当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

一 ハトノス・デーデキント


 彼女の父は、失踪した。
 もう8年も前のことになるが、彼女自身には日時の正確な記憶はない。未だ微笑みに頑是なさが残る彼女が、父と共に北方のネブカという温泉街に来た時のことだった。彼女は、父と2人でよくこの温泉街に来ていた。彼女には母もいたが、病弱な体質であり旅行に同伴することは稀であった。母親は、そのときも家で臥せっていた。
 ネブカという街は、今でこそ温泉のみが目当ての来訪者も増えてはいるが、元は赤線である。街の中心部には未だに花柳街が大きな顔をして陣取っており、夜も街の灯が絶えることはなかった。石畳が敷き詰められた広めの道の上では、真ん中を路面電車が通り、両脇には木造の旅館や遊郭が立ち並んでいた。その建物たちも高くてせいぜい二階建てであり、目だって高い人工物はこの街には存在しなかった。街のあちこちには川が流れ、朱塗りの欄干に彩られた弓なりの橋がところどころにかかっていた。このような街の情景は、街全体に立ちこめる温泉の香りと色街の体臭と合わさって、来訪者に異界に飛ばされたかのような錯覚を与えるのであった。
 彼女と父親が街に到着したときはもう夕刻であった。2人は宿で夕飯を終えると、すぐに床に就いた。久しぶりの旅行ということで興奮していた彼女は、その晩はよく眠れなかったようである。翌日、2人は街の中を走る路面電車に乗っていた。オフシーズンの時分だったため、路面電車には僅かな乗客しかおらず、ことに父子が乗っていた車両には2人以外の人間はいなかった。父との旅行のということでそれまで終始はしゃぎっぱなしだった彼女は、昨晩の寝不足も相まって、車両の座席に腰掛けるとそれまでの疲れが出たのか、うとうととまどろみ始めた。
 目を覚ますと、彼女は電車の座席ではなく駅のベンチに座っていた。そして、隣に座っていたはずの父の姿は既になかった。彼女は立ち上がってホームをくまなく探したが、父はどこにも見当たらない。
 子どもは、親を絶対視しがちである。親からどんなに謂れのない非難や暴力を受けたとしても、自分に非があったと思いがちである。このときの彼女も、父がどこにも見当たらないとなると、瞬間このような思考に陥った。
「自分は捨てられた! 悪い子だから捨てられた!」
 そう直感した彼女の両眼から涙が止め処なくあふれてきた。彼女は甲高い声をあげてワンワンと泣き叫び始めた。この駅は路面電車の終着駅に当たり、海岸が目と鼻の先にある。普段は無人の駅だが、その日はたまたま駅員がいたことが幸いした。子供の泣き声を聞きつけた駅員はすぐに窓口からホームへと飛び出し、彼女を保護した。
 駅員は彼女が泣き止むのを待ってから事情を聞きだした。たどたどしい語り口からもようやく何が起きたかを掴んだ駅員は、まず彼女の父親に連絡をとろうとした。しかし、彼女は父が携帯電話を持っていることは知っていたが、番号は知らなかった。
 間の細かい経緯は省略するが、やがて彼女は迎えと共に母のいる家へと帰り、この失踪事件は警察の引き取るところとなった。警察の調べにより、父と娘が路面電車に乗ったのは温泉街のど真ん中の駅であること、父が「海に行こう」と言い出したために2人は路面電車に乗ったことなどは分かったが、肝心な「理由」は何一つ分からなかった。自ら進んで身を隠したのか、それとも誘拐されたのかさえ分からない始末である。捜査に携わる警察官の見解も割れてはいたが、どちらかといえば失踪説の方が有力であった。この見解の根拠は、以下のような点にある。
〕恐犯がいたとしても、その動機が不明である。身代金を要求するような声明はその後何一つ出されていない。
△覆射恐しやすい娘ではなく父を狙ったのかが誘拐説では説明されていない。
ネブカは、腐っても色街である。この街には父親と懇ろな関係の遊女がおり、父は妻子を捨ててその遊女の元に逃げたのではないか。実際に父子は何度も家族旅行という名目でこの温泉街にやって来ている。
 しかし、失踪説にも説明がつかない点がいくつかあった。遊女の元に逃げるのであれば、なぜ父はわざわざ路面電車で海辺の終着駅までやってきたのか。それ以外にも娘を捨てることができるタイミングはいつでもあったはずである。また、なぜそもそもネブカに失踪の「足枷」となる娘を連れてきたのか。
 結局有力な手掛かりが出ないまま、この事件はお蔵入りとなった。しかし世間は好機の目でこの事件の捜査の推移を見守った。なにしろ失踪した父親は、今でこそ昔日のおもかげはないが、往時は居を構えるシュスリの街一体に幅を利かせていたデーデキント家という貴族の当主なのである。その貴族が色街で姿をくらましたというのは、大衆の恰好の話題の的となった。彼女の父に2号がいるというのも警察の憶測に過ぎなかったが、マスメディアはあることないこと騒ぎ立てて顧客らの知識欲に応えた。
 その噂は否が応でも正妻、すなわち彼女の母の耳にも入り、病弱な母親はそれから数ヶ月もたたないうちに静かに息を引き取った。

「繰り返しお伝えします。ヌエバ国で皇帝が暗殺されるというクーデターが勃発した模様です…」
 そば屋の旧式のテレビは隣国の政情を興奮気味の声色で伝えていた。ずいぶん古いテレビらしく、一定のタイミングで画像の上を虹が横切っていく。アイダホは、虹をぼうっと眺めながらそばが出てくるのを待っていた。
「アイダホ。ヌエバのクーデターがそんな気になる?」
 向かい合って座っていた公主が割り箸を割りながら声をかけてきた。
「いえ、公主。ほんの無聊の慰みです」
 公主と呼ばれた少女は、肩までかかる紫色の髪が印象的であった。年の頃は、十五を超えていないであろう。赤白のボーダーのシャツの上にデニムのジャケットを羽織っており、また下もデニムのスカートであった。
 これに対峙するアイダホは、二十代後半ほどであろう、筋肉質の肉体から精悍な顔が生え出しており、頭髪は焼け火箸のような赤であった。
 公主は、目の前に置かれたどす黒い汁のかけそばをすすりながら、憮然とした様子で言い放った。
「私との食事を無聊って言うの?」
「いえ、けしてそのような…」
 アイダホの声は上ずった。何かその後に言い足しそうな様子であったが、結局何も言わずにまた黙りこくってしまった。
「何ですアイダホ。言いたいことがあるのならはっきり言いなさい」
「いえ、ついにヌエバの政情も動いたかという感じでして」
「まあ、皇帝独裁の国ですから、もともとよく内情が伝わってこない国です。テレビもまだ今言っているような情報しか得ていないのでしょう」
「そうでしょうなあ」
 アイダホは口数の極端に少ない人間であり、召喚された証人のように聞かれた最低限のことにしか答えなかった。公主は、アイダホが煮え切らない返事をするたびに苛々を募らせていた。
「あなたが言いたかったことはそんなことじゃないはずです」
「…」
「大体察しはついてるんですよ。私が許すから言ってしまいなさい」
 公主はまた一口そばをすすった。
「いえ、これからまたいつものような行きあたりばったりの聞き込みが始まるかと思うと、どうしても暗澹たる気持ちになるものです…」
「何を言っているのですか。今回はあのハンカチに加えて有力な手掛かりを得ているのですから」
「みぞおちにバーコードのある女…ですか」
「みぞおちにバーコード状の刺青らしき痕がある女、よ」
 公主が正確に言い直した。
「それにしたって、ハンカチと大して変わらないではありませんか」
「何を言うの。ハンカチは『H』というイニシャルが刺繍されてるだけであって、この街とゆかりのある物かどうか、お父様がどういう経緯でそれを手に入れたのかとか、全く分からなかったじゃない。それに比べて今度の手掛かりは、父上の失踪がはっきりとこの街と関係がありそうだということを示していわよ」
 公主はまた一口そばをすすった。

