IF8・Cross Sky-6

53 名前:168 :04/05/13 02:08 ID:w7anRfBQ

お待たせしました、続きです


54 名前:Cross Sky :04/05/13 02:09 ID:w7anRfBQ
――――――翌々日
「それじゃあ、先に失礼します」
道着から普段着に着替えた美琴は、稽古を終えた道場を後にする。今日は、午前中で終了だ。
花井は顔を出さなかった。
本人が言ったとおり、地元の友人と久々に再会したり、高校の恩師に挨拶に行っているのだろう。
別に会わなくても良い、といえば嘘になる。
だが一昨日に、あれだけ楽しんだのだ。これ以上望んでしまうと、別れが辛くなってしまう。
無理やり自分を納得させた。
(ま…仕方ないかっ)
そう言いながらも、彼女が今持っている携帯電話には、花井の携帯番号画面が映っているのだが。
その気持ちを振り切るかのように、パチンッと勢い良く携帯電話を閉じた。
(そういや…そろそろ冷蔵庫の中身が少なくなってたよな。家帰ってシャワー浴びたら、商店街に行くか)
帰路につきながら、この後の自分の予定を組み立てる美琴。
家に着くと、その予定通りにまずシャワーを浴び、再び着替えを済ませ、財布を持ち商店街に出かけた。

「さて、今日は何が安いのかな?」
商店街の一角にある行きつけのスーパーに向かう美琴。
春休みなので、普段よりも人ごみが出来ている。スーパーに着くのだけでも、少々骨が折れる。
それでも、何とか店の前に着いた。
そのまま店に入ろうとした、その時。
視界の端に、ある人物が映ったのに気付いた。そこに視線を向ける。
(あ……花井…!)
そこには、今日は道場では会うことは無かった幼なじみ。
思いがけない所で彼の姿を見つけたことで、胸の鼓動が高鳴った。
話しかけようと、傍に駆け寄る美琴。人ごみの間を縫うように近付く。
 


55 名前:Cross Sky :04/05/13 02:11 ID:w7anRfBQ

が、あることに気付いた。彼は一人ではないようだ。
横に顔を向け、何かを話しているのか口を動かしている。まだ少々遠いので、何を話しているのかまでは聞こえない。
(友達と一緒にいるのか?)
そう思いながら、さらに近付く。しかし、

(――――!!)
彼の横にいる人物が見えたと同時に、美琴は突然、声のない悲鳴をあげた。
何故なら、花井の傍にいたのは―――――彼と同じくらいの年齢の女性が一人。
それも、外見が自分とよく似た、活発そうなタイプ。
(まさか…)
その瞬間、美琴の頭がドス黒いもので満たされていく。
二人が特別な関係だと決め付けるのは、あまりにも尚早だということは言われなくても分かっている。

もし、一昨日の出来事が――――――――

突然、脳が美琴の気持ちを無視し始めた。
そんな考えを浮かべたくない。花井はそんな奴じゃない。
だが、そんな彼女の気持ちとは裏腹に、頭の中は勝手にその先を思いついていく。

今、花井の横にいる彼女との――――――――

首を勢いよく振り、その考えを頭の中から追い出そうとする。
しかし、それはこびりついているかの如く、彼女の頭から離れない。
(やめて…!)
耳をふさぐ美琴。全てを遮断するかのように。
それでも、そんな彼女の思いもむなしく、脳は最悪の想像を導き出す。

予行演習みたいなものだったとしたら――――――――

(――――――――――!?)
そして彼女は再び、誰にも聞こえることのない悲鳴を上げた。


56 名前:Cross Sky :04/05/13 02:12 ID:w7anRfBQ


元々、美琴は恋愛が苦手だ。意中の相手に積極的にアプローチをかけることなど、絶対にできない。
加えて彼女は、過去に手痛い失恋をしている。
1年以上好きだった、高校受験の際に家庭教師をしてくれた先輩。
久々に会ったとき、その先輩には彼女がいた。その時、笑顔を見せ祝福した。自分の気持ちを伝えることさえ出来なかった。
そんな終わり方を迎えた初恋を、心底辛いと思った。
親友達と見た花火のおかげで立ち直り、あれから時も経ったことで、今はもうその事には未練はない。
だが―――それが原因で、美琴の異性に対する恋愛が絡んだ気持ちは、更に頑なになってしまった。
言い換えれば、消極的に、悲観的になってしまっているのだ。自分に自信が無くなっていると言っても良い。
そんな彼女に、その状況はあまりにも酷だったのかもしれない。

(違う、花井はそんな奴なんかじゃない!)
頭の中から沸いて出た想像を必死に打ち消そうとする。
意識を再び、花井達の方へ向けた。今にも崩れそうな気持ちを、必死に支えながら。
しかし、ちょうどその時だった。
花井の横にいた女の子が、彼と腕を組んだのである。
急な行動に、花井は焦っているようではあったが、嫌がっているようには見えない。


