当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

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マニアックと潜在的な知識の喚起
 マニアックなものほど、ズレは大きくなります。これもほとんど当たり前なので、例を見ましょう。

例1


例2


 Aの質問に対する適切なボケが何かは措くとしても、いずれの例でも左に行くに従ってマニアックな答えにしているつもりです。この点は異論があり得ると思いますが(特に「生活笑百科」を題材にすることについては、関西の方は一家言あると思われます)、些細な問題なのであまり気にせず先に進みます。
 マニアックなものは、知っている人・やっている人が少ないということです。そうであるからこそ、「知っている人・やっている人が少ないことをやっている」「それをわざわざ答えに挙げる」というズレを作出するものなのです。
 無論マニアックというのはズレのひとつの方法に過ぎないので、これのみにこだわるべきではありません。例1であれば、「仕事や学校の帰りにやるようなスポーツではない(クレー射撃/ビーチフラッグスなど)」「そもそもスポーツではない(匍匐前進/ハイパーヨーヨーなど)」「下ネタ(うんこガマン/亀甲縛りなど)」などといったズレが考えられます。例2についても同じです(そもそもい魯薀献の番組です)。
 これらの例の中にも、クレー射撃やハイパーヨーヨーなど、一定のマニアックさを持っている答えがあります。ここからも、マニアックさというのはズレのひとつに過ぎないということが分かると思います。ボケは、大抵複数の種類のズレを持っているものです。要は、様々なズレを複合させながら適切な答えを考えるのが肝腎だということです。
 もうひとつ気を付けるべきは、マニアックさを追求しすぎると、〆邂拈が増すとともに、∧かる人が少なくなるということです。
 〆邂拈が増すというのは、前項「程度の極端さ」と同じ問題であって、あまりにマニアックな答えを出すと、「さすがにそれは嘘だろ」と思われて、基準状態がせり上がってしまうということです。ゆえに、嘘くさくないほどにマニアックな答えを選ぶ、答えに真実味を付与する、嘘だと理解されることは飲み込んだ上で質の高いズレを提供するなどの対処が必要です。
 △諒かる人が少なくなるというのは、マニアックが過ぎると、何がどのようにズレているかが受け手に理解されず、ボケが不発に終わってしまう危険性があるという問題です。答えとして出された単語自体を知らない場合にこの問題が生じるわけではありません。先に挙げた「宮内佑紀生のどんどん土曜日」は、知らないけれどおもしろく感じたという人もいると思います。それは、「宮内佑紀生」というよく知らない人の名前が挙がっていること、「どんどん土曜日」という言葉の語感などから、番組を挙げろという設問に対してズレた答えを提供しているということは、番組自体を知らなくても、分かるからです。
 マニアックにしすぎることの問題は、答えとして出された単語自体が理解されないことではなく、設問や答えの内容次第では、何がどうズレているかという点さえ分からなくなってしまうことです。






 柿原徹也というのは声優さんの名前です。柿原徹也さんがやっているアニメのキャラクターのモノマネが完璧にできると言っておきながら、ワンパターンなモノマネしかできていないというのがズレなわけですが、おそらく、多くの人は何がどうズレているか分からないのではないでしょうか。
 ではこの事態を打開するにはどうすればよいでしょうか。
 まず、実際にボケが不発に終わった場合は、ツッコミがいる場合は、ツッコミがきちんとしたツッコミをしてフォローをする必要があります。マニアックすぎてお客さんに理解されなかったボケも、「お客さんにも分かる答えをいうべき」というところを基準状態と見れば、「なのに分からないズレが提供されている」というメタなズレがあるので、「分からんわ」などとツッコんで、メタなズレとして回収しましょう。
 そして、そもそもマニアックさを追求するのであれば、お客さんに分かるレベルに止めるべきです。「多くのお客さんが分かるけどマニアックな知識」というのは、大抵の場合、「知っているけど言われれば思い出すレベルにしか知らない」という潜在的な知識です。この潜在的な知識の喚起が、笑いにおいては重要になってきます。
 この潜在性の追求が笑いを考える際の一つのテーマです。この点で格闘することをサボり、安易に顕在的な知識に走ると、それこそ宴会芸になります。スギちゃんが流行っている時にスギちゃんのものまねをして、半沢直樹が流行っている時に「倍返しだ!」と方々で言うのは、それこそ誰もが明確に知っているものに頼っているので、誰もができることです。もっと潜在的な部分を突くことで、「そんなところくるか」という意外性からズレが生まれるのです。
 そんな潜在的な知識をどうやって探すのかということですが、顕在的な知識から一歩脇道に入ってみるというのは一つの手です。半沢直樹を題材にするなら、半沢直樹じゃなくて大和田常務や黒崎のモノマネをしてみましょう。宴会芸からの脱却は、そういうところから、始まります。サッカーの試合を見る時は、誰もが見ている選手やボールじゃなくて、監督や、審判や、観客を見てみましょう。花火大会では、花火を見ずに周囲の客や風景に目をやってみましょう。「みんなの目に入っているだろうけど、表立っては話題にしないこと」に敢えて着目する「逆張り」の精神です。ドラえもんはみんな見ています。一つズラしてキテレツに材をとって見ましょう。ドラえもんに材をとる場合も主要キャラじゃなくて、出木杉くんやセワシやジャイ子やドラミに着目してみましょう。
 この際、お客さんの多くがある特定の知識について詳しいということが事前に分かるのであれば、その知識に特化したボケを行うことは、マニアックかつお客さんに理解されるという双方を満たすので、非常に有効です。例えば、「サラブレ」という競馬雑誌の読者投稿コーナー「ますざぶ」には、当然ながら競馬ネタが多く掲載されているわけですが、これは受け手である読者の多くが競馬について知識を持っていることが想定できるため、競馬のマニアックな知識を重点的に攻めているということであります。
 ちなみに、下ネタは、人間存在にとって不可欠なことを題材にしている以上、ワールドワイドなレベルでお客さんに理解されるものであります。その点も、下ネタの使いやすさを示すものであります。


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