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イリヤの奇妙な冒険20


   【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】


   『20:Teach――教育』



【魔術協会所蔵の一資料より】

 日本。極東の島国として、西洋の魔術師には蔑まれる傾向にある地であるが、しかし軽んじながらも、その中に不気味さを感じる者も多い。
 あの地は運命に呪われているかのように、禁忌の事象が多すぎる。禁忌の質であれば、広い世界に幾らでも同等以上の禁忌は存在するが、小さな国土に集中的に多量の禁忌を保有する国は珍しい。
 大陸と切り離された島国は、神秘が比較的多く残っている説があるが、正しいのかもしれない。

 4度の聖杯戦争が行われた都市、冬木。
 異能者の集う奇妙な町、杜王。

 だが特に恐れられている地は、死徒の墓場――三咲である。

 元々、人ならざる者との混血『遠野』が治める地ではあったが、ここ数年で起こった事柄は狂気の一言である。死徒27祖が2体、番外位が1体、この町で滅び、真祖の姫君や、埋葬機関の代行者、アトラス院の院長候補が常駐する混沌の町と成り果てた。
 最新の情報では、『パッショーネ』の組員が、三咲に入ったという報告があげられている。『パッショーネ』は表向き、イタリア最大のギャング組織――それすらも裏だが――であるが、その実『教会』すらも警戒する、異能者によって構成された組織である。
 力と力が接触すれば、必ず大きな波紋が起こる。近いうちに、また我々が耳と正気を疑う報告があることと予測される。





   ◆

 初めは何もわかっていなかった。

 ただ、吠えるバーサーカーの黒い巨体を見ていたところまでしか、記憶が無い。
 気が付けば、巨人は消えていた。砕け散らされた大地が煙をあげており、その中心にカードが見えた。
 首を動かせば、美遊や凛たちもいて、無事であったことにほっとする。しかし、彼女たちの視線が、いつもと違うのに気が付く。
 気遣うような、慄くような、退いた視線を送っている。

「どうしたの? みんな……」

 口にしようとした瞬間、

「あ…………」

 記憶が、蘇る。堰き止められた川の水が、決壊して一気に流れ出すように、さきほどまでの現象が、自分がなしてしまったことが、すべて思い出された。

「なに……これ……」

 魔力の奔流。自分の中身。
 英雄の力。勝手に動く体。
 弓騎士の戦闘。人外の領域。
 狂戦士の撃破。化け物を超えた化け物。

「いや……なんで……なんで私がこんな……」

 ガクガクと体が震える。見知らぬ自分。壊れる普通。
 今までは、どれだけ不思議なことが起きても、あくまで自分の外のことだった。自分とは関係の無い場所からやってきた、束の間の来訪者だった。
 だが今回は違う。自分自身が、不思議で、不自然で、不明瞭で、不可解で、不条理なものとなり果てた。巻き込まれただけの一般人であった自分が、変わってしまった。

 自分は何をしたのか?
 自分は何なのか?
 あんなことをした自分は――本当に自分なのか?

「私は……私。私は絶対に私のはず……私は私以外の誰でもない……! こうして、考えてる私は、絶対に私! 私は……!!」

《イリヤさん! 落ち着いてください!》


 ルビーが呼びかけ、宥める。だが、

「もういや! 帰る……帰るの!」

 イリヤは聞く耳を持たない。イリヤは美遊たちに背を向け、闇雲に走り出す。

(私は普通の人間なのに……! ステッキに騙されてちょっと魔法少女をやっただけ……!! なのに、そのはずなのに! まるで!)

 目には何も映らず、耳には何も聞こえず、ただ走り、ただ逃げる。

(私が私じゃなくなるような感覚!!)

 ただただ恐ろしく、ただただ目を背け、ただただ日常へと帰るために。

「早く家に! 帰らなきゃ! 速く! 速く! もっと速く!」

 イリヤスフィールの足が地から離れる。己が最高速度で飛び、その追い詰められた精神は、ついに魔法にも近い大魔術――転移――瞬間移動にまで達する――

 グインッ!!

 その前に、いつの間にか引っ掛けられていた紐に足を引っ張られ、大地に引きずり戻された。

「ギャフンッ!!」

 メメタァッ!!