 父の失踪と母の死から四、五年ばかりがたってそろそろ物事の分別がついてきた公主は、快活でたくましい子に育っていた。彼女は、父の失踪の原因を何としても知るべく、家の中を捜し回って、父の寝室から件のハンカチを発見したのである。
 寝室の棚から発見したそれはビニールに包装されていた。ビニールを破ると出てきたのは絹でできた高級ハンカチで、『H』の一文字が刺繍されていた。女物であるために父の持物ではありえず、また母はこのようなハンカチを使わない。自分へのプレゼントやもしれぬ(公主の諱は「ハトノス」であり、イニシャルは「H」である)とも考えたが、公主もこの手のハンカチを使わないということは、父もよく分かっているはずである。高級品である以上従者の持物であるということも考えにくい。公主は、このハンカチの持主が事件と関係があると直感した。あくまで直感だった。ただ手掛かりとしては非常に薄弱なものでしかなかっため、警察にはハンカチのことを知らせなかった。
 公主が立てた仮説はこうである。女物であるために女から父へのプレゼントであるとは考えにくい。ゆえに、このハンカチは父から女へのプレゼントではなかろうか。高級ハンカチに女のイニシャルである『H』の刺繍を入れて、いずれ綺麗に包装して渡すつもりだったのだ。
 それから公主は、学校の長期休暇を利用してはアイダホを伴ってネブカに至り、『H』の女を虱潰しに調べていった。あるときは遊郭を訪れ、またあるときは辻に立つ女にその名を聞き、関係がありそうな者を見つけたときにはそのアパートにも直接突撃していく等、その捜査は徹底していた。
 捜査のためにネブカを訪れた回数はとうに両手で数え切れないほどになっていたが、かばかしい結果は得られなかった。何せ、みな事情があって色香を売る職業についている者たちである。概して口が固く、仮に喋ったとしてもその内容は虚実が複雑に混淆しており、果たして名前を聞き出すだけでも相当に骨が折れた。お嬢様の癖が抜けない公主が喧嘩腰で遊女に話しかけたのも、相手の態度を硬化させた一因であった。かといってアイダホが話しかけると、客としてしか扱われず、当人が口下手なこともありなかなか本題にまでたどりつけない。彼女たちもさすがに様々な男を相手に夜の街を生き抜いてきた海千山千であり、相手の追求を煙に巻く技術にかけては一流であった。公主のような世間知らずや、アイダホのような朴訥な男が敵う相手ではなかったのである。
 2人も来訪を重ねるにつれ、その存在は徐々に遊女たちの間で有名になっていた。主に揶揄の対象として、ではあったが。2人が辻を歩くと道々に立つ女たちから一斉に嬌声が漏れた。
 このように毎回散発的な聞き込みを繰り返してはほとんど実のある情報を得られないという状況が続く中で、アイダホのやる気は回を重ねるごとに削がれていった。公主は1人で気勢を張っていたが、さすがに彼女も悲観の色が濃くなってきていた。
 そんな中、今回の調査前に、「みぞおちにバーコード状の刺青らしき痕がある女」という新たな有力情報がもたらされた。提供者は、デーデキント家の古参の執事、ベシミである。
 ベシミは、公主の父に当たる先代が行方をくらましてから、急坂を転げるように没落していったデーデキント家に残留した数少ない従者の1人である。デーデキント家は手広く様々な事業に手を出していたが、その基礎は主に先代の個人的な人的関係に置かれていたために、彼の失踪とともに収入源がほとんど当てにできなくなった。残ったものといえば、ずっと前から経営している賃貸不動産が数棟という有様である。収入を大きく減らしたデーデキント家はほとんどの使用人に暇をやることになったが、ベシミは残された。彼は先代の信任が厚く、失踪事件の以前から賃貸不動産の切り盛りをほとんど任されていたために、収入の維持に必要だと公主が判断したのである。
 ベシミは、公主が今回またもネブカに調査に行くということを聞くと、彼女とアイダホを呼び出し、その場で衝撃的な告白を始めた。
「お嬢様。今回このことを話すのが大変に遅くなってしまったことをお許しください。実を言うと、今から話す内容は旦那さまが失踪する以前から私が知っていたことでした。でも、内容がデーデキント家の評判にも、お嬢様のお心やお気持ちにも大きく関わることであるがゆえに、告白する決心がつきませんでした。しかし、旦那さまの消息がいつまで経っても分からず、またその行方を探して健気な努力を続けておられるお嬢様の姿を見るにつけ、葛藤は激しくなり、私の心も大きく揺れたものでございます。今回お嬢様がまた調査に行くということで、私もようやく踏ん切りがつきました。ここいらで全てを喋って、楽になってしまおうと」
 ベシミはここで大きく息を吸い込んだ。
「私は幸い旦那様の信任が厚く、旦那様からプライベートなことに関しても時折相談を受けるような立場になっておりました。いやはや、下働きの身でありながら主家の私事に口をはさむような大それた真似をとお叱りを受けるのはごもっともですが、初めて相談を受けたときは旦那様はそれほど私のことを信頼してくれているのかと、大変光栄に思ったものでございます。
 話は旦那様の失踪から更に前に遡ります。奥様が、まだ比較的元気だったときです。奥様は、元から病弱な方でしたが、それはそれはお綺麗な方で、また旦那様との夫婦仲も大変に良く、使用人連中からしてもそのことが自慢でございました。奥様が身ごもったことが分かったときなど、みなで祝杯を上げたものです。しかし、人生には苦楽が交互にやってくるとはよく言ったものです。元から病弱だった奥様は、医師から、子どもを産むと寿命が縮むかもしれない、下手すると出産中にそのまま命を落としてしまうかもしれないという警告を受けました。お優しい旦那様は、子は諦めようと提案したのですが、奥様は産むことを強く希望され、旦那様の反対を押し切ってお子様をお産みになりました。こうして生まれたのが、公主様でございます」
 公主が自らの出生の経緯を人の口から聞くのは初めてのことであった。彼女は固唾をのんでベシミの次の言葉を待っていた。
「しかし、やはり医師の警告は正しかったのです。奥様は出産後に病がひどくなり、ほとんど立っていることさえできなくなってしまいました。まして毎夜の夫婦の語らいなどに堪えるお体ではなくなってしまいました…」
 ベシミは語尾を濁した。公主は、生前の母の姿を思い浮かべた。公主が知っているのはほとんど床に臥せっている母であった。母が、自身を産む前はもっと元気だったという事実は今になって初めて知ったのである。公主自身が母の病の進行に責任を感じることのないように、みな必死に隠していたのだろう。母や使用人たちの気持ちを思うと、公主の目は自然と潤んできた。
「しかし、こう申してはなんですが、旦那様は元々そちらの方の生理的欲求は強めな方でございます。奥様も、旦那様の反対を押し切って出産を強行した負い目もあったのでしょう。旦那様が他に女性を持つことを容認しておりました。けれども、旦那様も旦那様で律義なところがあったので、おおっぴらにそのようなことをやるのは気がひけたようでございます。そこで旦那様は、年に数回お嬢様を連れてネブカに行くという手段で、生理的欲求の解消を図るようになっていたようでございます。ネブカという街は、今でこそ普通の温泉街としての様相も呈してきていますが、当時はまだほとんど夜遊びの場所でした。お嬢様を連れていったのは、家族旅行を装うことで奥様や、世間や、或いは旦那様自身の気持ちをごまかすためだったのではないかと思います。奥様はすぐに真の目的を見抜かれていたようですが」
 ここまで話が進むと、涙で潤んだ公主の目は大きく見開かれ、ギラギラと輝きを取り戻していた。アイダホも興奮を抑えられない様子である。
「ネブカでの旦那様の相手は、当初は一定しなかったようでございますが、だんだんと昵懇の間柄の女性ができていったようです。旦那様がその女性の特徴として仰っていたのは、『みぞおちの辺りにバーコード状の刺青のようなものがある』ということでした。名前や、容姿のその他の特徴を私が旦那さまから聞いたことは残念ながらございません」
 「バーコード」という単語を聞いて、アイダホの眉がピクリと動いた。公主も目を見張っている。
「ハンカチは? ハンカチはどうなの?」
 公主が興奮を抑えられない様子で言った。先代の寝室から出てきた刺繍入りのハンカチについてはベシミにももう話をしており、このように言うだけで意を通ずることができた。
「近いうちに簡単な物をプレゼントするということを旦那様は仰っていました。今思うと、そのハンカチがそのプレゼントなのやも知れませぬ。実を言うと、そのハンカチは旦那様が洋裁店に刺繍を依頼していたようですが、向こうの手違いでできあがりがこちらに届くのがだいぶ遅れたようなのです。これを受け取ったのは旦那様の失踪の数日後で、その時偶々家にいた私でした。予定通り届いていれば、旦那様はあの時ネブカに持っていくつもりだったのやもしれませぬ…」

