油断していた訳ではないガ………ララ、お前もこのままでは不味イのは気づいている筈ダ。」
「ム………」


879 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:11 ID:4FYyeXg2
 言われて、ララは自分の腕を見つめた。先程の手刀の一撃が当たった部分が変色している。

「作戦があるが、聞くか? お前なら出来ル、お前にしか出来ナイ事ダ。」

………そして、再び二つの騎馬が交錯した。
先手を取ったのは美琴だ。先程よりも更にスピードを上げた連打でララのハチマキを奪いにかかる。ララは殆ど
防戦一方になる。ハリーと播磨も蹴り合いを続けているが、小競り合いの域は出ない。このままいけば確実に
美琴達の勝ちだ。しかし、

(あっけなさすぎる………)

 こう簡単に事が運ぶのは不自然だ、無策に過ぎる。それにララも大人しすぎる、何かを狙っているように
思えてならない。美琴は警戒しながらも手は休めずに攻撃を続けた。
 そして、ララ達が動いた。ララが美琴の手を避けると同時に、ハリーが同じ方向へ動いた。美琴達の斜めに移動する。
しかしこの程度では不意は突けない。美琴と播磨は落ち着いてそちらに向こうとした、その瞬間。

「ハアァッ!!」

裂帛の気合と共にララが掬い上げるような蹴りを放った。それは横と後ろを固めていた吉田山達をまとめて吹き飛ばし、
貫通してそのまま上の美琴にまで襲い掛かった。

(しまった……狙いは下か!!)

ハリー達の狙いは足場を崩すことだったのだ。ララのパワーがあってこそ出来る強引な手段。そしてそれは成功した。
美琴は蹴りをガードしようとする。しかし、間に合わない。

  ドンッ!!!

ララの蹴りは美琴の腹に直撃し、美琴の体は宙に浮いた。


880 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:13 ID:4FYyeXg2
 浮遊感。打撃で浮き上がるなんてことは美琴にも初めての経験だ。人事のように美琴はこの感覚を味わっていた。

(負けちまったか………)

まさかこれほどとは思わなかった。完全にしてやられた、そう思いながら美琴は受身を取る準備をする。しかし、横から
滑り込むように飛び込んでくる人影があった。その人影は、美琴を落ちる寸前で抱え上げた。その男は播磨。
吹っ飛ばされ転倒した他の連中と違い、播磨はバランスを崩しただけだった。そして転落しかけている美琴が視界に入り、
両腕を伸ばして全速力で滑り込んでキャッチしたのだ。

「は……播磨………あ、ありがと………」
「お……重テェ………」
「重くねぇよ馬鹿!!」

播磨の失言に抱きかかえられたまま美琴は播磨の頭を殴りつけた。その様子に観客から爆笑とひやかしの声が上がる。
美琴はようやく自分の体勢に気がついて、顔を真っ赤にした。いわゆるお姫様抱っこ状態である。

「仕方ネェだろ! 腕伸ばしながらキャッチしたんだから力が入れにくいんだよ!」
「は、播磨…! い、いいからこの格好は止めろ………!」
「へ? お、おお。」
「………って降ろすなァ! 負けになるだろッ!!」
「オォ、そうだった。 危ネェ危ネェ。」

………その美琴と播磨の行動を、愛理は遠くから見つめていた。やはり、仲がいい。

(何よ……試合中にイチャイチャして………)
「沢近! よそ見するな、来るぞ!!」
「え………?」


881 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:14 ID:4FYyeXg2
 麻生の叱責に我に返り、前を向いた時には、目の前に天王寺が立っていた。

「キャアア!」

肩車の体勢になって落ち着いた美琴達の耳に悲鳴が届いた。視線の先では愛理・麻生騎が天王寺に吹き飛ばされていた。

「沢近まで! ……クッソー、旗色悪くなってきたなぁ。」
「チッ……コイツらは簡単にこけやがるし……足腰弱ェーんだよテメェら!」

倒れた吉田山達に罵声を浴びせる播磨。この状況に、花井騎は急ぎ美琴達の救援に向かおうとする。しかし、
その行く手に立ち塞がる東郷騎、天王寺騎。

「援軍も無さそうだな………播磨、どーする?」
「どーもこーもねーだろ。」

そう言って、播磨は自分から向かっていった。勝利を確信して待ち構えるハリー達。
 そして三度、戦いが始まった。ハリーが蹴りを打つ。何の変哲もないたった一発の蹴りで播磨はガクンとぐらつく。
そこにララが襲い掛かる。崩れた体勢でも何とかそれを跳ね除ける美琴。
 形勢は完全に逆転していた。播磨は周防を一人で支えているため、攻撃することはおろか、逆に攻撃を吸収しきれずに
まともにもらう有様である。美琴も上下から揺さぶられ、防御だけで手一杯だった。更に先程のララの蹴りで腹部を傷めたのか、
力を入れるたびに痛みが走る。さすがにもう逆転の可能性は低い。

