IF5・Innocent painter

301 名前:Innocent painter :04/02/25 01:09 ID:KE6l.l.U
「…どうした?ここまで来て、出さずに済ませる気か?」
「う、うるせぇ。ちょっと待ってろ」
「フッ、意外とだらしないんだな」
「な、何だと!」
「君にはがっかりしたよ。こんなことじゃ、塚本さんには振り向いてもらえんぞ?」
「……言ったなテメェ。オラ、俺の魂だ!受け取れ!」
播磨拳児が、一枚の封筒を床に叩き付ける。刑部絃子はその封筒を手に取ると、やれやれと
いった表情で播磨の方に目を向けた。
「まったく、あるならさっさと出したまえ。往生際が悪い」
「黙れ!その金は俺の一ヶ月の汗と涙の結晶なんだぞ!」
「ほう、何なら今すぐここを出ていってもらっても構わないのだがね」
「ぐっ……」
播磨はぐうの音も出ず、恨めしそうに絃子を見つめる。いくら同居させてもらっているとはいえ、
高校生に家賃・生活費諸々の折半は厳しい。月末になると、二人の間では常にこのような口論が
繰り広げられていた。
「まあ、私も鬼じゃない。ここは一つ、君にアルバイトを紹介してやろうじゃないか」
その言葉に、播磨が訝しげな表情をする。
「バイト?何だテメェ急に」
「別にイヤなら無理にとは言わん。日給は二万円だ」
「にまん!?」
播磨は思わず立ち上がった。日給二万円は、引っ越しバイトの相場と比べてもほぼ二倍の数字である。
万年金欠状態の播磨としては、渡りに船の話だ。
「……それは何のバイトだイトコ」
「さんをつけろ。なに、命に関わるものじゃないさ。ただ立ってるだけでいい」
「立ってるだけ!?立ってるだけで二万なのか!?」
立っているだけで二万円とは、どう考えてもうさんくさい話である。播磨の頭の中で、損得勘定用の
そろばんがパチパチと音を立てた。
「……本当に立ってるだけでいいのか?」
「ああ、保証する」
結局播磨は二万円の誘惑に負け、アルバイトを引き受けたのだった。



302 名前:Innocent painter :04/02/25 01:10 ID:KE6l.l.U
「チッ、遅ぇな……」
翌日、播磨は絃子が指定した喫茶店を訪れた。約束の時間をもう三十分ほど過ぎているが、まだ
依頼主は現れない。
「先方にはもう君のことを伝えてある。向こうから声をかけてくるさ」
そう言って、絃子は依頼主の特徴すら播磨に教えようとしなかった。今の播磨にできるのは
待つことのみである。コーヒーのお替わりを頼み、長期戦の陣を引く。
(二万のためだ。我慢しろ、俺)
そう自分に言い聞かせ、ひたすら播磨は待ち続けた。しかし、一時間経っても依頼主らしき
人物の姿は見えない。
(それにしても遅ぇ。もしかして、イトコに担がれたか……?)
約束の時間から二時間が過ぎ、さすがに播磨も疑惑の念を抱き始めた。手元のコーヒーはすでに
冷めきっている。
(いや、イトコはこういう嘘をつくヤツじゃねえ。ともかく二万のバイトだ、待ってみる価値はある)
そうして約束の時間から二時間半が経過し、播磨のイライラが頂点に達した時、
「こんにちは、播磨くん」
「遅え!何考えてやがんだ……って、あれ?あんたは」
笑顔で現れたのは、何と美術教師の笹倉葉子だった。



