IF3・Beloved

177 :Beloved :04/01/16 21:31 ID:???
「あーあ・・・ったく、何で俺がこんなこと・・・」
「チッ・・・今日こそは天満ちゃんと一緒に帰ろうと思ってたのに・・・」
「そこの二人、口を動かす前に手を動かさんか!」
三日後に迫った文化祭に向けて、生徒の誰もが準備へと追われる放課後。
そんな慌ただしい雰囲気の中、自分たちには縁もゆかりもないはずの美術室で、なぜか
作業へと励む三人の男子生徒の姿があった。

話は数時間ほど前へと遡る。
文化祭の準備も一段落し、午後のティータイムを楽しんでいた茶道部の面々。そんな中、部室にちょっと珍しい来客があった。
「こんにちは。刑部先生はいらっしゃるかしら?」
美術教師の笹倉である。
「ああ、笹倉先生。何かご用でしょうか?」
「ええ、実は・・・」
笹倉によると、彼女が顧問を務める美術部も文化祭に向けて準備に取りかかっているのだが、
いかんせん男手が足らず、作業がはかどらない。そこで、誰か適当な人材はいないかと
尋ねにきたのだという。
「しかし、茶道部に男子生徒はいませんしね・・・。悪いですが、他を当たってもらえますか?」
絃子の返事を聞くと、笹倉は残念そうにその場を離れようとした。
「そうですか・・・。どうもすみませんでした」
「待ってください。笹倉先生」
笹倉を一人の女子生徒が呼び止めた。茶道部部長、高野晶である。
「せっかくですので、紅茶でも一杯いかがですか?」
「ありがとう、高野さん。でも、私も準備に戻らないといけないから」
「大丈夫です」
晶は、テーブルの上にあった空のティーカップに温かいアップルティーを注ぐと、こう続けた。
「もうすぐ、ちょうどいいのが来ると思いますので」
晶の言葉に首をかしげる面々。しかしその数秒語、晶の言葉の真意が明らかとなった。
勢いよくドアが開け放たれ、一人の男子生徒が部室へと飛び込んでくる。
「諸君、遅れてすまない!さあ八雲君、一緒に午後の紅茶を楽しもうではないか!」

言うまでもなく、花井春樹その人であった。



178 :Beloved :04/01/16 21:33 ID:???
「あーかったりー、大体何で俺たちまで手伝わされなきゃならねーんだよ。なーヒゲ?」
「まったくだ。おいメガネ!このオトシマエ、どうつけてくれんだコラ!」
無理矢理花井に連れてこられた今鳥と播磨が、花井に集中砲火を浴びせる。
「やかましい!お前らも男ならグチグチ言わんで働け!」
花井も反撃の言葉を返す。文句を言い合いつつも、三人の働きでそれなりに美術室は
片づきつつあった。
「助かったわ。もう大丈夫だから、三人とも自分のクラスに戻っていいわよ」
笹倉の言葉に、安堵の表情を浮かべる今鳥と播磨。しかし、ここで彼らは花井の花井たる
所以を思い知らされることとなる。
「いえ、最後まで手伝わさせていただきます」

結局、三人は夕暮れ近くまで肉体労働に従事することとなった。

「本当にありがとう。感謝してるわ」
「いえ、これくらい男として当然のことです」
疲れ切って床に倒れ込んだ今鳥と播磨を尻目に、平然と答える花井。ちょうどその時、
話を遮るかのように校舎内に校内放送のチャイムが響いた。
「あら?私みたいね。ちょっと行ってくるわ」
「はい」
笹倉が美術室から出て行くのを見届けると、花井は床の二人へと向き直った。
「・・・じゃあ俺たちはもう帰るからな・・・」
「うむ、二人ともご苦労だった」
フラフラと美術室を出て行く二人を見送ると、花井は手近にあった椅子へと腰掛けた。
美術部員達は、すでに下校したか自分のクラスの手伝いに行ったかで一人も残っていない。
一時の静寂が、美術室を満たした。
「さて、と」
花井が口を開く。

