当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

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 とまあ、ここまで色々とボケの作り方を述べてきましたが、これは、あくまで作り方です。「程度の極端」や「潜在的知識」といった部分を突いてボケを作っても、それが全てウケるとは変わりません。ズレの程度が適切であってもです。

 こうやって作ったボケの中でウケるものとウケないものの違いはどこにあるのか。筆者はずっと考えていますが、まだ分かりません。現在の仮説は、この違いを言語化して基準を作ることは不可能なのではないか、というものです。

 ボケの内容が同じでも、言い方・誰が言っているか・どのような状況で言っているか・台本かアドリブか、などでもウケるかどうかは変わってきます。
 一つ確実に言えるのは、ボケの内容が同じなら、アドリブで言った方がウケやすいということです。「台本で決まっているボケだ」というのがお客さんに分かってしまうと、「事前に考えたからにはクオリティが高くなっているだろう」とお客さんが考えて、ハードルが上がってしまうからです。

 ボケを考える力、というのは、大喜利力です。大喜利力というのは、お笑いにおける基礎体力です。例えば、「どこか旅行で行ってみたいところはありますか」という質問に対して、ボケの回答を質・量ともに高いレベルで生み出せるのが一流のお笑いのプロです。こうやって考えたボケを適切に組み合わせていくと、漫才やコントの台本になります。このボケを軸に漫才を作るとしたら、「キミどこか旅行に行ってみたいところあるか?」というような台詞から入るネタになるでしょう。これが、「ネタ」です。

 ところがネタというのは、事前に考えた台本を舞台上で再現する手法であるため、アドリブというものが入りにくいです。実は、アドリブが多い(あるいはほとんどアドリブの)ネタというものもある(後述のコント55号など)のですが、昨今テレビで演じられるネタは事前に考えた台本を正確に再現することが志向されているものがほとんどであると感じられます。

 ここで話を戻しますが、だからこそ、ネタというものは、笑いを呼び起こす手段としてはそれほど優れていないと筆者は考えています。ネタは、自分たちしかいないときに笑いを呼び起こす手段としては重要であり、身一つでも笑いがとれるというのも大事なことですが、他のことができるときにわざわざやるものではないと思います。もちろん、クオリティの高いボケを並べていけば事前に考えた台本でも大きな笑いを起こすことは可能なのですが、前述の通り、筆者にはこの「クオリティの高いボケ」が何なのかということは分かりません。だから、やってみるまでウケるかどうかが分からない怖さがあります。自分がおもしろいと思っているボケが人にウケない、あるいは自分が大しておもしろいと思っていないボケが大ウケするなんてのは、お笑いの世界では日常茶飯事です。もちろん、売れている芸人のネタはだいたいおもしろいのですが、彼らは露出が多くてキャラクターが視聴者に知られているからこそ、クオリティの低いボケを言っても笑いを喚起しやすいという面は多分にあります(無論、そこに至るには顔が売れていない状態でもおもしろいこと(=クオリティの高いネタ)をやってまず露出を増やす必要があります。彼らが、それを成し遂げた人たちであるのは確かです)。

 だから筆者は、クオリティの高いボケとは何かというのを考えることに意味はあまりないと思っています。例えばダジャレ的な言い間違いは普通はクオリティの低いボケに当たるでしょうが、アドリブっぽい感じで言うとウケる可能性が上がります。そういうボケでも数を考えておいて、できるだけアドリブの感じで出していくことの方がよっぽど重要じゃあないでしょうか。「コイきんぐのバ峠さん」という言い間違いは、大してクオリティの高くないボケだと思いますが、いきなり出すとウケると思います。「コイきんぐのバ峠さん」よりクオリティの高いボケを考えることよりも、アドリブで出せるこのような引出を数多く用意しておくことの方がよっぽど重要ではないでしょうか。
 また、前述の通り何がウケて何がウケないかはやってみるまで分かりません。実際にやってみてウケたものをしつこく繰り返すことができる(逆に、ウケなかったものを切り捨てることもできる)というのも、アドリブの利点でしょう。

追記1
 ここに書いたように、アドリブというのは決してその場で一から考える手法ではありません。ボケは事前に考えておいて、いいのです。そうやって用意した引出を、適切なタイミングで開けるのがアドリブです。プロの芸人さんは、本番に臨むに当たって出すべきボケを事前に考えておくもんでしょう。共演者に小峠さんがいることを確認したら、「コイきんぐのバ峠さん」と呼びかけるというボケを考えておいて、言うべきタイミングを窺うということです。他にも引出はたくさん用意します。最終的に本番に出せなかったものがあっても構いません。
 無論、その場その場で一からひねり出す瞬発力も重要ですが。
追記2
 このように筆者は事前に考えた台本よりも上記のようなアドリブ芸の方が絶対的におもしろいと考えています。ネタも、本来こうあるべきだと思います。コント55号のネタは、設定だけを用意しておいて、実際にやりとりは欽ちゃんと二郎さんのアドリブにほとんど任されていたと言います。ネタも、本来こうあるべきだと思うのです(相当な腕がないと、難しいとは思いますが)。爆笑問題の漫才は、普段のテレビで見られる太田さんと田中さんのやりとりとほとんど変わらないので、漫才という形でわざわざお客さんのハードルを上げてやることではないと考えています。わざわざ台本を再現するネタをやるからには、アンジャッシュのように前後に複雑に絡み合ったものを作って欲しいのです。

 さてここで立ち止まって考えてみると、小説・漫画・アニメ・映画といった手法は、基本的に事前に考えた台本を再現するものであるため、おもしろさでは一段劣ることになります。アドリブを再現できる舞台やテレビには、勝てないと筆者は考えています(漫画やアニメに関しては、現実離れした絵面を低コストで再現できるという別のメリットはあります)。

 アドリブのデメリットは、どうしても当たり外れが生じるということです。生放送じゃないテレビは、編集でおもしろくないところを切るという手法でこのデメリットを除去できます。舞台は、お客さんと演者が同じ空気を共有しているので、多少ハズレが出ても笑いが伝わりやすいというメリットがあります。この2つが、最も優れたお笑いの手法であると考えているのは、筆者だけでしょうか。

 そしてこういったテレビや舞台で筆者が一番おもしろいと考えている「ネタ」は、やはりアドリブのアドリブ大喜利コントというものです。簡単に言うとアドリブで次々とボケを繰り出していくというコントですが、だからこそネタを考えるという作業がバカらしくなってしまっています。プロの芸人さんは、よく事前に考えたネタを客前でできるなあと思います。スベる危険があるのにそれをやれるのは、凄いことだと思います。皮肉ではなく。
 だから筆者は、より楽なアドリブの手法しか考えられないのです。

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