IF9・Hard to say Im sorry

71 名前:Classical名無しさん :04/06/19 03:11 ID:VV9cQvLU
久しぶりにSS投下します。
先週分のを読んで、思い付いたネタですが……今週分が神がかっていますので
イマイチかもしれませんが(;´Д`)


72 名前:Classical名無しさん :04/06/19 03:12 ID:VV9cQvLU
「それじゃ、2-Cの勝利を祝って、カンパーイ!!」
 美琴の声が、居間に響く。それと同時に、皆の手に握られたグラスが宙に上がり、
そして、お互いのグラスがぶつかる乾いた音が響き渡った。
 ここ、美琴の家では、体育祭の勝利を祝い、ささやかな祝宴が開かれていた。
 女子リレーで追いつかれてしまった2-Cであったが、その後の男子リレーチームの奮迅の活躍により、
見事に逆転優勝を決めたのだ。
 閉会式の後、優勝のお祝いということで、有志達が美琴の家で集まることになった。
 メンバーは、おなじみ3バカに4人娘、そしてリレーで活躍した麻生、その他八雲とサラ、
さらには絃子先生と姉ヶ崎先生も集まっているという、そうそうたるメンバーである。
 乾杯の後、女性陣が分担して作った料理が、次々と運びこまれ、皆思い思いの料理に箸を延ばしていた。
「えっへっへー、美コちん、どうだった? オレ、結構足速かったでしょう?」
 既に半分酔いが回っているのか、今鳥が顔を赤くしながら、隣でのんびり飲んでいた、美琴のほうに近づいていった。
「そうだなー、確かに意外と言えば意外だったが、速かったな……って、あたしにスリ寄るなぁ!!」
 酔った勢いで、美琴の胸に自分の顔をうずめようとした今鳥に、問答無用で鉄拳制裁を加える美琴。
「ぐふ……ヤッパE……」
 そのままばたりと後ろに倒れ込む今鳥。その表情は、なぜか恍惚の表情が浮かんでいた。
「ったく……って、高野!何撮ってるんだぁ!!」
 そんな二人の様子を、なぜかデジカメで撮っていた晶に、思わず美琴が声をあげた。
「……面白そうだし……」
「だぁ!やめろー!!」


73 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:15 ID:VV9cQvLU
 美琴と晶がたわむれている一方で、丁度テーブルを挟んだ反対側では、
これまた微妙に酔った花井が、八雲に話しかけていた。
「はっはっは! 八雲君、僕の勇姿をみてくれたかい!?」
「え……は、はい……」
 少し困った様子で答える八雲。
「はっはっは! いやー、照れるなぁ!」
 何故か照れ笑いを浮かべる花井。そんな花井を、八雲は、やはり困ったように見つめた。
「よっと──」
 ふと、八雲の目の前を、一組の箸が横切る。ふと横を見ると、播磨が自分の席から少し離れた料理をとろうとして、
四苦八苦している姿があった。
「あ、播磨さん……えっと、何かとりましょうか?」
 それに気付いた八雲が、自分の横に座っていた播磨に申し出る。
「お、妹さんか。それじゃ悪いけど、そこにあるおにぎり、2,3個とってくれないか?」
 播磨は、八雲を挟んで自分と反対側、花井と八雲の間ぐらいにおいてあったおにぎりを指さした。
 八雲は、小さく返事をすると、播磨の箸と紙皿をとり、丁寧におにぎりを紙皿の上にのせた。
「あの……ど、どうぞ……」
 おずおずと、おにぎりののった紙皿を差し出す八雲。
 播磨は、軽く礼を一つ言うと、そのままおにぎりを、自分の口にひょいひょいと続けて放り込んだ。
「ありがとな……お、このおにぎり美味いな!」
「そ、そうですか?……よかった」
 播磨の返答を聞いた八雲は、胸をなで下ろすかのように、ほっとため息をつく。
 そんな八雲の姿を見て、ふと思うことがあったのか、播磨が八雲に尋ねた。
「――ひょっとして、このおにぎり、妹さんが作ったのかい?」
「え?……あ、はい……」
 八雲は、少し驚いた様子で、播磨に答えた。
「そうか。いつかの時も美味かったが、今回も美味いぜ。サンキューな、妹さん」
「い、いえ!そんな──」
 八雲は、わずかに顔を赤らめ、播磨のほうから視線を外すかのように、わずかにうつむいてしまった。
 随分以前のことになるのに、それでも播磨拳児が覚えていてくれたこと。
 小さなことかもしれないが、八雲にとっては、そんな小さな事を覚えていてくれたことが、何よりも嬉しかった。