303 名前:Innocent painter :04/02/25 01:11 ID:KE6l.l.U
「すいません、紅茶一つ」
そう店員に告げると、笹倉は播磨の正面の椅子へ腰掛けた。
「……なあ、ひょっとしてあんたがバイトの依頼主なのか?」
「ええ、そうよ。今日はよろしくね」
笹倉が笑顔で答える。その態度に、播磨は少々面食らった。
(二時間半も遅刻してきておいて、こいつ悪かったとか思わねえのか?)
サングラス越しに睨みを効かせてみたが、笹倉に全く動じる様子はない。それどころか、にこにこと
笑顔を返してくる始末である。播磨は諦めて自分のカップを手に取り、コーヒーを一気に
飲み干した。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
笹倉は手元の紅茶を飲み干すと、立ち上がってそのまま外へと歩いていった。播磨が慌てて
それを追いかける。
「あっ、おい、ちょっと待て!金払え!」
結局、播磨は二人分の代金を支払うことになった。



304 名前:Innocent painter :04/02/25 01:11 ID:KE6l.l.U
「じゃあ、とりあえずそこの椅子にでも座っててもらえるかしら?」
播磨が連れてこられたのは、笹倉のアトリエらしき建物だった。辺りを見渡してみると、そこかしこに
画材やら資料やらが散らばっている。お世辞にも、綺麗とは言い難い。
(もしかして、ここを掃除するとかか?いや、立ってるだけでいいって言ってたしな……)
そんなことを考えていると、突然アトリエの奥の方から何かが崩れ落ちるような音が聞こえた。
「おい!どうした!」
「た、助けて〜」
悪い予感を胸に播磨がアトリエの奥へ踏み込むと、案の定笹倉は大量の資料の下敷きとなっていた。
「まったく、何やってんだテメェは!」
播磨が仕方なく山の下から笹倉を引っ張り出す。その拍子に、隣に積んであった資料の山が
ドサドサと崩れた。
「ごめんなさい、うっかり山を崩しちゃって」
「テメェも画家の端くれなら、資料の整理ぐらいきちんとしとけ。このままじゃいつか死ぬぞオイ」
「ごめんなさい……でも、なかなか暇が無くて……」
うなだれる笹倉を、呆れたように播磨が見つめる。
「……チッ、ったく。オラ、片づけっぞ」
「え?でも……」
「こんなんじゃバイトどころの騒ぎじゃねーよ。早くしろ、手伝ってやるから」
その言葉に、笹倉の表情が太陽の如き輝きを取り戻した。
「本当!?ありがとう播磨くん!」
「礼はいいからさっさと来い!どこに何をやったらいいのかわかんねーだろうが!」
それから播磨は笹倉の指示のもとアトリエの大掃除を行った。普段絃子にこき使われていることもあり、
一時間少々でアトリエは見違えたように綺麗な姿となった。



305 名前:Innocent painter :04/02/25 01:12 ID:KE6l.l.U
「本当にありがとう、播磨くん」
笹倉が頭を下げる。何となく、播磨は照れくさい。
「う、うるせぇ。男として当然のことをしたまでだ」
「助かったわ。それにしても、播磨くんって力持ちねぇ」
「ん?ああ、鍛えてるからな」
「かっこいいわねぇ。男の中の男って感じ」
「そ、そうか?」
「ええ、播磨くんの彼女は幸せ者ね。こんなステキな人を独り占めできるんだから」
「そうか、そうだよな、ハハハハハ!」
笹倉の言葉によって、次第に播磨は調子に乗っていった。なおも笹倉は播磨をおだて続ける。
「そのサングラスも渋いわねぇ。映画の俳優みたい」
「おう、こいつは俺の魂だからな!」
「背も高いし、たくましいし、私が教師じゃなかったらほっとかないなぁ」
「そうだろハハハハハ!」
「ところで、そろそろ本題のアルバイトの方に入りたいんだけど」
「おう、何でも言ってみろ!」
「それじゃ、早速服を脱いでもらえるかしら?」
「任せとけ!」

