IF8・CALL TO ME

379 名前:CALL TO ME :04/05/24 00:48 ID:Ji.f0ClU
私は自分の名前が好きだ。
だからこそ、名前であの人に呼ばれたい。
こんなことを言うとバカかと思う人もいるかもしれない。
でも、私は決してそう思わない。名前に意味がある。
名前をつけてくれた人が込めた意味がある。
その名前を呼ばれることでそれが初めて意味となり、声になり、音となり、
気持ちになり、安らぎになり、うれしさになり、想いとなり、それらが伝わる。
初めて知り合った人を名前で呼ぶことで親しくなるきっかけを与える。
仲の良い友人になると、呼び捨てになったり、あだなになったりと、
その親しさを表してくれる。
雑草にでさえ名前がある。でも、その名前を知らないということは、
その雑草にまったく関心がないということである。
それは人間も同じことではないだろうか。
私はまだあの人に名前を呼ばれたことがない。苗字でさえも。
もしかしたら、私の名前を知らないのかと不安になってしまうこともある。
それは、私に興味がないということを表すことだから。
確かに、それほどたくさん話したことがあるというわけでも無いかもしれない。
でも、思ってしまう。あの人に名前で呼ばれたい。
そして、それをきっかけにもう少し仲良くなれたらと思う。だから、この機会に――


380 名前:CALL TO ME :04/05/24 00:49 ID:Ji.f0ClU
まだ、夏の暑さが残っているためか、日光が直接当たる屋上は暑く少し汗ばむ。
それにもかかわらず、むしろその暑さに負けないくらいに何か真剣に話し合っている二人がいる。
そう、播磨拳児と塚本八雲である。どうやら、今日もまた播磨は漫画の原稿を見てもらっているらしい。
「どうだい妹さん、今回の話は?」
「ええ、とても面白いと思います。ただ……」
どこか難しそうな、それでいて何かためらっているような顔をして、八雲が言いよどんでいる。
「ん、なんだ妹さん? 気になることがあるのなら、ぜひはっきりと言ってくれ!」
それでもなお迷っているのか、顔を下に向けて考え込んでしまった。播磨はそんなじれったそうな
様子にぐっとがまんしてこらえていた。はたから見ると、睨んでるようにも見える。
「たいしたことではないと思うんですが……」
そこで一呼吸おいて、八雲は何か決心したように顔を上げた。
「この新しい相談役の女の子の――」
と言いかけている途中、とつぜん屋上の扉が音をたてて開いた。二人が驚いてそちらを見ると、
その扉をあけた人物は塚本天満だった。播磨は持っていた原稿を慌てて後ろに隠した。
「やっぱりここにいたね、播磨君」
ふー、と一息ついてから、いぶかしげに彼らを見た。
「あれ、今何か隠さなかった? それに八雲もなんでここにいるの?」
「天満ちゃ……。じゃなくて、塚本、何も隠してないし、妹さんとは偶然ここで会っただけだ。
それより、俺に何か用か?」
「あ、そうそう、播磨君、今日、日直でしょ。まだ、仕事が残っているみたいだよ」
「なに、そうか。わざわざ、すまないな」
彼なら普通日直なんかやらないと言いそうだが、天満に言われたらやらないわけにはいかない。
また、天満に原稿のことがばれたくないために、播磨は一刻も早くここを立ち去りたいという
気持ちもあったようだ。
「というわけで、悪いな妹さん。この続きはまた今度にでも」
「はい、わかりました……」
口ではかまわないようなそぶりで言っているが、八雲は内心どこか残念そうである。
播磨は慌てていたせいかそれに気づく様子もなく、そそくさと屋上を離れていった。
「それじゃ、せっかくだから、一緒に帰ろうか、八雲」
「うん……」


381 名前:CALL TO ME :04/05/24 00:50 ID:Ji.f0ClU
今はもう放課後。教室には誰もいなく、普段の活気から考えるとそれはとても寂しく、
お祭りが終わった後の残念さのようなものまで感じる。
でも、それは私が結局、彼に声をかけることができなかったのが原因かもしれない。
そんなことを考えながら、私は日直の最後の仕事である日誌を机に向かって書いていた。
その時、播磨君が2−Cの扉を開け、教室へ入ってきた。
「あ、播磨君」
私はいやもうなく心臓がはちきれそうになるくらい高鳴ってしまった。
声が上擦ってないか心配である。
「いや、すまない。すっかり日直のことを忘れていた」
日直のペアは男女それぞれの同じ出席番号同士がペアになる決まりである。
そして、私のペアは席が隣である播磨君というわけである。
とはいっても、もう放課後だったりするので、気づくのが遅すぎたりもする。
いや、私も朝からずっと声をかけようと努力はしたんだけど、結局放課後に
なっちゃったからあまり人のことは言えないんだけど……。
「いえ、こちらこそすいません。一人でも大丈夫だと塚本さんに言ったんですけど……」
私は席からあわてて立ち上がって彼のほうを向き、頭を下げって謝った。
「俺が悪いんだから気にするな。それより、とっとと終わらしちまおうぜ、――」
播磨君に初めて自分の名前を呼ばれた。今日はもう無理だと諦めてかけていたのに。
その言葉を聞いて、私は驚き、嬉しく、それでいて少し泣きそうで、頬を真っ赤に染めるという、
なんとも複雑な表情をしてしまった。そして、その言葉の響きに少しの間、余韻にいたってしまった。
「どうかしたか?」
播磨君がこう聞くのも無理はないかもしれない。
私はころころと表情を変えて少しの間、固まってしまったのだから。
変な子と思われたらどうしようと、今さら心配になってきた。
でも、なんとか嬉しさを顔に出さないようにしようとしたがそれは無理という話である。
「えっと、何でもありません。それより早く仕事を終わらせてしまいましょう、播磨君」
日直の仕事が早く終わらないで、この時間がずっと続けばいいのにと、口にしたことと
逆のことを考えながら、今の自分の想いを全て乗せて彼の名前を呼んだ。

――Fin.


382 名前:あとがき :04/05/24 00:52 ID:Ji.f0ClU
というわけで、八雲の名前ネタと見せかけて隣子の名前ネタです。
一応ミステリーで言うところの叙述を意識して書きました。
成功していれば幸いです。
2007年02月03日(土) 17:02:50 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




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