最高裁弁論における陳述の要旨

 

平成23年6月17日 最高裁判所口頭弁論における意見陳述・補充弁論の要旨は以下のとおりです。





原告(井上)


  原告の1人として、以下意見を述べさせて頂きます。

1.私は、同じ弁護士として、被告の行ったマスコミを通じての懲戒煽動行為を許すことはできません。

2.私は、光市事件の弁護団(以下単に「弁護団」といいます。)の弁護活動が、懲戒に当たるものだとは全く考えておりません。
  弁護団は、被告人の供述をねつ造することなどしておりません。弁護人は、被告人の利益を守るために最大限の弁護をすることは当然ですが、そのためには何をしても許されるわけではありません。被告人の供述をねつ造してまで弁護を行うことは、明らかに許されることではありません。
  このようなことは、同じ弁護士であれば、当然分かるはずです。
  にもかかわらず、被告は、事件の記録を全く読まず、弁護人から事件に関する話を全く聞きもしないまま、弁護団が被告人の供述をねつ造したと決めつけ、テレビという公共の電波を通じて、懲戒を呼びかけたのです。
  私には、被告は、特に深い考えのないまま、あの番組において、弁護士資格を持つタレントとしての自分に期待される発言をしたようにしか思えません。
  しかし、今から述べるように、被告の発言は、我々の弁護活動を妨害し、死刑を求刑された被告人の命にも関わるものだったのです。  

3.被告が懲戒を呼びかけたために、かつてないほどの数の懲戒請求が弁護団の全ての弁護人に対しなされました。
  弁護団は、懲戒請求への対応として、弁護士会に提出すべき答弁書や弁護活動の証拠資料を準備することを余儀なくされましたが、何より苦痛だったのは、貴重な議論の場である弁護団会議で懲戒請求への対応についての議論をせざるを得なかったことです。
  弁護団会議は、平成18年10月から平成19年12月4日の差戻控訴審結審日まで、平均すると毎月2〜3回行われていました。会議の大部分は、広島で行われ、広島以外の弁護人は交通費を自己負担で広島まで来ていました。会議の時間は、通常は午後1時過ぎから午後7時前後までは約6時間くらいでしたが、それでも議論しなければならないことはいくらでも出てくる状況だったので、会議の最後は、いつも広島以外の弁護人が地元に帰る最終の新幹線・飛行機に間に合わなくなってしまうので、やむなく終わるという感じでした。
  このように時間が足りない状況であるにもかかわらず、弁護団会議では懲戒請求への対応にも時間を割いて議論せざるを得ませんでした。弁護団は、今回の懲戒請求が認められるはずのないものであることは確信していましたが、あのようにたくさんの人々の注目が集まってしまった以上、裁判への影響というものを全く無視することはできず、対応について慎重に協議せざるを得なかったのです。
  よく分かって頂きたいのですが、私は、懲戒請求のお陰で不十分な弁護しかできなかったなどというつもりはありません。弁護団は、限られた時間の中で出来る限りの弁護をしたつもりではあります。
  しかし、刑事弁護では、どんな事件でも、結果が悪かった場合には、後から振り返れば、「これをしておけばよかった」「あの点をもう少し検討しておけばよかった」などという後悔は、考えれば考えるほど出てきてしまうものです。死刑が問題になっている事件では、「これをしておけば被告人は死ななくてすんだのではないか」という後悔に苛まれます。
  だからこそ、本来は必要のないはずのことで議論の時間が割かれることは、結果的にどのような弁護ができたか如何にかかわりなく、大変な苦痛でした。
  被告は、原告の被った損害は受忍限度の範囲内であると主張していますが、自分の発言が被告人の命に関わるものであることをいまだ全く自覚していないことに、同じ弁護士として愕然とせざるを得ません。

4.もし、被告の懲戒煽動行為が、法的な責任を全く問われないようなことになれば、刑事弁護人に対する批判は、今後、歯止めがきかなくなってしまい、刑事弁護の在り方自体に影響があると思います。
  我々弁護人1人1人が本当に強ければ、そのようなおそれは私の杞憂にしかすぎないかもしれませんが、本当に強い人間というのは限られた存在です。そして、そのように限られた存在でしか、被告人のための刑事弁護が全うできないという状態は、刑事弁護の本質を変えてしまうものだと思います。
  どうか、裁判所におかれては、今後の刑事弁護の在り方への影響も踏まえて、判断をしていただきたいと思います。どうかよろしくお願い致します。


代理人団(島方)


  一審原告井上からは言わば本件訴訟にかける熱い思いが述べられましたので,代理人である私からは,できるだけ客観的に,また証拠はありながらも判決中では余り取り上げられていない問題点にも触れつつ,我々のこの事件に対する認識を述べることとします。

