IF7・Brand new day

221 名前:Brand new day :04/04/28 15:23 ID:DSxhjImQ
「やれやれ、だな」
 小さく溜息をついて、校庭の片隅にある桜の木にもたれかかる谷。その両手には大きな花束、
そして抱えきれないほどの食玩のフィギュア。
 小振りながらも精巧な出来、さらに手頃な価格、ということで、彼の受け持ったクラスにしては
――例によって例の如く、『そういう生徒』が集められていたとか――よくよく考えられたプレゼント
だったのかも、などと思う谷。
「あいつらが卒業、か」
 呟いて見渡す校庭にはもう生徒の姿はまばら、まだまだ名残を惜しむように写真を撮り合う幾人か
を除けば、ただ桜が舞うだけ。校舎の入り口では歓談を交わしている教師陣の姿も見えるが、どうにも
そりの合わない相手がいることもあり、一人ここに避難してきた、というところである。
「……」
 なんとはなしに見上げた空は、いささか大袈裟に言うならば、今日を祝うように青く澄んでいる。
 そこに。
「お疲れさまです、谷先生」
「お一人で花見、ですか?」
「あ、こりゃどうも……っとと」
 笹倉先生に刑部先生、とぺこりと頭を下げる谷。てっきりこんなところに来るのは自分一人と
思っていたため、慌てて腕の中のそれを取り落としそうになったところを。
「大丈夫ですか?」
「あ、いえ、はい」
 絃子に支えられ、思わずどぎまぎしてしまう。そんな反応を見て微笑みつつ、口を開く笹倉。
「クラスの子たちからのプレゼントですか?」
「ええ、そうです――あ」
 答えてから、『そういう趣味』というヤツはあまり自慢できたものじゃないよな、とまたしても
ちょっと赤くなる谷。とは言っても、普段からしまい忘れたそれが机の上に出してあったりして、
職員室内ではそれなりに有名になっていたりもするのだが。


222 名前:Brand new day :04/04/28 15:24 ID:DSxhjImQ
「はは、あれですね、いい年してこういうのは」
「そんなことありませんよ」
 可愛いじゃないですか、と笑う笹倉に三度赤くなる。それこそ高校生のような、そんな様子に
小さく肩をすくめつつ、しかし、と口を開く絃子。
「やはりああいう堅苦しいのは我々には合いませんね。ここでこうしている方がよほどいい」
 桜を見上げてふっと笑う。視線の先で、青空を背にして白い花がゆらゆらと舞う。
「堅苦しいと言うより、どうも私と相性があまりよくない先生がいまして……」
「ああ、分かりますよ」
 そう言ってから、あえて固有名詞は出さずに話を続ける。
「去年の体育祭、あれは結構なものでした」
「ふふ、そうでしたね。あの谷先生が、なんて話題になってましたよ」
 二人の言葉に、あーいや、と困ったように笑う谷。いろいろあったんです、と言いかけたそこに。
「……ん?播磨か?」
 結局卒業まで取ることはなかったサングラスに、髪は生え揃ってもトレードマークになってしまった
その帽子――向こうから歩いてくるのは紛れもなく播磨拳児その人である。
「……うっす」
「どうした、何かあったのか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
 谷の言葉に決まり悪そうに視線を泳がせる播磨。
「――どうやら私かな、その様子だと」
 それを見て、やれやれ、といった感じの絃子に、やはりばつが悪そうに頷く。
「分かったよ。すみません、それでは少し外させてもらいます」
 さて行こうか、と歩き出すその後ろに大人しく着いていく播磨。
「……笹倉先生、あの二人ってどういう関係なんです?」
 今まで播磨のそんな様子など見たことがなかった谷が尋ねる。
「――それはですね」


223 名前:Brand new day :04/04/28 15:24 ID:DSxhjImQ
「この辺まで来れば十分、か」
 そう言って絃子が足を止めたのは後者の裏手。もともと人通りの少ないその場所は、卒業式後という
こともあり、人影はどこにも見えない。
「さて、何のようかな」
 あそこで声をかけるくらいだから、重要な話なんだろうね、そう言った絃子に。
「……」
 播磨は黙って頭を下げた。いつもならそこで茶化す絃子も、今日ばかりは静かにそれを見つめる。
「今まで世話になった」
 やがて頭を上げた播磨はそう言った。結局一番世話になったのは絃子だからな、と、いつもとは違って
視線をそらすことなく、まっすぐにその目を見て。その様子に、やれば出来るじゃないか、などと思いつつ、
今度は絃子の方が口を開く。
「君の面倒を見ると決めたのは私だろう、そんなことは当然じゃないか」
 しかし、とそこで軽く瞳を閉じる。
「ついに出ていく、か。――なんだ、その驚いた顔は。あのな、分かるに決まっているだろう、そんなこと。
 あれだけ部屋でごそごそされて気がつかない方がどうかしている」
 止めはしないさ、と。
「君が決めたことだからね、私が何か言うことじゃない。……ただ」
 少し寂しくなるが、そう言って小さく笑う。
「……絃子」
「おいおい、そんな顔しないでくれないか。それじゃあ私が困る」
 冗談めかして言う絃子に合わせるように、けっ、といつも通りの反応見せてから、鞄から包みを取り出す。
「ほらよ」
「君から何かもらう日が来るとはね……」
 フン、と笑いながら開けたそれは。


