当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

四 ユエダー


「しっかりしろ博士! この河を越えればファルージャだ!」
 川は浅い。流れる水は澄んでいる。アイダホにかつがれた博士は朦朧とした意識の中で撃たれた背中を引きずりながら川に足を踏み入れていった。流血で、川の水が赤く染まっていった。

 ユエダー博士は、目の前にいる赤髪の大男を見ながら、この男と一緒に河を渡って亡命してきたことを思い出した。
 博士はまだ30代前半だというのに、髪にはすっかり白いものが混じっている。使い古した箒のようなボサボサの蓬髪をひっかきまわしながら、博士は眼鏡の奥の瞳をギョロリとアイダホに向けた。
 博士は、別れて以来、この男とは二度と会うまいと思っていた。この男は、自分がヌエバから亡命してきた人間であると知られたくないだろうから、ヌエバと接点を持っている自分のような人間とはけして交渉を持つことはないだろうと思っていた。
「それで、私に何を求めるのだね。アイダホ君」
 アイダホは、訥々と事の顛末を語り始めた。彼がこちらに渡って来てからデーデキント家に雇われたこと。その先代当主が8年前に突然ネブカで謎の失踪を遂げたこと。その娘と先代の行方を求めて今までネブカをかけずり回っていたこと。そしてその娘もさらわれたこと。アイダホは娘を助けようとしたが既にいかんともしがたく、敵の包囲網を命からがらくぐり抜けてここまでやってきたこと。
 聞けば異様な事態が連続しているようである。にもかかわらず、アイダホは存外に落ち着いていた。
「今ヌエバで、あの国で何が起きているかを教えていただきたい。私は、公主を助け出さねばなりません」
「待て。なぜヌエバにつながる?」
「公主をさらったのは、ハンゲンキなのです。ハンゲンキというのは、犲目瓩離好僖い任后今公主がどこにいるかは想像もつきませんが、博士に何か知っていることがあるなら教えていただきたい」
「なぜそいつが犲目瓩離好僖い世畔かったのかね? 面識でもあるのかね?」
「面識もあります。私はあまり親しくした覚えはないのですが、犲目瓩陵楡所で一緒でした。奴の方が、先輩だったと思いますが。それに、奴は犲目瓩琉谿の一部がもつ禍々しい烙印をその体に押されています。私のみぞおちにもあるバーコード状の紋様です」
 犲目瓩箸いΩ斥佞鯤垢い董博士の眼鏡が怪しく光った。博士はゆっくりと鼻から息を吐き出すと、気だるそうに言葉を発した。
「ふむ。となるとかなり確実性が高いな」
 博士はやおら立ち上がり、その場をしばしうろうろと歩き回った。そして、ゆっくりと言葉を選びながら語り始めた。
「その公主様の件はなんとも言えんが、先代さんの件は私にも思い当たることがある。十中八九私にも責任の一端のあることだ。長い話になるが、大丈夫かね。最後まで聞いても結局公主様とは関係のないことだったということになる可能性もあるが」
「大丈夫です」
 アイダホはコクリと頷いた。
「そうか。じゃあ手放しで話すのもなんだ。茶でも出そう」
「いえ、結構です。時間もないですから」
「まあそう言うな」
 博士はいったん後ろにある台所に引き下がり、危なっかしい様子で茶の用意を始めた。アイダホは、固唾を飲んでその様子を見守った。
「おう。そういえば緑茶を切らしとった。アイダホ君。烏龍茶と紅茶どっちがいい?」
 博士の声が遠くから響いた。
「紅茶でお願いします」
「紅茶だな」
 博士は上の方の棚をガチャガチャといじり始めた。
「アイダホ君。あの、カップの下に敷く小さい皿、あれなんてんだっけ」
「ソーサーじゃないですか?」
「そうそれだ。そのソーサーがないんだが、別にいいか?」
「いいですよ」
「そうかそうか。すまんすまん」
 博士はまだ何かしばらく台所で右往左往していたが、また声が聞こえてきた。
「アイダホ君。残念ながらティーバッグしかないのだが、いいかね」
「いいですよ」
 アイダホは軽く貧乏ゆすりを始めた。
「すまんすまん」
 博士は片手に持ったお盆の上にティーバッグを入れたカップを2つ乗せてやって来た。もう片手には、大きな魔法瓶が握られていた。博士はお盆と魔法瓶を机の上に置くと、砂糖やスプーンを忘れたと言ってまた台所に戻っていった。
 アイダホが机に置かれたカップを手にとって魔法瓶の注ぎ口に合わせ、スイッチを押した。
「博士…」
「ん?」
 ちょうど戻ってきた博士にアイダホが声をかけた。