「この僕に、いったい何の用かな?」



179 :Beloved :04/01/16 21:36 ID:???
「・・・どうして、私がいることに気づいたの?」
完全に閉め切られたはずの美術室のカーテンが、一瞬ふわりと揺らめく。
先程までは、確かに何もなかったはずの空間。そこに、いつの間にか、儚げな雰囲気を
たたえた、長い髪の少女が姿を現していた。
「これでも、僕は武道家の端くれでね」
美術室に入った時からずっと誰かに見られているような気がしていたんだ、と花井は続けた。
「質問があるなら、できるだけ簡潔なものにしてくれたまえ。そろそろ八雲君のところに
 戻らないといけないからね」
「・・・ヤクモのことが、好きなのね」
「ああ、僕は八雲君のことを世界で一番愛している」
胸を張って答える花井。少女は、短い沈黙の後、静かに口を開いた。
「なぜ、ヤクモのことが好きなの?」
表情を変えずに、少女は言葉を続ける。
「私は、長い間世界をさまよい続けてきたわ。でも、子供のままで私の時間は
止まってしまっているから、人を好きになるということがどんなことなのか
私にはわからない」
無表情な少女の瞳が、どこか悲しみの光を帯びているように、花井には見えた。
「答えて。あなたはヤクモのどこが好きなの?」



180 :Beloved :04/01/16 21:39 ID:???
「全部だ」
花井はきっぱりと答えた。少女の表情が、一瞬こわばる。
「初めて八雲君を見たとき、僕は体の中に稲妻が走ったかのように感じた。
 彼女の表情や何気ない仕草、そのすべてがいとおしく思えた。今まで生きてきて、
初めて味わう感情だったよ。そして、こうも思えた。これこそが本当の恋なのだと。
 人を好きになることに理由はいらないんだ。僕は、そう思う」
「・・・ヤクモが、決してあなたに振り向いてはくれないとしても?
 それでもあなたはヤクモのことを好きでいられるの?」
「ああ、もちろんだ」

「・・・そう」
少女は、ふわりと空中へ舞い上がると、花井のすぐそばへと着地した。
「また、来るわ」
「ん?ああ。それならば、ちょっと待っていてくれたまえ」
「・・・?」
花井は、学生服のポケットをまさぐると、丁寧にラッピングされた小さな箱を
取り出した。
「これを君にあげよう。本来は、今日八雲君に渡すつもりだったのだがね」
「これを、私に・・・?」
「開けてみるといい」
少女は、戸惑った表情で小箱を受け取ると、慣れない手つきで包装紙をはがした。
「これは・・・?」



181 :Beloved :04/01/16 21:41 ID:???
箱の中から出てきたのは、銀でできたペンダントだった。
「貸してごらん。付けてあげよう」
花井はペンダントを受け取ると、少女の首に手を回した。
「ふむ、よく似合っているよ」
少女の首元で、ペンダントがかすかに揺れる。
「・・・ハルキ」
「?」
「ありがとう」
少女はにっこり笑うと、再び空中へと舞い上がった。
そして、花井の肩に手を回すと、ゆっくりと彼の頬へと口づけをした。
瞬く間に、花井の全身が真っ赤に染まる。
「なっ・・・何を!」
「お礼よ。ペンダントの」
少女は、慌てる花井を見てクスリと笑った。その瞬間、少女の身体が眩いばかりの
光へと包まれる。
「ありがとう。そして、さようなら」
光の中に、少女の姿は消えていった。

美術室のドアが開き、笹倉がようやく姿を見せた。
「花井君、遅くなっちゃってごめんね。・・・花井君?どうしたの?
 顔が真っ赤だけど・・・熱でもあるのかしら」
「いっ、いえ!何でもありません!用事があるので自分はこれで失礼します!」
脱兎の如く美術室から駆けだしていく花井を、不思議そうに笹倉が見つめる。
「いったいどうしたのかしら?それに何か落としていっちゃったし。・・・あれ?
どうして彼がこんなものを?」
笹倉は、彼のものと思われる落とし物を見つめ、さらに首をかしげた。
しばらく考えた後、彼女はそれをポケットにしまうと、戸締まりを確認し、
美術室のドアに鍵をかけた。

「それにしても変ねぇ。なんで彼がヘアゴムなんか持ってるのかしら」
2008年03月06日(木) 01:25:43 Modified by ID:aljxXPLtNA




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