IF8・歌に願いを

401 名前:Classical名無しさん :04/05/26 22:32 ID:jupstpJs
ダレモイナイ… ビンジョウスルナラ イマノウチ…

《投下》


402 名前:歌に願いを 1/8 :04/05/26 22:33 ID:jupstpJs
 夜の駅前は秋口だというのに予想外に冷え込んで、軽装の俺を苛む。
「打ち上げの会場、どこだよ……」
 俺は今、自分のクラスが打ち上げ会をしているはずの場所を探していた。
 確か打ち上げの一次会は居酒屋、二次会はカラオケと花井の野郎は言っていた。
クラスの仕切り役が酒盛りを奨励どころか先導するなんざ正気の沙汰とは思えねえが、
金欠だもんで一次会はパスする事にした。家賃もろもろを考えると今月も相当きつい。
あんな高くて不味い店に何日分もの食費を使うなんて金の無駄としか思えねえ。
 ……ほろ酔い姿の天満ちゃんが確実に見れるのなら給料の前借りくらいするんだがな。
 ともかく二次会から出てやると返事したんだ。何処なんだよそのカラオケボックス!

 ようやくビルの三階に聞いたような名の店を見つけたのは、それからおよそ二十分後。
夜中にサングラスなせいかと思っていたが、これは偶然無しには見つけられた気がしねえ。
教師の巡回があるという噂を考えてのものだろうが、俺にとっちゃ迷惑な話だ。

 火災時の対策を一切考えていないような狭い階段を上り、カラオケボックスに到着。
 店内に入ると、有線の騒音をものともせずカウンターに女店員が気忙しげに立っていた。
酔っ払いがいる事を考慮して、高校生だと悟られねえよう幹事の名前だけ口にする。
「ちょっとすまねえ。代表者・花井ナントカ っていうグループが来てると思うんだが」
「はい、右の05号室から07号室までの3部屋です。ごゆっくりどうぞー」
 ここで間違いなかったようだ。安堵のため息をつく。
 打ち上げ会の連絡が回っていた時に播磨イヤー(地獄耳)を駆使して聞き取った結果、
天満ちゃんは妹さんと「日付が変わるまでには帰る」とちゃんと約束してきたらしい。
つまり一緒にいられるのは少なく見積もると今からだいたい1時間弱ってところか。
 このチャンス、男・播磨拳児、絶対に無駄にはしねえ!!


403 名前:歌に願いを 2/8 :04/05/26 22:35 ID:jupstpJs
 とはいえ、今日の俺の目的は天満ちゃんの女神のごとき歌声を心ゆくまで聞くことだ。
 俺のマツケンサンバ(ver.レッド)で痺れされるという予定も当然あるし、
願わくばデュエットなんか一曲歌っていい雰囲気にという思いも強くありはするんだが、
今日はクラスの他の連中も見てるんだ。そう見せつけるわけにもいかねえよな。
 もちろん天満ちゃんがそれを望むのであれば他の連中なんて知ったこっちゃねえが。
 しかし、外側からじゃどの部屋にいるのかわからねえな。とりあえず全部見ていくか?
 まずは07号室のドアを開け、音が漏れないうちに入ってすぐそれを閉める。

「噂に聞こえたすごい奴ー♪ キック・アタック・電光パンチ!」

 なんだ? 中では今鳥の奴が、マイクを持ってアニメの主人公の名を絶叫していた。
 天満ちゃんがいないかどうか、狭い部屋全体に一瞬で視線を巡らせる。
名前をすぐに思い出せる奴は、今鳥・周防・一条。隅で酔ってぶっ倒れているのは花井か。
俺を含めずに全部で6人。どうやらここには天満ちゃんはいないようだな。 
「お、播磨。やっと来たんだな。ジンジャーエールでいいな?」
 聞いてすぐ了承もないままフロントにコールする周防。どうやらワンドリンク制らしい。
時間が勿体ねえが、その飲み物が届くまではこの部屋から出ない方がよさそうだ。

 とはいえ歌うつもりはないので、することもなく今鳥の歌を眺める俺。
見ていた記憶もないない古いアニメの歌だが…… 聴衆のほとんどが呆れちまってねえか?
あろうことか今鳥本人までがつまらなすぎて困ったような顔をしながら熱唱している。
 まともにあの歌を理解しているのは、どうやら微笑みながら聴いている一条だけだ。
軟派野郎の今鳥がここまで女に嫌われかねない真似をするなんざ、一体どういうわけだ?


