IF5・feeling heart

510 名前:feeling heart :04/03/03 23:38 ID:YQ5.p6rQ
 休日のお昼時、ともなれば、さほど大きくないこの街でもやはり繁華街は人混みであふれかえる。そんな中を修治は
ぶらぶらと歩いていた。別に確たる目的があったわけでもなく、単にインドアよりアウトドア、というそれだけの理由
である。
(つっても一人じゃなあ……)
 そんなことを思いながら、なんとはなしに見回した視界に見慣れた姿が飛び込んでくる。
「……兄貴?」
 喫茶店のガラスの向こうにあったのは、兄・拳児の姿だった。常日頃から金に苦労している、そんな兄が喫茶店など
という似つかわしくない場所にいるのを不思議に思い、声をかけてみようと店内に入る修治。
「お客様、お一人でしょうか」
「えーと、その、連れが……」
 連れはないだろう、と思いながらも、こういうときどう言っていいのかわからずそう口にする。幸い、店員の方で、
窓際のお客様ですね、お連れさまがいらしたらご案内するよう言われています、とわざわざ案内してくれた。
(お連れさま、じゃないんだけどな)
 とは言え、わざわざその勘違いを正す必要もない、と大人しくついていく。
「お客様、お連れの方がお見えになりました」
「よう、兄貴!」
「おう、わざわざ……ってなんでオメェが来るんだよっ!」
 テーブルの上に広げてあった紙――当然、原稿――を慌ててかき集める。
「ん?なんだよ、それ」
「あー気にすんな、お前にゃ関係ねぇ……っつーか帰れ、さっさと」
「あの、お客様……?」
 訳がわからない、という様子で訊いてくる店員に、俺の連れは、と説明を始める播磨。


511 名前:feeling heart :04/03/03 23:39 ID:YQ5.p6rQ
「なんだよ、誰かと待ち合わせ?」
「悪ぃかよ。あー、で、ですね、連れはコイツじゃなくて――」
「……あの、お待たせしました、播磨さん」
「そう、そこのカノジョみたいな――」
「八雲姉ちゃん!?」
「修治君?」
 よりにもよってなのか何なのか、そのタイミングで現れたのは、播磨が本当に会う予定だった相手――八雲だった。
「えっと……兄貴が、八雲姉ちゃんと待ち合わせ――?」
(いやでも別にオカシナことじゃないよなほらあの夏休みのときだってでも連れってのは一人なわけでだったら他に
誰もいないってことはつまりそれって二人っきりってことでそれってつまり二人は)
 ほんの一瞬の間に、修治の頭の中を無数の思考が飛び交う。
「オイ、どうかしたのか?」
「修治君……?」
「……」
 そして出た結論は。
「……ゴメン、俺、邪魔だったみたいだな」
「はぁ?何言って――おい!」
「きゃっ!」
「っと!」
 八雲と店員を突き飛ばすようにして、逃げるように店を飛び出していく修治。播磨の声にも足を止める素振りはない。
「何考えてやがんだ、アイツ……」


512 名前:feeling heart :04/03/03 23:40 ID:YQ5.p6rQ
 普段とはまるで違うその様子に眉をひそめてから、大丈夫か、と八雲に手を差し出す。
「あ、大丈夫、です……」
「あんたは?」
「いえ、私の方も……それよりお客様、今のは……」
「いや、今のはコッチが悪い。すまねぇな」
 困ったような表情の店員に、とりあえずコーヒー二つな、と注文をする播磨。かしこまりました、コーヒー二つですね、
と答える店員はさすがにプロ、外してくれ、という言外の意味をきっちり汲み取ってくれたようで、伝票を置いてすっと
店の奥へと戻っていく。
「……あー、なんか妙なことになっちまったな」
「私は別に……でも修治君が……」
 心配そうな八雲に、俺にもさっぱりわからねぇ、と播磨。
「後でちゃんと訊いとくからよ、そんな心配いらねぇって。……つっても、コイツを見てもらうような雰囲気じゃねぇよな」
 原稿を封筒にしまいながら、今日はなんか食うだけにしとくか、と言う播磨に、いえ、と答える八雲。
「せっかくですし、その、私……播磨さんの描くマンガ」
 好きですから、とうつむき気味に言う八雲に、そ、そうか?、と言いながらごそごそとしまいかけの原稿を取り出す播磨。
「それじゃ早速なんだけどよ……」
 どこか嬉しそうに解説し始めた播磨から少しだけ視線をずらして、窓の外を見る八雲。
(修治君……)
 あのとき流れ込んできた心の声。それはひどく乱れていて、意味の通らない部分もずいぶんと多かった。
 けれど。
 その悲しみだけははっきりと感じ取れた。
(だったらどうして……)
 追いかけなかったの、と自分自身に問いかける。その答えもまたずいぶんと曖昧で、でも直感的に悟ったものだった。
 自分にはどうにも出来ない、と。
 きっとそれは、誰か第三者から指摘されないと見えないことで、当事者である自分ではどうあっても本当にわかって
もらうことが出来ない。あのとき見えたのは、そんな類の感情だった。
 それでも。
(私は……)
 抜けないトゲのような小さな痛みを心に感じつつ、八雲は原稿に目を落とした。