 地面に落っこちて顔から叩き付けられ、腹ばいの蛙のような、みっともない格好でピクピク震える。かくてシリアスめいた逃避行は、ギャグ的な落下によって潰された。


「い、痛たたたたたたた……」
「いや、逃げるんじゃないわよ。『立ち向かえ』って教えたでしょうが」

 ランサーは、顔に手を当てて泣くイリヤに、呆れ顔で言う。

「パニック起こしてもいいことないわよ。落ち着きなさい」
「だ、だって……」

 落ち着いた声で話しかけられ、イリヤも少しは冷静になる。ランサーのまとう雰囲気は、周囲の人間の心を落ち着かせ、勇気づけるものがあった。
 とりあえず、もうイリヤに逃げる気配はない。地面に座り込み、動く様子はない。

「だ、だって、あんな力持ってるなんて、その、普通じゃないし……」
「まあ普通じゃないけど、悪いことでもないでしょ? 他の人が持っていない力持ってるなんて、ラッキーじゃない」

 ランサーの友人にせよ、敵にせよ、能力を持って思い悩むような者はいなかった。良かれ悪しかれ、手に入れた超能力を便利に使っていたものだ。
 ポリポリと頭を掻くランサーには、なんでそこまで動揺するのかがそもそも理解できない様子だ。その困惑顔を見ていると、イリヤも自分の方が変なのかと思ってしまう。

「い、いや……でもこんな力……大きすぎて」
「『自分の力を知って使いこなせ』とも教えたはずよ? 怖がろうが、嫌がろうが、その力は貴方の物で、そこにあるんだから、ちゃんと見なくちゃ始まらないわ。無視して無かったことにして、忘れてしまうって手もあるけど……いずれは向き合うことになるわ。そういうものなのよ……宿命っていうものはね」

 実感の籠った言葉だった。イリヤは、ランサーの言葉の意味を、ランサーが思っている以上に理解していた。
 夢で見たから。ランサーの体験を、眠りの中で共有していたから。ランサーは確かに言葉通り、その力を受け入れ、使いこなしていた。その力で危機に立ち向かっていった。
 その体験を思い返すと、イリヤの小さな胸に勇気が湧いてくる。

「でもまあ……そう怖がることないわ。『マスター』には『サーヴァント』がいる。私が『傍に立って』いてあげるから」

 ランサーは手を差し伸べる。イリヤはその手を見つめ、やがてその手を握る。
 ランサーは手を引き、イリヤを立たせた。そして手を離す。イリヤは、ランサーの手を、少し名残惜し気に見てから、顔を上げて、ランサーの目を見て、言う。

「こんな力を持っていても……私は、私でいいのかな?」
「そんな哲学的なことに答えられるほど、頭は良くないけど……私から見て、貴方が何か変わったようには見えないわ。ちょっと、おっちょこちょいなところも含めてね」
「アハハ……酷いなぁ」

 イリはようやく笑みを浮かべる。目じりから涙が零れるが、それは悪い意味の涙ではなかった。

「イリヤスフィール」

 今度呼びかけてきたのは、美遊だった。
 恐る恐ると言う風に、彼女はイリヤに近寄る。


「あ……美遊さん。ごめん……一人でパニくって、逃げようとして……恥ずかしいなぁ」
「ううん……それより、もう大丈夫なの? イリヤスフィール」

 イリヤは頭を下げて謝る。そんなイリヤに美遊は首を振り、気を悪くしてはいないことを表す。

「うん! 心配してくれたんだ……ありがとう」
「そ、それは、そんなの当然の、お礼を言われるようなことじゃ……」

 顔をあげたイリヤは、いつもの笑顔を見せる。その様子に安心しながらも、美遊は視線を逸らし、照れる。そんな美遊にイリヤはふと思ったことを口にする。

「それからさ……前から思ってたんだけど、イリヤスフィールじゃちょっと堅苦しいから、イリヤでいいよ。友達はみんなそう呼んでるから」
「……友達?」
「えっ!? 友達って思われてなかったの!? 私の片思い!?」
「あ、いや! そうじゃなくて……!」

 ショックを受けるイリヤに、美遊は顔を赤らめ、おずおずと、

「それなら私も……美遊さんじゃなくて、美遊って、呼び捨てで……いい」
「――!」

 たどたどしくも、はっきりと言った美遊に、イリヤの表情はパァーッと明るくなる。

「うん! それじゃ改めてよろしくね、ミユ!」
「こ、こちらこそよろしく……イリヤ」

 そして二人はどちらからともなく、手を差し伸べ合い、握手する。
 その様子を、ランサーは静かに、嬉しそうに見ていた。

《いい光景ですね〜》
「どうなることかと思ったけど、雨降って地固まるってことかしらね」

 そして、少し離れて様子を見ていたルビーがマイペースに言い、凛もほっと息をつく。

「けど……あのイリヤは一体」
《わかりません。わかるのは、イリヤさんは間違いなく、『英霊』になっていたということです》
「そんなことができるんですの?」

 ルヴィアは流石に信じられない様子だった。
 英霊とは、人間より上の段階にある存在。つまり今、イリヤは一時的に人間の枠組みを超えて見せた。

《魔術協会がカードを解析したときわかったのは、カードには英霊の力の一端たる宝具を具現化させる力がある――というところまで》
《けれど、イリヤ様は自分の体を媒体に、英霊の能力を召喚したした》
《おそらく……それこそが本当の、カードの使い方なんでしょうね》

