IF28・小ネタ

685 :小ネタ:07/11/08 00:50 ID:bYTM97LM

 暗い廊下を抜け明るいリビングへ入るドアを開けると、目の前にはべろんべろんに酔った絃子達の姿があった。
 絃子が言うには同年代の女で気が合った、らしい。
 バイト帰りの疲れた体に悪いその光景にため息を一つ、俺は何も見なかったものとして
とっとと自分の部屋へと帰ろうとすると、一緒に飲んでいる葉子さんや妙さんに呼び止められた。
「ねぇ拳児君。君の部屋からこぉんなの見つけたんだけど」
 葉子さんの手にはラノベと呼ばれる物やギャルゲとかいう恋愛のゲームがある。
もちろん俺が買ったわけではなくて、編集さんから渡されたものだ。編集さん曰く、俺の漫画には可愛げが無いそうだ。
妹さんと二人でギャルゲをやっている時には、これなんていう罰ゲームだよと泣きそうになったが、今も十分に罰ゲームに近い。
「ハリオが望むのなら私と本物の恋愛とかしても良いんだよ?」
 妙さんは悩ましげな視線を送ってくるが、とりあえず二人の手の中にある物を取り返そうと近づいていく。
 ああ、酒の臭いで酔いそうだ――

 酒の臭い、キツイぜ……。

 あれ? 良い気分になってきた?

 頭がぼんやりして宙に浮いてる気分だ……。

 かゆ……い……うま……。

「はっ、イカンイカン。妙さん葉子さん、返して下さい。それは編集さんからの借り物で、
今日中に目を通しておかないと駄目なんッスから」
 本当は妹さんにアドバイスを聞きつつやる予定だったのだが、居た堪れない様子の妹さんに中断してしまったのだ。
「またまたそんな事言ってぇ、ホントは拳児くんの物なんでしょ?」
 葉子さんは、俺の肩に腕を回そうとして回しきれないでしな垂れかかった体勢を器用に保ちつつ、
『分かってる。お姉さんは分かってるから心配しないで』という、なんとも迷惑な誤解をしているらしい。
生暖かい目が痛いのでやめてください。
 絃子はただ黙って妙さんに酌をさせていたが、テーブルをバンと叩くとこう叫んだ。
「なら、ここでやればいい。どうせ、拳児君に女の気持ちなんて分かる訳ないし、私達三人がついているよ!」
 めったに酔わない人間が酔うと厄介なもので、葉子さんも妙さんも絃子の意見に賛同しつつ、
これもまた担当さんから借りたゲーム機のセッティングを始めてしまった。


686 :小ネタ:07/11/08 00:51 ID:bYTM97LM
「さぁ拳児君! 大船に乗ったつもりで任せてくれたまへー!」
「オトナの恋愛を知ってる私達なら、こんな子供だましのゲームなんて簡単なものだわ!」
「ハリオっ、私達に任せといて!」
 酒に絶望的なほど弱い俺がここまで良く頑張ったものだと感心しつつ、
どうせゲームをやらなければならないものだし、この際、場の流れに乗っかってみるのも悪くは無い。
と、部屋に充満するアルコールの香りに身を任せていった――


「あの……先生方。大丈夫でしょうか」
 バイトもない休日にわざわざ来てくれてる妹さんは、部屋の隅で体操座りしている三人の女教師を心配そうに見ている。
ちょっと近づきがたいオーラに遠めに見ることしか出来ないが、結局の所、主役のオーソドックスな女の子を
なんとかクリアした程度で朝を迎えた事に軽いショックを受けているらしい。
 軽く捻ってやんよ。と意気込んではみたものの悉く選択肢をミスしてしまう姿が痛々しく、
俺はとっとと寝てしまったのだ。俺と妹さんがほんの数時間でクリアした子に丸一晩かけたのだから、
そのショックは大きいのだろう。
「私達、恋愛下手なんですかね……絃子さん、姉ヶ崎先生」
 顔を上げない絃子と妙さんにかける葉子さんの言葉に、俺と妹さんもちょっぴり目頭が熱くなりそっと部屋を出ていった。
 俺と妹さんはこれを漫画にしようと下書きまでしたのだが、それは漫画のファイルの中にそっとしまっておいてある。
 編集さんに見せた所、ペンを入れてくれればすぐにでも掲載できるよ!と興奮気味に言われたのだが、
俺と妹さんは首を横に振って持ち帰ったのだ。
 部屋の隅で落ち込んでいる三人の女性の姿は、若い俺と妹さんの心に今も強く残っている……。
2008年06月06日(金) 15:44:19 Modified by ID:EBvjy16zhA




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