 公主はベシミの長い話を思い出しながら、丼を両手に持ってそばの汁を一口含んだ。そんな有力な情報を持っていたのであれば、たとえハンカチのことだけでももっと早くに言って欲しかったが、自分の気持ちや家のことを考えざるを得ないベシミの心のうちは公主には痛いほど分かった。
「確かにみぞおちにバーコードのある女という手掛かりは得ましたが、それをどうやって探すんですか? 結局女たちに聞いて回るしかないじゃないですか。それじゃあ効率は前と大して変わりませんよ。昨日もからかわれただけで結局それらしい情報は得られていません」
 アイダホはまだブーたれていた。ベシミから新たな情報を得たのにすぐに結果が出ないことにショックを受けたらしい。
「そんなことないわよ。『みぞおちにバーコード』っていうのは、イニシャル『H』よりだいぶわかりやすい特徴でしょう。だいぶ早くに見つかるわよ。それでも結構な数を聞いて回る必要はあるでしょうけどね。私も昨日の今日で見つかるなんて思ってないわよ」
「そうだとしても、仮に先代がその女と駆け落ちしていたとしたら、この街にもういないかも分かりませんよ」
「そのときは足取りを追えばいいだけの話じゃない」
「先代がこの街の女と関係を持っていたにもかかわらず警察も見つけられなかったようですし」
「警察は端から駆け落ちと決め込んで初動捜査を十分に行わなかった節があるわよ。それに、この街の警察は遊女やヤクザとズブズブな関係だっていうじゃない。当てになんないわ。だいたい『みぞおちにバーコード』も『H』も手掛かりとしては持ってなかったんだし。それに、父上も女と会う際は変装ぐらいしてたでしょうし、年に数回しか来てなかったんだから、街の人間の印象が薄いのは当然じゃないかしら。女たちの話はほとんど信用できないんだし」
「とはいましてもねえ…」
 アイダホはまだ納得しきっていない様子であった。公主は割り箸を机に置くと丼を両手で抱え、汁を一口飲んだ。そして、丼を両手に持ったまま視線だけをアイダホに向けた。
「アイダホ。そんなことは電車の中で散々議論したでしょう。あなたも納得したじゃない。何で今さら蒸し返すのよ?」
 公主が語気を強めると、アイダホもたいじろいだ。
「いや、少し途方に暮れただけです…。申し訳ありません…」
 公主が鼻息を鳴らしながら再び丼を持ち上げて汁を飲み始めると、ようやくアイダホが頼んだざるそばが出てきた。

 アイダホも辞めずに残り続けた使用人の一人である。元は用心棒として雇われたらしく、本来なら真っ先に馘るべき人種であったが、なぜか居残り続けた。公主も、父の失踪から数ヶ月はアイダホに給料を支払った覚えがないが、それでもアイダホはごく自然に家に住み込み続けていた。公主がアイダホになぜ残っているのかと聞くと、彼はこう答えた。
「先代との約束ですから」
 公主はこの忠義人に気をよくし、安い給料で再雇用して、こき使うことにした。公主は王族でもないのに自分のことを「公主」と呼ばせ、様々な雑用を任せた。アイダホも、薄給ながらよく働いた。その雑用の一つが、この「公主が父を捜索するに当たっての用心棒」である。
 2人が朝食と昼食を兼ねるそばを食べ終えてそば屋を出ると、空は曇り始めていた。朝は大概寝ている遊女相手に聞き込み調査をするとなると、2人の生活リズムもだんだんと遊女と同じになってくる。
「で、今日ははどこから行きましょうか」
 アイダホが尋ねた。
「まだ2時前ね…。現役はまだほとんど寝てるだろうから、引退したばあさまの所から回りましょう」
「何か当てが?」
「とりあえず、最近この街の遊女に詳しい婆さんがいることが分かってきたじゃない。あの、今は山の上の寺で尼をしているっていう」
「ああ。そういえばそうですね。その婆さんのことが今になってようやく分かったっていうのも問題なんでしょうが」
「一言多いわよ。とりあえず、その婆さんの所に行ってみましょう」
「分かりました。地図を見せてください」
「はい」
 アイダホが公主から地図をひったくると、彼の鼻先を掠めて3人の軍人風の男が通り過ぎていった。アイダホは一瞬ピクリと顔を上げたが、再び地図に目を落とし、目的の寺を探しながら公主に話しかけた。
「今回はいやに軍人を見ますねえ」
「そうねえ。そうかもしれないわね。でも、ここは基地が近いんだから元から軍人が多いじゃない」
「いつもより多い気がしませんか?」
「まあ、お隣さんの政情不安も関係あるのかもしれないわ」
 ネブカはファルージャ国の中でも北方に位置する温泉街であり、すぐ北にはヌエバ国との国境線があった。また西には、対ヌエバの最前線であるサンバーン基地が位置している。
「うーむ…。あ、あった」
 公主の返事を片耳で聞きつつようやく場所の見当をつけたアイダホは、地図に目を落としたままトボトボと歩み始めた。
「ちょっと、私にも見せなさいよ!」
 公主は肩から袈裟懸けに提げたハンドバッグを揺らしながら、アイダホに追いすがった。