 クラスカード。
 誰が、どうやって、何の目的で造ったのか。誰も知らない。
 ただ突如現れ、ばらまかれた。

 勿論、使い方もわからず、魔術協会が回収、解析して、ようやく少し解明されたが、まだ半分以上が闇のままだ。
 その闇の一端を、イリヤは無理矢理こじ開けたのだ。


「カードの異常性は今更だけど、今はイリヤの方よ。なんでイリヤは、カードの使い方を知ることができたのか……いいえ、知ったんじゃない。知らないままに、使ってみせた」
《手順をすっ飛ばして……結果だけ導いた、とか?》

 凛の言葉に、ルビーは答える。とはいえ、答えといっていいものか。
 それがイリヤの力だとすれば、なぜそんな力を持っているのかという謎が増えるだけだ。

「スタンド能力の中には――そういった無茶な能力もある。だが、彼女はスタンド使いではない。スタンド使い以外にも、いわゆる超能力者、異能力者は存在するが、イリヤ君は、生まれついて偶然、そんな能力を手に入れたのか。あるいは――誰かが意図的に、イリヤ君が能力を持つようにしたのか……」

 アヴドゥル自身のスタンドは、生まれついての、偶然の産物だ。だが、アヴドゥルたちの大敵であった男は、ある道具を使って、後天的にスタンド能力を手に入れた。
 イリヤの能力が天然のものであればまだいいが、そうでなかったら、イリヤという存在の裏に、何かがあることになる。そして、そうなればことはイリヤの過去と、人生に関わってくる。
 自分の責任ではなく背負わされた宿命――その重みを想い、アヴドゥルの表情は苦いものとなった。

《ま! 今、気にしても仕方ないでしょう!》

 そんな暗く重いものになりかけた空気を、ルビーは明るくぶっ壊す。

《姉さんは前向きね》
《人間万事結果オーライよー! 勝てたんだからよしとしましょう。過去や未来を思い悩むより、今するべきことを、するべきですよー》

 いい加減なようで、実際いい加減なのであろうが、一理ある。
 今どんなに考察しても、何ができるわけでもない。まだ第一関門を突破しただけで、戦いは終わっていないのだ。まずは目の前の敵を全力で倒して、余裕を得てから次の問題に取り掛かるべきだろう。

「さて、そうすると……」

 凛は周囲を見回すと、滅茶苦茶になった地面に、深い穴が開いているのを発見した。
 工房への通路に違いない。バーサーカーとの激しい戦いの中、地下への出入り口を隠していた結界が破壊されたらしい。

「イリヤ! 美遊! 二人とも、先に進むわよー!」

 バーサーカーのカードを拾い、誰も欠けることなく、一行は決戦へと挑む。


   ◆


 ドウゥンッ!!

 拳の一撃が、オンケルの肩を撃ち抜いた。

 音速を超える鞭の一撃をミセス・ウィンチェスターは、呆気なくかわした。ただ一歩、右前に足を踏み出しただけで鞭の軌道の外へずれ、鞭はミセス・ウィンチェスターの後方の空間を薙いだだけで終わる。そして、鞭をかわした踏み込みを、そのまま打撃のための踏み込みとし、オンケルへと殴りかかる。
 ただ一発で肩の骨は砕け、オンケルの手から自慢の鞭が転がり落ちる。


「あっがぁああぁぁぁっ!?」

 オンケルは悲鳴をあげ、残った左手で肩を抑え、後ずさる。

「きっ、貴様っ、じゅ、銃もなしにっ!?」

 オンケルは泡を食って怒鳴る。
 ミセス・ウィンチェスターは戦場にいつもライフル銃を持って赴いていた。ならば銃を持っていない今、戦闘力は乏しいはずだと踏んでいたオンケルには、不意打ちもいいところだった。

「ハハッ……モット他ニ言ウベキコトハナイノカ? 例エバ……懺悔ノ言葉ナドハ」
「だっ、黙れっ! 貴様とて、どうせサーヴァントを失った私を始末するつもりに決まって……」

 嘲笑を多量に含んだ声で、ミセス・ウィンチェスターはオンケルを弄ぶ。オンケルは屈辱と怒りに、顔を真っ赤にしていた。

(くっ……こけにしおって……だが、鞭を失ったくらいで勝ったと思っている愚か者に、負けるものか!)

