IF8・Cross Sky-7

73 名前:Cross Sky :04/05/13 21:46 ID:w7anRfBQ

「さっきの娘とはな…まだ僕が高校生だった頃、一緒に生徒会役員をやっていたんだ」
そのまま自分と、さっきの娘との関係を語りだした。
「高校の恩師に挨拶に行って、友人達と会って、それから帰る途中に偶然会ったんだ。とても久々だったんで、つい懐かしくなってな…、それで話し込んでいただけだ」
美琴の顔をジッと見つめたまま、弁解を続ける。
「じゃあ…、何で腕なんか組んでたんだよ…」
俯いていた顔が、今度は横に向く。どうしても、花井と目を合わせられないようだ。
「彼女は誰にでもあんな感じなんだ。過度にスキンシップを取りたがる…とでも言うのかな」
「でも…あんまり嫌がってなかったじゃねえか」
流れる涙を人差し指で拭いながら、美琴は自分が最も傷ついた出来事を口にした。
「それは……その」
どもる花井。今までずっと彼女の顔に向けていた視線を、初めて逸らす。
「僕も…男だということだ」
照れ隠しに頬をポリポリと掻く。そしてまた視線を戻した。
「つまり…お前の誤解だ、周防」
子供をあやす様な口調で話しかける。
そして彼女が拭いたばかりの涙の跡を、指先でなぞった。
しかし、美琴は聞く耳を持たない。
「そんな言葉だけで…信用できるか……」
「周防…」
突っぱねた答え。
すでに折れてしまった心に言い訳をしても無駄なのだろうか。何を言っても聞き入れてくれないのだろうか。
だが、花井はあきらめない。
彼女に訴えかけるように、言葉を紡いだ。

「周防、僕がお前に嘘をついたことがあるか?」
「……」



74 名前:Cross Sky :04/05/13 21:47 ID:w7anRfBQ


沈黙する美琴。そんなことは言われなくても分かっている。自分と彼は幼なじみなのだから。
無論、彼の性格が、どんなものであるかも充分承知している。
呆れるまでに愚直で、妥協することを良しとしない。
そしてそんな彼を、自分は好きになったのだから。一昨日の出来事が心の底から楽しかったのも事実だ。
そこまで考えた結果、美琴は首を横に振ろうとした。彼を許そうと。
だが、今度は心が裏切った。
頭では納得できても、心がそれを良しとしなかった。
「これが…初めての嘘かもしれないだろ。」
「周防…」
本当はこんな事言いたくない。
彼は、自分だけでなく、誰にも嘘をつかない。だから、彼が言ったように自分の誤解なのだろうということは既に理解できていた。
それでも、口から出たのは本心とは全く逆の天邪鬼な言葉。

自分の言葉に、自分が傷つく。

言ってから後悔したが、もうどうしようもない。花井がもう、諦めてここから去ってしまってもおかしくないだろう。
だが、そんなことになれば。今度こそ、自分の心は壊れてしまう。
また涙が溢れそうになる。

そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、花井は彼女に言葉を返した。
「なら、僕はどうすれば…お前に許してもらえる?」
顔を上げる美琴。そして、ようやく花井の顔に視線を向けた。
「……」
無言のまま、彼に近付く。そして――――――不器用に抱きついた。
顔も、胸板に少しだけ押し付ける。



75 名前:Cross Sky :04/05/13 21:48 ID:w7anRfBQ


「…!」
突然の彼女の行動に、驚く花井。身体が緊張していく。
しかし、痺れて動かなくなりそうな腕を懸命に動かし、彼女の身体を少しだけ抱き返した。
「………で…」
「え?」
彼女が言葉を発する。あまりに小さな声だったので、つい聞き逃す花井。
そんな彼の様子に、美琴はもう一度呟いた。

「どこにも…行かないで……」

弱々しく、かすかに震えた声で。
口調も、気の強い普段の彼女とはまるで違った。
「このまま離れたくない、ずっと一緒にいたいよぉ……」
また涙が流れる。
声を絞り出し、必死に自分の気持ちを伝える美琴。花井の服をギュッと掴む。
ずっと隠していた気持ち。その外殻が剥がれだしていた。