513 名前:feeling heart :04/03/03 23:41 ID:YQ5.p6rQ
 ここで、舞台を少し離れた場所に移す。ウィンドウショッピングをするように歩いている二人組――沢近と晶である。
「ごめんね、急に呼び出しちゃったりして」
「私は構わないよ」
 いつも通りのポーカーフェイスで答えてから、美琴は何か用事?、と自分が呼び出されたであろう理由を尋ねる晶。
「ええ……試合が近いからやっぱりやめとく、だって」
 しょうがない、といったような口振りで続ける。
「おまけに新しい服なんてわざわざ、よ。あのコももうちょっとこういうのに気を遣えばいいのに」
 センスは悪くないのに、とぼやくその表情は、けれど口調とは違って柔らかいもの。
「ま、その方が美琴らしいんだけど……って何よ、その顔」
「別に。ただ愛理は愛理だなって思っただけ」
「……あのね、私は――きゃっ!?」
「っと!」
 反論すべく口を開いた沢近に、角から飛び出してきた少年がちょうど体当たりするような恰好になる。
「っつ……もう、気をつけなさいよ!」
 スカートの裾を払いながら立ち上がる沢近から目を背け、再び走り出そうとする少年。
 が――
「――修治君?」
「あ――」
 びくり、と小さく肩を震わせる少年――修治。


514 名前:feeling heart :04/03/03 23:42 ID:YQ5.p6rQ
「どうかしたの?」
「……っ」
 問いかける晶に一瞬何かを言いかける素振りを見せてから、うつむいて走り出す。
「……」
「……晶、あの子知ってるの?」
 無言で頷く。
「……」
 そして、視線を彼が走り去った方に向けてから。
「行こうか」
 と晶は言った。それを聞いて、珍しいこともあるわね、と大袈裟に肩をすくめてみせる沢近。
「晶が私に遠慮するなんて初めてじゃない?あ、明日は雨かしら」
「愛理……」
「気にしないで。追いかけるんでしょ?あの子。だったらほら、早くしないと」
 私はほら、一人でも行くところはいろいろあるし、と微笑む。
「それに、あなたに貸しが作れるなんてこの先なさそうだし、ね」
「……ありがとう」
 そう言って駆けていく背中を見送る。
「なんだかフラれてばっかりよね、今日」
 はあ、と小さく溜息。
「ま、しょうがないわよね。貸し二つ、ってとこでガマンするしかない、か」
 そう気を取り直してから、さてどこに行こうか、と算段を巡らせながら沢近も歩き出した。


515 名前:feeling heart :04/03/03 23:43 ID:YQ5.p6rQ
「はあ、はあ、はあ……」
 行き先もないままにがむしゃらに走り続けた修治は、いつのまにか公園の中にいた。
(何やってんだ、俺)
 別に八雲が誰と会って何をしようと、自分にそれを止めることなんて出来るわけがないのに。
(でもなんで、兄貴が)
 それも二人は知り合いなのだから、不思議なことではないとわかっているのに。
(俺は……)
 なんだかよくわからない感情に突き動かされて、逃げてきてしまった。あまつさえ、その八雲を突き飛ばして。
「どう、しよう……」
 視界に入ったベンチに崩れ落ちるように座り込み、うつむいて目を閉じる。
 何も見えず、何も聞こえない。
 そんな時間が暫く過ぎてから。
 ふと、目の前に立つ誰かの気配を感じた。
「――隣り、いいかな」
 静かな、けれどよく通るその声の持ち主――晶は、修治の返事を聞く前に、その隣りに腰掛けた。
「……」
「……」
 どうしたの、という問いかけの声はない。ただ、話したければ話していいし、そうでないならば無理はしなくていい、
そんな空気だけがそこにあった。
 かさかさと、朱く染まった葉が風に吹かれていく。
「もう、秋だね」
 口を開いた晶は、それだけを言った。
「……晶、姉ちゃん」
 断ち切られた静寂につられるように、修治も口を開く。
「俺、俺……」
 泣き出しそうなその声に、優しく念を押すように訊く。
「本当にいいの?私で」
「……うん。晶姉ちゃんなら」
 ぽつりとそう言って、修治は話し始めた。


