IF26・A Route of M♭ - Chocola -

378 :A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 01:57 ID:JkIyjS0w
「チョコ貰ったことねーのか?」
「ああ。 生まれてこのかた家族以外からは義理チョコ一つ貰ったことねーよ。」

A Route of M♭ - Chocola -

 今日は2月14日。男も女も戦々恐々のバレンタインでーである。
しかし播磨は、今までそういうイベントとは全く関係なく過ごしてきた。
播磨はちゃんとした格好をすればそれなりに見られる外見にはなるのだが、女の子にもてたことは皆無だった。
大概の女の子は播磨を怖がって敬遠し、そうでない場合も硬派なキャラでやってきた播磨は女性を全く近づけさせなかった。
しかしそれも今日までの話。今の播磨はチョコが貰いたくてたまらなかった。それも有象無象のものではなく、ある一人の女の子から。

「だが今年は違うぜ。 今日俺は、天満ちゃんの愛の結晶を受け取るんだ………。」

恍惚とした表情で空を見上げ、感動に打ち震える播磨。
しかし美琴は、

(無理だろーなぁ……)

と心の中でため息をつく。ここ数日、天満が一生懸命チョコを作っていたのを美琴は知っている。
そして、そのチョコレートが烏丸のためのものであることを。
天満は、烏丸へのチョコを作ることに夢中で、義理チョコすら用意していないはずだ。
播磨は天満からチョコを貰えず、もしくは烏丸に渡すのを目撃して絶望の淵に沈む姿が目に浮かぶようだった。
その時はどうにかして自分が慰めるのだろう。
 ここで美琴は少し迷った。実は美琴は播磨のためにチョコを用意していたのだ。
それは勿論義理チョコだが、道場の人々や花井へのものとは別に、播磨専用に用意したものだ。
播磨には色々と世話になってる(その倍くらい世話を焼いているが)ので、他の人とは別に準備した、のだが、
これはここで渡した方がいいだろうか。


379 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 01:58 ID:JkIyjS0w
 しかし、十中八九あとで落ち込むことが分かっているし、そのときに渡した方がいいのかもしれない。
それに、最近自分と播磨の間によからぬ噂が立ちつつある。こんな目立つところで渡すのは得策ではない。
ということで、放課後人目に付かなくなったところで渡すことにした。
 しかし、この判断を美琴は後々後悔することになる。

 時間は淡々と過ぎて行き、昼休みになった。播磨は食事代がないので、水で腹を膨らませようと席を立とうとした。その時、

「播磨さん。」
「ん? 何だ一条?」

一条が声を掛けてきた

「チョコレートです、どうぞ。」
「へ? 俺に?」
「はい。」

そう言って播磨に簡素な包装のチョコレートを渡す。中には小さめのチョコが数個入っているようだ。

「……サンキュ。」

呆けた表情で礼を言う播磨。一条はそれに微笑み返すと、他の席へ歩いていき、麻生、冬木、烏丸達に播磨に渡したのと同じものを渡す。

「……これが、義理チョコ…ってやつか…?」

 まさか自分がこういうものを貰えるとは思いもしなかった播磨はしげしげとそれを眺める。
その播磨を遠目から美琴は微笑ましく思いながら眺めていた。

(クラスとも大分打ち解けてるからな。本人は気付いてなさそーだけど。)

播磨は腹がすいていたので、余韻に浸った後は2,3分で全部平らげた。ある意味義理チョコ冥利につきるかもしれない。



380 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 01:59 ID:JkIyjS0w
 その後、今度は晶がやってきた。

「播磨君。 これは私の気持ちよ……。」

そう微妙に悩ましげに言いながら、チョコレートを差し出す。

「………………義理だよな?」
「ええ。」

袋の中には10円チョコみたいなのが一つだけ入っていた。まあ、お世辞にも大した義理があるわけではないので、ある意味妥当なものではある。

「ねえ、食べてみて。」
「ん? おお。」

その1個のチョコレートを口の中に放り込む。モグモグと咀嚼して、

「ブフォァッ!!??」

吹いた。

「な、何入れやがったテメェ!?」
「カレーが好きだと聞いたから、カレーを入れてみたんだけど。駄目かしら?」
「駄目に決まってんだろーがっ!!」

しかも中のカレーは激辛だった。こんなものをいきなり食べさせられたらたまったものではない。

「そう、残念………折角カレーから作ったのに………。さて、烏丸君はどう反応するかしら。」

妙に手が込んでいる割には大して残念な素振りも見せず、晶はスタスタと歩き去っていった。

「クッソー、あのアマ……とんでもねーモン食わせやがって………」



381 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 02:01 ID:JkIyjS0w
 その後は播磨にチョコを渡すものはなく、そのまま放課後になった。
まず烏丸が教室を出ていき、その後を追って天満が出ていき、更にその後を追い播磨が出ていった。
美琴はしばし思案したが、播磨たちの後を追うことにした。
 気付かれないよう間合いを離して後を付ける。やがて玄関のあたりまで来て、廊下の角に立って向こう側を覗き込む
播磨の後姿を見つけ、美琴もその少し後方から見つめる。
しばらくして、全身から喜びの感情を溢れさせまくった天満の姿が見えた。天満は播磨に全く気付かずに横を通り過ぎ、
そのまま教室の方向へと走っていった。
そして播磨の肩ががっくりと落ちる。どうやら美琴の予想通り駄目だったようだ。
 このまますぐに播磨に駆け寄って慰めた方がいいかとも思ったが、あまりすぐに姿を見せても不自然なので、少し時間をおくことにした。
とその時、