そんな彼女が、自分に抱きつく幼なじみが、別人のように思えた。
彼女が押し付ける顔の辺りが、徐々に湿っていく。

花井は困っていた。
彼女をここまで追い詰めたのは、迂闊だったとはいえ自分の行動。
だからこそ、どうすれば許してもらえるか彼女に問いた。
しかし、返ってきた美琴の言葉に、どう言えば良いのか分からない。
明後日には、下宿先に戻らなければならない。かといって、今の彼女を放っていくわけにはいかなかった。

答えが見つからない――――――――




76 名前:Cross Sky :04/05/13 21:51 ID:w7anRfBQ


「周防…」
何とか彼女の名前を発する。
「周防、僕は…」
「分かってる」
美琴は、花井の言葉を遮った。弱々しさは残っていたものの、さっきとは違う、はっきりとした口調。
「言われなくたって、分かってるよ」
声がまた震えだした。それでも、言葉を紡ぐことを止めようとはしない。
殻が剥がれ、あらわになった気持ちに、もう歯止めは利かなかった。
「こんなの……希望でも…お願いでも…」
次に彼女が発した言葉に、花井はさらに顔を、身体を強張らせた。


「ましてや………恋心なんかでもない…!…」


自分に抱きつく幼なじみは、またしても俯く。
「ただの……わがままだ…」
その言葉を最後に、美琴は押し黙る。その代わりに、彼女の口から嗚咽が漏れ出した。
「……」
花井は何も言えなかった。遂に知った、彼女の本心に。
時が無意味なものになっていく。
唯一、ざわめく桜の枝だけが時間の刻みを忘れなかった。

どの位、そのままの状態でいたのだろうか。
美琴はようやく、嗚咽を止めた。思考を取り戻す。
自分の気持ちを、とうとう花井に伝えてしまった。美琴は、そのことに気恥ずかしさが募りだす。
潤んだ瞳のまま、一瞬だけ花井の顔をチラリと覗き見る。

78 名前:Cross Sky :04/05/13 21:53 ID:w7anRfBQ


仮面を被ったような、無表情な彼がそこにいた。
唯一感情を表した眉尻が、少しだけ下がっている。

視線を元に戻す。やはり迷惑だったのだろうか?
友人と一緒にいただけの彼を勘違いし、責めた自分に。その時のあまりにも子供な態度に、愛想が尽きたのかもしれない。
また、視界が歪みだす。
(ダメだ…)
やはり言うべきではなかった。美琴は後悔する。
そうだ、この想いを伝えなければ。自分と彼は、気心の知れた幼なじみのままでいれたのに。
ずっと一緒にいることはできなくても、これからも仲良くすることは出来た。いつものように。
だが。
もう、それすらも叶わないだろう。
遊園地で遊んだことが。道場で共に稽古したことが。高校時代の思い出が。幼い頃の記憶が。
花井との思い出全てが、走馬灯のように彼女の頭の中を駆けていく。
そして最後に、自分の中で結論がはじき出された。


花井にとってあたしは…ただの幼なじみでしかないんだ―――――――――


(もう、ここにいられない…)
彼の胸に手をつき、身体を離す。
自分の背中を優しく抱いていた腕は、抵抗なく、スルリと離れた。
涙を見られぬよう、すぐに後ろを向く。
顔を横に向けるが、もう花井の顔を見ることは出来なかった。そんな勇気は、とっくに使い果たしていたから。
前髪で目元を隠し、一言だけ呟く。

「ゴメン…」



79 名前:Cross Sky :04/05/13 21:54 ID:w7anRfBQ


もう、彼と楽しく話をすることは出来ないだろう。もしかしたら、顔を合わせることさえできないかもしれない。
しかし、仕方ない。彼を好きになってしまった自分がいけないのだから。
美琴は駆け出そうとする。
その時、

ガシッ

腕を掴まれた。誰が掴んだのかは言うまでもない。
美琴にとってその行動は、予想外だった。
「僕はまだ……」
口を開く花井。そのまま彼女の身体を引っ張った。
今度は花井が美琴を抱きしめる。さっきとは違い、背中から。
「何も答えていないぞ…」
美琴のすぐ後ろでかすれた声が響く。
「………」
何も言えない。口が動かない。
でも、答えなんてもう聞きたくなかった。
そんな彼女の気持ちを汲み取りきれなかったのか、花井はしばらく沈黙した後、口を開く。