「これ…、水ですよ」
「ありゃ」
 結局ティーバッグ入りの水を飲むことにして、博士の長い話が始まった。博士の身の上話から始まる実に長い話だった。
 博士の実父は、博士の実母を妊娠させてどこかに逃げたらしい。つまり、博士に法的な父親はいない。実母はまだ幼い博士を連れて結婚した。しかし博士の実母は姑と折り合いが合わず、博士が物心つくかつかないかの頃に流行病にかかってぽっくりと逝ってしまった。その後義父は別の女性と再婚した。つまり、博士は義父母に育てられたのである。
 義父母は博士を虐待するようなことはなかったが、愛することもけしてなかった。博士は、その後生まれた実子よりはどうしても粗雑に扱われた。彼らは博士のような異邦人が家の中にいることがたまらなく嫌なようであった。博士には家の中の部屋が一つ割り当てられ、ダビングしたVHSが何本かあてがわれた。「お前は部屋の中でそれを見ていろ」「部屋からは出てくるな」と言わんばかりだった。
「その中にあったのが、『空かける大天空』だ。君も名前ぐらいは知ってるだろ」
「え?」
「あ。そうか。君はヌエバ出身か。あそこじゃ手に入っても海賊版だろうなあ」
「なんですって? 空かける…?」
「『空かける大天空』。私が生まれる10年ぐらい前に流行っていたロボットアニメだ。義父母がくれたVHSには、その最後の3話が入っていた」
「ふうん。また半端ですな」
「途中の3話よりましだろう」
 空かける大天空。全39話。おもちゃ会社とのタイアップ作品で、おもちゃにしたら売れそうな派手なデザインのロボットがドヤドヤ出てくる。しかし思ったよりおもちゃの方の売れ行きは芳しくなく、スポンサーの意向で元は4クールやるところを3クールで打ち切られた不遇の作品である。
「私は家にいるときはそればかり見ておった。流石にもう忘れたが、10代の頃はその3話を再現する一人芝居がそらでできたぞ。VHSは他にも何本かあてがわれたのだが、一番気に入ったのがその大天空だったな。ただ他の話は手に入れようがないから、その最後の3話を繰り返し見ていた。それでも、10年前のしかも途中で打ち切られたような不人気作品だったから、学校で話しても誰にも通じなかったがな」
 空かける大天空に登場する主人公ロボットがダイテンクウである。その操縦システムは、今からすればありふれているが、当時としては画期的なシステムだった。
「作品内ではモーションキャプチャーシステムと呼ばれとったな。操縦席みたいなものはなくて、パイロットが半球状の体育館みたいな空間でロボットを操縦するんだ」
「どうやってですか?」
「その空間内でパイロットが動いた通りにロボットも動くんだ。その中でパイロットが右ストレートを出せば、ロボットも右ストレートを出すという具合に」
「なるほど。考えましたね」
 博士は子供心にその操縦システムにいたく感動を覚えた。そして、いつかそれを再現してやるという夢を抱いた。
 ダイテンクウ以前のロボットアニメで導入されていた操縦システムは、大きく分けて2つあった。リモコン型と搭乗型である。リモコン型で有名なのは、メタルマンという白黒のロボットアニメである。
「知っとるか?」
「知りません」
「そうか。メタルマンのリモコンはな、ボタンが2つとレバーが3本しかついていないのだ」
「簡単そうですね」
「簡単な代わりに確実にロボットの全ての稼働個所を動かすことはできないぞ。人型ロボットの稼働個所は、両手の十本の指だけで28ヶ所もあるのだ」
「28ヶ所ですか? ええと、親指が関節1つで…」
 アイダホが右手の指を折りながら数えはじめた。
「あとの指が関節2つだ。あと付け根も動かせるから、計算すると28ヶ所になるはずだ」
「ふむふむ」
「他にも首や肩や肘や手首や腰や腿や膝や足首や足の指があって、まぶたや唇や顎や舌もあって、人間の稼働個所は少なく見積もっても数十はあるのだ。動き方が複数ある稼働個所もいくつもある。そういう複雑な『機械』を両手だけで事足りる単純なリモコンで動かそうというのがそもそもおこがましい話なのだ」
 搭乗型で有名なのは魔神オメガだろう。このオメガの操縦席は車のようになっており、腕で動かせるレバーやスイッチがいくつも並んでいる操縦盤の下には、足で踏むペダルもいくつか並んでいる。
「ところがどっこい、オメガの操縦にパイロットが使えるのは両手と両脚だけだ。メタルマンと比べても両脚が増えただけだ。パイロットの手足だけで稼働個所全ての操縦がまかなえるわけなかろう」
