IF5・今夜は眠れない

567 名前:今夜は眠れない :04/03/06 11:42 ID:x1LCe7Hk
 文化祭の開催日も近づいて、クラスはいつもより和気あいあいとしています。
来週あたりからはみんなで放課後残っての準備が始まるはずなので、
普段はあんまり話す機会のない人とも色々会話が弾んだりしそうで今から楽しみです。
 でも、私の隣りのこの人だけはいつでもマイペース。

 ―――が〜 ぐが〜

 播磨くん、もう放課後になってるのにまだ寝てます。
いびきが始まったのが五時限目の途中だったから、そろそろ三時間?
こんなに寝ちゃって、夜中にちゃんと眠れてるのかなぁ……。

「おい、そういや播磨さん、今日バイトの日だって朝方呟いてなかったか?」
「ああ、なんか『ピョートル』がどうとか言ってたよな。いったい何のバイトだ?」
「隠し符丁を使うくらいヤバいバイトなんだろ。係わり合いにならないほうがいいな」
「それもそうだな。俺たちは真人間でいたいし」

 部活へ向かおうとする直前の男子たちの声が聞こえてきます。
えーと……。つまり、播磨くんは今日、アルバイトがあるのに熟睡しているようです。
って、何でそこで起こしてあげようとしないの? 確かに『ピョートル』は怪しいけど!
 誰も起こしてあげなかったせいで遅刻なんてしちゃったらかわいそうです。
知ってしまった以上、私が声をかけてみるべきなのでしょうか。うん、そうだよね。

「……(ドキドキ)」
 さて、いざ播磨くんを起こしてみようとするものの、やっぱり不安になってきます。
快適な睡眠を邪魔しちゃって怒られないかな? そもそも本当に今日アルバイトなのかな?
あと、誰も見てやしないけど播磨くんを起こそうとする私はどう見えてるのかな?
そして、いろんな考えが交錯する中で気がついたことがひとつ。
(あ、今なら気になってた播磨くんの素顔、覗けるかも)
 幸いこちらを気にしている人はいませんでした。そっとサングラスに手を伸ばして……。


568 名前:今夜は眠れない 2/3 :04/03/06 11:43 ID:x1LCe7Hk
「んぁ?」
 わっ、播磨くん、起きちゃった!? 喧嘩慣れしてるからこういう気配にも敏感?
「お、もう休み時間になってやがったか。……何やってんだ? お前」
 手を伸ばしたままの状態で固まっていた私に気がついて尋ねてきます。
サングラスを外そうとしていたなんてばれたらもう隣りの席には座っていられない気が。
あーもう、こんな状況からいったいどう説明したらいいの?
「その…… 播磨くん、もう放課後だから」
「放課後?」
 額にしわを寄せて掛け時計を見つめる播磨くん。やっぱり機嫌は悪いようです。
ぐっすり気持ち良さそうに寝ていたし、嫌われちゃったかな。こんな事して……。

「おわっ! 本当に放課後じゃねーか。ありがとよ起こそうとしてくれて。
けど、俺のサングラスにはできるだけ触れねーでくれ。……ちょっとワケアリなんでよ」
 しかもバレてるし……。ごまかそうとしてた私が馬鹿みたいです。
けど、そんなに怒ってない、よね? やっぱり播磨くん、優しいのかも。
きつく言い過ぎたかなって思ったのか最後に照れた口調で一言付け足してくれたし。
「クラスメイトだから」「女の子だから」こんなふうに接してくれてるってわかってるのに、
それでも少しだけ嬉しくなってしまうのはどうしてでしょうか。

「じゃあ俺は急いでバイト行かねーと。またな!」
「う、うん」
 軽そうな鞄だけ持って駆け出していく播磨くん。また明日ね。
誰も見てないみたいだったから軽く手も振ってみたり。
と、入り口付近で「ドカッ」と鈍い音がしました。急ぎすぎて誰かとぶつかっちゃった?


569 名前:今夜は眠れない 3/3 :04/03/06 11:45 ID:x1LCe7Hk
 ぶつかられてよろけていたのは、零れるような金髪のクラスメイト。沢近さんです。
「いたた……」
「済まねぇ。って、お嬢か。謝って損したぜ」
「何よその言い方。まるで私になら何をしてもいいみたいじゃない」
 言ってからちょっと頬を赤らめる沢近さん。
男子たちの間で人気NO.1なだけあってちょっとした仕草もすごく魅力的です。

「たりめぇだ。テメェのせいでどれだけ俺が苦労させられたと思ってる。あぁ?」
「何のことかよく判らないけれど、自業自得でしょ? 勝手に私のせいにしないでよね」
 あれれ。播磨くんと沢近さん、廊下で口喧嘩を始めてしまいました。
それにしても、不良である播磨くんに真っ向から突っかかっている沢近さんって一体……。
外国で育つとはっきりと思った事を口にするようになると知ってはいても驚きです。
「おっと、それより急ぐんだよ。バイトに遅刻する訳にはいかねーんだ」
「へぇ、あんたが勤労青年? なんだか意外ね。上納金とか取ってるんじゃないの?」
「取るかよ!! ぶつかった事については謝る。だから行かせろ!」
「はいはい。雇った人がかわいそうだものね。遅刻なんてさせたら……」
 沢近さんが道をあけて、播磨くんが走っていきました。名誉ある敗走です。
でも、本当に何のアルバイトなんだろ? 

 そのあと私も帰ろうと廊下へ出たとき、自分が微笑んでいることに気付きました。
(あれ? なんで私笑ってるんだろ。なにかそんなに嬉しい事あったっけ?)
 ……そして気が付きました。

 播磨くんが優しいのは「クラスメイトだから」「女の子だから」って思ってたけど、
同じクラスメイト(しかも美人)の沢近さんには全然優しくするそぶりがなかったことに。
播磨くんってほとんど女子と喋る機会とかなかったりするからよくわからないけど、
これってもしかして、「私には特別優しい」ってこと!? どうしよう……。 
 ……今夜はドキドキしすぎて、眠れそうにありません。
《おわり》
2007年02月01日(木) 23:27:30 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




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