 ネブカは海にほど近い温泉街だが、街のすぐ背後は山になっており、寺もその山の中にいくつか建立されていた。その中で2人が目指したのは、タネリという老尼がいるサンナ寺なる寺だった。よく整備された山道から後ろを振り返ると、海も含めたネブカの街が一望できる。
 平坦でひたすらに長い山道を登りきると、目当ての寺が見えてきた。2人の目に入ったのは、寺の方向に向かって一礼している遊女らしき女だった。昼間だというのにばっちりと化粧を施してあでやかな赤の着物を身にまとっており、そのまま客の前に立っても恥ずかしくない装いだった。何よりも目立つのは、雨も降っていないのにさしている大きな唐傘である。
 女は礼を終えると山道を下り始めた。女が何に礼をしているのかは公主たちの位置からはよく見えなかったが、どうにも人に向かって頭を下げている様子であった。そこにタネリ婆がいるに違いないと踏んだ2人は、少しばかり小走りになって下ってきた女とすれ違った。すれ違いのその瞬間、アイダホがふっと立ち止まってその場でかけ足をしながら、山道を降りていく女の後姿を目で追った。
「どうしたのよアイダホ!」
 公主も前方で立ち止まって声をかけた。
「いや、どうにも今の女性に見覚えがある気がしまして」
「見覚え?」
「いや、はっきりはしません。とりあえず中に入りましょう」
 2人が寺の敷地に駆け込んで右の方に顔を向けると、果たしてそこには、堂々たる威風を備えた老媼が一人佇んでいた。
「あ、あの」
 すでにその威風に気圧された様子の公主が、どもりながら声を発した。
「なんじゃ」
 老媼は、顔はしわくちゃだったが、背筋はふんぞり返らんばかりに真っ直ぐであり、背も相当に高かった。声も、低い割にはやけに通った。
「この寺の方でしょうか」
「そうじゃが」
 公主は一瞬黙ったが、意を決して声を発した。
「わたくしたち、タネリ様にお聞きしたいことがあって参ったのですが、タネリ様はいらっしゃいますでしょうか」
「タネリなら、儂じゃ」
 アイダホには老婆の眼光が一瞬鋭くなったように見えた。

 2人は、老婆が普段使っているという茶室に通された。タネリは2人に背を向けて茶を点てている。正座が苦手な公主はすでに顔をゆがめて体をクネクネさせている。
 タネリが向き直って2人に茶を差し出すと、自らも茶を一口含んでから口を開いた。
「で、話とは?」
「そ、その…」
 公主はだいぶ足がしびれたと見え、まともに喋れそうではなかった。
「よいよい。楽になさい」
 そうは言いつつも、タネリの顔は鋭いまま少しも緩まなかった。
「すみません」
 観念した公主は、ばつが悪そうに足を横に投げ出した。アイダホは、公主を横目に見ながら茶碗を置き、口を開いた。
「けっこうなお点前で」
「なに、道楽でやってるだけじゃ。儂もちゃんと学んだわけじゃないから、作法の細かいところは分からん」
「この茶室は…?」
「なんか、昔からあったそうな。由緒はよく知らん」
 アイダホの世間話に、タネリは盛んに乗ってきた。いきなり本題に入らずに世間話から始めて相手の緊張をほぐすというやり方は、アイダホが刑事ものの推理小説で学んだ手法だった。
「そうですか。ときに、この寺はどうですかな」
「ぼちぼちやっとるよ。女たちの参拝客も多いでな。なんか勝手に儂にはご利益があるということにされてしまっているが、別にそんなつもりで尼になったわけじゃない。女たちが勝手にそう言ってることじゃて。儂も、この通り髪は下ろしとらんなんちゃって尼じゃ。というか儂も出家した覚えはないでな。ここに住みついたら、いつの間にか周りが尼さん尼さんと言うようになって」
 老婆の長い白髪が震えた。
「勝手に敬われるのもタネリ様の功徳の賜物でしょうに。我々が訪ねる直前にもお客様があったようで」
「ああ。あれも遊女じゃ。ケヤキという。あれは熱心にやってくる方でな。何でも軍人の客をとることが多いとか」
 ケヤキであれば『H』ではない。
「ケヤキさんですか。どちらにお勤めなんですか?」
「いや、店勤めというわけではなく、フリーで辻に立ってるみたいじゃ。あの子の都会的な雰囲気が軍人に気に入られるのやもな」
「ほう。そういえば、軍人はこの街でよく見ますなあ」
「基地が近いからのう。軍人さんもずっと基地に閉じ込められていたのでは気が滅入るじゃろうということで、定期的にこの街に出てるみたいじゃぞ」
「最近は軍人が増えたような気がしますが」
「そうなんか? 儂はしばらく街に降りとらんから分からんが」
「多いですよ」
「そうか。そういえばケヤキも言うとったな。なんか最近ヌエバの政情が不安定だから、国境のサンバーン基地の兵員が増員されたとか。あの子は軍人と多く付き合ってるからそういう情報も入ってくるみたいぞ」
「なるほど」
 やはり、ネブカに軍人が増えたのは隣国のクーデターが遠因らしい。
「物騒な話じゃ。最近国境付近の海域で黒い妙なボートを見たという話もあるらしいからの。お主らも気をつけた方がいいぞ」
「ははあ。そいつは用心ですな」
 アイダホは横目でちらりと公主を見た。もうしびれは収まっているらしかった。
「時に」
 アイダホが本題を切りだそうとしているのが分かったのか、老婆は茶を一気に飲み干した。
「タネリ様はこのハンカチの持主をご存知ないですかな?」
 公主が、アイダホの台詞に合わせてハンドバッグから折りたたまれたハンカチを取り出し、それを広げた。タネリはそれをまじまじと眺めていたが、やがて口を開いた。
「分からんな」
「そうですか。実はですね…」
「あいや、皆まで言うな。皆まで」
 話を途中で遮られたアイダホは、キョトンとした表情になった。タネリは構わずに話を続けた。
「お主らは失踪した父親を探しておるのじゃろう」
「ご存知でしたか」
 アイダホにさほどの驚きはなかった。自分たちが街で有名な存在になっているということは知っている。
「お主らの話はここに来る何人もの遊女から聞いておる。紫髪のおぼこ娘と、従者らしき赤髪の大男と」
「おぼこ娘ですってぇ?」
 公主が素っ頓狂な声を上げた。おぼこ娘扱いされておきながら、「おぼこ娘」という単語を知っているあたりは耳年増である。
「まあそう気を悪くするな。ここいらの女どもにかかれば素人は大体おぼこじゃ」
 タネリの顔にようやく笑みがこぼれた。公主は憮然とした様子でそっぽを向いている。
「しかしだな。儂の話してやれることはほとんどないというのが正直なところじゃ」
 タネリは眉を顰めた。
「父上の写真はお持ちかな」
 公主がまだそっぽを向いているので、アイダホはそのハンドバッグから勝手に先代の顔写真を取り出し、タネリに見せた。
「そうそう。その顔じゃ。あいや、その写真もお主らがばらまいていたのかな、儂もここに来る遊女から何枚ももらっているのじゃが、儂には見覚えがない。ここに来る遊女にもそれとなく見せているのだが、見覚えがあると言った者はいない。隠しとるのかもしれんが」
 タネリはここで一息ついた。向かい合った2人は黙って聞いていた。
「それに、遊女が客と同棲や駆け落ちや情死なんてこのへんではありふれ過ぎた話でなあ。お主らの持っている手掛かりだけではどうにも特定ができん」
「『H』という刺繍については?」
 公主が口を挟んだ。機嫌を損ねた公主にしては建設的な発言だった。
「なんとも言えんな。今見せてもらったところでは、本名とも源氏名とも分からんし。本名は互いに深く探り合わない不文律が我々の間にはできあがっとるし、源氏名もみなコロコロ変えるからいかにも特定性に欠ける」
「ふむう」
 アイダホは神妙な面持ちであった。
「では、話は変わりますが、タネリ様は『みぞおちにバーコード状の刺青がある女』をご存知ありませんか?」
 アイダホはここでとっておきを出した。
「バーコード? それは初めて聞く情報じゃの」
「我々も直前に手に入れた情報でして。どうも先代はそういう女と密接な交渉を持っていたらしいのです」
「バーコード状の刺青とはまた不思議な刺青じゃの。ファッション性があるのやらないのやら」
「いや、刺青かどうかははっきりしないのです。刺青のような文様というだけで」
「ふむう。儂は知らんのう。だいいち、体にそんな気味が悪い文様があったら、客が気味悪がって近付かんと思わんかね」
 タネリが挙げた疑問は、2人も話を聞いた当初から抱いていることだった。なぜバーコードなのか。体が資本の遊女がなぜそのような無骨な文様を肌に刻んでいるのか。
 アイダホはしばらく考え込んでいたが、もうこの老尼から聞き出せそうなことはなかった。
「分かりました。では、タネリ様の他にこの街のことに詳しい方、或いは何か手掛かりを持っていそうな方に心当たりはないでしょうか」
「ふむ。まあ皆知っていることは儂と大同小異だとは思うが…」
 タネリは、四、五人ほどの引退した遊女の名前と居場所を教えてくれた。

