IF27・無題178
「それじゃ、絃子さん。出来るだけ早く戻ってきますから、待っていてくださいね」
そう言いながら部屋を出ていく彼女を、分かっているよ、と返しながら見送る。
30分もかからないという話ではあるが彼女が用事を足す間、何もしないで居るのも手持ち無沙汰だ。
暇つぶしに…等と言ってはいけないのだろうが、机の上に積み上げられている紙を手にとって見る。
その絵には一人の少女がややぎこちないがそれでも確かに同性からみても魅力的な微笑を湛えて描かれている。
あの控えめな少女は、あのバカの前ではこんな顔で笑うのだろうか。
きっとそうなのだろう、なんといってもあのバカと付き合っている、というのだから。
「八雲君は、あんな男の、どこが気に入ったんだろうね…」
誰もいない部屋にも関わらず、誰にも聞こえないように小さな声で呟く。
それ故に…
「本当は分かっているのでしょう?」
まったく気配を感じさせずに答えを返してきた相手に、咄嗟に銃口を向けてしまったのも無理はないことだろう。
しかし、明らかに素人らしからぬ手際で照準を合わせたその銃の引き金を引くことは許されなかった。
振り返った先に居た存在のあまりの不自然さについて脳が認識するまでの一瞬の間に、
両の手首に強烈な力がかかり腕を捻り上げられてしまったからだ。
「君は…一体…」
「随分と手荒い事をするのね」
捻られた肩と強く締め付けられる手首の痛みとは別に、久しく感じていなかった感覚…戦慄が走る。
これは自分の手には負えないものだ、と理解する。
「あなた、男の人が好き?」
「・・・っ!」
言い様の無い不快感と共に目が覚めた。・・・見上げるとそこは私の部屋の天井。
枕元の目覚まし時計に目をやると、まだ6時を指している。
いつからだろう。人の考えていることが分かるようになったのは。頭の中へ次から
次へと迫り来る声。思わず耳を塞いでも決して頭から離れてはくれない・・・
…再び目を覚ますと、いつも起きている時間などとうに過ぎ去っていた。少し
気だるい体を引き摺って起こす。居間に出ると、少し散らかった部屋と机の上の
メモが目に付いた。その内容を見て、姉さんらしい、と笑みが毀れる。外を見ると
少しくしゃくしゃになったシャツが目に入る。寝ていた私の代わりに姉さんが干して
くれたものだろう。簡単に用意された朝食を摂りながらふと空を見上げる。
「あ・・・雨・・・」
慌てて外に干してある洗濯物を入れる。全部取り込む頃には、もうすぐ一時限目が
始まる時間にまで迫っていた。
早足で毎朝通る通学路を駆けてゆく。途中間の悪いことに、信号に引っかかる。
さっきまで降っていた雨はすっかり止んでいた。もどかしい気分になりながら
信号を見つめているとバイクの音とともに、低く逞しい声がかかった。
「よぉ妹さん。珍しいなこんな時間に」
その人は息を切らせて佇む私を見て事情を察したのか、付け加えて
「乗ってきな」
と言った。
景色が流れるように、あっというまに過ぎてゆく。目の前の大きな背中を見ながら
今朝の夢のことを思い出していた。無意識の内に頭の中に声が響くようになって
から、男の人の無条件の優しさに触れるのが怖くなっていた。表情とは裏腹に、
思い出したくも無いようなことを考えているのが分かるのが不快で仕方なかった。
両手を精一杯伸ばしても決して簡単に回せないほどの大きな体。この人が考えて
いることは、一切聞こえてこない。今までに一度たりとも。笑っている時も、悲しそう
な顔をしているときも。何故そうなのか今の私には分からないけど、吹き荒ぶ風を
受けて私は目の前の背中に軽く頭を預けた。
そう言いながら部屋を出ていく彼女を、分かっているよ、と返しながら見送る。
30分もかからないという話ではあるが彼女が用事を足す間、何もしないで居るのも手持ち無沙汰だ。
暇つぶしに…等と言ってはいけないのだろうが、机の上に積み上げられている紙を手にとって見る。
その絵には一人の少女がややぎこちないがそれでも確かに同性からみても魅力的な微笑を湛えて描かれている。
あの控えめな少女は、あのバカの前ではこんな顔で笑うのだろうか。
きっとそうなのだろう、なんといってもあのバカと付き合っている、というのだから。
「八雲君は、あんな男の、どこが気に入ったんだろうね…」
誰もいない部屋にも関わらず、誰にも聞こえないように小さな声で呟く。
それ故に…
「本当は分かっているのでしょう?」
まったく気配を感じさせずに答えを返してきた相手に、咄嗟に銃口を向けてしまったのも無理はないことだろう。
しかし、明らかに素人らしからぬ手際で照準を合わせたその銃の引き金を引くことは許されなかった。
振り返った先に居た存在のあまりの不自然さについて脳が認識するまでの一瞬の間に、
両の手首に強烈な力がかかり腕を捻り上げられてしまったからだ。
「君は…一体…」
「随分と手荒い事をするのね」
捻られた肩と強く締め付けられる手首の痛みとは別に、久しく感じていなかった感覚…戦慄が走る。
これは自分の手には負えないものだ、と理解する。
「あなた、男の人が好き?」
「・・・っ!」
言い様の無い不快感と共に目が覚めた。・・・見上げるとそこは私の部屋の天井。
枕元の目覚まし時計に目をやると、まだ6時を指している。
いつからだろう。人の考えていることが分かるようになったのは。頭の中へ次から
次へと迫り来る声。思わず耳を塞いでも決して頭から離れてはくれない・・・
…再び目を覚ますと、いつも起きている時間などとうに過ぎ去っていた。少し
気だるい体を引き摺って起こす。居間に出ると、少し散らかった部屋と机の上の
メモが目に付いた。その内容を見て、姉さんらしい、と笑みが毀れる。外を見ると
少しくしゃくしゃになったシャツが目に入る。寝ていた私の代わりに姉さんが干して
くれたものだろう。簡単に用意された朝食を摂りながらふと空を見上げる。
「あ・・・雨・・・」
慌てて外に干してある洗濯物を入れる。全部取り込む頃には、もうすぐ一時限目が
始まる時間にまで迫っていた。
早足で毎朝通る通学路を駆けてゆく。途中間の悪いことに、信号に引っかかる。
さっきまで降っていた雨はすっかり止んでいた。もどかしい気分になりながら
信号を見つめているとバイクの音とともに、低く逞しい声がかかった。
「よぉ妹さん。珍しいなこんな時間に」
その人は息を切らせて佇む私を見て事情を察したのか、付け加えて
「乗ってきな」
と言った。
景色が流れるように、あっというまに過ぎてゆく。目の前の大きな背中を見ながら
今朝の夢のことを思い出していた。無意識の内に頭の中に声が響くようになって
から、男の人の無条件の優しさに触れるのが怖くなっていた。表情とは裏腹に、
思い出したくも無いようなことを考えているのが分かるのが不快で仕方なかった。
両手を精一杯伸ばしても決して簡単に回せないほどの大きな体。この人が考えて
いることは、一切聞こえてこない。今までに一度たりとも。笑っている時も、悲しそう
な顔をしているときも。何故そうなのか今の私には分からないけど、吹き荒ぶ風を
受けて私は目の前の背中に軽く頭を預けた。
2007年01月29日(月) 01:30:21 Modified by jyontsuki