提訴記者会見プレスリリース

(平成19年9月3日 提訴時記者会見の内容)


橋下徹弁護士に対する損害賠償請求訴訟の提起について

 現在,広島高等裁判所では,いわゆる「光市母子殺害事件」の差戻控訴審の審理が行われております。事件の経過と被告人の元少年と弁護人の主張内容は多くの市民の耳目を集めており,関係する弁護人及び裁判官に対する脅迫文書が送付されるという事件も起こっております。
  このような中,橋下徹弁護士(大阪弁護士会所属・橋下綜合法律事務所)は,平成19年5月27日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」(よみうりテレビ製作)の中で,以下のような発言を行いました。
  『ぜひね,全国の人ね,あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら,一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてもらいたいんですよ。』
  『懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで,何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ。』
  『懲戒請求を一万二万とか十万人とか,この番組見てる人が,一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね,弁護士会のほうとしても処分出さないわけにはいかないですよ。』
 
 上記発言は,広範な影響力を有するテレビというメディアにおいて,専門家である弁護士が虚偽の説明に基づく懲戒請求の扇動を行なったという点,その結果大量の懲戒請求がなされ,これに対応すべき義務のある各弁護人の業務に多大な影響を及ぼしている点において,他の単なる批判的言論とは異なります。
  上記橋下氏の発言を放置すれば,弁護人が被告人の代弁者として被告人の権利を擁護する役割が妨害され,ひいては憲法上の人権である弁護人依頼権すら侵害される事態に至るものであり,到底看過できません。
  さらに,提訴の動機としては,このような刑事事件に無理解な発言を同じ弁護士からなされたことが非常に残念であるという素朴な感情もあります。
  そもそも刑事弁護に際して,弁護人は,被告人の供述を代弁し且つ被告人の利益を目指して最善を尽くして弁護を行なわなければなりません。一般的に,被告人の供述する内容には,事案によっては常識では到底信じ難いようなものもありますし,世間の理解を得られないだろうと感じることもあります。しかしながら,捜査側の作成する供述調書が被告人の供述内容を歪めて作成されたり,その結果事件の概要すら歪められてしまったりすることもあるのは,昨今,鹿児島や富山で起きた冤罪事件をみても明らかなとおりです。また,被告人の供述内容が従前の供述内容と異なったり,常識的でない内容であるからといって真実でないと決め付けることができないことも,ご承知のとおりです。
  多くの刑事弁護人は,事件の都度悩みながら,被告人の供述を理解し法廷で展開することが被告人の利益になり,さらにはそれが真実の発見にもつながると信じて,弁護活動を行なっております。
  橋下氏は同じ弁護士として,このような弁護士の立場や悩みを熟知しているはずであるにもかかわらず,あたかも光市事件の弁護人が真に被告人の供述を代弁し展開しておらず,私的な政治的主張に事件を利用しているかのように決めつけ,視聴者に誤解を与えて,懲戒請求を扇動しました。
  なお,原告4名に対して,提訴日現在,橋下弁護士自身からの懲戒請求はなされていません。
  原告らが懲戒請求されるべきであり,簡単にできるからやってほしいと呼びかけながら,自ら懲戒請求をしていないというのは,無責任きわまりないと思います。本当に原告らが懲戒処分を受けるべきであり,橋下弁護士がそれを確信するのであれば,自身が1件の請求を行えば十分なのです。
  以上のような観点から,橋下弁護士の発言は看過し難いと考え,本件提訴に至りました。

