IF3・Star dust

571 :Star dust :04/01/27 23:27 ID:???
「むう、今日も八雲君はいないのかね」
「いつもタイミング悪いですね、花井先輩」
 せっかくですから紅茶でもいかがですか、というサラの申し出を、いや、あまり長居をしすぎるのも
悪いからね、と断る花井。部室を出て行こうとするその背中は、サラには心なしか小さく見えた。
「……あの、そんなに気を落とさないで下さいね」
「ん、ああいや、別にそんなわけでは……」
「ほら、言うじゃないですか、押してもダメなら、って」
「そうか……そうだな、少し距離を置いても僕の気持ちは変わらないしな」
 うむ、といつもの調子を取り戻す。
「ではまた近いうちにお邪魔するとしよう。八雲君によろしく伝えておいてくれたまえ!」
「わかりました。それじゃ、また」
 ああ、と頷いてその場を後にする花井。
 その足音が聞こえなくなってから。
「……先輩、気がついてたんじゃないかな」
 ずいぶんあっさりしてたし、と奥に向かって言うサラの声に八雲が姿を現す。ここのところ、こうやって
やり過ごすことも少なくない。
「悪い人じゃないんだけどね」
「うん……」
 悪い人ではない、ということはわかる。むしろいい人の部類に入るのではないか、という気さえする。
 けれど。


572 :Star dust :04/01/27 23:27 ID:???
「やっぱり、ちょっと……」
 困ったような表情の八雲に、それもわかるけど、とちょっと苦笑いのサラ。
「そのうちちゃんとお話してみないと、ね」
 少し不安げに頷く八雲に、頑張れ、と言おうとして、やはり思いとどまる。
(頑張るとか、そういうことじゃないよね)
 好きかどうか――それはまた別の問題として、まずは友人として二人の仲が上手くいけば、と考えるサラ。
「ところでさ、八雲」
 どこか湿り気を帯びたようになる雰囲気に、話題を変える。実際のところ、こちらこそ本題であり、花井が
やってきたために切り出せていなかった、という話なのだが。
「今日泊まりに来ない?」
「え……?」
「急な話なんだけど……ダメかな」
「大丈夫だと思うけど……」
 迷惑じゃないかな、と言う八雲に、大丈夫、とぽんと胸を叩いてみせるサラ。
「今日はウチに私一人なの。だからむしろ大歓迎。それにね」
 思わせぶりな表情で続ける。
「見てもらいたいものがあるんだ、八雲に」
 どうかな、と、下から窺うような上目遣いで尋ねる。
「うん、わかった」
 元より断るつもりもなかった八雲である、笑顔で肯定の返事。
 かくして、その晩八雲はサラのところに泊まることとなった。


573 :Star dust :04/01/27 23:28 ID:???
「ごちそうさま。おいしかったよ」
 その言葉ににこっと笑みを浮かべて、いえいえどういたしまして、と答えるサラ。
「それじゃ洗い物しちゃうからちょっと待っててね」
「あ、私も……」
 そう席を立ちかけた八雲に今度はちょっと苦笑しながら、
「いいからいいから。今日は八雲はお客さんなんだからね」
 そう言って流しに立つ。八雲もちょっと考えてから、ここは素直に申し出を受けた方が、と座り直す。一方
サラは、水道の蛇口を捻ってから、ふと思いついた、というように口を開く。
「でも来るのが早かったからちょっとびっくりしちゃった」
「うん、姉さんが……」

『お泊まりに行くの?今日?』
『うん……ダメ、かな……』
『もう、そんなわけないでしょ。八雲もたまにはちゃーんと遊ばないと』
『姉さん……』
『そうと決まったら早く行った方がいいよ!ほら、えーと、なんだっけ……』
『……善は急げ?』
『うん!それそれ』
『ちょっと違うと思う……』

「なんだか相変わらずだね、塚本先輩って」
「うん……」
 そう言いながらも、二人の表情は明るい。どこか抜けているようで、でも決して憎めない、そんな
天満の性格故に、ということだろう。


574 :Star dust :04/01/27 23:29 ID:???
「子供たちもみんなもうすっかり八雲に懐いちゃってたしね」
「……」
 天満の言葉に従って、夕方にはまだ早い、という時間に教会を訪れた八雲。さっそくいつも通りに
子供たちの間で引っ張りだこになったのであった。
 なかでも。

『なーなー、もうおヨメさんやらないのか?』
『今度はあのヒゲのお兄ちゃんと一緒がいいー!』

 いつぞやのあの騒動、なにやらずいぶんと気に入られたようで。
「そうだね、播磨先輩でもよかったんだよね」
「サラ……」
「ゴメン、冗談だよ。それに今の先輩、あんまり新郎、っていう雰囲気じゃないもんね」
 んー、でもなー、とどこか楽しげに言うサラに、もう、と少し赤くなる八雲。『キリンの人』の
立ち位置は、彼女の中でまだまだ微妙な様子。
 そんな、食器を洗う水音をBGMにした他愛のないお喋り、それがその後も場所を移してしばらく続いて。
「それじゃちょっと早いんだけど」
 そう言って、八雲を寝室へと案内するサラ。
「まだ八時だよ……?それに見せたいものって……」
 それはね、とまた昼間と同じ思わせぶりな表情。
「今でも見れないことはないんだけど、もうちょっと夜遅い方がいいの。だから今のうちに、ね」
「……うん」
 一体何を見せてくれるのか、それはわからない八雲だったが、素直にその言葉に従って、ベッドに横になる。
 そして。


