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Baroque Images ブックレット和訳

(訳:唐崎。一応完訳です、誤訳等手直しOKです)

ヨハン・ヤーコプ・フローベルガー(Johann Jakob Froberger)(1616-1667)によるキーボード楽器のための曲の作曲様式は、17世紀の同じ頃のリュート曲の様式をしばしば彷彿(ほうふつ)とさせるものである。このことは今回の録音の1曲目に関して重要なことといえるのだが、それは、この曲が当時の偉大なフランスのリューティニスト、ブランクロシェ(Blancrocher)の追悼のために書かれた曲だからである。このトンボー(Tombeau)(墓、追悼曲)は、他の作曲家によるトンボーと同じく本質的にはアルマンドの形式で書かれているが、葬送的荘重さによってアルマンドのオリジナルのリズムは引き伸ばされており、ほとんど無限の歩調のようになっている。そもそものダンスの形式が自由に解釈されたものといえるだろう。

今回の録音に含まれる他の2つのフローベルガーの曲は、本当のダンス組曲を録音したものであり、2曲目は皇帝フェルディナンド三世の息子を偲ぶラメンテーション(Lamentation)を含んでいる。このような曲が組曲に組み込まれているのは異様に思われるかもしれない。また、この組曲がサラバンドで終わることも同様に驚くべきことかもしれない。しかし、フローベルガーはただ奇をてらうためにこのような非伝統的な方法をとったのではない。むしろ曲に死に関する隠喩的含みを持たせるためにそうしたのである。ラメンテーションの終わりの部分では、意図的に長い上昇音階が用いられており、皇帝の息子の魂が昇天していくのを表現している。実際、フローベルガーの手稿においては、この上昇音階は、光と天使の頭を伴った雲の絵の中に終わっているのだ。さらに、トンボーの終結部に出てくる下降音階は、かのリューティニストの早すぎる死(死因は階段を転げ落ちたことである)をほのめかしている。あるいは、カトリックにおいて、罪の赦しのない死は地獄へ落ちることをもほのめかしているのかもしれない。

フローベルガーの作曲法は即興演奏の影響を強く受けている。その特徴は、スコアの記法の様式や通常ではない表情記号に表れている。たとえば、"lequel se joue fort lentement a la discretion sans obserever aucune mesure"(「ここでは慎みやすいやり方で、いかなる拍子を遵守すること無く、力づよくゆっくりと遊びなさい」)といったような表情記号である。フローベルガーの作品の自由さとオリジナリティは、装飾音や経過音の用いられ方に明らかであるが、それだけではなくとりわけ、和声の突然の転換やそれによるラディカルな全体的構成にも明らかとなっている。

今回の録音の曲順は、フローベルガーをバッハ・スカルラッティに挟んで交互に配置しているが、これはもちろん作曲年代とは何の関係もない。このように配置した理由は、このようにプログラムを並べるとフローベルガーの曲が音楽の中心に来るからである…バッハやスカルラッティをフローベルガーの作品の次に置くと、彼らの作品の間の親和性やコントラストをうまく示すことができるのだ。実際、この並べ方はうまくバロックな観念を実現していると思われる。それはつまり、即興の自由さであり、また、スカルラッティのソナタやバッハの組曲にみられるような、よく構成された厳格な規律の間を継続していく緊張、という観念である。

最後に触れておきたいポイントは、19世紀後半のアントニオ・デ・トーレス製作のスパニッシュ・ギターを使ってバロック音楽を演奏する意味である。この決断はたしかに現代の潮流に反しているであろう。現代の潮流とはつまり、その時代の古楽器のみを用いて、その特定の時代と地域の音楽を弾くという方針である。しかし重要なのは、アントニオ・デ・トーレス製の楽器は実に並外れたものであり、その歴史的起源であるスペイン音楽をはるかに超えたさまざまな音楽を取り扱うことができるということである。その証拠を探したい者は、ただフランシスコ・タレガ(1852-1909)を見ればいい。タレガはこのトーレスの楽器を一番最初に、そして一番熱狂的に愛した人であり、この楽器に触発されて、有名な編曲曲集、つまりバッハ、ヘンデル、ハイドンの編曲を行ったのである。
2008年09月22日(月) 21:46:29 Modified by kzkara




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