224 名前:Brand new day :04/04/28 15:25 ID:DSxhjImQ
「――口紅」
「……てめぇのことだからな、化粧の一つもすりゃ男なんて山ほど寄ってくるだろ」
 さすがにこれは視線を外して言う播磨。そんな様子に、くっくっく、と忍び笑いをもらしてから。
「そうか、それはそれは。……で、誰の入れ知恵かな?」
「なっ!?」
「今のそのヘタクソな台詞は君のものとして、だ。こんなプレゼントを選ぶセンスが君にあるとは思え……」
 ないよ、と言おうとして、なるほど、と気がつく。
「そうか、君にもようやく春が来たのか」
「な、な、何言ってやがんだテメェ!」
 図星だ、と自爆しているその態度に、まだまだだな、と心の中で苦笑する。
「安心しろ、誰とは聞かないさ。まあともかく、だ。これはちゃんともらっておくよ」
 ありがとう、そう優しく笑う。
「……お、おう」
 またしても視線をそらしてしまうその様子に、やれやれ、と思いながらも、それじゃあ、と歩き出して。
「――ああ、そうだ」
 その播磨の横を二、三歩通り過ぎてから。
「一つ言い忘れていたよ」
 振り返らずに。
「おめでとう、拳児君」
 絃子はそれだけを言って、片手を上げてひらひらと振った。


225 名前:Brand new day :04/04/28 15:26 ID:DSxhjImQ
「どうも、お待たせしました」
 そう言って戻ってきた絃子を出迎えたのは。
「あ、お帰りなさい」
 微笑む笹倉と。
「……あ、ど、どうも」
 何故か動揺している谷。
「……」
 その様子にすぐピンとくる絃子。
「谷先生、彼女から何を聞きました?」
「え。あ、いや、その、いろいろと」
 予想通りの返事に、はあ、と溜息一つ。
「変に誤解されるより、と思ったんですけど……」
 ダメでした?、と小首をかしげる笹倉に、それはね、と疲れた様子で答える絃子。
「まあ、谷先生なら誰かに言いふらすようなこともないでしょうしね」
 ただ問題は、と。やるせない表情で続ける。
「君がどこまであることないこと話したか、ということだよ、葉子」
 言うだけ無駄だけどね、ともう一つ盛大に溜息。
「まあ、それは後で話すことにしようか。――ということで、谷先生もご一緒しませんか、この後」
「え?いいんですか、私なんかで」
「もちろんですよ。それに」
 そこでにやりと意地の悪い笑み。


226 名前:Brand new day :04/04/28 15:26 ID:DSxhjImQ
「姉ヶ崎先生もいらっしゃいますよ」
「――行きます」
 分かりやすいと言えばこれ以上ないくらい分かりやすいその反応に、どこかの誰かに似てる、と少し
おかしくなる絃子。
「あれ?でもそんな話をするのに姉ヶ崎先生がいてもいいんですか?」
 そんな谷の疑問に、彼女ともいろいろありまして、と返す。
「まあ、機会があればお話しますよ。それよりも」
 そう言って取り出したのは、缶ビール三本。
「あちらからちょっと拝借してきましてね」
 我々だけ何もなしというのも、と言いつつ二人に手渡す。ありがとうございます、と受け取る笹倉と、
ごめんな、と言ってプレゼントを下に置いてから受け取る谷。
「――さて、それでは」
 何を祝おうか、と少し考えてから、結局無難な言葉を選ぶ絃子。
「三年生一同の卒業を祝して――」
 青空の下、桜の花が舞う中で。
 乾杯、という三人の声が響いた。


227 名前:Brand new day :04/04/28 15:29 ID:DSxhjImQ
195で卒業式書けない、とか言っておいて卒業式です。
自分でもどうしたものか、と思いますが、恋愛じゃない攻め方、ということで……
そしてどうにもこの後谷先生が喰われてしまいそうです。南無参。
2007年02月02日(金) 15:02:46 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




スマートフォン版で見る