「播磨! あんまり無理するなよ!」
「そうダ、もう諦めロ。 今のお前達は、ただのサンドバックに過ぎン!」

ハリーの蹴りが播磨の顔面を捉え、播磨は鼻血を出しながらたたらを踏み後ずさる。しかし、ハリーのその言葉に、播磨は
ピタリと動きを止めた。美琴からは播磨の表情は見えない。しかし播磨の体から凄まじい怒気が立ち上るのを感じ取り、
美琴の背に冷たいものが流れる。


882 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:15 ID:4FYyeXg2
「テメェ……今何ぬかしやがった………!?」

 播磨は短気でよくキレはする。しかしここまでの怒りを見せたのを美琴は初めて見た。播磨は、馬鹿にされようと白い目で
見られようと大して気にはしない。だが、なめられるのだけは我慢出来ない。サンドバック呼ばわりは播磨にとって看過できる
発言ではなかった。

「周防、振り落とされんじゃねーぞ。」
「え…、ちょ………?」

静かにそう言って間合いを詰めていく播磨。ハリーが迎撃のため蹴りを放った、それと同時に、播磨がその軸足を全力で
蹴りつけた。

  ガキッ!!
「グハッ!!」
「ムウッ!?」

さすがに大きく体勢を崩すハリー。そして強く蹴った播磨も、上の美琴もバランスを崩すが、美琴は脚でがっちりと播磨に
しがみ付き、播磨も脚をしっかりと抱えているので何とか倒れずに踏ん張った。
 そこからは殆ど乱打戦だった。ハリーが蹴りを打つタイミングに合わせて播磨がその軸足を狙い蹴りつける。播磨の狙いが
分かっていてもハリーは退かない、自分が優位なのに攻撃を止めるのはプライドが許さないのだ。そして他の者がバランスを
重視し始めたため、播磨の蹴りが当たっても騎馬のバランスが崩れなくなった。一方の美琴はララの猛攻を振り落とされないように
しながらひたすら耐えていた。馬鹿の一つ覚えのように脚ばかり狙う播磨を、客席に戻った愛理は歯痒く思いながら見ていた。

「何で脚ばっかり狙ってるのよ………もう通用してないじゃない。」
「脚しか狙えないからだ。他に支える奴がいないと高い蹴りを出したら倒れちまう。」

冷静に麻生が指摘した。

「でもそれじゃもうどうしようもないでしょう!」
「…そうだ。二人だけになった時点でもう勝ち目は無くなってる。播磨も周防も相当頑張ってるけどな………だけど、
それももう、限界だ………。」


883 :A Route of M 第4話 後編 -Super Fight-:06/04/29 23:21 ID:4FYyeXg2
 沈痛な表情の麻生。その言葉を証明するかのように、播磨の膝が揺れる。播磨は口から鼻から出血し、サングラスも欠けて
目の淵が切れている。おそらくシャツの下は痣だらけだ。美琴も明らかに呼吸のリズムが乱れて、顔色は真っ青だ。落馬しない
ように必死な上に腹部のダメージが深刻化し、尋常じゃなく消耗していた。しかし美琴は諦めるわけにはいかない。すぐ下で
自分より必死な思いをしている奴がいるからだ。何か、一石が投じられるのをひたすら待ち続ける。
 そしてとうとう、播磨の反撃の手が止まり、一方的に顔面蹴りを直撃した。ガクンと腰が落ちる。とうとう限界か、と美琴が覚悟を
決めたその瞬間に、横あいから突っ込んでくる騎馬が一つ。

「今鳥!?」

チョコマカと的にならないように立ち回っていた今鳥騎が、このタイミングで突っ込んできたのだ。ハリー達は多少意表を突かれた
ものの落ち着いて捌き、今鳥の顔面を蹴り飛ばして騎馬を瓦解させる。しかしそこに隙が生まれた。

「ウオラアァァァァァァァァァァッッッ!!!」

腰が落ちていた播磨がその状態から一気に跳びかかった。道連れ覚悟で全体重を乗せた飛び膝蹴りがハリーに襲い掛かる。
倒れこみながら親指を立てた今鳥を尻目に、美琴もまたララの上をとってハチマキを狙う同時攻撃を敢行した。
 二つの騎馬が交錯する。そして………

  ゾリィッ!

播磨の乾坤一擲の飛び膝蹴りはハリーの頬を削り、そして美琴の振るった手は仰け反ったララの鼻先を掠め通り過ぎた。

「…駄目……か………」
「……ッキショ………!」
「惜しかったナ。ダガ………終わりダ。」

駄目押しで放たれたハリーのミドルキックが播磨の脇腹を抉った。今までと質の違う痛みが走り、脚の力が抜ける。美琴も
前のめりになった体を立て直す余力はもはや無かった。

 美琴のハチマキが奪い取られるのと、播磨が膝を着き騎馬が崩れたのは、奇しくも同時だった………。
2007年12月17日(月) 17:11:44 Modified by ID:EBvjy16zhA




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