 タネリは山道の入口まで見送りにきた。
「力になれずに悪かったの」
「いえ、今までで一番建設的な情報を得られました」
「そうか。そう言ってくれると嬉しいが」
 2人は厚く礼を述べてその場を辞し、山道を下り始めた。
「じゃあ、近い順に回ってみますか」
「そうね」
 有力な情報が得られなかったからか、公主は一瞥でそれと分かるようなしょげ方をしていた。
「なに、捜査の基本は足ですよ足」
 アイダホは、むしろ元気になっていた。アイダホは肩を落とす公主を尻目に、山道を一人で駆け下り始めた。公主は遠くなるアイダホの背中を眺めながら、溜息をつきつつも笑みをこぼした。
 街に降りると2人はタネリが教えてくれた遊女の元を回ったが、得られた情報はタネリの元で得られたものと文字通り大同小異であった。バーコードについても、皆一様に知らないと口を揃えた。
2人が中心街に戻ったときは既に日はとっぷりと暮れており、夕食時であった。2人は、昼食をとったそば屋に再び入った。山を降りたときは元気だったアイダホも捜査に前進がないためすっかりと肩を落としてしまい、夕食の場を考える元気もなかった。
「今夜はどうしましょうかねえ」
 アイダホは、箸でつまみあげた鴨南蛮のネギを眺めながら漏らした。
「聞き込みに決まってるじゃない」
 公主は逆にやる気を取り戻しているようで、いつもの高飛車な調子が戻っていた。アイダホは、昼に公主に諭されたとはいえ、やはりこれまでの無軌道で散発的な聞き込みの労苦を思い出すと、その胸には暗澹たるものが垂れ込めた。
 アイダホはがくりと項垂れながら呟いた。
「ああ、また当てなく聞き込みですか…」
「当てはあるわよ。一つ」
「え?」
「当てはあるって言ってるの」
「誰ですか?」
「ケヤキよ。ケヤキ」
 アイダホは昼にタネリ婆の寺へ向かう山道ですれ違った遊女の姿を思い出した。
「ああ。あいつですか。でも、関係はあるんですか」
「それは聞いてみないと分からないわよ。でも、あんた見覚えがあるって言ってたじゃない」
「ああ。そんなこと言いましたね」
「何よそれ。気のせいだったっていうの?」
「いや、見覚えはあるような気がするんですよ。全然見当がつかないんですが」
「案外あの女うちに来たことがあって、その時あんたが目撃したのかも知れないわ」
 公主はそば猪口にネギとわさびを入れながら言い放った。なるほどその線はあるかも知れなかった。
「そうですね…」
 アイダホは箸で掴んだネギを睥睨しながら、少なくともとっかかりはあると自分に言い聞かせた。公主の方に焦点を移すと、彼女は天ざるのいか天を噛み切るのに難渋していた。アイダホは、夜の聞き込みも全くの行き当たりばったりにはならないと思い直し、ずっと掴んでいたネギを口に放り込んだ。