 しかし、モーションキャプチャーシステムならばパイロットの稼働個所全てをロボットの操縦に使えるのである。パイロットとロボットの稼働個所がそのまま直接に対応しているのだから。
 高校を卒業した博士はそのVHSを抱えて家を飛び出し、理系の大学に入った。そこでモーションキャプチャーシステムの実現に必要そうなことであればなんでも吸収した。しかし、大学では所属した研究室の教授と喧嘩して、居場所が無くなった。
「何でまた喧嘩なんか」
「元から私のやりたいことと完璧に一致することを研究している研究室じゃなかったのだ。そこが一番『近い』ってだけだった。アニメに出てくるロボットを作ろうとしている研究室なんて、まあ、ないわな。だから私が好きなことをやろうとすると、教授から研究室に協力しろと怒られて。それで怒って飛び出したというわけだ」
「そういえば…」
「なんだ?」
「ダイテンクウの他の話は見なかったんですか? 家を飛び出して自由になったんでしょう」
「ああ。そんなことか。見ようとは思ったさ。それでビデオ屋で1巻を借りて、見てみたんだが、1話を見ているうちに見る気が失せてしまってな。だって、ダイテンクウがまだ弱いんだもの。最終話付近で最強になったダイテンクウと比べると弱過ぎてなあ。あそこまで強くなるのを待つのは耐え難かった」
「そんなもんですか?」
「そういう戦う話が好きな人は、主人公が強くなると嬉しいもんさ」
「そんなもんですか」
 研究をするには悲しいかな金が必要である。博士は不本意ながらも色々売れそうな発明品を作って特許をとり、ライセンス料を稼いだ。やってみると思ったよりのめりこみ、気が付くと結構な稼ぎができていた。博士はその金で山の中に土地を買い、自分だけの研究所を建てた。
「だいぶ稼いでるじゃないですか」
「いやあ」
 博士はその研究所でモーションキャプチャーシステムの研究を進めた。アニメのロボットのような滑らかな動きを実現するには金属では無理だったので、人工筋肉で動く仕組みにした。
 ここまできて、博士は一つの壁に突き当たる。
「人が動いてから、その動きを分析してロボットの動きに反映するというシステムをとると、どうしても人の動きとロボットの動きにタイムラグが生じるのだ」
「それは、見やすいところですね」
「このタイムラグを解消するにはどうすればいいか…。私は必死に悩んだ。ロボットの中の通信網のレベルをあげていったが、ラグは1秒を切るのがやっとなんだ。そこでだ、画期的な方法を思いついた」
「ほほう?」
「今までは操縦者の動きを見てからロボットが動きを決定していた。そうじゃなくて、操縦者の筋肉に脳から発せられる電気信号を直接読み取れば、もっと早い段階で操縦者がそれからどういう動きをするか分かるじゃないか」
 アイダホはあまりに突拍子のない話に、両目を大きく見開いた。
「いいかアイダホ君。筋肉が動く際には、一部の例外を除いて、脳が動かしたい筋肉に『動け』という命令を、神経を通して発するのだ。その信号がどの筋肉にどういう順番で発せられたかを読み取ることで、筋肉が動いてからその動きを読み取るよりも、だいぶ時間を短縮することができたのだ。これで、ラグは無視できる程度になった。もっともそのシステムの構築で貯金が底を尽きたがな」
 アイダホは博士の得意気な表情を眺めながら顎を撫でた。
 研究を続けるには更なる資金が必要だった。博士は、買ったばかりの土地や建てたばかりの研究所も抵当に入れて、あちこちから金を借りた。そして、それから1年ほどでモーションキャプチャーシステムを導入したロボットの第1号ができた。博士は試作1号機を「テンロウ」と名付けた。
「テンロウとは?」
「合体してダイテンクウになる5機のロボットのうち頭と胸を構成するロボットだ。狼のロボットだ。ただ私が作ったのはモーションキャプチャーシステムで動かす以上人型だぞ」
「はは…」
 実際のテンロウは30mほどあるが、博士が作ったテンロウは体長が10mもないくらいだった。博士の予算ではその大きさが限界だった。
 博士は試作品の完成を大いに喜んだ。しかし、テンロウには致命的な欠陥があった。
「いやな、本当ならテストパイロットが欲しいのだが、協力者はいないから私が乗り込むわけだ」
「はい」
「そうして歩き出すわけだ」
「はい」
「そしたらな…、穴に落ちたのだ」
「穴?」
「なんか、近くに窪みがあったのだ。山ん中だからな」
