IF28・Switch Back

508 :Switch Back:07/09/17 23:49 ID:dvLdbO3E
「うーっす」
「あのな拳児君、何度言ったら分かるのかな。帰ってきたらただいまだろう」
「へいへい、ただいま帰りましたよ、っと」
「なあ、君もいい歳なんだから、こういうことはあまり言いたくないんだがね、
 せめて帰ってくるかこないかの連絡くらい出来ないのかな」
「あん? あのな絃子、これでも俺はいろいろと忙しいんだ。んなもんどうなる
 かなんざ、その時にならなきゃ分かんねぇよ」
「……本気で分かっていないようだね。だから私は連絡の一つも寄越せと言って
 るんだ。君は君の都合で好きにしていればいいんだろうが、待っている方の身
 にもなってみろ」
「誰も待ってろなんて言ってねぇだろ。鍵でもなんでも勝手にかけちまえよ、
 別に閉め出されたからって困りゃしねぇからな」
「フン、それはそうだろうな。一日二日どころか、一月野ざらしにしたところで、
 君ならきっと平気だろうさ。だがね、問題はそんなことじゃない」
「じゃあなんなんだよ」
「少しは大人の事情というやつも察して欲しい、ということだよ。これでも私は
 君の保護者だ。万に一つも大事になってみろ、ご両親や修治君にどんな顔を
 しろというんだ」
「……」
「私は君を心配しているんだよ」
「絃子、俺は……ってテメェ、酔ってるだろ!?」
「うん? 何を言ってるんだね、君は」
「じゃあなんだよこの缶ビールの山は!」
「どこかの誰かさんが散々心労をかけてくれるものでね。だがこれくらいでは
 まだまだ」
「いやどう見てもおかしいだろ!? ったく、妙なこと言いやがると思ったら……」
「そもそもだな、昔から君は――」
「そこで昔の話は関係ねぇだろっ!」
「…………」
「……」

510 :Switch Back:07/09/17 23:54 ID:dvLdbO3E

「……さん。絃子さんってば」
 ――そこで、自分の名を呼ぶ声に絃子は目を覚ました。ぼやけた視界に入って
来るのは、あの日とよく似た光景、そしてあの日とは違う相手――笹倉葉子の顔。
「葉子、か」
「『葉子、か』じゃないですよ、もう。先に一人で潰れちゃうんですから」
 はい、と差し出されたコップの水を一口含んでから、たった今見た夢の内容を
思い返す絃子。それは、この部屋にまだ同居人がいた頃の、騒がしく、にぎやか
な日常。珍しく酔いの回った頭で、言わなくてもいいことを口にしてしまった
ことを思い出し、自然やれやれと溜息が出る。
「にしても絃子さん、お酒弱くなりました?」
「かもな。どうも君に言われると、歳だと指摘されている気分だけどね」
「もう、そんな意味じゃありません」
 軽口で返した絃子に、くすりと葉子も微笑む。そして、わずかに躊躇ってから、
言葉を続ける。
「なんとなく変わりましたよね、絃子さん。拳児君が出て行ってから」
「そうかな。自分じゃそこまで意識してるつもりも……」
「ホントにそう思ってます?」
 誤魔化そうとした台詞を遮られ、やはり彼女には隠し事が出来ないと絃子は
観念する。
「OK。分かった認めよう、確かにそれもあるだろうな。しかし、いつもながら
 よく私の思っていることが分かるね」
「伊達に誰よりも長く絃子さんのこと見てたわけじゃないですから。昔からそう
 ですよね、思ってることを全部言わないところ」
 悪い癖ですよ、と怒ってみせる葉子。絃子はそれに苦笑を返してから、話を元に
戻して口を開いた。


511 :Switch Back:07/09/17 23:59 ID:dvLdbO3E
「正直な話、この部屋をこんなに広いと感じるとは思ってなかったよ。以前の様に
 一人暮らしに戻るだけ、そう思ってたんだ」
 まったくね、そう呟きながら、座った姿勢から後ろに倒れて床に寝転がる。視界
には、見慣れた天井だけ。
「それが蓋を開けてみればこれだからな。バカでがさつで騒々しいやつだったが」
 そこで言葉を切る。探すのは、それを表すのに最も相応しい単語。同居人や居候
では味気ない、かといって友人や恋人などではない。それは、何か。
「そう、彼は」
 そして見つけた答を、一呼吸置いてから口にする。
「――『家族』だったんだな」
「ですね。二人ともよく似てたから、歳の離れた姉弟みたいでした」
「待て葉子。さすがに一緒にされるのは……」
「そうですか? 最初に会った頃の絃子さんって、あんな感じだったと思いますけど」
「……昔のことを持ち出すのは卑怯だ」
 むくれてみせる絃子だが、やがて二人してどちらからともなく笑い出す。
「まあいいさ。昔は昔、今は今、だ。さて」
 席を立ち、冷蔵庫から新しい缶ビールを持ってきた絃子が、葉子にそれを差し出す。
「あのろくでなしのために、乾杯の一つでもしようじゃないか」
 投げやりで、それでいてどこか親しみのこもった口調に、やっぱり心配なんですね、
と絃子がくすくす笑う。
「それなりに、ね。――それじゃ」
 乾杯、と。
 今はもうそこにいない彼のために、ささやかな祝杯が捧げられた――
2008年06月06日(金) 15:20:10 Modified by ID:EBvjy16zhA




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