「実は…、独り暮らしを始めてからずっと、好きな娘がいてな……」
「!!」
胸に刃物を突き立てられたような感覚が、美琴を襲う。
結果なんか言われなくても分かっていた。それでも、本人の口から言われるのとそうでないのとでは心の痛みがまるで違う。
何故わざわざ、こんなことを言われなければならないのか。
もうこれ以上、聞きたくない。花井の腕を振り払い、すぐにでも走りだそうとした。



80 名前:Cross Sky :04/05/13 21:56 ID:w7anRfBQ

しかし、それ以上の力が自分を抑えつける。
「周防、暴れるな」
「うるさいっ!」
力は完全に花井が勝っている。
それでも、美琴は花井から離れようともがき続けた。
「僕の言葉を、最後まで聞け」
暴れる子供をあやすような声に、彼女はさらに苛立った。
「聞いたって、どうせ同じだ!」
「周防!」
一転して厳しい口調になる花井。美琴はビクッと身体を震わせた。抵抗を止めてしまう。
同時に、スッと自分の髪をなでられた。

「しばらく会うことが出来なかったんだが、この間久々に会ってな。別れたときと全く変わってなくて、安心した」

彼女が暴れるのをやめたことを確認した花井は、語りだす。
自分が想いを寄せる娘がどんな女性なのかを。
しかし、当然美琴はそんなことは聞きたくない。耳を塞ぎたかった。

「その娘はな、クラスの人気者で、面倒見が良くて、人当たりも良い…」
そこで一旦言葉を切る。
美琴は何の反応も示さない。早くこの状況が過ぎ去ってしまえば良い、そう思っているらしかった。
しかし、彼女のそんな様子に構わず、花井は続ける。

「ずっと昔からの幼なじみで…」

その言葉に、美琴は俯かせていた顔を上げた。
そんな彼女に花井は顔を近づけ、息を吐き出すように耳元で囁く。



81 名前:Cross Sky :04/05/13 21:56 ID:w7anRfBQ


「そして今、僕が抱きしめている。」


「―――ぇ…?」
その言葉に、思わず美琴は振り返る。さっきは振りほどけなかった花井の腕が、いとも容易く解けた。
目に溜まった涙が、辺りに散らばる。
信じられない、といった表情のまま、さっきまで見つめるのが怖かった花井の顔に、視線を向けた。
そんな彼女の反応に、花井は少しだけ微笑む。
そして――――美琴の気持ちに答えを返した。



「周防………好きだ」



言い終わると同時に、再び彼女を抱きしめる。
離れてみて、初めて気付いた気持ち。
身近すぎた存在だったからこそ気付かなかった気持ち。
この想いを成就させるのは、互いに無理だろうと思っていた。
だから、言い出せなかった。言ってしまえば、昔からの自分たちの関係も崩れてしまうと感じていたから。
「ホ…ホントに……?」
「ああ、僕の偽らざる本心だ」
「嘘じゃ…、嘘じゃないよな?」
何度も問いかける美琴。その表情にはまだ、不安そうな色が残っている。
それを打ち消そうと、花井は先ほどと同じ台詞を口にした。



82 名前:Cross Sky :04/05/13 21:58 ID:w7anRfBQ

「周防、僕がお前に嘘をついたことがあるか?」
美琴の顔から、不安の色が無くなっていく。
そして、彼女は今度こそ首を横に振ることが出来た。
「ううん…」
「ならば、問題はあるまい。」
優しく話しかける花井。
そんな彼の対応に、美琴はまた目に涙を溜め、それが音もなく流れる。
しかしそれは、今までのとは違う歓喜の涙。
「泣くな、周防。お前に…泣き顔は似合わん」
そう言いながら、花井は指先で美琴の涙をぬぐっていく。
「だ、だってさ…」
一度は、もう無理だと思ったから。あきらめてしまっていたから。
それだけに、花井の気持ちを知った時には、すぐに信じることは出来なかった。
美琴も、花井の身体を抱きしめ返す。
「夢………でもないよな?」
「もちろん、まぎれもない現実だ」