「播磨先輩…?」

そう声を掛けたのは八雲である。隣にはサラの姿もあった。

「あー、探しましたよ播磨先輩。 はい、どーぞ。」
「あの、播磨先輩……どうぞ………。」

八雲とサラが播磨にチョコレートを差し出した。

「……チョコレート………お………俺に………?」

悄然とした表情で二人を見る播磨。その暗い表情が気になって、

「あの……何か……あったんですか………?」

おずおずと八雲が訊ねる。



382 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 02:02 ID:JkIyjS0w
「…………いや………何でもねーよ………ありがとーな、妹さん………とその友達……」
「あの……私には何のことか分からないですけど………頑張って下さい。」

播磨は八雲達と別れ、そのままフラフラと歩く。おもむろに八雲にもらったチョコを口に入れる。

「しょっぱい…………優しさが身にしみるぜ…………」

八雲にもらったチョコレートは、涙の味がした。

「……の、乗り遅れた………。」

それを離れて見ていた美琴は、一人呆然と呟いて、

「いやいや乗り遅れたって何だよ。」

と自分自身にツッコミを入れた。別に自分が慰める必要があるわけではない、ようは播磨が立ち直ればそれでいいのだ。
そのはずなのだが、何故か釈然としないものを感じる。

「………………まーいっか。」

と強引にその感覚を抑え込み、播磨にとっととチョコを渡すことにした。
そしていざ声を掛けようとしたところで、美琴の中に躊躇いの感情が生まれる。
 よーく考えると、美琴はこれまで個人にチョコを渡したことはなかったのだ。
花井には毎回道場の人たちと一緒のものを渡しているし、神津先輩のときも、渡したのは他の人と同じものだった。
そもそも特定の人間に専用のチョコを用意したのが初めてなのである。

(……って何意識してんだあたしは!? これは単なる義理チョコだ!)

こんな程度で躊躇っていたら、いざ本命が出来たときに何も出来なくなってしまう。これではあの時と変わらない。
覚悟を決めて播磨に声を掛けようとしたとき、校内放送が流れた。



383 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 02:02 ID:JkIyjS0w
[2-Cの播磨君、2-Cの播磨君、至急職員室まで来なさい。]
「あ………?」

いきなりの呼び出しに、何がなんだか分からない播磨。しかしこれは絃子の声だ。無視するわけにはいかなかった。

「チッ……何だってんだ……話なら家でもできんだろーが………。」

仕方なく播磨は職員室に向かう。一方タイミングを逸した美琴も仕方なくその後を追う。
 職員室に入って絃子の席へ行く。

「オイ、何の用だよイト『ギロッ!』何の用ですか刑部先生。」
「笹倉先生が君に用があると言っていた。 美術室で待っているとのことだ。」
「は? 笹倉先生が? 何で美術室に直接呼ばねーんだよ?」
「私に聞かれてもね。笹倉先生に直接聞いてくれ。」
「チッ………」

憤然とした表情で職員室を出て、美術室へと向かう。その播磨の雰囲気に美琴はまたも声を掛けそびれた。
 播磨が美術室に入ると、そこにいたのは葉子一人だった。

「あ、拳児君いらっしゃい。」
「一体何の用ッスか、笹倉先生。」
「うん、これを渡そうと思って。はい。」

そういって播磨に、かなり豪華な包装のチョコを渡す。

「………何スかコレ?」
「何って、今日が何の日か知ってるでしょ。 職員室で渡したら目立っちゃうし。」
「いや、それは分かるんスけど、何でイキナリ?」
「拳児君には今まであげたことなかったから、寂しい思いをさせちゃったかなー、と思って。…奮発したのよ?」
「いや、そんな思いは全く持ってしてねーんだが………」



384 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 02:03 ID:JkIyjS0w
そう播磨が突っ込むと、葉子は目に涙を浮かべる。

「お姉ちゃん悲しいわ……昔はあんなに懐いてたのに。好きな人が出来たらもう用済みなのね……うっうっ………」
「………………」

長い付き合いなので嘘泣きなのはすぐ分かった。どうやらからかうためにわざわざここに呼び出したらしい。

「んじゃ、チョコどーもッス。」

そう言ってとっとと立ち去ろうとする播磨。しかしあっさりと泣き真似をやめた葉子が、

「拳児君。 ホワイトデーは3倍返しが基本よ。」

恐るべき追い討ちを掛けてきた。

「あ、あのー……これいくらッスか?」
「あ、値札ついてるから。」

値札を見てみた。………3倍すると5桁になるのは気のせいだろうか。

「………冗談ッスよね?」
「ふふ………どうかしら?」

屈託のない笑みを浮かべる葉子。どうやらからかいではなく社会人の経済力に物を言わせた悪質な悪戯らしい。
1ヵ月後どうなってしまうのか薄ら寒い気分になりながら播磨は美術室を出た。
 出てきた播磨を離れたところから観察しながら美琴は、

(あいつって………もしかして年上に好かれやすいのか?)

