IF8・if〜Athletic fastival〜‐2


691 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 21:53 ID:VK7AADpo
 それから沢近もクラスの方へ戻ろうと、ゆっくりと歩き出した。
 校舎裏の狭い道から抜け出し、校庭へ出るところで植木の陰に誰かがいるのを見つけた。
「……美琴?」
 友人によく似たその誰かに沢近が声をかけてみる。
 呼ばれたことにビクッと肩を震わせ、ばつが悪そうに陰から出てきたのはやはり周防
美琴だった。
「いや〜、あはは、はは」
 美琴は頭を掻きながら照れたような、困ったような笑みを浮かべていた。
「何やってるの、そんなところで?」
「いや、その、沢近を探しにきたんだけどな」
「いくらなんでもそんな所には居ないと思うわよ…」
 それでも曖昧な笑みを浮かべつづける美琴を訝しりながらも、沢近はそのまま歩き出す。
 美琴はあれからそれ以上見てられなくなり、しかし沢近を呼びにきた以上このまま帰る
わけにもいかず、ずっと角の手前でうろうろしていた。そして誰かが水飲み場のほうから
やってくるのに気づくと思わず隠れてしまったのだった。
 ふと美琴は沢近が肩にかけているジャージが、明らかにサイズの違う男物だと気がついた。
それに沢近の髪が随分と濡れている。一体何があったのかひどく気になった。が、先程見た
(と美琴が思っている)ものの手前、聞いてみるわけにもいかなかった。
 ちらりの沢近の着ているジャージの名札を見ると、そこには播磨の文字があった。
(播磨か、なんとなく納得しちまうな……)
 とかくこの二人は何かと因縁があったが、あれも照れ隠しの一種なのかと思い至ると、
美琴はなんだか可笑しかった。
「なに笑ってるの?」
「いや、なんでもねーよ」
 そう言いながら、実は自分よりも恋愛下手だと思われる親友を好ましげに見つめていた。


692 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 21:53 ID:VK7AADpo
「では代走は奈良ということでいいか?」
 播磨が2−Cの集合場所に着くと、そんな花井の声が聞こえた。
「ちょっと待ちな!」
 播磨は慌てて叫び、人垣を押しのけて花井の前に立った。突然の播磨の登場にクラスが
がやがやとざわめきだす。
「ム! 播磨、一体何の用だ」
「リレーには俺が出るぜ」
 播磨の発言にクラスはさらに色めきたった。しかし
「だめだ、代走はたった今決まったところだ」
 花井がにべもなく言い切った。それどころかその口調にはどこかしら棘がある。
「なんだとメガネ、つべこべ言わずに俺を出せや」
 花井の口調にカチンときた播磨がケンカ腰になる。播磨と花井が睨み合う中、気の抜けた
情けない声が聞こえた。
「あの〜、播磨君が出るっていうなら、僕はそれでいいです〜…」
 奈良が小さく手を挙げながら言った。元々奈良はリレーに出る気など毛頭無かったのだが
塚本天満に奈良君やってみたら? と言われてその気になってみただけだった。実際勝てる
気などまるでしていなかったので替わって貰えるならそれに越したことはなかった。
(まぁ、出なくてもやる気は見せたわけだし、好感度アップしたかも)
などとも考えているが、そんなことはない。
「本人がああ言ってるぜ、メガネよ」
「クッ、仕方ない。播磨、貴様足は速いんだろうな!?」
「テメーよりはな」


693 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 21:53 ID:VK7AADpo
 再び播磨と花井が睨み合う中、体育委員とおぼしき生徒が2−Cに近づき恐る恐る言った。
「あの〜、リレーのオーダーを決めてもらいたいんですけど…」
「ム、そうだった。2番菅、3番今鳥、4番麻生、アンカーが僕、播磨は奈良と入れ替わり
だから1番だ」
「ちょっと待てコラ! 俺がアンカーに決まってるだろが!」
 出るからには天満ちゃんにいいとこを見せなければ! そう考える播磨の頭の中ではすでに
播磨はアンカー以外のなにものでもない。
「勝手を言うな播磨! アンカーはこの僕だ!」
 三度播磨と花井が睨み合う中、またしても一人の生徒が2−Cに近づいてきた。ひっつめた
髪を後ろで結んだ、精悍な顔つきをしたその男は2−Dの東郷だった。
「花井よ、最後の決着をつける時がきたな」
「そうだな、だが勝つのは我々2−Cだ」
 東郷に気づいた花井が向き直り言った。
「それは終わってみればわかることだ。だが、その前に俺達の決着もつけねばなるまい。俺は
4番走者としてリレーにでる。そこで勝負だ」
 そう言うと東郷はむやみに颯爽と去っていた。
 播磨は後ろから花井の肩にポンっと手を置くと
「決まりだな」
 と、勝誇った表情で言った。
「いや、だがしかし……」
 納得いかない花井がなんとか抗議しようとする。
「テメ―、男と男の勝負から逃げんのか?」
 花井は播磨の言葉に抗弁を詰まらせた。それでも割り切れない花井がなんのかんのと言って
はいたが、既にこの時には晶が体育委員にオーダーを告げていた。
 結局、1番菅、2番今鳥、3番麻生、4番花井、5番播磨というオーダーになった。