575 :Star dust :04/01/27 23:31 ID:???
「……サラ?」
 その隣で一緒に横になるサラ。
「ん?何?」
「え……何、じゃなくって……」
「いい?八雲」
 少し混乱している風の八雲に向かって説明を始める。
「ここ、私の部屋なんだ」
「うん……」
「ベッド、一つしかないんだよね」
「……うん」
「はい、説明おしまい」
「え……?」
 なんだか納得がいかない、という様子の八雲に、さらに畳み掛けるサラ。
「……ダメ?そっか、じゃあ私は床の上で……」
「!そんな……」
 もちろん別の部屋に行けば何の問題もない、という話なのだが、こういうときに頭が回らなくなるのが
八雲らしさで。


576 :Star dust :04/01/27 23:31 ID:???
「……いいよ、サラ」
 少し恥ずかしそうに、自分は壁の方へと寄ってスペースを作る。そんな様子に、八雲らしいなあ、と微笑を
浮かべつつ、空いたスペースに横になるサラ。
「……」
「……」
 二人並んで天井を見上げる。
 しばらくして。
「私ね」
 ぽつりとサラが言った。
「一人ぼっちなんじゃないか、っていう気がするんだ、ときどき」
 どこまでいっても、やっぱりこの国の人じゃないから、と。
「サラ……」
「……ゴメン、変なこと言っちゃったね」
 オヤスミ、と八雲に背を向けようと――
「……手、繋いでもいい?」
 八雲はそう口にした。
「え……?」
 問い返され、だからその、としどろもどろになる彼女に。
「――ありがとう」
 そう言って、サラは差し伸べられた手をそっと握った。


577 :Star dust :04/01/27 23:33 ID:???
「そろそろ寒くなってきたね……」
「そうだね……」
 カレンダーはもう12月、加えて深夜ということもあり、辺りの空気はもう冬さながら。
「日本の四季って面白いね。なんだかすごくキレイな感じがする」
 サラの言葉に頷いてから、ちょっと訊いてみる八雲。
「向こうにもあるんだよね、四季」
「うん。でもやっぱり少し違う感じ……かな。私はこの国の方が好きかも」
 日本に来れてよかった、そう言った後で。
「八雲とも友達になれたし、ね」
 ウインクしつつ付け加える。
「サラ……」
 ちょっと赤くなった八雲に微笑んでから、話題を変えるサラ。
「でもこの辺まで来ると綺麗に見えるでしょ?星」
「うん……」
 街を少し離れた高台に向かう道すがら、わずかずつ、けれど確かに見える星の数は増えていく。
「これが見せたかったものの一つ目」
「一つ目……?」
 そう、一つ目、と言ってから足を止める。
「はい、到着」
「……綺麗」
 場所は街を見下ろす高台。眼下には深夜でも明かりの消えない街並、頭上には満天とは言えなくとも、
街中よりは遥かに美しい星空。
 その星空を。
「あ……」
 星が、流れた。


578 :Star dust :04/01/27 23:34 ID:???
「八雲は流れ星って見たことある?」
「ううん、あんまり……」
 そっか、ならよかった、というサラの言葉が終わらないうちに。
「また……」
 尾を引いて消えていく星。それを見ながら、今日は運がいいかも、とサラ。
「これが見せたかったものの二つ目」
「……流星群?」
 八雲の問いに正解、と答える。
「この前別のがキレイに見えてね、今度見られるときは八雲と一緒に、って思ってたんだ」
 気に入ってもらえたかな、と言うサラに、ありがとう、と八雲。
「どういたしまして。……あ、ちゃんと願い事考えてる?」
「?」
「普段見られないんだから、こういうときにしっかりお願いしとかないと」
 どこか冗談めいた口調でそう言う。
「そうだね……」
 対する八雲も微笑んで、願い事を指折り始める。
(まず姉さんと、サラと……伊織も。それから……)
「八雲」
 その様子を見て声をかけるサラ。
「たまには自分のことお願いしてもバチはあたらないと思うよ」
「え……?」
 違ってたらごめんね、と前置きしてから。
「八雲って、なんだか誰かのための願い事ばっかりしそうだから」
「……」
 図星を指され、またしても赤くなる八雲。
 その様子にサラが微笑んで、八雲も照れ隠しのように少し笑って。
 そんな二人の頭上を。
 星がまた一つ、流れた。
2008年03月06日(木) 03:24:16 Modified by ID:aljxXPLtNA




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