その言葉にようやく彼女もそっと笑顔を見せた。柔らかい感覚が二人を包む。
徐々に、止まっていた時間が動き出した。
それでも、二人はそのまま動かない。
待ち焦がれたこの瞬間を、じっくりと味わうかのように。

――――やがて
「あの、さ…」
「なんだ、周防」
抱きしめあったまま、二人とも口を開く。
「その、えっと…」
歯切れの悪い美琴の口調に、花井は彼女が何かを言いたいのだということに気付く。



83 名前:Cross Sky :04/05/13 21:59 ID:w7anRfBQ


「周防、どうした?言いたいことがあるのなら、遠慮するな。」
その一言が、後押しすることとなったのか。勇気を振り絞り、美琴は口を開いた。


「やっぱり、言葉だけじゃ…不安なんだ……」


その一言に、花井は彼女の真意を掴む。
途端に平静でいられなくなったのが、自分でも分かる。
言葉だけでは不安ということは、言い換えれば、態度で示して欲しいという事だ。
それを証明する行動がどういうものであるか、いくら朴念仁の花井であっても分からないわけがない。

「……周防、いいのか?」

視界が狭くなり、動悸が激しくなる。だが、それは彼女も同じなのだろう。
正常に機能しなくなりかけた頭を必死に動かし、花井は美琴を見つめながら問いかけた。

「…………うん」

美琴は、俯いて目を逸らす。
それはさっきのように勇気がなくなったからではなく。
ただ、恥ずかしいから――――――

花井は抱きしめていた腕を解いた。
そして、美琴の両肩を優しく掴む。その時、彼女の方が大きく震えたのには気付かないフリをした。
すると彼女は急に目を開き、見つめ返してくる。



84 名前:Cross Sky :04/05/13 22:01 ID:w7anRfBQ


「は、初めてなんだからなっ」
顔を真っ赤にして、初々しい台詞を口にする美琴。
そんな様子に花井は、心の底から湧き上がる感情を抑えれなくなってきていた。
「分かった」
ぎこちなく顔を動かす。

それが合図になるかのように、美琴も顔を上げ、再び眼を閉じた。




二人の影が、顔が、そして唇が重なる―――――――――――――


やはりこれは夢なのではないだろうか。
心のどこかでそう思う自分がいる。
だが、周りで木霊する桜の花の擦れる音が、自分の髪を撫でる優しい風が、そして何より唇の感触がそれを否定した。
今、ずっと夢に見ていた人と、互いの気持ちを確かめている。
今まで一度も体験したことのない、表現することの出来ないおかしな感覚。
まるで、触れている箇所から身体全てが溶けてしまいそうな不思議な感覚。

このまま溶けてしまってもいい、美琴は心の底からそう思った。


やがて、名残惜しそうに唇を離す。
触れ合っていたのは、時間にしてみればわずか4、5秒程度。
だが、二人にとってそれは、永遠といっても過言ではない一瞬だった。
美琴は再び、花井に身体を預ける。



85 名前:Cross Sky :04/05/13 22:02 ID:w7anRfBQ

足元がおぼつかない。立っているのが、少々難しいように見えた。
やがて花井が、指先で美琴の顔をゆっくりと撫でる。
目の前にいる存在が、本物なのか確かめるかのように。
彼もこれは夢なのではないかと、心のどこかで思っていたのだろう。
やがて、納得したのかその行為を止める。
その代わりに、今度は遠慮することなく彼女の身体をギュッと抱きしめた。

その時―――
少々強い風が吹いた。
桜の花びらが舞い落ち、二人に降り注ぐ。


「桜吹雪、か」


思わず呟く花井。
一方美琴も、その光景が、どこかで見たことあったのを思い出す。
「…卒業式の時にも、こんな感じで花びらが舞ってたっけ」
「ああ、そうだったな」
あの頃を懐かしむ。
まだお互いに、特別な感情を抱いていなかった頃。
あの頃は、ただの幼なじみだった。
でも今は違う。
何よりも大切な、かけがえのない存在。

やがて美琴はあの時、彼に抱いた疑問があったのを思い出す。
「そういやお前、『桜吹雪が忘れられない光景になりそうだ』とか言ってたよな?」
「よく覚えているな、周防」
花井は、その言葉に敏感に反応する。



