IF4・天と他と

 学校一の不良という噂の播磨くんの隣りになってはや数ヶ月。
二学期になっても先生が席替えの事を言い出さないので今も私は播磨くんの隣りです。
思えば私、席が決まってすぐの頃は毎日脅えてたんだよね……。

 でも、不良だとみんなに怖れられていた播磨くん、そんなに悪い人じゃなかったんです。
春先の実力テストで真剣に悩んでいる姿を見た時にまず「あれ?」って思ったんだけど、
それからも選択科目の授業以外はサボらずにちゃんと出席していたし、
喧嘩もしていたかもしれないけど、少なくとも教室内では一度も暴力を振るったりしません。
 みんなも思っていたより穏健らしいとわかったらしくて、ツツジの終わる頃には
「堅気の生徒には迷惑をかけない大番長」って思われていたようです。
小学校から私と同じの麻生君はなんだか少し違う認識で接していたみたいだけど。

 ただ、最初の頃先生に「授業中はサングラスは取れ」って言われるたびに
「あぁ!?」って睨みつけてて、それがすごく怖かった覚えがあります。
机に頭を乗せて寝ているときでも付けたままなので何か秘密があるんだと思うのですが。
 ……まさかすごい美形だったりするのかな? 昔の少女漫画みたいに。 

 ところがそんな播磨くん、夏休みを前に突然休学してしまいました。
不良なのに休学の手続きがちゃんとしてあったらしくて少し違和感があったけれど、
とにかく戻ってきたのが期末テストよりも後。やっちゃってます。
ヤクザの抗争に巻き込まれてどうとか噂では言ってますが、それよりなにより!
自称・事情通の冬木くんに言わせれば「今年こそ留年」らしいです。大変です。
そして今は四限目の授業中。播磨くんは必死で数学のノートを書き写しています。
成績がギリギリで出席日数も危険域らしいので表情も真剣そのもの。
やっぱり播磨くんって、真面目? こんなに頑張ってるんだから進級できるといいな。

 って、あれ? 手元のあれシャープペンシルじゃなくて、万年筆か何か?
しかも黒板に書き込まれる速度よりはるかに速く手先が動いていて……。

 ―――書いていたのは、イラストでした。
しかもノートの上に広げていた原稿用紙に。黒板は一切写していないようです。
ああ、またペン先をインク壺に挿し直しました。完全に授業なんて聞いていません。
クラスメイトに留年の危機が迫っている気がします。本人に忠告すべきなのでしょうか。

 そう思いながらもう一度播磨くんの机を覗いてみます。
(え? すごく上手い!!)
 ちらっと見たときは不良がスプレーでする壁への落書きの類と思っていたけれど、
すごく絵が奇麗です。なんだか本職の漫画家さんみたい。
気になったので播磨くんにばれないようにそのままこっそりと眺め続ける事にしました。
 私まで数学がどうでもよくなっちゃうのはいけない気もしたけれど。

 しばらく眺めていると、播磨くんの腕の隙間から女の子のイラストが見えました。
(あ、あの絵きっと塚本さんだ。かわいく描いてあるなぁ)
 当の塚本さんは播磨くんの左隣の席でまどろんでいたりしますが、
イラストの中の塚本さんは元もかわいいせいかまるで天使のようにキラキラしています。
(クラスの人をスケッチしてるのかな? あ、その下のは播磨くんだ)
 サングラスにチョビヒゲでわかります。特徴的すぎて不良にしか見えません。
いかに今までの数ヶ月で播磨くんを不良と感じなくなっていたかよくわかります。

 と、ここまで見ていて私はある事に気が付きました。
(席の順番から考えて、塚本さん→播磨くん ときたら次に描かれるのって私!?)
 どどど、どうしよう。私でもかわいく描いてもらえるのかな。
何だかドキドキします。緊張して播磨くんのほうを向くこともできません。
ちらっとでも見たいけれど、スケッチの最中だとしたら動くのは迷惑かもしれないし……。
横目では少しずつ筆が進んでいる様子しかわかりません。もどかしいです。
こんなことになるってわかってたら髪くらいちゃんとセットしてきたのに!

 と、そんなふうに私が黒板を写すのも忘れて自意識過剰気味な考えに浸っている間に、
授業はもう終わりかけていたようです。先生が掛け時計を見て言いました。
「お、そろそろ時間か。じゃあもう終りにするか。
ただし、教室の外に出るのはチャイムが鳴ってからだぞ。他の教室はまだ授業中だ」
 え? 早い、早いよ先生! いつもなら喜ぶところだけど!
クラスの男子たちが教科書を机に突っ込んで「やっと昼休みだ〜」とか叫んでます。
 そして播磨くんも他の人には見られたくないのか、すぐに原稿を鞄に突っ込んでいて。
「はぅ……」
 突っ伏する私。これじゃあ結局描いてもらえたのかどうかもわかんないじゃない……。

 それで昼休みが終わってからもずっと播磨くんを観察していたのですが、
午後からの播磨くんに、もうイラストを描こうとする様子は見られませんでした。残念。
意味こそ違うものの、こんなに男の人のことが気になった事なんて初恋以来かも。
(ん? じゃあこれももしかして恋?)
 なわけないか。校内最強の不良に恋心を抱くほど私は怖いもの知らずじゃないし。
あ、でも渡り廊下で小鳥を肩にとめて和んでた播磨くんはちょっと格好良かったかも。
動物に好かれてる人に悪い人はいないって言うし、ヒゲさえなければ若く見えそうだし、
 ……あれ? ひょっとして私……

 今度居眠りしてたら、播磨くんのサングラス、一度こっそり外してみようかな……
《おわり》
2007年02月03日(土) 02:43:28 Modified by jyontsuki




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