 オンケルは魔術を行使する。気づかれぬよう、手の内で雷を作り出す。殺人に威力は必要ない。針の一刺しでも人は殺せる。
 ゆえに求められるのは、スピードと精密性。無駄に過剰な破壊を撒き散らすことではなく、必要十分な威力を、的確に命中させること。

(その良く回る舌に、雷を叩き込み、脳まで焼いてやる!)

 詠唱無しに魔術を完成させたオンケルは、流石にいい腕だといえよう。ただ戦闘においては全くの素人であった。

(くらえ!)

 ズダンッ!!

 ゆえに、魔術を放つ直前、ミセス・ウィンチェスターの放った黒鍵――刃渡り1メートル弱の投擲剣――が、さっき砕いた右とは逆、左肩を刺し貫いた。

「ひいいいいいいっ!?」

 戦闘において重要なことは、当てるよりも前に、まず攻撃を悟られないこと。どんな必殺の攻撃も、放たれる前に察知されれば容易くかわされる。先ほどの鞭と同じだ。

「あああ……」

 魔術は霧散し、両腕を使えなくなったオンケルに、抵抗する力はない。

「ま、待て、待ってくれ、殺さないでくれ! あ、謝る! 悪かった! 何でも言うことを聞く! だから命だけは!!」

 恥も外聞もなく、その場に座り込み、床に頭をこすりつけて哀願する。
 しかし、そんな無様なオンケルを見つめる視線に、温かみは一欠けらもない。

「安心シロ……命ヲ奪ウツモリハ、最初カラ無イ」
「ほっ、本当かっ!」

 ミセス・ウィンチェスターの言葉に、オンケルは喜び、笑顔を浮かべて顔をあげる。

 ドクン

 同時に、オンケルの中で何かが蠢いた。


 また脈動。さきほどよりも強い。
 オンケルにもよりはっきりとわかった。この脈動は、ただ、自分の体で起こっているのではない。

「命ハ奪ワンヨ、オンケル。ダガ、命以外ノ全テヲ奪ウゾ、オンケル」
「あっ、ああっ!?」

 オンケルは恐怖に叫ぶ。

 自分の、魔術回路で何かが蠢いている!!

「閉ジヨ(ミタセ)。閉ジヨ(ミタセ)。閉ジヨ(ミタセ)。閉ジヨ(ミタセ)。閉ジヨ(ミタセ)。繰リ返スツドニ五度。タダ、満タサレル刻ヲ破却スル」

 ミセス・ウィンチェスターの口より、呪文が唱えられる。

「告ゲル。汝ノ身ハ彼ノ肉ニ、汝ノ剣ハ彼ノ骨ニ。聖杯ノヨルベニ従イ、コノ意、コノ理ニ従ウナラバ応エヨ」
「や、やめろっ!! なんかわからんがそれはっ! やめてくれぇっ!!」

 それは聖杯戦争の始まりに唱えられる呪文。

「誓イヲ此処ニ。我ハ常世総テノ善ト成ル者、我ハ常世総テノ悪ヲ敷ク者。汝三大ノ言霊ヲ纏ウ七天、抑止ノ輪ヨリ来タレ、天秤ノ守リ手ヨ」
「やめっ、ろぉっ!! がっ、があああっ!!」

 ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!

 英霊召喚の儀式。
 そして、その呪文は効果を発揮する。正しいかどうかは、また別の問題であるが。

 オンケルの中で起こる脈動はより強く、活発になる。

「アガアアァァァァッ!! わ、私はっ、私がっ、私のぉぉぉぉぉっ!!」

 オンケルは悶え狂う。悶え苦しむ、ではない。苦痛の類はない。
 ただ、本能的な恐怖が、オンケルを蝕んでいく。そんなオンケルの様子を、ミセス・ウィンチェスターは静かに見つめながら、それまでとやや質の違う、少し楽し気な声で話しかける。