74 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:19 ID:VV9cQvLU
 わずかに顔を赤らめ、うつむく八雲の姿を、少し離れたところにいたサラは、優しい笑みを浮かべながら見つめていた。
「ふふ──よかったね、八雲」
 サラは、小さくそうつぶやくと、その形のよい唇から、わずかに笑みがこぼれる。
「うん?──何がよかったんだ?」
 サラの横に座って、ジュースを飲んでいた麻生が、不思議そうに尋ねた。
「あ、いえいえ。なんでもありませんよ……あ、先輩。せっかくですし、何か料理とりましょうか?」
 サラは、軽く手をパタパタと振りながら、麻生に申し出た。
「そうだな……それじゃ、あそこにある野菜炒めを少し取ってもらえるかな?」
「はい、任せて下さい」
 麻生から差し出された紙皿を取ると、サラはテーブルの中央においてあった野菜炒めを、その紙皿の上に盛りつけた。
「はい、お待たせしました。これ、実は私がつくったんですよ」
 サラはニッコリと笑うと、麻生に野菜炒めがのった紙皿を手渡す。
「ああ、ありがとう──」
 麻生は、サラに軽く礼を言うと、そのまま野菜炒めを口の中に運ぶ。そんな様子をサラは、ニコニコしながら眺めていた。


75 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:19 ID:VV9cQvLU
「先輩、どうですか?」
 サラの問いかけに、麻生は一瞬思案顔を浮かべる。
「ん──そうだな、なかなか美味いんじゃないか?」
 麻生にしては珍しく歯切れの悪い回答に、サラは何か思うことがあったのか、
いぶかしげな表情を浮かべた。そして、人差し指をたてると、少し怒ったかのように声をあげる。
「もう、先輩!ちゃんと本当のことを言ってください」
「い、いや、別に嘘をついたわけじゃないんだが──」
 麻生は、困ったかのように、右手で頭を軽く掻く。そして、自分の箸で、丁寧に刻まれた野菜を一つつまむと、サラのほうに見せた。
「──そうだなぁ。強いて言えば、下準備の段階で、
 野菜にもう少し手を加えておいた方が味が良くなるかな?
 でも、このままでも十分にうまいと思うよ」
 そんな麻生の答えに、サラは満足したのか、ニッコリと微笑みかけた。
「先輩、ありがとうございます──そういえば、先輩の家って、確かラーメン屋さんでしたよね?」
「あぁ。そうだけど……」
 それがどうした?という感じの麻生。
「今度、私に、先輩の野菜炒めの作り方を教えてくれませんか?」
「え? ああ、それぐらいならいつでもかまわないけど……」
 麻生は、少し驚いたかのような表情を浮かべる。
「はい。それじゃ約束ですよ」
 そう言うと、サラは、嬉しそうに自分も野菜炒めを口に運ぶ。
 そんなサラを見ると、麻生は、まるで照れ隠しのように、軽く咳をつくのだった。