 タネリの話では、ケヤキは辻に立っているということだった。ケヤキの具体的な居場所は、案内所で聞けばすぐに分かった。2人は、案内所でも最早顔馴染みになっていた。
 ケヤキは、一番明るい辻の角に、雨でもないのに派手な唐傘をさして立っていた。恰好は、昼にサンナ寺の入口ですれ違ったときとさほど変わらなかった。
 もう慣れっこになっている2人は、真っ直ぐにケヤキの元へと歩み寄り、公主がハンカチを、アイダホが先代の顔写真を突き出した。最初に声を発したのはケヤキだった。
「あらお2人さん。昼間にタネリ様のところでお会いして以来かしら」
「ケヤキさんとか言ったわね。私、父上を探しているの。こういう顔なんだけど」
 アイダホが顔写真を突き出した。
「知らない?」
 公主は相も変わらず高圧的な調子だった。
「よく知ってるわ。私、その方と同棲しているもの」
「ええっ?」
 公主が漫画のような悲鳴を上げた。アイダホは驚きの余り声も出なかった。
「ど、ど、どこよ。この泥棒猫!」
「嘘よ嘘」
 公主は目を白黒させていた。今までもこの手の嘘はつかれたことはあるが、初っ端からここまで大胆に2人をあしらう遊女も珍しい。
「同棲は言い過ぎだわね。でも、私この方のお相手をしたことはあるわよ」
「ええっ? ホント? いつ? どこで?」
 公主がまた素っ頓狂な声を上げた。
「5年ぐらい前になるかしら。ちょうどこの場所で買われて、そのままさかさクラゲに連れていかれて…」
「5年前? ていうことは失踪からしばらく父上はこの街にいたの?」
「やあね。嘘よ」
 これを聞いた公主は、口を半開きにしたまましばらく固まってしまった。
「本当のことを言いなさいよ!」
 公主が詰め寄ると、ケヤキは声を出して笑った。
「ほほほ。そんなに怒らないで。でも、私この人をこの街で見たことはあるわよ」
「どこでよ?」
 公主もさすがに疑いの目を向けていた。
「タネリ婆様の茶室で写真を見せられたわ」
 公主は固まった表情のまま溜息をついたが、すぐに立ち直って次の質問に移った。
「じゃ、じゃあこのハンカチは知らない?」
「よく知ってるわ。私、お世話になった人にはこのハンカチをあげることにしているの」
「本当でしょうね」
「嘘に決まってるじゃない。知らないわよ。そんな高そうなハンカチのことは」
「あなたの本名は?」
「ヒューバード」
「本当?」
「嘘よ。本当はホーム」
「本当??」
「嘘よ」
 公主はまた深く溜息をついた。これ以上追及する元気はないようだった。見かねたアイダホは、口を開いた。
「お願いですケヤキさん。真面目に答えてください。人が一人行方不明になっているんです。そうやってからかうのは不謹慎ですよ」
「あら。お客さん? こんなおぼこい娘は放っといて私と遊ばない? お兄さんなら負けるわよ。このたくましい胸板…」
 ケヤキはアイダホによりかかり、左手の指を彼の胸に這わせた。そのまま口をアイダホの耳元に寄せると、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でこう囁いた。
「ねえ、ポテト…」
 アイダホは脊髄に雷が走るような衝撃を受けてビクリと両肩を震わせたが、怒り心頭に達している公主はその様子に気がつかないようだった。
「誰がおぼこい娘よ!」
 公主は再び元気を取り戻してケヤキに詰め寄っていった。ケヤキはおぼこい娘のことなどものともせず、顔をアイダホの耳元から離すと、今度は正面からアイダホに肉薄して、白い指でアイダホの顎を撫でた。
「どう、お兄さん…」
「いえ、自分はそのような…」
 アイダホは先ほどの衝撃から抜けないのか、語気に力がない。
「そんなこと言わないでさ…」
 アイダホはなおもよりかかろうとするケヤキの身をかわして、一歩後ずさった。
「あら。いけず」
 ケヤキはアイダホに色目を投げかけた。アイダホはたまらず目を反らした。まだ先ほどの電流が体の中を走っている
「あんた、じゃあみぞおちにバーコードみたいな刺青が入ってないかしら」
 公主が詰め寄った。
 ケヤキは野良犬でも見下すような目で公主をジロリと睨みつけると、盛大に啖呵を切り始めた
「嬢ちゃん。それが人に物を聞く態度? 私はこのお兄さんと話してるの。商売の邪魔だから帰んなさい。子供がこんな夜道を出歩くもんじゃないわよ。最近はこの辺の海辺に変なボートが出るっていうからねえ。あんまりお痛が過ぎるとさらわれちゃうわよ」
 ボートのことはタネリも言っていたなとアイダホはふと思い出したが、公主の様子はそれどころではなかった。
「ぬがーーっ」
 頭に血が上った公主には返す言葉がすぐには思い浮かばないようであり、自分の口下手を地団太踏んで大いに悔やしがっていた。今度はアイダホが公主の質問を引き取った。
「お願いです。答えてください。みぞおちにバーコードのような刺青がある女を知りませんか? 或いはあなたにそのような刺青がありませんか?」
「フフフ。お兄さんになら見せてあげてもいいわよう」
 相も変わらずケヤキには真面目に答える気がなさそうだった。再び寄り添ってくるケヤキから一歩距離をとったアイダホは、力なく目を反らした。
「ぬーーっ」
 公主が再び言葉にならない思いを唸り声で表現した。
「あら、お嬢ちゃんはもうネンネの時間じゃない?」
 ケヤキはアイダホの方を向いて同意を求めるかのような仕種をした。公主は、手に持っていたハンカチを乱暴にハンドバッグにしまうと、曖昧に俯いたままのアイダホの手をとり、そのままズンズンと元来た道を帰り始めた。アイダホは不意に後ろ歩きの恰好になったが、ケヤキの方に目をやると、彼女は頬笑みながらアイダホに向かって手を振っていた。

 翌日、公主とアイダホはサンナ寺へ向かう平坦な山道を再び登っていた。昨晩のアイダホは怒り心頭に達した公主を宥めるのに必死で、聞き込みどころではなかった。遊女にからかわれた公主が憤慨して不貞寝してしまうということはこれまでも度々あったが、以前はそのようなことがあればアイダホが一人で聞き込みを続けていた。今回は、アイダホにもそのような余裕がなかった。いつもより公主の怒りが激しかったというのが半分だが、もう半分は、あの「ポテト」という呟きから受けたショックが抜けきらないということだった。
 寝入ったのが早かっただけに、翌朝起きるのも早かった。朝食の席でアイダホは、自分があの女にあったことがあるのではないかという疑いが、確信に変わったと公主に告げた。ただ「ポテト」と耳元で囁かれたことは黙っていたので、公主はアイダホの自信ありげな様子にいまいち合点がいかぬようであった。
 しかし、アイダホが嘘を言っているとも思えなかった公主は、話し合いの末、あのケヤキという女のことをもっと調べてみようという話になった。そこで、ケヤキが熱心に通っているというサンナ寺のタネリ婆の元へ再び向かっているのである。