86 名前:Cross Sky :04/05/13 22:04 ID:w7anRfBQ

「あれって、どういう意味で言ったんだ?」
「…………」
花井は押し黙る。
だが、一言だけポツリと漏らした。
「あの時、お前に会う前に、僕が誰に何を言っていたか、忘れたわけではないだろう?」
卒業式の桜道。
花井は確かに自分と出会う前に、誰かと対峙していた。
その相手、その内容とは確か―――

「あ…」

 美琴は思い出す。
彼には高校時代、別に想いを寄せていた女性がいたことを。
そして、卒業式に彼が玉砕したことを。
桜吹雪を忘れられないと言ったのは、おそらく。

そのときのことを思い出してしまうから――――

「あ…、悪い」
つい謝罪の言葉を口にする美琴。
「? 何を謝る?」
「だって…思い出しちまっただろ?…あの時のこと」
申し訳なさそうに、顔を沈めた。
だが、花井は笑みを湛えたまま彼女に言い放つ。
「気にすることはない。もう…2年も前のことだ。」
その様子は、彼がそのことに未練がないことを表していた。
更に花井は言葉を続ける。桜の木を見上げながら。
「それに、お前のおかげで違った意味で『忘れられない光景』になるだろうからな」
その言葉に、美琴は元に戻りかけた自分の顔色が、また赤くなっていくのが分かった。



87 名前:Cross Sky :04/05/13 22:05 ID:w7anRfBQ


「ば、ばかやろ……、そんな恥ずかしいこと言うなよな…」
軽く睨みながら文句を言う。
「そう言うな。本心なのだから仕方あるまい」
意に介することなく、花井は答えた。
そして、ゆっくりと身体を離す。

「そろそろ行くか、周防」

美琴の顔を覗き込みながら、優しく話しかける。
「……おう」
はにかみながら、美琴も答えた。

そして、ゆっくりと歩き出す。
その時。
花井は自分の腕が引っ張られたのを感じた。
見ると、顔を赤くしたままの美琴が、自分の人差し指と中指と薬指、その三本の指だけ掴んでいる。
本当は、しっかりと手を繋ぎたかったのだろう。
でも、そこまでの勇気が出せず、指だけをつかむ結果となったに違いない。
その美琴らしい行動に、花井はまた、フッと笑みを漏らす。

そのまま、二人は歩道を歩いていく。
ザワザワと揺らめく桜の枝が、舞い落ちる花びらが。
長い月日をかけて、ようやく心を通い合わせた二人を祝福しているかのようにみえた――――





88 名前:Cross Sky :04/05/13 22:06 ID:w7anRfBQ

それから二日後。
二人は駅のホームにいた。
そう、花井はもう下宿先に帰らなければならないのだ。
大きめのバッグを携え、電車を待っている。
そして美琴は、その見送りに来ていた。

「わざわざ、見送りに来る必要も無かったんだが」
「なんだよその言い草。折角時間を割いて来てやったんだから感謝しろっ」
本当は、少しでも長く一緒にいたくて来たのだが。
やはり、そう簡単には素直にはなれない。たとえ互いの気持ちが理解できても。
「忘れ物は無いだろうな?」
「ああ、もちろん無い。僕を誰だと思っている?」
「女心がちっとも分かってねえ、超がつく真面目バカ」
「………お前な」

プァーーーン

花井が言い返そうとしたその時、彼が乗る電車がホームに入ってきた。
乗客が降り、改札口へ向かっていく。
「……もうちょっとこっちにいれないのか?」
電車がホームに入ってきたことで、彼との別れが迫っていることを実感したのだろう。
ついつい本音を漏らす美琴。憂いの表情が滲み出る。
「スマン、もう向こうに帰ってからの予定を入れてあるんだ」
「…そっか」
「そんな顔をするな。この夏休みにはしばらくこっちにいるつもりだ。」
沈んだ表情の彼女を慰めようと、花井は優しい口調で言葉を紡ぐ。
その言葉に、ほんの少し驚いた様子をみせる美琴。
「え…、でもバイトで忙しいんじゃないのか? 仕送り無いんだろ?」
「もう僕も三年生だ。授業も減るからな、空いた時間にバイトをすれば、1、2週間位は帰ってこれる」
予想外の彼の言葉。