76 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:22 ID:VV9cQvLU
 各人が好きな料理に手を伸ばし、思い思いの人と楽しく話を交わす。
 そんな楽しげな様子を、沢近は、まるで辺りから取り残されたかのように、
ぽつんと一人で、部屋の端のからぼんやりとながめていた。
「──どうしたの?」
 沢近が、ふと声がしたほうを見ると、姉ヶ崎先生が、ビールの入ったコップをもって、立っていた。
「いえ、別に──」
 思わず視線を外してしまう沢近。そんな様子に気付いたのか、それともあえて無視したのか、
姉ヶ崎先生は、そのまま沢近の横に腰掛けた。
「そういえば──ええっと、沢近さんだったかな──足のほうは大丈夫? 随分無理していたようだけど……」
「え?──あ、はい。もう大丈夫です……迷惑をおかけました」
 驚いたのか、一瞬顔をあげる沢近。だが、一言謝ると、再び視線を床のほうに落としてしまった。
「いいのよ──無事でよかったわ」
 姉ヶ崎先生は、そう言うと、優しく沢近に微笑みかける。
 しばらくの間、二人は一言もしゃべらなかった。ただ、黙って皆の楽しげな様子を、ぼんやりと眺めていた。
 そして、姉ヶ崎先生が、自分のコップを空ける頃、ゆっくりと口を開く。
「そういば、ハリオ──播磨君、足速かったわね」
 『播磨君』──その言葉が出た瞬間、わずかに沢近の体がびくりと動く。だが、表情を変えることなく、静かに言葉を返す。
「──そうですね」
 わずかに言いよどんだ、沢近の返答。だが、姉ヶ崎先生はそんな様子に気付いた様子もなく、
そのまま楽しそうに言葉を続けた。
「うんうんかっこよかったわね。さっすがハリオ!──あなたも、そう思わない?」
「……はい」
 ほんの少しだけ、小さく握りしめられる拳。そして、長い睫がわずかに揺れ動く。
「うんうん、そうよね!」
 一方、姉ヶ崎先生は、そう言うと、ころころと楽しそうに笑った。
 そして、再び二人の間に沈黙が流れる。
 いくばくかの時間が流れた後、その沈黙を打ち破るかのように、沢近が静かに口を開いた。
「──先生、申し訳ないですけど、私はそろそろこの辺で帰ろうと思います」
「そう……お大事にね」
 姉ヶ崎先生は、そう言うと、沢近に優しく微笑みかけた。
「──はい」
 沢近は、静かに微笑むと、ゆっくりと席を立つのだった。


77 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:24 ID:VV9cQvLU
 途中、部屋を出る時に、美琴に声をかけられる。
「あれ、沢近、どうしたんだ?」
「うん……ちょっと、ね──そろそろ帰ろうかなって」
 表情はいつもと変わらない様子であったが、その雰囲気から、
ただならぬ様子を感じ取ったのか、美琴は心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫か?」
「うん。少し足が痛むだけ……それじゃあね。今日はありがとう」
 沢近は、ほんの少しだけ微笑んでみせると、静かに立ち去った。
 いつもとどこか違う様子に、ひっかかりを感じる美琴。だが、なぜかそれ以上声をかけることが出来ず、
ただ、見送ることだけしかできなかった。


78 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:27 ID:VV9cQvLU
 一方沢近は、美琴の家を出ると、足が痛むのにもかかわらず、思わず走り出していた。
 なぜ、走り出したのか。その理由は自分でも分からない。ただ、あの空間にいるのが、なぜかつらかった。
 ふと気がつくと、小さな公園の前まで来ていた。辺りは、既に赤く染まっており、
公園の中には、2,3人の子供が、無邪気に遊んでいる姿があった。
「──痛っ!」
 足が痛いにもかかわらず、走ったのが災いになったのか、足の痛みに思わず顔をしかめる。
 沢近は、自分の左足をみつめると、一つため息をついた。
 そして、公園のベンチまでたどり着くと、ゆっくりと腰を下ろす。
 しばらくの間、沢近はぼんやりと、公園の中で遊んでいる子供達の姿を眺めていた。
 目の前にあるのは、一組の少年と少女の姿。彼らが兄妹なのか、それとも仲の良い友達同士なのかはわからない。
 目の前の少女は、どうやらかなり無理なことを、少年に命令しているようだった。
その少年は、困ったような顔をしていたが、やがてニッコリと笑うと、その少女の言うことを素直にきいていた。
 そんな少年の反応に、少女は満足そうに微笑むと、再び、二人で仲良く遊び始めるのだった。
 沢近は、そんな二人の様子を見て、ひどく自分がみじめに思えた。
 そして、そんなふうに思えてしまう自分がイヤになり、再び大きくため息をつく。
 ふと、頭の中に、播磨の姿が思い出される。