 以下では若干,詳細に提訴に至る経緯と動機をご説明いたします。
  まず,弁護士会に対する弁護士の懲戒請求を定めた弁護士法58条1項は,「懲戒の事由があると思料するときは」,何人も懲戒の請求をすることができると定められております。しかし,これは恣意的な請求を許容したり,広く免責を与えたりする趣旨の規定ではありません。現に,最高裁判所も,「請求をする者は,懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように,対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務を負う」として,調査検討義務を果たしていない懲戒請求者の損害賠償義務を肯定しています(最高裁判所平成19年4月24日判決)。この調査検討義務は,直接に懲戒請求をする請求者のみならず,特定の弁護士の特定の行為について懲戒を促す者にも,同様に課せられる義務であると考えられます。
  刑事裁判において,弁護人は,弁護人以外の全ての人が被告人の主張を疑っていても,被告人の主張の代弁者となり,被告人が主張をする権利を擁護する義務があります。光市事件の弁護団は,このような義務を果たすために職務を行っていたものであり,懲戒事由は何ら見いだせません。弁護士である橋下氏は,上記のような弁護人の職務や立場について,十分な知識を有しているはずです。橋下氏が,懲戒事由があることを裏付ける相当な根拠があると判断しているのであれば,その根拠を明らかにしたうえで懲戒請求を促すべきですが,番組放送の中ではそのような説明は全くありませんでした。
  同時に,橋下氏は,多数の懲戒請求を受けることは,たとえその懲戒請求が不当であり懲戒不相当と審決されるとしても,弁護士にとって事実上の負担があることも知っているはずです。弁護士に対する懲戒は,弁護士会が弁護士自治のために独占する強大な権限です。全ての懲戒請求の1件1件について,裁判官・検察官・学識経験者を含めた委員会において,慎重な審査がなされます。
  さらに橋下氏は,多数の懲戒請求がなされれば懲戒せざるをえなくなると発言しましたが,そのようなことはありません。このような虚偽の説明をしてまで膨大な数の懲戒申立を促すことに,正当性は全く見いだせません。
  橋下氏は,あたかも誰でも気軽に署名活動感覚で懲戒請求ができるかのように誤解させる発言を行っていますが,懲戒請求者は,綱紀委員会による調査の中で,主張の補充や陳述,出頭,資料の提出等を求められることがあります。
  刑法172条に定められている虚偽告訴罪は,弁護士会に対して虚偽の懲戒請求をすることも処罰の対象としています。懲戒請求は,警察官・検察官に対して犯罪の告訴・告発をするのと同等の行為と考えられているのです。
  現在までに,原告らに対しては,それぞれ全国から300件を超える懲戒申立がなされております。
  以上のとおり,橋下氏の発言は,何らの根拠なく懲戒請求を扇動する不法行為であり,刑事裁判における弁護人の存在意義と弁護士懲戒制度の意義を傷つけるものです。また,刑事弁護を引き受けることを萎縮させ,ひいては憲法上保障された被告人の弁護人依頼権を害することになります。刑事弁護に携わる弁護士として,橋下氏の発言を看過することができません。

 本件民事訴訟の内容をご説明します。
  原告は光市事件の弁護団(22名)の全体ではなく,弁護団の構成員の一部である弁護士4名が,個人として提訴するものです。
  この4名のために,この民事訴訟において訴訟代理人を務める弁護士は,光市事件の弁護人(弁護団メンバー)ではない6名です。
  不法行為に基づく損害賠償請求をする場合は,原則として金銭を請求する方法により行うことになります。この事件の直接の被害としては,原告らに対する業務妨害(不要な負担を強いられたこと)が中心ですので,名誉毀損等による被害を回復する方法である「謝罪広告」の請求にはなじまないと考えております。
  今回訴状で請求している慰謝料300万円という金額については,過去の事例,本件の特殊性,原告・弁護団の経験等をもとに,少なくとも認められるべき損害額として算定したものです。なお,この金額については後に変更(追加)する可能性がないわけではありません。
  
 橋下氏のみに対する民事訴訟を手段として選択した理由は以下のとおりです。
  この扇動行為に対しては,橋下氏について大阪弁護士会に対する懲戒請求をしたり,虚偽告訴罪・業務妨害罪の刑事告訴を行ったりすることも,対処として考えられます。実際に,将来,これらの措置をとらないことを決定したわけではありません。
  しかし,弁護士以外の委員(裁判官・検察官・学識経験者)も参加するとはいえ,弁護士会内部で非公開の手続で行われる懲戒手続よりも,公の場で第三者たる裁判所の判断を求めることができる裁判による方が,より公平で公正な判断を受けられると考えました。
  また,刑事告訴をするとすれば,橋下氏は実際に懲戒を申し立てた人に対する教唆犯あるいは間接正犯であるという形になり,懲戒請求者に対する取り調べがなされる可能性もあります。しかし,懲戒請求者は,橋下氏による扇動の被害者としての側面もあるので,これまでの請求者に対する責任追及は原告らとしても本意ではありません。
  「番組の製作・放送をしたテレビ局については被告にしないのか」という質問を受けました。しかし,テレビ局に求められる注意義務と弁護士である橋下氏に求められる注意義務とは,水準が異なると思われます。また,この番組は金曜日午後に収録し,日曜の午後に放送すると聞いており,その短い間に,別の弁護士等に橋下氏の発言が正当であるか否かのセカンドオピニオンを求めなければならないと要求することは困難であるとも考えられます。したがって,これまでの放送については,テレビ局を被告として損害賠償請求をするつもりはありません。
  また,「個々の懲戒請求人に対する損害賠償請求については考えていないのか」という質問も受けました。しかし,橋下弁護士に対する提訴をするまでに懲戒請求をした人については,そのころの報道からは懲戒事由があるか否かを正確に判断する材料を十分に得にくく,橋下弁護士の説明を聞いて懲戒事由があると信じたことに過失があるとは認められない可能性があります。そのため,現在のところ,各懲戒請求者に対する提訴は見送っていますが,今後については未定です。

 関係各位の皆様には,上記の趣旨をご理解いただくとともに,刑事弁護人の職務の意味についてもあわせて今一度ご理解を賜りますよう,お願いいたします。


※注 誤解を避けるため,平成19年9月3日当日の記者会見の内容に若干補足を加えております。


2007年09月17日(月) 23:27:11 Modified by keiben




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