404 名前:歌に願いを 3/8 :04/05/26 22:35 ID:jupstpJs
 一条の友人らしき探偵漫画に出てきそうな女と眼鏡女も、小声であいつを罵っている。
「何アレ? 今鳥君ってW−indsとかケミストリーが得意って言ってなかったっけ?
みんなの雰囲気を無視してアニメソングを歌うようなヲタクじゃないと思ってたのに」
「あー、でもなんかさ。なんか見てると一条だけ嬉しそうにしてるように見えない?
ひょっとしたら彼、かれんのためだけにあの曲を歌ってくれたのかもよぉー?」

 場外馬券売り場とか毛虫取りが得意というのも俺にはよくわからねえ話だが、
むしろ今鳥のあの表情から考えるに、何らかの作戦に失敗したような印象を受けたんだが。
そう、まるで特定の誰かに嫌われたいがめにそういった曲を選択していたかのような。
 そう思って右を見ると、一条が何かを思いついたらしくリモコンに入力を始めた。
画面に表示された予約曲は、んー、映画の主題歌にもなった宇多田ヒカルのあれだ。
 それに気付いた今鳥がより深い落胆の表情を浮かべる。……どういうことだ?

 なんて考えていただけなのに、ドアが開いてジンジャーエールが届けられた。早いな。
歩きどおしで疲れていたので一気に半分ほど飲み、この部屋からおさらばすることにする。
 あばよ、今鳥。なんだかよくわからねーがもう諦めるこった。
 
 周防が上手くもなければ下手でもないドリカムを歌いだす中、俺は廊下に出た。
 あとは06号室か05号室。どちらかに天満ちゃんがいることは間違いない。
 そんな俺が廊下で目にしたのは、06号室に入ろうとしている高野の姿。
 周防の奴は花井と幼馴染みかなんだかで天満ちゃんたちと離れ離れだったとして、
高野ならあの仲良しグループで一緒にいるはずだ。俺は06号室に飛び込んだ。


405 名前:歌に願いを 4/8 :04/05/26 22:36 ID:jupstpJs
 結論から先に言おう。
 俺が甘かった。こいつが一般的な女子高生とはかけ離れた存在な事に気付くべきだった。
「氏ね 氏ね 氏ね氏ね氏ね氏ね氏んじまえー♪ 黄色い豚めをやっつけろー♪」
 ここは西本ら4人と高野という異色の面子が上のような歌を楽しげに合唱する、魔境だ。

 もちろん天満ちゃんはいない。いや、表現が違うな。こんなところにいてたまるか。
 これほどの狂宴を悪の悪の幹部然とした表情で見続ける紅一点の高野の精神状態を疑う。
 すぐに去るべきだとは思ったが、こいつらが他にどんな曲を歌うのかどうも気になった。
俺の知っていそうな普通の曲も予約されているのかどうか、リモコンで確かめてみると……

 1・サムライガンマン 斬 ザザーン
 2・アフターマン
 3・勝利者達の挽歌
 4・つボイノリオ メドレー
 5・そんな目で見るな
 6・White night
 7・スターウォーズのテーマ
 8・ゆけ! ゆけ! 川口浩
 9・虎のプライド
10・GOGO ブリキ大王

 知っている曲がスターウォーズしかねえよ。でもあれに歌詞なんてあったか?
 消去法で05号室に天満ちゃんがいるとわかっただけで充分だな。とっとと出て行こう。
 と、どうやら俺はリモコンを持ったまま出ようとしていたらしい。高野に呼び止められた。
「播磨君、そのリモコン借りるよ。それとも先に何か入れる?」
 とんでもねえ。こんな異空間で真人間の俺がカラオケができるか。すぐに渡す。
 曲目リストなんて読みもしていなかったのに、リモコンに手際良く数字を打ち込む高野。
さっきの不気味な歌が終わって切り替わった瞬間に予約された曲名が表示される。
 『みかんのうた』
 知らない歌だが、この雰囲気の中の紅一点が選ぶ曲にしてはやけにかわいい題だと思った。
 だが、こんな奴等に興味はねえ。俺はかぶりを振って05号室へ向かった。


406 名前:歌に願いを 5/8 :04/05/26 22:37 ID:jupstpJs
 そしてついに辿り着いた05号室。ずいぶんと無駄な時間を過ごした気がするぜ。 
 冬木がタッキ―気取りで歌っていたが、それは自らが音痴であることを自慢したいのか?
まあ気がついていない奴に何を言っても無駄なので、邪魔しねえよう手振りだけで挨拶。
 そのまま視線を走らせると、いた! 薄い私服姿の天満ちゃんだ。
 やっぱりカワイイよなぁ……。清楚な感じがまたたまらねえ。
 でもそのボリュームがないせいで隙間のできてしまっている胸元はセクシーすぎるぜ!
 俺の熱い視線に気付いたのか、なんと天満ちゃんから話し掛けてきてくれた。

