在日のほんとうの姿を知りたいあなたへ。

Q 在日が日本国籍を離脱したのは、在日自身の希望だったのではないですか?


大日本帝国(現在の日本)が大韓帝国(現在の朝鮮半島地域)を「併合」した1910年8月22日をもって、朝鮮人は当時の日本人と同じ「日本臣民」になり、日本国籍を付与されたこととなりました。これは個人の意志とは関係なく、国際条約によって規定されたための日本国籍「付与」です。

1945年8月14日の日本のポツダム宣言受諾とともに、日本の領土は本州・北海道・九州・四国等に宣言され、実質上の各地植民地支配は終了しましたが、朝鮮を含めた旧支配地域に対する対応については1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効の日まで詳しく定められることはありませんでした。

また、日本国内の旧植民地出身者に対しては1947年5月2日※注1「外国人登録令」が発令され、彼らを「当分の間外国人と見なす」という措置が一方的に採られました。これは登録に応じなければ国外退去処分にするという厳しいものでした※注2

その後、サンフランシスコ条約が発効された1952年4月28日に、日本は朝鮮を独立国家として認めると同時に、朝鮮を初めとする旧植民地出身者は再び日本国籍を剥奪されました。これも個人の意志とは関係なく、国際条約上の取り決めのために起きた事柄です。


※注1 これは日本国憲法施行前日のことですから、憲法に規定されている立法府である議会の議決を経ずに出された最後の法令のひとつとなります。このことから、この発令には、「基本的人権」を旨とした日本国憲法の対象から旧植民地出身者を除外する国家的な狙いがあったのではないかという批判も存在します。


※注2 例えば日本と同じく第二次大戦の敗戦国であったドイツは戦後、旧ナチスが奪ったユダヤ人に対するドイツ国籍を回復し、ポ−ランドなどのドイツ帝国に編入されていた占領地の人々にも国籍選択権を与えました。しかし、当時の日本政府は、日本に在留する旧植民地出身者に国籍選択権を与えませんでした。つまり当時の在日朝鮮人・台湾人に「日本人として日本で暮らす」という選択はできなかったのです。
×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。

メンバーのみ編集できます