「コノ先ハ、イワユル冥途ノ土産イウ奴ダガ……オ前ニ撃チ込ンダ黒鍵ハ特別性デナ。クラスカードト同ジ、英霊ノ媒介ニナル。魔術回路ニ直接撃チ込ンダコトデ、魔術回路カラ魔力ヲ吸収シテ英霊ノ力ヲ自動的ニ召喚――更ニ、魔術師ト同化スルトイウモノダ」
「しょ、召喚!? 馬鹿なっ、サーヴァントは既に7体揃ってぇぇぇぇぇ!? うぐああっ!? おぉぉおぉぉぉ!!」

 サーヴァントの枠は埋まっており、新たなサーヴァントの召喚などできないはず。だが、実際にミセス・ウィンチェスターの思惑は成功しつつある。
 オンケルの傷口から、怪光が漏れる。流れ出す赤い血が、黒く滑ったオイルに代わり、肉は金属のそれと変わっていく。

「先ホド、コウ言オウトシタナ。『私ヲ始末スルツモリ』、ト。大体合ッテイルガ少シ違ウ。『私ヲ実験動物ニスルツモリ』、コウ言エバ満点ダッタ」
「こっ、これっ、はぁっ、がっ、私っ、私が、き、消えていくぅぅぅぅ!?」

 オンケルの体が、彼のそれとは別の物に変わっていく。いや、それは正確ではない。
 別の何かと、オンケルの体が、融合していく。


「今回バラマカレタカードハ我々ノ預カリ知ラヌモノダ。ソノ完成度ハ我々ノ持ツ技術ヨリ遥カニ優レテイル。コノカードヲ造ッタ者ト接触スルタメ、カードハ全テ我々ドレスガ手ニ入レル。ソレガ目的ノ一ツデハアルガ――絶対達成シナケレバイケナイ目的ナドハナインダヨ。全テハ実験ニ過ギナインダ」
「ど、どぉぉぉぉ!! ど、ど、どいぃぃぃ!! ドイ、ツのぉぉぉぉ!! カ、カカカカ!!」

 オンケルの顔が奇妙な形のコルセットに覆われ、全身が金属に侵食された。
 腕がギュルギュルと音を立てて、人間の関節ではありえない動きをする。

「カードヲ媒介ニシタ、聖杯戦争ノ実験。ホムンクルスニヨル、魔力補給ノ実践。色々ト試ス実験場トサセテモラッテイルダケダ。今マデ同様ニ。ソシテ、英霊ト人間ノ融合――『デミ・サーヴァント化』ノ実験モ。マアコイツハ………マダマダ研究シナクテハイケナイヨウダナ」

 ドックン………!!

 ひときわ強い脈動が起き、そして途絶えたとき、儀式は完了していた。
 オンケルはスックと立ち上がり、右腕をビシッと頭上にかざすと、

「オオオオオォォォォッ!! ドイツのぉぉぉぉ!! 科学、力はぁぁぁぁ!! 世界ィィィ、一ィィィィィ!!」

 狂気じみた笑みを顔に貼り付け、叫んだ。その叫びに意味はない。
 自分が何を言っているのかなど、わかっていない。ただ、オンケルの身を侵食したサーヴァントのお決まりの台詞を、九官鳥のように喋っているだけだ。

「ヤハリ失敗カ。ダガ、データハトレタシ……『ダーニック』ニハ、コレデ満足シテモラオウ。コレデ戦力モ増エタ。サテ、オ出迎エトイコウカ」

 ミセス・ウィンチェスターは目の前の結果に満足する。
『人間の魂の研究』を行い、『英霊と人間の融合』に興味を持つ協力者に依頼された『デミ・サーヴァント実験』も終えて、ノルマの半分以上はこなすことができた。

「ダガマダ、一番ノオ楽シミガ残ッテイル。サア、行コウカ、オンケル。君ノ願イハ叶ワナカッタガ、気ニスルナ。ドウセ、誰ノ願イモ叶ワナイヨウニデキテイルノダ。今回ノ聖杯ハ」

 そして最後にミセス・ウィンチェスターは、最も致命的な事実を口にした。

「勝者ノ願イヲ叶エルトイウノハ……スマン、アレハ嘘ダッタ。ツマリ、マア、詐欺ダッタワケダガ……聖杯戦争ニハ、ヨクアルコトサ。堪エテクレ」
「で、で、で、できんことはぁぁぁ、なぁいぃぃぃ!!」

 もう何もわからないであろうオンケルに話しかけながら、戦いへ赴くその様子は、とてもとても愉し気だった。


 ……To Be Continued
2016年09月07日(水) 22:31:51 Modified by ID:nVSnsjwXdg




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