「あー! 遅かったんじゃない? 播磨くん。この場所って見つけにくかった?」
「何? コイツも来る予定だったの? 折角気持ちよく歌えてたのに」

 気にしないことにしたかったんだが、嫌でも視界に入る上にそこまで言いやがるか。
何だよお嬢様ならせめてそれらしく夜遊びくらい禁止されてやがれ沢近のヤロウ。
天満ちゃんだけ見ていたいのに、その無駄に目立つサラサラの金髪が目障り極まりねえな。
 天満ちゃんが端でその隣りがお嬢だったので、隣は諦めて真正面の席に座ることにする。
 ここにいたのも俺も含めずに6人。二次会に出席したのは全部で20人ってことだな。
打ち上げで二次会まで参加する人数にしては多いほうだろ。よくわからねえけど。

 冬木が歌い終わり、お嬢がそのマイクを受け取る。天満ちゃんの番はまだかよおい。
 どうせお嬢のことだから歌うのは俺には聞き取れねえ洋楽か何かだろうと思いきや、
聞こえてきたそのメロディには、どうも昔どこかで聞いたような覚えがあった。 
 不思議に思って画面表示を確認してみると…… 岡村孝子だと?
「しょうがないじゃない。向こうでは日本のCDが売っている店なんて興味なかったし、
日本の歌なんてマムが持ってたこういう歌か童謡しか聞いたことがなかったんだから」
 聞きもしないうちから俺に向かって弁解を始めやがった。大人しくしてろこの英国人。
 前奏が終わりそうなのか、急いで画面に向き直ってマイクを構え、歌いだす。


407 名前:歌に願いを 6/8 :04/05/26 22:37 ID:jupstpJs
 ……そして聴き終わった今、正直に言おう。
 予想以上に上手かった。なんて音域と正確さだよ。絶対音感とかいうやつか?
ここは素直に賞賛しておくべきだろう。あいつの性格はひどいもんだがその声に罪はねえ。
 歌い終わって軽く深呼吸をしていたお嬢に声をかける。 
「いい声してるじゃねえか。聞き惚れちまったぜ」
「なっ! 何言ってんのよこのハ…… リマ君。それより何か歌いたい曲でも入れれば?」
 天満ちゃんの前でハゲをばらされるかとヒヤヒヤしたが、そういう配慮はできるらしい。
 よし、確かにカラオケなんだから俺も歌っとくとするか!
 
 しかしだ、歌手名別リストで「松平」の項目を探しながら俺は考えた。
 やっぱり天満ちゃんと歌いてえッ!
 デュエット曲はよく考えたら無理だな。天満ちゃんがどれを歌えるのか俺は知らねえ。
聞けば当然わかるわけだが、まあ…… なんだ。どう考えても恥ずかしいしな。
つまりここは相乗りしかねえ。天満ちゃんが歌おうとする曲を一緒に歌わせてもらう!
 そう決めたらずいぶんと気分が楽になった。あとは機会を待つのみ。
 リモコンを握り締めて待つ俺。相乗りなんてやった事ねえからドキドキしてきたな。
できれば天満ちゃんが俺も知っているような曲を入れててくれればいいんだが……。。

「あ、曲入れ終わったんなら次は俺に使わせてね」
 うわっと。冬木の奴、まだ歌う気かよ。自覚なき騒音公害も結構恐ろしいもんだな。
一瞬渡すのをやめようかとも思ったが、何も入力しないままそのリモコンを手渡した。
なに、一番近い位置で被害を受けるのはあの下っ端だしな。すぐ帰る俺は我慢すりゃいい。 

 その下っ端が外見通りのどうでもいい曲(多分B’z)を歌う中、
ようやく天満ちゃんがそわそわしだしたのが見て取れる。お、そろそろ順番が来るのか? 
一緒に歌わせてもらうとときになんて言やあ格好いいか、よーく考えておかねえとな。 
目を閉じ、考える人のポーズ。これが一番考え事をするには落ち着くんだ。
 扉が開いて誰かが出て行く気配があったが、気にしてる暇はねえ。決め台詞を考えろ俺。


408 名前:歌に願いを 7/8 :04/05/26 22:38 ID:jupstpJs
 なかなかいい言葉が浮かばねえまま悩んでいると、お嬢の急かすような声が聞こえた。
「ほら、次はアナタでしょ? 今更何を恥ずかしがってるのよ」
 ほお、天満ちゃんは恥ずかしがってるのか。目を閉じたままでも状況が目に浮かぶぜ。
「あーもう、じれったいわね。歌いたくない理由でもあるっていうの?」
 お嬢の言葉が効いたのか立ち上がる音。よし、言うなら今しかねえ!