694 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 21:57 ID:VK7AADpo
 沢近と美琴が戻った時には既に、リレーの走者達が位置につこうとしているところだった。
沢近と美琴は晶の姿を見止めるとその横に腰を下ろした。
「あれ、花井の奴アンカーじゃないのか?」
 選手たちの待機位置で、播磨の前にいる花井を見つけた美琴が晶に尋ねた。
「播磨君と替わったみたい」
「へぇー、播磨とねぇ。アンカーやるってあんな息巻いてたのに。それに播磨のことをなん
だか敵視してたみたいだったのにな」
「まぁ、すんなり交代ってわけにはいかなかったけどね」
 だろうな、と美琴は苦笑いした。
「美琴さんはやっぱり花井君にまず目がいくんだね」
 晶がとても真面目な声で言った。彼女にとってはこれがからかいの声に当たる。
「ば、馬鹿。そんなんじゃねえよ!」
 慌てふためく美琴を放置して晶が沢近の方を見やる。
「ところで愛理、素敵なジャージだね」
「あ、ああこれね。汗かいて冷えたからちょっとあのハゲから強奪したのよ」
 沢近は今まで肩にかけっぱなしだったジャージを慌てて脱ぐと、丸めて背後に隠した。
「へぇ〜〜、私はてっきり……」
 晶は妖しく微笑みながら言った。
「ほら、もうすぐ始まるわよ」
 必要以上の大きな声で晶の声を遮りながら、沢近がグラウンドの方を指差した。
 沢近の言う通りリレーは今まさにスタートを迎えようとしていた。


695 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 21:58 ID:VK7AADpo
 各クラスの選手たちがスタート位置につく。
 全員が位置に着いたことを確認すると、審判がスッとピストルを空へと向ける。
 パァンッ
 ピストルが鳴ると同時に選手達が一斉に駆け出した。
 スタートダッシュで抜きん出たのは2−Aだった。むしろフライング気味ともいえるその
スタートに他のクラスは一歩出遅れる形となった。その後ろから2−Dの選手と2−Cの菅
が追い上げ、差を詰めていく。トラックを半周ほど周ったところで二人は2−Aを追い抜いた。
そのまま2−Dが僅かに先を行く状態で第二走者へとバトンが渡される。
 この段階で2−Dと2−Cがほぼ並び、その後ろに2−A、2−Aに僅かに遅れて他クラス
が固まっていた。2−Dの第二走者と今鳥では今鳥のほうが僅かに早く、1/3程走ったとこ
ろで今鳥が2−Dを抜く。このまま差を広げていくかと思われたが、最終コーナーを抜け、直
線に入ったところでそれは起こった。
 先頭を走る今鳥に一際大きな声援が送られた。その声は一条かれんのものだった。普段はお
となしい彼女だが、想い人である今鳥の活躍に応援にも思わず力がこもる。その鍛え上げらた
腹筋から放たれる声は非常によく通り、今鳥の耳にも確かに届いた。そしてその声に反応して
今鳥の足が僅かに鈍った。今鳥のすぐ後ろを走っていた2−Dは突然減速した今鳥を避け切る
ことが出来ず、追突しもつれ合うようにして転倒する。さらに、転倒した二人を避けようとし
てバランスを崩した2−Aが転倒、その2−Aの後ろで固まっていた他クラスたちが転倒した
2−Aの選手に蹴躓き、みんなまとめて団子のように転げまわった。
 ほんの僅かの間にトラックの中に立っているものは誰も居なくなっていた。その惨状に全校
生徒が呆然となる。