1 背景
  本件の,平成19年5月27日,あの放送当時,広島高等裁判所では光市母子殺害事件の差戻控訴審が開始したばかりでした。同年5月24日が弁論更新の第1回公判であり,弁護側からはそれへ向けて準備された詳細な更新意見書(乙6)が提出された直後でした。検察側と弁護側とは最高裁判決を受け,一方は元少年に死刑を求め,他方はその防戦のため,正に論戦が始まろうとしていた矢先でした。
  また社会的にも刑事事件としては異例とも思えるほどの注目が寄せられ,元少年と弁護人の主張内容は市民の耳目を集め,マスコミによる報道や評論はは批判的なものが多数でしたが,頻繁に事件を取り上げていました。

2 弁護活動の困難性
  争点の性質上,この事件の弁護は人権擁護の職責を負う弁護士にとっても,その義務感と同時に,相応する識見や力量と情熱と時間とを覚悟する案件でした。身柄を拘束された元少年の心を開かせ,彼から真実を聞き出す作業や,死刑回避の法律論や情状論は,そのような資格と覚悟を持つ複数名による弁護団が必要でした。そのような事情は法曹であれば,誰もが容易に推測し,理解できることだろうと考えていました。その難件に当たる辛い職責を,彼ら弁護団が担ってくれているとの認識が我々にはありました。それが少なくとも地元弁護士の偽らざる心境だったと思われます。
  そんな矢先,あの放送が流されました。それも,あろうことか,弁護士による悪意に満ちた言動をも含んでいたのが本件です。

3 弁護士や弁護活動の実情
  刑事弁護人は,被告人の供述を代弁し,被告人の利益を目指して最善を尽くさねばなりません。s或る意味では異常事態とも言うべき刑事事件では,事案により常識では到底信じ難いものもあり,世間の理解を得られないこともあります。例えば,捜査側の作成する供述調書が被告人の供述内容を歪めて作成されることもあり,常識的でない内容であるからといって斥けることはできません.多くの刑事弁護人は事件の都度,悩みながら被告人の供述を理解し整理して,法廷で展開することが被告人の利益や真実の発見につながると信じて,弁護活動を行なっています。
  従って,個々の弁護活動を批判するには,相応の調査と弁護活動について一定の識見を必要とします。相手方の言動を一言で言えば,それらをいずれも著しく欠いています。訴訟記録も見ず,被告人から話を聞くこともしないで,他の弁護士の弁護活動を公に批判することなど軽々にできるものではない,というのが我々の常識です。

4 受理申立理由に即して
  原判決では充分に論及されていませんが,被告の発言の前には《…誰が信用しますか…,被疑者・被告人の利益にもなっていない,これは明らかに政治運動ですよ》との宮崎氏による発言が先行していました。しかし真実,この弁護団は,この種の事件にありがちな政治運動化について,絶対的な命題のように,それを排除し,事件に集中していました。マスコミは積極的に死刑の当否と関連づけていましたが,弁護団はそのような思想的な問題ではないということ,これは事実を争う刑事弁護なのだということに徹して,消極的に取材にも応じていませんでした。そのため相手方から「世間への説明義務違反」なる主張がなされるに至ったことも,この訴訟の記録上明らかです。
  従って,宮崎氏の上記指摘は,単に当たっていないのではなく,真実は全く逆なのです。
  その流れに乗ったのが被告の発言です。
  一審判決が認めた名誉毀損について,原判決は,先ず「発言イ」は刑事弁護に関する当たり前の理解を述べたものと認定しました。しかし,被告は,あのように半ば騒然とした場面で,半ば興奮気味に《…あの安田という弁護士が中心になって…組み立てたとしか考えられないですよ》と声高に言い,その後に懲戒を呼びかけたのですから,それを「当たり前の理解」を述べたと理解する視聴者はいないでしょう。弁護団は被告人の言い分を創作してまで死刑を回避しようとしているのだ,弁護士として許されない行為だ,と非難したかったのは明らかと思われます。
  当たり前のことを言う時,人は冷静に語ります。
  次に原判決は同様に,《ぜひね,全国の人ね…一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてもらいたいんですよ》などの「発言ウ」ないし「発言オ」も,当たり前の認定を前提に(真実性),意見や論評についても正当性の範囲を逸脱していないと言いいます。しかしあのような弁護士による懲戒の呼びかけが正当性の範囲を逸脱していないというのであれば,逸脱する場面とは,一体どんな場面でしょうか。我々が最高裁判所の判断を仰ぎたいと考えたのは,このような問題点です。

5 終わりに
  相手方の発言を放置すれば,我々のまっとうな弁護活動が妨害され,崩壊してしまいます。そのような危機感が,(日ごろ,弁護士が当事者になってどうするんだという保守的発言をする代理人をして),原告からの代理人就任を二つ返事で了解した最大の理由です。
 
2011年06月17日(金) 21:53:58 Modified by keiben




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