と考えていた。美琴は、播磨に気付かれないため、泣いている葉子を放って播磨が出ようとしたところで美術室から離れたため、
その後の話を聞いていなかったのだ。そして、自分のチョコと播磨がもらったチョコを見比べ、ゲンナリしてしまった。



385 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 02:05 ID:JkIyjS0w
 いい加減疲れたので播磨はそろそろ帰ろうとした。美琴もいい加減渡さないと、と思ったのだが、

「ハーリオ! もー、探したんだからぁ。」

といきなり播磨に抱きついた養護教諭を見て、再び停まってしまった。
美琴の「播磨、年上殺し」疑惑の要因、姉ヶ崎妙である。

「何スカ、姉ヶ崎先生。」
「何って、決まってるでしょ? …って、ハリオちょっと見せて。」

そう言って、播磨の持っている袋の中を見た。そこには先程葉子にもらったチョコ、それに八雲達からもらったチョコがまとめて入っていた。

「ハリオも隅に置けないんだからー。 こんなに沢山もらっちゃって………」
「いや、全部義理ッスよ。」
「ふーん………じゃあ、私があげる。」

妙はそう言うと傍らに置いてあった袋からかなり大きなチョコレートを取り出した。

「ハイ、ハリオ。 手作りよ。」
「あ、ドーモッス。」
「……もー、折角の本命チョコなのにそんな薄い反応するなんて………」
「いいっ!? イ、イヤ、ヤバイッスよ!」
「何でヤバイの? 愛があれば立場も年齢も………」
「し、失礼します!」

播磨はあわてて妙を引き離すと、一目散に逃げ去った。

「………………」

走り去っていく播磨を、美琴は無言で見送る。




386 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 02:09 ID:JkIyjS0w
「ふぃーっ………あの人は本気なんだか冗談なんだか分からねぇぜ。」

妙を振り切って、播磨はそう一人ごちたのだった。

 周防美琴は不機嫌だった。何度渡そうとしてもその度に邪魔が入り、しかも美琴のチョコにどんどん意義が無くなっていく。
その怒りの矛先は段々と播磨へと向かっていく。

「全く…何が義理チョコすらもらったことがねーだ、いいだけもらいやがって。おまけに本命まであるじゃねーか…!」

などとぶつくさ文句を言いながら歩いていると、ドン、と誰かにぶつかった。前をちゃんと向いていなかったのだ。

「あ……ご、ごめ…」
「あ? 周防じゃねーか。」
「…ってぅわっ!? は、播磨!?」

ぶつかった相手は播磨だった。いつの間にか追いついていたらしい。

「何だよ、ンなに驚いて?」
「あ、あー……いや、ちょっと考え事しててさ。」
「ふーん……」

大して興味なさ気に相槌を打つと、播磨はそのまま玄関へと向かう。美琴もそのまま一緒に歩いていった。

播磨は自分の下駄箱の前に立った。やはりこのまま渡さないままではいけない。そう思って美琴は話しかけた。しかし、

「あ、あのさ、播磨………」
「ありゃ? 何か入ってやがる。」
「へ?」


387 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 02:10 ID:JkIyjS0w
またもや邪魔が入ってしまった。しかも今度は時限式。
播磨の下駄箱の中には、綺麗に包装されたチョコレートが入っていた。

「………………」
「………………」
「………なあ、周防。これ、どーすりゃいーんだ?」
「………………」
「………おい、聞−てんのか?」
「……………し…」
「し?」
「知るかぁーーーーーーーっ!!」

周防が投げつけた何かが、播磨の顔面を直撃した。

「わぶっ!」

美琴はそのままマッハで靴を履き替えてそのまま走り去っていってしまった。

「……ッテー、何だってんだ一体?」

顔からずり落ちたそれをキャッチして見てみると、これもやっぱりチョコレートだった。




388 : A Route of M♭ - Chocola -:06/02/18 02:11 ID:JkIyjS0w
「………これもホワイトデーは返さなきゃならねーのか?」

誰に言うでもなく、播磨はそうぼやいたのだった。

「それにしても、今年は一体なんだったんだ………?」

山のようなチョコを抱え、播磨は帰途に着いた。ホワイトデーをどうするか、とほうに暮れながら ------

 
 ちなみに、下駄箱の中に入っていた手作りチョコは、激烈に不味かった。


                                                              FIN
2007年11月30日(金) 14:16:04 Modified by ID:EBvjy16zhA




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