89 名前:Cross Sky :04/05/13 22:07 ID:w7anRfBQ

卒業するまで会えないだろうと思っていた美琴は、思わず顔をほころばせる。
「なんだ? そんなに僕に会えるのが嬉しいのか?」
「なっ…、そんなんじゃねえ!」
動揺し、顔が赤くなっていれば、当然ながら説得力は無いわけで。
「僕は楽しみだぞ、お前と次に会うときが」
「……言ってろ、ばかっ」
悪態をつきながらも、その顔は笑顔。
そんな彼女をさらに喜ばせる言葉を、花井は口にする。

「ずっと一緒にいるという約束を破ってしまったからな。それ位、当然だろう…男として」

「え…?」
そう、彼が口にしたのは。
それは昔、二人が指輪にこめた、淡い約束の一つ。
美琴は、観覧車の中で指輪を見せたときの会話を思い出す。




90 名前:Cross Sky :04/05/13 22:08 ID:w7anRfBQ


―――――――――――――

「これは覚えてるか?」
「これは……指輪か?」

「…すまん、ちょっと思い出せないな」
「そっか、忘れちまったか」

「覚えてて欲しかったんだけどな…」
「ならば、こっちにいる間に思い出してみせる」
「へぇ、そんな事言って、思い出せなかったらどうするんだ?」
「思い出してみせる」
「期待してるよ」
「ああ、期待してくれ」

―――――――――――――

「思い出したのか…」
彼は確かに言った。必ず思い出す、と。
そしてそれを約束した。

「忘れ物は無い、そう言ったはずだぞ?」

得意げな顔を見せる花井。
幼少の頃と比べ、随分変わってしまった彼だが、時折、子供っぽい表情を見せる。
それが、昔の面影をほんの少しだけ残していることを美琴は知っていた。
おそらく、そんなことを知っているのは自分だけだろう。
彼が、指輪の約束を思い出してくれたこと。
そして、昔の彼の面影を久々に見たことに美琴は、満足げに笑みを浮かべる。



91 名前:Cross Sky :04/05/13 22:09 ID:w7anRfBQ


「ふふっ、ありがと。わざわざ思い出してくれてさ」
「気にするな、忘れていた僕が悪いんだからな」


電車が出発するまであと3分ほど。
その時間が近付くにつれ、二人の顔から明るさが消えていく。
「もうすぐ…お別れか」
「そんな顔するな。寂しくなれば、電話でもメールでもしてくればいい」
「そうだけどさ…」
電話があれば話をすることは出来る。
しかし、会うことはできない。
電車がホームに入ってきたときと同様、また沈んだ表情になる。
その時花井は、彼女の口からある言葉を聞いていないのを思い出した。
「そういえば周防、大事なことを聞いていないのだが」
「な、何だよ。急に」
突然、まじめな顔になる彼の様子に、少々たじろぐ美琴。

「お前の口からまだ、僕への気持ちを聞いていないのだが」
「………は?」

この男は突然、何を言っているのだろうか。
あの日、先に自分の気持ちを打ち明けたのは自分ではなかったか。
その彼女に疑問を解消するように、花井は更に口を開く。

「僕のことを“どう思っているか”聞いていないのだが」

「………」
花井の言いたいことを理解する美琴。



92 名前:Cross Sky :04/05/13 22:10 ID:w7anRfBQ

しかし、そんなことを急に言われても、どうしていいか分からない。
「別に言わなくったって、分かってるだろ? ……あたしの気持ち」
なんとかかわそうとする。しかし、
「確かにそうだが…、お前の口から聞きたい」
食い下がる花井。
それは、彼女を困らせようだとか、ふざけて言っているようには見えない。
本当に聞きたいと思っているらしかった。
それに花井は、他人に願い事をすることなど滅多に無い。
それ程、自分の口から聞きたかったのだろう。
そんな彼の真摯な態度に、美琴は気持ちを改めた。

「わ、分かったよ」
急速に早くなる鼓動。視界がぼやける。
それを何とか抑え、意を決し、弾かれたように口を開いた。



「あ、あたしも………好きだよっ」



言い終わると同時に、あまりの恥ずかしさでつい俯く。
そして、今度は自分から先手を打った。
「も、もう言わないからなっ」
それから更に、顔をプイッと逸らす。
花井は彼女のそんな様子に、柔らかく笑いかける。