79 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:28 ID:VV9cQvLU
 ──自分が雨の中に濡れていたとき、優しく傘を差しだしてくれた姿
 
 ──海で、素っ裸で自分の後ろから抱きついてきた姿
 
 ──自分に、力強く告白してきた姿

 次々と思い出される姿。
「ふふ……」
 なぜか、自然に笑みがこぼれでる。
「──なにニヤニヤ一人で笑ってるんだ?」
 ふと上を見上げると、そこには相変わらずのサングラスをかけた播磨の姿があった。
「え──」
 何故、彼がここにいるのだろう?
 突然のことに頭がまわらなかったのか、なんとも間の抜けた返事を返してしまう。
 だが、次の瞬間、すぐにいつもの強気な彼女に戻る。
「──べ、別に。ちょっと休んでいるだけよ。だ、大体、アンタこそどうしてここにいるのよ?
 まだ、打ち上げは続いてるんでしょう?」
「う……そ、それはだな……その、先生が……」
 播磨の脳裏に、先ほどのやりとりが思い出される。


80 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:30 ID:VV9cQvLU
「──ハーリオ、ちょっといいかしら?」
「うん、どした?」
 サンドイッチを食べながら、くつろいでいた播磨に、姉ヶ崎先生が、突然話しかけてきた。
「悪いんだけど、沢近さんを家まで送ってくれない?」
「?……いまいち事情が飲み込めないんだが……」
 播磨がいぶかしげな表情を浮かべると、姉ヶ崎先生は事情を説明した。
「な、なんだよ。そりゃ……だ、大体、お、俺には関係ねェし……」
 今までのこともあり、フンと横をむいてしまう播磨。それを見た姉ヶ崎先生は、
なぜか小さく笑うと、わざとらしくため息をつく。
「そっかぁ……うん、ハリオの言うことも一理あるかもしれないわね。
 ……そういえば、沢近さん、随分足のケガが酷そうだったけど……大丈夫かしら?」
「……ふ、フン! だ、大丈夫なんじゃねえの……多分」
 一瞬、播磨の脳裏に、沢近のケガの様子が思い出される。だが、それを打ち払うかのように
右手に持ったお茶を、一気に喉の奥へと流し込んだ。
「そうよね……邪魔してごめんね」
 姉ヶ崎先生は、そう一言謝ると、絃子先生のほうへと戻っていった。
 播磨は、しばらくじっとしていたが、やがて軽く舌打ちをうつと、ゆっくりと立ち上がった。
 そして、そのまま部屋から出ようとしたが、突然、絃子に呼び止めらる。
「おや、拳児クン。どこに行くんだい?」
「え……えーっとだな……そ、そう! 忘れ物! 家に忘れ物しちゃってよ、ちょっとひとっぱしりいってくるわ」
 突然呼び止められたことに驚いたせいもあるのか、しどろもどろになりながら答える播磨。
 その慌てた様子をみた絃子は、クスリと忍び笑いをもらした。
「そうか……『忘れ物』はちゃんと取りに行かないとな……いってきたまえ、拳児クン」
「あ、ああ。それじゃ!」
 播磨はそう言い残すと、そそくさと部屋をでていった。
 そんな後ろ姿を、絃子は、優しい目で見送る。