516 名前:feeling heart :04/03/03 23:43 ID:YQ5.p6rQ
「……そう」
 すべてを語り終えた修治に、晶は一言だけそう言った。
「……なあ、晶姉ちゃん」
 すがるような声。
「俺――俺、どうしたらいいのかな」
 思い詰めたような表情で自分を見上げる修治に、晶は小さく――本当に小さく、けれど確かに微笑んだ。
「修治君は八雲のことが本当に大事なんだね」
「俺は……」
 だったらね、と。その瞳を見据えて短いアドバイスを与える。
「――君はもう、どうすればいいか知ってると思うよ」
 それで十分、と思いながら。
「……」
 沈黙の合間に、風の音だけが聞こえる。
「……そっか。そうだよな」
 その言葉にしばらく考え込むようにしていた修治が、わかった、という様子で立ち上がる。
「ありがと、晶姉ちゃん」
「お礼を言われるほどのことじゃないよ」
「えっと、そうじゃなくってさ……俺が言いたいって思ったんだ、お礼」
 そういうこと、だよな、と笑ってみせる修治。
「合格」
 返す晶も、もう一度微笑んでみせる。


517 名前:feeling heart :04/03/03 23:44 ID:YQ5.p6rQ
「それじゃ行ってくるぜ!」
「今度は人にぶつからないようにね」
「ちぇっ、わかってるよ」
 そう言って駆け出した修治だったが、何かを思い出したように公園の入り口でくるりと振り返る。
「晶ねーちゃん!」
 何?、という顔をした晶に向かって。
「俺、八雲ねーちゃんの次に晶ねーちゃんのこと、好きだから!」
 じゃまたな、と言い残し、今度こそ飛び出すようにして公園から出て行く。
「……」
 一方、後に残された晶は。
「ホントに素直でいい子――だと思わない?」
 そう言って覗き込んだベンチの下からは、なおう、という鳴き声。黒い毛並みに特徴ある額の印――伊織である。
「お前はいつも八雲の味方だから、そうは思わないかな」
 問に答える気があるのかないのか、すっとベンチに上がって丸くなる伊織。
「……そうだね、お前からしたら八雲の周りにいるのはみんな同じ――」
 なおう、と黒猫が鳴いた。先ほどよりも強く、まるで抗議するかのように。
「……伊織」
 その声にもう一度向けた視線の先には、何事もなかったかのように再び丸くなって午睡を決め込む黒猫の姿。
「――フフ」
 その姿に、珍しく苦笑めいた笑顔を見せてから立ち上がる。
「それじゃあ私は行くから」
 黒猫からの返事はなく、ただその尻尾がわずかに揺れた――ように晶には見えた。ふ、とその態度にもう一度
苦笑をもらしてから歩き出す。
 自分もいつか彼のように素直になれるだろうか、と思いながら。


518 名前:feeling heart :04/03/03 23:45 ID:YQ5.p6rQ
「いや、助かったぜ!」
「そんな、私は別に……」
 ひとしきり相談もし終え、まとめた原稿をしまう播磨。
「ケンソンすることねぇって。さて、んじゃちっと遅くなっちまったが……行くか」
 どこに、という顔の八雲に答える。
「探しに行くつもりだったんだろ?修治のヤツ」
「――え」
 なんだかよくわかんねぇけどな、ぼちぼち頭の方も冷えてるころだろうし、と少し恥ずかしげに早口の播磨に、
「はい――!」
 笑顔で八雲は答えた。

「つってもアイツが行きそうな……ってうぉっ!」
「はあ……はあ……よかった、まだいた……」
 喫茶店を出た二人の前、飛び出していったときと同じような勢いで飛び込んできたのは修治だった。
「大丈夫……?」
 心配そうに声をかける八雲を、大丈夫、というように腕で押さえる仕草を見せて、呼吸を整えてから。
「……八雲姉ちゃん」
 その瞳をまっすぐ見つめて。


519 名前:feeling heart :04/03/03 23:46 ID:YQ5.p6rQ
「ゴメン。ほんとに、ゴメン」
 考えていた言葉はあった、でもそれはうまく形にならず、出てきたのはただそれだけ。
 ただそれだけのまっすぐな謝罪の言葉。
「修治君……」
「あ――」
 だから、八雲は彼の肩をそっと抱いて言った。
「ごめんね……」
「そんな、悪いのは八雲姉ちゃんじゃなくて、」
「ううん、そうじゃない。悪いのは修治君だけじゃないよ。だから、ごめんね」
「……八雲姉ちゃん」
(ったく……)
 一発くらいぶん殴っておくか、などと思っていた播磨だったが、そんな二人の姿に貸し一つにしといてやる、と考えを改める。
(アイツもアイツで苦労してんだろうしな、いろいろ)
 邪魔にならないよう、少し離れたところから見る二人の姿。
 それは、夕陽の中でまるで姉弟のように見えた。


520 名前:feeling heart :04/03/03 23:47 ID:YQ5.p6rQ
……というわけで今回はやりたい放題やってみました。
たまには妄想どっぷりでも、ということでどうかご容赦を。
さて、次はアレかサラ八雲か、それとも全然別なのにするか……
2007年02月01日(木) 23:20:44 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




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