「悪ぃ、俺も一緒に歌わせてもらっていいか? この曲好きなんだよ」
 完璧と自負したくなるタイミングで俺がそう言いながら顔を上げると、
―――そこにいたのは、白いパーカーを羽織ったミディアムヘアのちっちゃい女。
 あれ? 背は合ってるけど、髪の長さと色が何か違うなぁ…… ああ、そうか。 
天満ちゃんは教室では俺の左隣なわけで今目の前にいる奴はその逆で右隣、つまり、

 まー ちー がー えー たー!

 まあ幸か不幸かすごく困ったような顔をしているから、向こうから断ってくれるだろ。
……って、おい。戸惑いの表情を浮かべたまま俺に予備のマイクを渡してきやがった。
絶体絶命ってやつじゃねえのか? 俺は天満ちゃんと歌いたいだけだったはずなのによ。
 というかよく見たらそもそも天満ちゃんがいねえ。一体何処へ行っちまったんだ?

「ただいまー。共用トイレなのに花井くんが手洗い場でのびててびっくりしたよー。
あれ? ふたりともマイク持ってるって事は、一緒に歌うの? すごーい!」
 扉を開けて当の天満ちゃんが戻ってきた。
 さっきの気配、お手洗いに向かう天満ちゃんだったらしい。俺の馬鹿野郎。

 そうこうするうちに前奏が始まった。
 ……この曲かよ!? 恥ずかしがる気持ちもわかるぜ。
「えっ!? この歌を播磨くんが歌うの? ……すごく楽しみ」
「同感ね。こんなかわいい曲をこの不良がどう歌うのか、見せてもらおうじゃないの」
「播磨、お前はすごい! 芸人の鏡だ! クラスメイトとして誇りに思う!」
 沢近も冬木もうるせえ。隅でボーっとしてる下っ端を見習って黙ってろ。
 もうヤケだ。バイト中に有線で何度も聞いて覚えているし、ノリノリで歌ってやる!


409 名前:歌に願いを 8/8 :04/05/26 22:38 ID:jupstpJs
 ―――そして歌い終わる俺達。
 拍手喝采を浴びて、ようやく俺はとんでもなく威厳を失墜させちまった事に気付いた。
「愛し合うー 二人 幸せの空♪」なんて不良が歌ってたら当然といや当然なんだが。
一緒に歌ったこいつも途中でチラチラとこっちを覗き込んでやがったし。笑いてえのか?
 まあ、天満ちゃんの「モーイッカイ!」の合いの手があまりにもかわいかったから、
大抵の事は許せる気分だけどな。とりあえず許せそうにない部分だけ処理しておくか。

「おい冬木、さっき撮っただろ。今すぐ消せ」
「ええっ? な、何のコトかな。俺はただ恋する女の子の表情を撮っただけで……」
「消すのはお前の記憶のほうでもいいんだぜ? ちょっと荒っぽくなるがよ」
「……ワカリマシタ」
 とりあえず証拠さえなければどんな噂も流言飛語の類と切り捨てる事ができる。
かわいらしいため息が近くで聞こえたが、誰だ? まあ何はともあれ一安心だな。

 そんなことをしていると、急に天満ちゃんが大声をあげた。
「ああっ! なんでもうこんな時間なの? 急いで帰らなくちゃ!」
 ん? まだ天満ちゃんが帰らなきゃいけない時間には余裕があると思ってたが……。
まあいい、海への旅行の時のようにバイクで家まで送るとするか。それが男の義務だよな。 
 その歌声を聴けなかったのは残念だが、帰り道に同行できるならここは納得しねえと。
「はいはい。じゃあちょっと待ってね天満。車を待たせてあるから一緒に帰りましょ」
 その声はお嬢か。イヤガラセにも程があるぞテメエ。わざとではないにしても。

 恨みがましい目で見つめる俺に気が付いたのか、その金髪は俺に向かってこう言った。
「んー、何? アンタも乗せて欲しいの? ……しょうがないわね。
今度の休日に荷物持ちとして働いてくれるなら、乗せてあげてもかまわないけど?」
 バイクで来てるんだっつーの。なに考えてんだこのお嬢は。
 天満ちゃんがいない打ち上げになんてもう用はねえ。俺もとっとと帰るか。
俺は清算を済ませるとすぐ駅前に置いておいたバイクに乗り、久々にメットも被った。
 もちろん安全面を考えての事だ。決して悔し涙を隠すためじゃあ…… ない。 

《おわり》


410 名前:401 :04/05/26 22:39 ID:jupstpJs
各人の歌唱力はテキトーです。播磨一人称よりは三人称のほうが良かったかも。 
あと、晶の部屋(06号室)の曲が半分以上わかった人はけっこう重症だと思います。

……にしても、また台詞ないな。緊張してたはずだけどちゃんと歌えたんだろうか。
2007年02月03日(土) 17:05:43 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




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