81 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:32 ID:VV9cQvLU
「──いいんですか? あのまま彼を行かせて……」
 絃子がふと横を見ると、自分と同じようにお酒の入ったコップを片手に持っていた、
姉ヶ崎先生が、にこやかに話しかけてきた。
「……どういうことかな?」
「──本当は、引き留めたかったんじゃありません?」
 普段、滅多に本心をみせない絃子。その心の内側を探るかのように、姉ヶ崎先生は
じっと絃子の目を見つめた。
 絃子は、そんな視線を真っ向から受け止めていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「何をおっしゃりたいのか、よくわかりませんが……」
 そこまで言うと、絃子は、静かに目を閉じる。そして、つぶやくように言うのだった。
「彼は優しいコです……誤解されやすいですけどね。
 でも──だからこそ私は──」
 そこまで言うと、絃子はゆっくりと姉ヶ崎先生の方に向き直り、柔らかな笑みを浮かべる。
「──拳児クンを信じていますから」
 その迷いのない言葉に、思わずハッとしてしまう姉ヶ崎先生。
だが、次の瞬間には、同じように微笑を浮かべる。
「そうですね──では、刑部先生、一つ乾杯といきませんか?」
「──いいですね。それでは……乾杯」
「乾杯です」
 そして、二人はゆっくりとグラスをかかげると、お互いのグラスを軽くぶつけ合う。
 カチンという乾いた音が、二人の間に静かに広がった。
 もちろん、こんなやりとりが行われていようとは、当の播磨には知るよしもない。



82 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:34 ID:VV9cQvLU
「と、とにかく! 俺がここにいる理由は、なんだっていいだろう!
 ……も、もう時間も遅いんだし、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないのか?」
 播磨が、目の前でベンチに腰掛けている沢近に、少しぶっきらぼうに言う。
 辺りは夕日に染まり、一段とその赤みを増していた。
 先ほどまで遊んでいた子供達も、自分たちの家に帰ったのか、いつの間にか見えなくなっていた。
「──もうちょっと休んでから帰るわよ」
 沢近は、わずかに視線をそらしながら言った。そんな様子に、播磨はやれやれといった様子で、
軽く一息ため息をつく。
「──見せてみろよ」
「え……?」
 一瞬、ぽかんとした表情をみせる沢近。
「足、痛むんだろ? 見せてみろよ」
「な、なんでアンタにそんなこと……」
 沢近は、ぷいと横を向いてしまう。だが、播磨はそんな様子にはおかまいなしに、沢近の足のケガの状態をみる。
 沢近の頬が、わずかに赤く染まる。多分、それは、夕焼けのせいだけではないだろう。
「いいから……うわ、こりゃひどいな」
 しゃがんで、半ば強引にケガの部分を見た播磨は、おもわず顔をしかめる。
 包帯でぐるぐる巻きにされた左足は、包帯の上からでもわかるほど、腫れ上がっていた。
「……誰のせいでこうなったと思ってるのよ」
 横を向きながら、播磨に聞こえるか聞こえないかという小さな声で、沢近がつぶやく。
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもないわよ! とにかく、私、もう帰るから!」
 そう言うと、勢いよくベンチから立ち上がった。だが、ケガのせいかのか、
その端正な顔立ちが、一瞬苦痛にゆがむ。
「──ッ!」
「お、おいおい。大丈夫か?」
 さすがに心配になったのか、播磨が声をかける。
「うっさいわね! ほっといてちょうだい!」
 そう言うと、沢近はヒョコヒョコと足を引きずりながら、歩き始めた。
 播磨は、そんな後ろ姿をしばらく見ていたが、やがて頭を軽く掻くと、沢近のほうに近づいていった。


83 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:40 ID:VV9cQvLU
「──ったく」
 一つ不満の声をあげると、播磨は沢近の前で、背を向けるとそのまましゃがみ込んだ。
「……なんのマネよ」
「みりゃわかるだろ。家までおぶっていってやるよ」
「な! なんでアンタなんかにそんなこと……」
 沢再びプイと横を向いてしまう沢近。
「……目の前にケガした女がいるってのに、そのまま帰れるかよ……」
「──え?」
 思いもよらない播磨の言葉に、一瞬気を取られてしまう沢近。
「と、とにかく! 人の好意は、素直に受け取っておくほうがいいぞ」
 播磨は、沢近に背を向けたままそう言った。一方沢近は、その背中をじっと見つめていたが、
やがて観念したかのように、ゆっくりと近づいていった。
「わかったわよ……言っておくけど、変なことしたら、その場でぶっとばすからね!」
 そう言いながら、沢近は、ゆっくりと播磨の背中に、自分の身を預けるのだった。
「ばっ……バッカヤロ! 誰がそんなことするかよ!」
 播磨は、不満の声をあげながらも、沢近の体をずり落ちないように固定すると、ゆっくりと立ち上がった。
 