696 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:00 ID:VK7AADpo
「ナニヲヤッテイル! 立タンカー!」
「立てー! 今鳥ぃー!!」
 静まり返った中二つの声が同時に響く。2−Dのララと美琴だった。
 まず最初に立ち上がったのは今鳥の上にのしかかるようにして倒れた2−Dだった。立ちあ
がろうとする今鳥を押しつぶして立ち上がると、転んだダメージがあるのかゆっくりと先頭を
駆け出す。乗っかっていた2−Dが居なくなると今鳥も立ち上がり走り出すが、やはりその足
取りは重い。しかし、その他のクラスは立ち上がるのも苦労するような有様であり、この時点
で実質2−Dと2−Cの一騎打ちとなった。
 フラフラになりながらも2−Dが第三走者へとバトンを渡し、遅れて今鳥も麻生へとバトン
を渡す。
 2−Dの第三走者は天王寺だった。その巨体に似合わぬ足の速さで地響きを立てながら走っ
てゆく。だが速いといっても体格の割にはなので、リレーに出る選手達のなかでは遅い部類に
入る。麻生は見る間に天王寺との差を詰め、その背に張り付いた。
 だがそこまでだった。速さで劣る天王寺はその巨体を生かした巧みなブロックで麻生に前に
出ることを許さない。あからさまなその行為に周囲からブーイングが飛び出すが、元々ヒール
である天王寺には全く堪えない。
(そっちがその気なら、こっちだってやってやるよ!}
 足で勝りながらも抜くことが出来ない苛立たしさに、麻生の心の中で火がついた。
 麻生は天王寺の後ろにさらに近づくと、天王寺の蹴り足を軽くつま先で払った。思わぬ攻撃
に天王寺の体がバランスを崩し、横によれる。麻生は一気に加速すると、天王寺とは逆側に回
りこみ抜きにかかった。



697 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:01 ID:VK7AADpo
 元々短気な天王寺は反撃を受けたことで頭に血が上っていた。麻生が抜きにかかろうとして
いることに気づくと、麻生に向かって腕を振り回した。走るために腕を振るのとは全く違い、
誰がどう見ても裏拳である。しかし、その丸太のような腕は麻生の頭上を掠め空を切った。
 天王寺の攻撃を読んでいた麻生は低くしていた身を起こすと、その隙に天王寺を抜き去り一気
に突き放した。一度抜かれてしまえばスピードで劣る天王寺になすすべはなく、その差は開く
のみとなった。
 だが既に半分以上の距離を走っていたためにそれ程大きな差は開かず、3メートル程の差が
開いたところで花井へとバトンが渡される。
 バトンを受け取ると、花井は猛然と駆け出した。それまでのランナーたちと比べても一段速い
花井の走りに、大きな歓声があがる。だが2−Dの第四走者である東郷は、その花井と比べても
全く互角の足を持っていた。
 2−Cと2−Dのアンカーである播磨とハリーはスタートラインに立ったまま、花井と東郷
の走りを眺めていた。
「ほぅ、東郷と張り合うとはな」
「なかなかやるじゃねーかメガネ」
 二人は花井と東郷の走りに感心したように声をあげた。


698 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:02 ID:VK7AADpo

「だが、あの程度の差ならばどうということはない…」
 ハリーはそう呟くと、既に勝ったような笑みを浮かべ播磨の方を見やった。
「見せてもらおうか、日本のサムライの性能とやらを」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる。てめぇには原稿と帽子の借りがあるからな、ここでキッチリ
ケリをつけてやるぜ」
 サングラス越しに二人の視線が交差する。リレーへと視線を戻すと、花井と東郷はもうすぐ
そこまで近づいてきていた。
 花井と東郷は最初についていた差から全く変わらぬまま、アンカーへとバトンを渡した。
「残念ながら引き分けといったところか」
「ああ、そうだな」
 花井と東郷は走り終えると荒い息を整えながら話しだした。
「だが、優勝は俺達2−Dのものだ」
「勝負はついていないというのになにを。それに有利なのは僕達のほうだ」
「フッ、2−Cのアンカーが何者かは知らんがハリーに勝てるはずがいない」
 東郷は花井から視線を外し、播磨とハリーの二人の走りを見つめながら言った。
「ハリーは向こうじゃ≪彗星≫とまで呼ばれた男だからな。」