「ありがとう、周防」
その言葉が、彼の今の心情全てを表しているようだった。



93 名前:Cross Sky :04/05/13 22:14 ID:w7anRfBQ

やがて、美琴はおもむろに横を向いたまま、花井にあるものを差し出す。
それは少々分厚い茶封筒。中に何か入っているようだ。
「これは?」
「電車の中で、じっくり楽しみな」
つっけんどんに答える。まださっきのことが恥ずかしいようだ。

その時、

プルルルルルルルルッ

ホームに発車のベルが鳴り響く。
その音に、美琴は顔を上げる。もう、花井は電車に乗り込んでいた。
互いに、名残惜しげな顔を見せる。

「じゃあな、花井」
「ああ、お前も元気でな。周防」

その言葉を言い終わると同時に、ベルが鳴り終わる。
そして、ガタンッ、とドアが閉まった。
二人は顔を逸らさない。

もう、悲しげな顔は見せなかった。
笑顔で手を振り、電車がホームから出て行くのを、美琴は見守った。



94 名前:Cross Sky :04/05/13 22:15 ID:w7anRfBQ


(行っちゃった…か)
次に彼に会えるのは夏休み。
またしばらくは会えない。
その事での寂しさはあったものの、もう辛くはない。
どれだけ距離が離れていようと、心は常に繋がっているのだから。

ゆっくりと背を向け、美琴は帰路につく。
振り返りはしなかった。
楽しい思い出は、その時に新しく作れば良いだけのこと。

晴れ晴れとした表情のまま、美琴は駅を後にした。


(周防のヤツ、一体、何を渡したんだ?)
電車の中で、席に座り、先ほど渡された封筒を開ける花井。
開けるとそこには、4日前に彼女と行った、遊園地の写真が入っていた。

いきなり写されて、ビックリした顔をした自分。
遊園地のマスコットと一緒に写った、楽しそうな美琴。

その他にも、あの時撮った楽しい記憶を思い起こさせるものがそこには写っている。
彼女がこの写真を渡したのはきっと、このことを忘れて欲しくなかったからなのだろう。
美琴のそんな心情を察しながら、一つ一つ写真に目を通していく。



95 名前:Cross Sky :04/05/13 22:16 ID:w7anRfBQ


そして、最後の一枚。
それは、遊園地を出る直前に写した、自分と彼女が肩を組んだ写真。
その裏にマジックで何か書いてある。
裏返しにしてそれを見ると、美琴の字でこう書いてあった。

大事にしやがれ!

(アイツらしいな…)
ついほころぶ口許を、その写真で隠す。
言われなくったって、そのつもりだ。
この写真は、向こうにいる間、自分の支えとなるだろう。
今度帰ってきたとき、彼女とどこへ行こうか。早くもそんなことを考えだす。

ガタン、ゴトン

花井を乗せた電車は、矢神町から離れていく。
彼が次に戻ってくるときには、二人はどんな思い出を作るのだろうか。
そしてその時に、どんな新しい約束をするのだろうか。

それを知っているのは、二人を慰め、心から祝福した桜の木だけ――――――――――


              〈終〉



96 名前:Cross Sky  〜後書き〜 :04/05/13 22:18 ID:w7anRfBQ


製作日数二週間あまり、ワードで54ページにもなった私的縦笛長編最終回、
何とか終わりまで書くことが出来ました。
1スレで終わらせられなかったのは無念ですが
遅筆で申し訳ないです

前述したとおり、このSSのきっかけとなったのは、縦笛絵師の交差天氏の絵でした
過去絵No1059、過去画像No136(こっちはまだ保管庫入りしてませんが)の二つの絵を元に書き始め、
題名も思いつかなかったので、氏の名前も拝借しました

交差(Cross)、天(sky)ってな感じで。

…交差天氏、勝手にすいませんでした。

一応、夏休みのアフターストーリーとかも考えてはあるんですが…多分書かないと思います


最後に、絵の使用を許してくださっただけでなく、挿絵まで描いてくれた交差天氏
このSSを読み、またレス下さった皆様方、ありがとうございました

しかし、想像以上に長くなった…
2007年02月03日(土) 16:35:54 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




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