 自分の背中ごしに感じられる、女性特有の柔らかい体。そして、沢近の女性としての香りが、
播磨の鼻をくすぐる。
(へぇ……思ったより軽いんだな。コイツも女の子ってワケか……)
 自分の想像以上の軽さに、少々驚きを覚える。
「──こら、ヒゲ! 変なこと考えてないでしょうね?」
 突然、背中から、沢近の怒ったような声が飛んできた。
「な、何も考えてねえよ! と、とにかく、お前の家、どっちだよ?」
「……向こうよ」
 播磨の肩越しに、沢近は、自分の家へと続く道を指さした。
 そして、播磨は、沢近が指し示した方へと、ゆっくりと歩き出した。
 ただ黙々と歩き続ける播磨。素直に体を預ける沢近。二人の間に、言葉は一言もない。
 辺りはいつの間にか暗くなってきていた。行き交う人々も少なくなり、辺りに聞こえるのは、
ただ風の音と、たまに通り過ぎる車の音、そして二人の息づかいだけだった。


85 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:41 ID:VV9cQvLU
 播磨の肩越しに、沢近は、自分の家へと続く道を指さした。
 そして、播磨は、沢近が指し示した方へと、ゆっくりと歩き出した。
 しばらくの間、二人は一言もしゃべらなかった。ただ黙々と歩き続ける播磨。
 辺りはいつの間にか暗くなってきていた。行き交う人々も少なくなり、辺りに聞こえるのは、
ただ風の音と、たまに通り過ぎる車の音、そして二人の息づかいだけだった。
「──アンタに、まさか一日で二度も背負われるなんてね」
 ふと、沢近が肩越しに、話しかけてきた。
「ん? あぁ、騎馬戦のことか。そういやそうだな……」
 そして、播磨は、ちょっと照れたように頬を掻く。
「あー、あのよ。あの時はサンキューな……俺の帽子、取れないようにしてくれただろ?」
「……か、勘違いしないでよね! あれはたまたまよ。グーゼンなんだからね!」
 沢近は、慌てて取り繕うかのように言った。
「へーへー」
「な、なによ! その言い方、なんかムカツクわね!」
 じたばたと背中の上で暴れ始める沢近。
「わ、バカヤロ! 危ないから暴れるなって!」
 そう言うと、播磨は、ずり落ちないように、沢近の体を抱え直した。
 そして、再び訪れる沈黙。
 たまに訪れる車から漏れるライトが、二人を一瞬照らしだし、再び暗闇の中へとけ込んだ。



86 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:43 ID:VV9cQvLU
「──ねえ、ヒゲ」
 何台目かの車が通りすぎたとき、沢近が、ためらいがちに話しかけてきた。
「あん? どうした?」
「──今から言うことは、私の独り言だから……いいわね?」
「な、なんだよ。そりゃ?」
 播磨が、訳が分からないといった感じで、振り向こうとしたその時、
沢近の手が、ガッシリと播磨の頭を、帽子ごと掴む。
「『一人ごと』なの! い・い・わ・ね・?」
「イテテテ……わ、わかったわかった。わかったからやめて下さい、サワチカサン」
 ギリギリと締め付けられる痛みと、有無を言わせぬ沢近の迫力に、つい降参してしまう播磨。
 それからしばらくの間、播磨は沢近の言葉を待ち、黙っていたが、
なぜか背中の上の沢近は、一言もしゃべらない。
「──?」
 不思議に思った播磨が、首を後ろに向けようとしたその時、