699 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:03 ID:VK7AADpo
(クソ! こいつマジで速え!!)
 播磨は焦っていた。
 花井からバトンを受け取った播磨は凄まじい走りを見せつけた。花井や東郷と比べてもさらに
速い播磨に観衆は割れんばかりの歓声が湧き起った。だが、その後から走り出したハリーはその
播磨をさらに上回る走りを見せ、これには観衆も驚愕の叫びを挙げざるを得なかった。
 このままでは抜かれる、播磨はその痛いほどの確信に焦りを隠すことができなかった。
(それに、この、邪魔くせえったらねぇ!)
 播磨が走るたびに播磨のサングラスがグラグラと上下にずれる。そのたびに播磨は視界がブレ
集中を乱されていた。そのせいか今ひとつ走りにキレがない。
「チィ、邪魔だ!」
 播磨は忌々しげにサングラスをむしり取ると、あさっての方向にかなぐり捨てた。視界がクリア
になると播磨の走りは一段と鋭さを増す。それでも、ハリーとの差が縮まるスピードが遅くなった
だけで、以前として差は縮まり続けていた。
「これほどとは…。だが、私の敵では無い!」
 ハリーはさらに加速すると一気に差を詰め、最終コーナー手前で播磨に追いついた。
「速え〜……」
 美琴は呆然とした表情でそう呟いた。
 播磨の速さにも驚いたが、さらに上をいくハリーの速さには驚きを通り越して呆れるしかない。
2−Cのほとんどの生徒がすでに勝負を諦めていた。誰が見てもハリーのほうが速い。追いつかれ
てしまった以上抜き返すことは不可能だった。もはや応援することも忘れ、ただぼんやりと眺める
他なかった。


700 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:04 ID:VK7AADpo
「頑張れーーー!!!」
 静まり返っている中、沢近は殆ど怒鳴るように叫んだ。皆の視線が沢近へと集まる。
「頑張りなさいよ! 勝ってくれるんでしょ!!」
 だが沢近は周囲の視線を気にすることなく声を挙げつづける。
「頑張れー!」
 その次に声をあげたのはボブカットの女の子だった。そしてそれに釣られるように次々と応援
の声があがる。2−Cのみならず他のクラスでも応援の声があがり始める。さらにハリーへの応
援も加わり播磨とハリーの二人への応援はあっという間に巨大なうねりへと成長していく。
(お嬢のやつ、本当に応援してやがった)
 今はもう凄まじい大歓声にかき消されて聞こえないが、播磨にも沢近の声は届いていた。
(勝ちてぇのは山々だが、追いつけやしねぇ!)
 最終コーナーの手前で追いつかれた播磨はすでに抜かれ、さらに2メートル近い差をつけられ
たまま最後の直線を迎えようとしていた。
(チクショウ、このままじゃ…)
 いっこうに縮まらない差に、播磨の心にも諦めの文字が浮かぶ。だが播磨はあるものに気づいた。
(あ、あれは!!!)
 ゴールのさらに向こう、直線の延長線上にある体育委員用のテント、その中に愛しの塚本天満
の姿があった。
(天満ちゃんが俺を応援している! しかもあんな紙まで用意して!!)


701 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:05 ID:VK7AADpo
 負 け ら れ ネ ェ!!!!!!!
 ≪一等賞≫と書かれた大きな紙を掲げながらこちらを見て微笑む塚本天満を見つけた瞬間
播磨の中の全てがどうにかなってしまった。
 次の瞬間には播磨はハリーに並んでいた。そしてその次の瞬間にはハリーを大きく引き離して
いた。あっという間に播磨の背中が遠くなっていく。
「日本のサムライは化け物か…!!」
 その人間の限界を完全無視した播磨の走りにハリーが唸る。ハリーは持てる全ての力で走るも
のの地面を砕くように跳ね上げ走る播磨との差は離れるばかりだった。
 そして最初からついていた差以上の差をつけて、播磨がゴールへと飛び込むと、絶叫に近い歓
声が巻き起こった。


702 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:06 ID:VK7AADpo
限界を超えた走りを見せた播磨は、ゴールと同時にその場にへたりこんだ。
その播磨の元へ2−Cのクラスメートたちが駆け寄る。一番最初にやってきたのは、元々近く
にいた同じリレーの選手である花井達だった。
「残念ながら見事だったと言わざるを得ないな!」
「ヒゲ、お前すげ―のな」
「すごかったぜ、播磨」
 口々に播磨を褒め称えるが、播磨はうつむいたまま顔を上げる元気もなかった。
 少し遅れて他のクラスメート達もやってきた。その先頭にいたのは沢近だった。
「その、ありがとうね…」
 沢近は播磨に小さな声で言った。播磨は俯いたまま手を軽くあげてそれに応えた。
 他のクラスメートたちも播磨や他の選手たちのことを称えだした。
「お疲れさん」
 美琴はそう言って花井に向かってスポーツドリンクのペットボトルを投げ渡した。
「すまんな」
 花井はそれを受け取るといかにもうまそうに飲みだす。
「ミコチ〜〜ン、俺には無いの〜〜?」
 それを見た今鳥がうらめしそうに美琴にせがむ。
「いや、お前にはあたしが渡さなくてもさ」
 美琴はそう言うと今鳥のに後ろを向くよう目配せした。今鳥が振り向くとそこには一条がおず
おずと立っていた。
「あの、今鳥さんよかったらどうぞ」
 一条はそう言って水筒を差し出した。
 今鳥が硬い表情でそれを受け取ると、一条は嬉しそうに微笑んだ。
(これ、プロティンとかステロイドとかはいってねーよな…)
 今鳥は妙なところで不安になりながら、どこか遠くを眺めていた。