 タネリは公主とアイダホの来訪を知ると、再び2人を例の茶室に通した。相も変わらずしわくちゃの顔に長い白髪をなびかせて、背筋を定規のようにピンと伸ばしている。茶室に向けて静々と歩くタネリの後姿を見るにつけ、一歩一歩の所作に気品が感じられ、昔はさぞ多くの客をとった遊女で会ったのだろうということが感じられた。
「ケヤキのことじゃったな」
 タネリは点てた茶を差し出すと、今回はいきなり本題を切り出した。
「はあ」
 アイダホは間の抜けた返事をした。
「あの女の素性は儂もよく分からん。ただ、よく分からんということは分かっておる」
 よく通る声がこの老尼の明晰さを物語っている。
「それは…?」
「あの女は十年以上前にどこからともなくふらっとこの街にやってきたのじゃ。ただ、みな口を揃えてあの女の過去のことは知らんと言っている。だから、儂以上のことを知っているとは考えにくい。ちなみにあの女が『H』で始まる名を持っているかどうかも分からんし、みぞおちにバーコードがあるかどうかも分からん」
 こちらが聞きたいことは大体先に言われてしまった。ハンカチの件もバーコードの件も先立つ訪問の際に話したことだから、このような質問が来ることを予期していたのだろう。
「正体不明の女、ということですか」
「有り体に言えばそうじゃな」
「それじゃあ、あの女にまつわる不思議な話や奇怪な話はご存知ないですかね? どんな些細なことでも構わないのですが」
「それじゃ。あの女について他に話すことがないから、その話を話そうと思っていたのじゃ」
「ではあったのですね」
「ああ。その昔、この街にダンジョウという男がいてな。とある連れ込み旅館で布団洗いをやっていたのじゃが」
「ほう」
「何しろ、連れ込み旅館の布団は汚れ方が激しいし、色々と普通の旅館についてないような種類の汚れもついているからの。布団洗いというのは相当に立場の低い役職で、ダンジョウもよく素性が分からん流れ者だった。身寄りはどこにもないと言っていたらしいがな」
「それで」
 アイダホの目は爛々と輝き始めていた。公主も、右手の拳を強く握っている。
「そのダンジョウの元に、あのケヤキがよく訪ねて来るようになったらしい。もっともこれは後で分かったことで、ダンジョウが仕事を終えた後よくいなくなるっていうんで、からかおうとした他の下男が後をつけていったら、唐傘をさした女と安宿に入っていったということじゃったからな」
「なるほど」
「そうしたら、そのダンジョウがいつの間にか姿を消してしまったのじゃ。旅館の主人も下働きが消えることは日常茶飯事じゃて、ダンジョウにも身寄りのなかったものだから、その件はそのまま警察の手が入ることもなく終わったそうじゃが」
 アイダホと公主がほぼ同時に右の拳で畳を叩いて膝から立ち上がった。2人は一瞬目を合わせると、またタネリの小さな目に視線を持っていった。
「そ、それはいつのことでしょうか?」
「今から5年ぐらい前のことじゃ。お主らの尋ね人が消えた後じゃな。もっとも、こういう失踪事件はこの街では枚挙にいとまがないから、関係があるかどうかも分からん。その唐傘の女も後姿を見られただけで、ケヤキとはっきり決まったわけでもないが」
 よくよく考えてみれば、老尼の冷静な分析は的を射ていた。さりとて、ダンジョウの一件が父親の一件に関係があるのではないかという公主やアイダホの直感も馬鹿にできたものではない。
 アイダホは何を尋ねようか迷って口をモゴモゴさせていると、公主が切り出した。
「その、ダンジョウという人は、どういう人でしたか?」
「身寄りがないらしいから家族関係とかは分からん。儂も一、二回あったことがあるが、あれでなかなか頭の切れる男ぞな。年の頃は…、失踪した時は二十をちょいと越えたばかりじゃなかろうか」
 タネリはここでいったん言葉を切った。
「あ、そうじゃ」
「な、なんです?」
「これはあいつを知っている者が口を揃えて言うんじゃが、あいつには口癖があったそうな」
「口癖?」
「下男生活がしみついたのか、『申し訳ない』ととにかく連呼するらしい」

「あんた、あの女買いなさい」
「にぃ?」
 公主の命令に、アイダホは右手に持っていた湯呑みを取り落としそうになった。
「昨日どうやってバーコードを確かめるかを考えずに突撃したのはずいぶん思慮が足りなかったわ。後ろ暗いところがある奴が私達に『バーコードはあるか』って聞かれても、正直に答えるはずがないじゃない」
 言われてみればそうである。その点は、アイダホもあまり深く考えていなかった。
「確実に確かめるには、あいつのみぞおちを直接視認する方法しかないわ。だから、あんたあの女買いなさい」
「で、でもまだあの女がクロと決まったわけじゃ…」
「絶対にクロよ。あたしの直感が言ってるわ。万が一シロだったとしても、それならそれでさっさとはっきりさせた方がいいわ」
 揺るぎない正論だった。
 2人はタネリ婆のもとを辞した後に方々を回ってケヤキとダンジョウの情報を仕入れたが、どこで聞いた話もどっこいどっこいであった。足を棒にした2人はいったん宿に戻って休憩していた。休みということで油断しきっていたアイダホには、公主の突然の命令はこたえた。
「で、で、で、でも『電気消して』って頼まれたり、布や絆創膏かなんかで隠されたりしたら…」
 図らずもどもってしまった自分がアイダホは情けなかった。
「そんなもん、商売なんだから客が頼めばその要望通りにしてくれるわよ。何か言い訳作られて隠されたら余計に怪しいわ。そういう場合は追加料金払ってでもみぞおちを暴きなさい!」
 是非もなかった。
 商売女を買うというのはアイダホにとっても初めての経験であり、尻込みするのは無理もなかったが、アイダホにも独自に確かめたいことがあり、その探究心が臆病な心との差し引きでギリギリアイダホの背中に推進力を与えていた。あの女の見覚えがあるという自分の感覚と、公主には気付かれなかったが、先日の「ポテト…」という囁きの意味を、アイダホはどうしても確かめたかった。
 アイダホは、夜を待って公主から軍資金を受け取った。あの作戦会議を終えてからはそわそわしっぱなしで絶えず落ち着かない様子だったアイダホは、紙幣を受け取る手も手汗が飛び散るほどにフルフルと震えていた。アイダホが震える手で札を懐にしまうと、公主から宿の外に蹴り出された。
アイダホは観念したようにトボトボとあの辻に向かって歩み始めた。ケヤキは、相も変わらず唐傘をさして、同じ場所に立っていた。
 アイダホがケヤキに近付いていくと、相手もだいぶ遠くからこちらのことを認め、自ら近付いてきた。ケヤキは、その場で立ち止まってしまったアイダホの胸に躊躇なく飛び込んできた。
「あらお兄さん。久しぶりじゃない」
 ケヤキの冗談は、アイダホの耳に届いても頭にまで届かなかった。ケヤキは、人差指でアイダホの胸をなぞりながらゆっくりと喋った。
「私と遊んでくれるの?」
「あ、ああ…」
 アイダホは虚空を見つめたまま曖昧に返事するのが精一杯だった。自分の胸にすがりついているケヤキの姿を正視することができない。
「あらまあ。昨日はにべもなかったのに、どういう風の吹きまわし? まあいいわ。じゃあ私についてきて。近くにいい宿があるから」
 宿に着くまでの記憶はアイダホにはほとんどなかった。いや、そもそも周りの様子を認知できなかったというのが正しいか。気がつくと、アイダホは宿の2階の部屋に体育座りをしていた。畳には2組の布団が敷かれており、いつ脱いだのか記憶がないが、上半身は既に裸になっている。
 部屋のすぐ近くの階段を登ってくる音が聞こえてきた。アイダホの鼓動は否が応でも高鳴った。アイダホには、そんな自分を情けなく思う余裕さえなかった。
「お待たせ」
 襖がガラリと勢いよく開いた。その場に立っていたのは、十二単のような長い着物を着たケヤキだった。アイダホは体育座りの姿勢を崩さぬまま、顔だけ上げてケヤキを見た。ケヤキは一歩前進して部屋に入り、アイダホの方を見たまま後手で襖を閉めると、刹那身に着けていた召し物を全て脱ぎ払った。アイダホの目の前には、一糸纏わぬケヤキの肉体があった。いや、この表現は不正確である。彼女のみぞおちには、白い包帯が巻かれていた。
「そ、そ、その包帯は…」
 アイダホの声が裏返った。
「あら? みぞおちが見たかった? ごめんなさいね。こないだ家で天ぷら揚げてたら、油がはねて火傷しちゃったのよ。みっともないから隠してるんだけど、逆にこの包帯がそそるって言ってくれるお客さんもいてね」
 目のやり場に困ったアイダホは包帯を凝視しながら震える声をしぼった。みぞおちを露出しながら天ぷらを揚げるという行為の奇異さにまではもう頭が届かなかった。
「そ、その、俺は、白い肌にポツンとある生傷みたいなものに異様に興奮するのだ。包帯、とってくれないかな?」
 咄嗟に考えたにしてはもっともらしい理由だったが、咄嗟に考えただけに最低の理由だった。
「お兄さんも好きねえ。じゃあ、いいわ。とってあげるわよ。ただし、追加料金頂くけど」
「そ、そ、それは構わない。いくらだ?」
「げん骨百発ってとこかしら。ポテト」
 アイダホの視界で純白の包帯が舞った。その後ろから出てきたのは、真っ直ぐに飛んでくる鋭い匕首だった。アイダホはすんでのところで顔を傾けてその一撃を交わした。匕首は畳に斜めに突き立ち、アイダホの頬からは血が垂れた。
 アイダホは突き立った匕首と左手の指に撫でつけた頬の血を交互に見ると、全てを思い出した。そうだ。あの女!
「まだ衰えてないじゃない。ポテト」
 アイダホが気付いた時には、もうそこにケヤキの姿はなかった。彼女の声は、窓の外の方から聞こえてきた。
「ポテト。こいつは昔の誼で忠告してやるんだがね。あまり変なことを勘繰らない方がいいよ。あたしたちも、無知なる者の殺生を重ねるほど無慈悲じゃないからさ。特にあのお嬢ちゃんは、これ以上首を突っ込むと命がいくつあっても足りないよ」
 アイダホは飛びあがって窓から顔を出し、周囲を見回した。ケヤキの姿はどこにも見えなかった。
「あ、言い忘れたけどね。この連れ込み旅館はあたしとすごく仲良しのヤーサンが経営してんだ。あんたもあんまり素人の喧嘩自慢を見くびらない方がいいよ」
 ケヤキの声は、今度は天井の方から聞こえてきた。アイダホが窓から天井に上がろうとすると、「いやーーーーーっ」というケヤキの叫び声が、街中に響かんばかりに轟いた。
 気がつくと、アイダホはその燃えるように赤い髪を、背後に立っている紋付き袴の大男に掴まれていた。その男が自分の髪をねじるのに従って体を180度回転させると、すでに五、六人の若いのが後ろに控えていた。