ギリギリだった心が、折れた。


いつの間にか、自分と彼らの距離もせまっている。話している内容が耳に届くほどに。
「お、おい。離してくれないか?」
「良いじゃない、別に。久しぶりに会ったんだからさ」
美琴にも二人の会話が聞こえてきた。
その様子が、とても楽しそうに見える。




57 名前:Cross Sky :04/05/13 02:13 ID:w7anRfBQ


自分の視線の先にいる二人が、恋人同士に見えてもおかしくない。いや、むしろ見えないほうが不思議なくらいだ。
きっと遊園地で遊んでいた自分たちよりも、周りから見れば二人はお似合いに見えるだろう。
自分がそう思うのだから。

やはり、悲観的な考えしかできないことが災いした。
ショックで、手に持っていたバックを落とす。ドサッという音が辺りに響いた。
もう、ここにいるのは限界だった。
落としたバッグを拾おうともせず、美琴は身を翻して走り出す。
「周防!? 違、これは――――」
バッグを落とした音で、花井も美琴に気付いたようだ。
だが彼は、見られたくないものを見られてしまったような表情を見せている。それが、彼女へのとどめとなった。
花井の方を見ながら走っていた美琴は、もうためらう事もなく前を向き、加速する。
誤解されたのだと悟った花井は、それを解こうと、走り出そうとする。組まれていた腕を力任せに振り払った。
「ちょ、ちょっと花井君!?」
「すまない!」
隣にいた女の子が突然の彼の行動に、ビックリした声をあげる。そんな彼女に一言謝罪を述べ、花井も美琴の後を追いかけだす。
放ったらかしにされた彼女のバッグを拾って。


商店街を抜けても、二人の走るのをやめない。
辺りはいつの間にか、桜の花が植え揃えられた歩道に変わっていた。花の咲き具合は、いつかの時と同じく七分咲き。
だが、当然のことながら、二人にはそんな周りの様子を気にする余裕などない。

59 名前:Cross Sky :04/05/13 02:22 ID:w7anRfBQ
「周防、待て!」
先ほどから、何度も美琴に叫びかける花井。だが、美琴は耳を貸さない。
追ってきて欲しくない、放っておいて欲しかった。
(なんで…なんで、あたしばっかりこんな……!…ッ、涙が勝手に…!)
視界が歪みだしていたことに、今更気付く。
前の恋愛もそうだった、どうして自分はこんなに報われないのか。
今まで、そんな事は思ったことなかった。だから、この気持ちをどうやって打ち消せば良いのか分からない。
ただ、怒りと悲しみが彼女の中で渦巻く。

「花井のバカヤローーーーーー!!」
前を向いたまま、後ろにいる花井に向かって叫んだ。
「周防! 待つんだ、周防!」
彼女の名を呼んだのは、これで何度目だろうか。
待つように言っても、彼女が止まるとは思っていない。無駄だということも分かっている。
それでも…それでも叫ばずにはいられなかった。
もし叫ぶのを止めてしまえば、彼女を傷つけてしまったことへの呵責で、もう追いかけることが出来ないと感じたからだ。
「周防ーーーー!」
渾身の力をこめて、花井はまた、目の前を走る幼なじみに向かって叫んだ。

やがて、段々と二人の距離が迫ってきた。
二人の脚の速さは、本来ほとんど差がない。しかし、美琴は今、丈の長いスカートをはいている。
脚を思いっきり動かせないので、全力疾走することが出来ないのだ。
花井の息を切らす声が、美琴の耳にも届きだす。もう彼は、自分のすぐ後ろにいるのだろう。
だが、追いつかれるということが分かっても、彼女は走るのを止めない。
とうとう花井が追いつく。



60 名前:Cross Sky :04/05/13 02:27 ID:w7anRfBQ
「―――あっ…!?」
懸命に手を伸ばし、彼女の左腕をガシッ、と掴んだ。美琴が声を上げる。
彼女が振り返る。
「周お…!?」
また名前を呼ぼうとした花井だったが、途中で言葉が詰まった。
何故なら、彼女の目から―――――――――涙が零れ落ちそうになっていたのだから。

それが合図になるかのように、二人は走るのを止めた。
互いに、そのままの状態で動かない。
美琴は、予想もしなかった光景を見てしまったことに。
花井は、彼女が今まで一度も自分に見せたことのない涙を流すくらい傷ついていることに。お互いが、ショックを受けていた。
「…………」
「…………」
風が吹き、桜の木のざわめく音だけが木霊する。
切れていた息を整え、花井は意を決して美琴に話しかけようとした。
その時。
「………よ」
美琴が呟く。身体はこちらに向けているものの、顔は俯いていてしまっている。
「え…?」
「誰なんだよっ!」
今度は顔をあげながら、美琴は花井に怒鳴る。目に溜まった涙が、音を立てずに流れた。
そしてまた、顔を伏せる。歯を噛み締めた。
そんな彼女の様子に花井は、やはり彼女を深く傷つけてしまってしまったのだと、改めて思い知る。
今まで見たことのない幼なじみに、花井の表情にも辛さが滲み出た。
そして、今まで掴んでいた腕を放す。
2007年02月03日(土) 16:33:31 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




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