703 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:07 ID:VK7AADpo
「播磨君も何か飲む? よければなにかもってくるけど」
 美琴や一条の様子を見た沢近が播磨に尋ねる。
「いや、ありがてぇが遠慮しとくぜ」
 播磨はリレーが終わってから初めて口を顔を上げて口を開いた。
「えっ…」
 沢近が固まった。
「フー、さすがにちょっとバテちまった」
 大きく深呼吸して立ち上がると播磨はなにか妙な雰囲気に気がついた。みんながみんな自分を
凝視している。
「な、なんだ?」
「…そ、そんな顔してたのね」
「顔?」
 沢近が呟くのを聞いた播磨は訝しげに自分の顔に手を当てた。そして気がつく。
「サ、サングラスが無ぇ!!」
「かっこいいー!」
 リレー中に投げ捨てたことをすっかり忘れていた播磨は慌ててサングラスを探しにいこうと
した。だが嬌声をあげる女子数名に腕をとられ身動きがとれなくなってしまった。


704 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:09 ID:VK7AADpo

「すごーい。そんな顔してたんだ〜」
「かっこよくない? っていうかかっこいいよね〜」
「なんで今までサングラスしてたの?」
 先ほどのリレーでの活躍も加わり、播磨に興味を持った女子が群がる。
「ワリィけどちょっと離してくれ、サングラス取ってこなきゃいけねーんだ」
「え〜、無い方がいいよ〜」
「俺には必要なんだよ!」
 播磨はなんとか女子の中から抜け出ようともがく。その様子を沢近と美琴は遠間から眺めていた。
「意外だなー、播磨の奴あんな顔してたんだな」
 美琴が沢近に向かって言った。
 だが沢近はそれに答えず強張った表情を浮かべている。
「沢近……?」
「え、ああ、そうね」
 沢近は反射的に返事をしたが、心ここにあらずなのは明らかだった。
なによあんなデレデレしちゃって。みんなも現金よね、ちょっと格好いいからってあんなに
態度変えちゃって。私は別にそういうじゃないし、ってなんで私がでてくるのよ、関係ない
じゃない。意地にならないって決めたのに、意地になんかなってない。もっと素直に、ああ
なんか腹立つわね、鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!!


705 名前:if〜Athletic festival〜 :04/06/12 22:11 ID:VK7AADpo
「へー、播磨君そういう顔してたんだ〜」
 播磨はその声に慌てて振り向く。
「ヒゲがないと随分違うね〜〜」
 その声はやはり塚本天満の声だった。播磨の顔から凄まじい勢いで血の気が失せる。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ! ばれちまう!!!)
 ばれたら終わっちまう、何もかもが。播磨は恐怖に竦みあがった。
「こっちのほうが全然格好いいねー」
「そうだな、こっちのほういいな」
 美琴が天満に相づちを打つ
(気、気づいてない!? それに格好いいだと!!!!)
 神は俺と共にあった! 播磨は思わず天を仰いだ。
「そ、そうか、格好いいか」
 播磨の表情が目も当てられないほどだらしなくなる。
 素直になる。沢近の結論はでた。自分の思ったとおりに行動するのだ。
 沢近は播磨に向かってスタスタと歩み寄っていく。その足取りには微塵の迷いもない。
「播磨君」
 沢近がにっこりと笑いながら声をかける。
「ああ、お嬢か」
「ハチマキ返して貰いたいんだけど」
「あぁ、そうか。ちょっと待ってな」
 播磨は結び目をほどこうと頭の後ろに手をやろうとした。だがそれよりも早く沢近の手
が動いた。沢近はハチマキの端を掴むと、それを力任せに思い切り引っ張った。

 スポン!

 小気味よい音とともにハチマキとベレー帽が宙を舞った。
 播磨の頭上に輝かしい光が生まれ、その光の中で金の髪と悪戯な笑顔が踊っていた。
 そしてその日一番の叫びがあたりに響き渡った。


706 名前:Classical名無しさん :04/06/12 22:15 ID:VK7AADpo
というわけで長々とすいませんでした。
書いたのが先週のマガジンの前だったので沢近のリレーの
ところとか本編と違いますが、それも含めてifということで。
さらに冒頭の部分が貼れてなかったというミスをかまして
しまいました。ああ、なんてこった。
2007年02月03日(土) 17:26:38 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




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