 もう午前2時を回ったというのに、アイダホはまだ帰ってこない。公主が意を決して立ち上がると、窓の木枠に何かが突き刺さるような音が聞こえ、窓全体がブルブルと震えた。
 公主が窓を開けて外側を改めると、果たして木枠に栞のような紙が刺さった匕首が、突き立っていた。公主が匕首を抜き、栞を手に取ると、綺麗なペン字で以下のような文句が書かれていた。
「椎名屋の脇に赤髪の男眠る」
 椎名屋といえば公主も行った覚えがあった。ケヤキが立っていた辻から割合すぐのところにある連れ込み旅館である。言いようのない胸騒ぎを覚えた公主は、とるものもとりあえず宿を飛び出した。
 街はまだあちこちに灯がともっていた。遊女と客らしき2人連れがあちこちを歩いている。しかし明るいのは例の辻までであり、そこから椎名屋の方へ入ると、急に当たりは寂しくなっていた。
 椎名屋は2階建ての旅館で、表玄関は既に閉まっていた。公主が隣の建物との間にわずかな隙間を見つけ、そこから中に入っていった。奥は少し広くなっており、生ごみの臭いが立ち込めていた。果たして椎名屋の勝手口の更に奥にあるゴミ箱の隣に、アイダホは傷だらけで仰向けに横たわっていた。アイダホは、右手で腹の当たりを押さえ、小さく呻いている。公主は、近付いて呼びかけた。
「アイダホ! アイダホ!」
 アイダホは力なく視線を公主の方に向けると、苦しそうに呟いた。
「公主…。すいません。全部、思い出しました…」
「何が…、何があったの?」
「奴らにやられました…。ハンゲンキに…」
「ハンゲンキ?」
「ケヤキの…、本名です」
 となると、ハンカチのイニシャル『H』とは「ハンゲンキ」のことを表していたのか。
「分かった。今はもう喋らなくていいから。立てる?」
「だいぶ休めたんで…、なんとか…」
 アイダホが立ちあがろうとして腹の辺りを押さえていた右手を地面に着いた。その時公主の目に入ったのは、みぞおちに刻まれたバーコード状の文様だった。
 アイダホの腹のバーコードを目にした公主の唇はワナワナと震え、頭の中にはどす黒い煙が立ち込めた。
「アイダホ…? あなた…?」
 アイダホはバーコードを見られたことに気がついたのか、まずったというような表情をしながら言った。
「公主…。違います…。これは…」
 アイダホの台詞が耳の届く前に、公主は脱兎の如く路地を駈け出していた。

 気がつくと公主は、海辺の駅にまでやって来ていた。父と離れ離れになった場所。アイダホを置いて夢中で駈け出して、こんなところまで来てしまった。さびれた駅ゆえ、柵を乗り越えてホームに入るのは訳はなかった。公主は8年前にも座ったホームのベンチに腰掛けた。浜はすぐ目と鼻の先にある。波は穏やかだが、夜の海は見る者に言いようのない恐怖を呼び起こす。あの黒い水の塊に飲み込まれたら、もう此岸には絶対に帰ってこれないのではあるまいか。
その誘惑に抗いきれなくなった公主は、ベンチを立って線路を横切り、砂浜まで歩き出た。
 アイダホ。アイダホ。アイダホ。そういえば私は、アイダホの素性を知らない。物心ついたときには屋敷の中をうろついていた用心棒。父上が知り合いから雇ったらしいが、本当のところは分からない。そんな得体の知れない男を父上はなぜ雇ったのか。もしかして、脅されていたからではなかろうか。
 そうだ。アイダホはあの女とグルなのだ。あのみぞおちのバーコードが何よりの証拠ではないか。アイダホはベシミに話を聞いたときからそのことについて知っていたはずなのに、私に黙っていた。いや、ベシミの話しぶりからすると、ベシミもアイダホにあのような刺青が入っているということは知らなかったのだ。となると、相当巧妙にあの文様を隠していたに違いない。なぜか。自分がグルだということを悟られないようにだ。
 あんな男を信頼して今まで父上の捜索をしていたのか。まるでうすら馬鹿ではないか。あの男がそばについていたのは、私を監視するためだったのだ。なぜ? 私もさらってしまうためだろうか? 一体なぜこんな没落貴族を狙うのか?
 海の向こう側から低い唸り声のような音が聞こえてきた。声はだんだん大きくなる。公主が声のするらしき方へ目を凝らすと、水面を切り裂いて黒い塊が近付いてくる。声もどんどん大きくなる。いや、これは声ではない。エンジンの音だ。公主が再び目を凝らすと、塊はもうだいぶ近くにいた。黒いボート?
 視界がふっと真っ白になって、すぐに真っ黒になった。背後で叫ぶアイダホらしき男の声が辛うじて公主の耳に届いた。

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