「──ゴメンね」


 ためらいがちにかけられた小さな声が、播磨の鼓膜をふるわせる。
 普段の強気な沢近からは、考えられないほどの小さく、消えそうな声だった。
「──素直になれなくて、ゴメンね」
 一言一言、ゆっくりと紡ぎ出される言葉。
 不思議に思った播磨は、つい声をかけようとする。
「おい、お嬢──?」
「──私がもっと素直だったら──素直にあなたに謝れていれば、こんなことにはならなかったのにね……
 本当にごめんなさい」
 文字通り、震えるような声で、一言一言つむぎだす。
 播磨の両肩に置かれたその手は、わずかに震えていた。
 播磨からは沢近の顔を見ることは出来なかったが、なぜかその時は、沢近が泣いているように思えた。


87 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:47 ID:VV9cQvLU
「あー、あのよ……」
 しばらく播磨は黙っていたが、やがてゆっくりと話し始める。
「今から俺が言うことは、俺の独り言なんだが……」
「──」
「……まぁ、その、なんだ……俺は、そんなに気にしてないぜ。それに──」
 そこまで言うと、ゴホンと軽く咳払いをする播磨。一方の沢近は、播磨の背中でおとなしく聞いていた。
「──その、今、こうして、ちゃんと素直に謝れているんだから、いいんじゃないか?」
 自分で言っていて、少し恥ずかしくなったのか、再び頬を軽く掻く。
 沢近は、しばらく黙っていたが、やがてクスクスと笑い出した。
「お、おい。ど、どうしたんだ? 急に笑い出したりして……」
「──ふふ、ばっかみたい。私の独り言に、独り言で答えるなんて……」
 そう言うと、沢近は再びクスクスと忍び笑いを漏らすのだった。
「な!なんだよ! 一体だれのせいで──」
 播磨が、非難の声をあげようとしたその時、


 ──キュッ


 播磨の首に、沢近の細い腕が、ためらいがちに回される。
 沢近は、自分の腕に軽く力を入れると、播磨の背中に抱きついた。
 そして、顔を播磨の耳元に近づけると、ささやくようにつぶやく。

「──アリガトね、播磨君」

 そう言うと、恥ずかしくなったのか、播磨の背中に、静かに自分の顔を埋める。

「お、おう……」
 一方播磨は、なんとも言えない間の抜けたような返事を返すと、しっかりと沢近の体を抱え直し、歩き始めた。
 いつの間にか、太陽は、その姿を完全に地平線の向こうに隠し、
雲一つ無い空には、きらめく星空が広がっていた。


88 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:49 ID:VV9cQvLU
「ふう──」
 沢近は、大きく一息つくと、自分のベッドの上に身を投げ出した。
 あの後二人は一言もしゃべらなかった。
 そして、播磨に無事家まで送り届けてもらった後、自分の部屋に戻っていた。
 
 ちらりと、自分のベッドの上に広げられた、播磨のジャージを見つめる。
「──ふ、ふん! 元はといえば、あのバカのせいなんだから!」
 そして、そのジャージから目をそらすかのように、プイと横を向いてしまう。
 だが、やがて、恐る恐るという感じで、ジャージを自分の手に取った。
 そのまま目の前で広げると、「播磨」とかかかれたネームの部分をじっと見つめる。
 
「……ホントに、バカなんだから……播磨君のバカ……」

 沢近は、誰ともなしにそうささやく。そして、小さな微笑がゆっくりと広がる。


 ──明日からは、今よりもう少しだけ素直になろう。


 いつの間にかジャージを胸に抱くと、沢近は心の中でそうつぶやいていた。



(了) 


89 名前:Hard to say I'm sorry :04/06/19 03:51 ID:VV9cQvLU
以上です。
久々にSS書きましたが、難しいですねえ(;´Д`)

漏れ自信はイトコ萌えなんですけど、旗派もいいもんですねえ(*´д`*)ハァハァ

感想、批判、技術的な指摘、遠慮無くお願いしますщ(゚д゚щ)カモーン

読んで下さった方々、ありがとうございました。
2007年02月10日(土) 20:35:07 Modified by ID:BeCH9J8Tiw




スマートフォン版で見る