「……ん?」




306 名前:Innocent painter :04/02/25 01:14 ID:KE6l.l.U
「……ちょっと待て。脱ぐってのはいったいどういう事だ」
その言葉に、笹倉がきょとんとした表情になる。
「……ひょっとして、刑部さんから何も聞いてないの?」
笹倉によると、近々男性ヌード画のコンクールがあり、そのモデルとなってくれる男性を探して
いたのだが、なかなか候補が見つからない。そのことを旧知の仲である絃子に相談したところ、
播磨のことを紹介してくれたのだという。
「『立ってるだけ』ってのはそういうことか……あんのクソアマ!」
「ちょ、ちょっと、どこへ行くの?」
「決まってんだろ、帰るんだよ」
そのまま播磨はアトリエを出て行こうとした。それを見た笹倉が、ポケットに右手を突っ込んで
何かを取り出す。

「それじゃ、早速服を脱いでもらえるかしら?」
「任せとけ!」

「な、何だ今のは!?」
驚いて播磨が振り向く。笹倉は、得意げに小さな機械を播磨に見せつけた。
「刑部さん特製の録音機よ。念のために借りておいたの。何なら近所の人が飛び出してくるぐらいの
 音量にもできるんだけどなぁ」
それを聞いた播磨は、がっくりとその場に膝をついた。
「汚ねぇぞ!」
「ごめんね。でも締め切りが近くて、手段を選んでいる余裕がないの」
「テメェそれでも教師か!?」
「今の私は教師ではなく、一人の画家なの。大丈夫よ、パンツは脱がなくてもいいから」
笑顔で笹倉が言い放つ。とうとう播磨は観念し、ヌードモデルを引き受けることになったのだった。



307 名前:Innocent painter :04/02/25 01:15 ID:KE6l.l.U
「おや、お帰り拳児くん。どうだったかな?モデルの仕事は」
憔悴しきって帰宅した播磨を、絃子が出迎えた。
「……」
「元気がないようだな。モデルの仕事は体力勝負、君にはぴったりだと思ったんだが」
「……イトコ」
「さんをつけろ。どうした?調子でも悪いのか?」
その瞬間、播磨が半泣きで絃子に掴みかかった。
「ふざけんじゃねぇぞこのアマ!もう少しで一生消えない心の傷を負うとこだったじゃねーか!」
「目先の金に目が眩んだ君がいけないのだよ」
「全部知ってて、その上でこのバイトを俺に紹介したな!?」
「私は何も嘘はついていないはずだがね。まあ、とりあえず中に入ろうじゃないか」
絃子に促され、播磨はしぶしぶ部屋の中へ入った。絃子がポケットから一枚の封筒を取りだし、
播磨に手渡す。
「バイト代だ。欲しかっただろう?」
それを聞いて、播磨はさっそく封筒の中を改めた。約束通り、一万円札が二枚出てくる。
「ん?まだ何か入ってるのか?」
封筒には、なぜか一枚の写真が同封されていた。表側を確認した播磨の表情が、驚愕のそれに変わる。
「ななな何じゃこりゃああああ!!」
それは、台に乗ってパンツ一枚でポーズを取っている播磨の写真だった。
「どどどどういうことだイトコ!」
「さんをつけろ。何、帰り際に偶然笹倉と会ってね。せっかくだから一枚もらっておいたのさ」
「ふざけんな!ネガはどこだ!」
「一枚だけと言っただろう?ネガは笹倉が持ってる。言っておくが、取り返そうとしても無駄だぞ。
今日一日で充分彼女の怖さを思い知っただろう?」
播磨は一言も発しない。一呼吸置いて、絃子がそのまま言葉を続ける。
「ああ、そうそう。それから彼女はずいぶん君のことが気に入ったようだ。機会があれば、また
 君をモデルにして絵を描きたいと言っていたぞ。もちろん今度はフルヌードでな」
「いやじゃあああああああああああああ!!」
かくして播磨の悲壮な叫びが響き渡る中、長い一日は終わりを告げたのだった。



308 名前:Innocent painter :04/02/25 01:17 ID:KE6l.l.U
ぶっちゃけ笹倉先生が書きたかったんです。
マガスペを見る限り、絃子先生すら手玉に取る最強キャラっぽいですね。
笹倉スキーとしては、今後の活躍に期待大です。

それにしても、ID変わらないなあ……とほほ。
2007年02月01日(木) 23:08:12 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




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