「何で落ちるんですか? 博士の操縦が下手だっただけじゃないんですか?」
「いや、あれは誰でも落ちるさ」
「なんでです?」
「だって、前が見えないんだもの」
「はあ?」
 そう。博士は操縦者の動きをロボットに反映できる半球状のドームを作るのに夢中で、そのドームの中に外の景色を映す仕組みを何一つ作っていなかったのである。もっとも、アニメの中のダイテンクウにもドームの中からパイロットが外の映像を見るような描写は一切なかったため、致し方ないといえば致し方ない。
「致し方ないことはないですよ」
「あと、言いにくいことだが、見過ごせない欠陥はもう一つあったのだ」
「まだあるんですか?」
「いや、パイロットがドームの壁に到達してしまうと、ロボットもそれ以上前に進めないのだ」
 考えてみれば、そのような操縦システムにそのような弱点がついて回るのは、当たり前の話である。そう、試作1号機のテンロウは一定の半球状の空間の中を手探りで動き回るしかない欠陥品だったのである。
「いやあ、最近ようやく分かってきたのだが、私という人格にはどうも、集中力を発揮する対象になっていない事物に関しては、全然気が回らないという欠陥があるのだな」
 アイダホには、ティーバッグが入った水をすすりながら実に思うところがあった。脳からの信号を読み取るなんて着想段階で尻込みしてしまいそうなシステムを実現にまで持っていっておきながら、パイロットが外の景色を見られるようにするという初歩的なところに気がつかないのである。
「その失敗で私はそれまで延ばし延ばししてきた借金を返すことができなくなって、完全に首が回らなくなった。そこで来たのがあのペシャワールからのヌエバ帝立研究院への招待状だ。ちょうどその頃からヤクザじみた取り立てが研究所の周りをうろつくようになったので、私は渡りに船とばかりに研究所を飛び出した」
「帝立研究院ですか…。名前だけは聞いたことがあります」
「そうか」
 アイダホからしてみればお世辞のつもりだったが、博士の反応は芳しくなかった。
 そうして渡った帝立研究院で出会ったのが院長のペシャワールである。ペシャワールは、博士のこれまでの研究の中でも、脳から筋肉に送られる電気信号を直接読み取るというシステムにいたく興味を持っていた。もっとも、その研究データをペシャワールに提供すると向こうからの積極的なアクションは特になくなり、博士は予算にも施設にも不自由しない場所で自由に研究ができるようになった。そこで、試作2号機のテンリュウや3号機のテンコができた。
「テンリュウは龍で、テンコは虎だ」
「だいたい想像はつきますよ。それで、研究はどのくらい進んだんですか?」
「パイロット用のモニターは中につけたし、あとは装甲だったな。まだ動くロボットというだけで、バズーカが飛んできたら中のパイロットの命さえ危ないような脆弱なもんだった。あ、あとそのドームの範囲でしか動けないという問題は解決してなかったが」
「それじゃあまだまだじゃないですか」
「うん。次はそれを考える必要があったな。或いは接近してきた敵を倒すだけという運用思想の兵器にするという手もあったのだが、それは自分を納得させるための妥協に過ぎなかったな」
「それで…」
 アイダホはゴクリと唾を飲み込んだ。
「うん」
「まだまだ研究を続ける必要があったのに、なんでそんな楽園みたいな研究所から出奔してきたんです?」
「それはな…。ペシャワールの研究していたことと、奴がなぜ私を招聘したかというところに関わってくる」
「ほう」
「アイダホ君」
「はい」
 博士は急に神妙な面持ちになった。
「どこから話そうかな…。そうだ。私と同時期にペシャワールに招聘された、トロノートという学者とダイジュという学者がいただろう」
「そうなんですか?」
「なんだ。知らんのか。まあ、いたんだよ」
「そうですか」
「トロノートが研究していたことは、一番限定的に言えば、中途失明者の視力回復だ」
「そんなことができるんですか?」
「まあ聞きなさい。それで、もう一人のダイジュの専門分野というのが、脳機能局在のマッピングなのだ」
「??」
 アイダホの顔の上にクエスチョンマークが並んだ。
「全然話が見えなくなりました」
「まあ、同じ時期にこの3人が招聘されたからには、何かそこに一つの意図があるのだ。その3人の専門分野に共通する点は何だと思う?」
「なんでしたっけ? 中途失明者の視力回復と、なんとかのマッピングと、あと博士がロボットですか? 全然なさそうですね」
「期待通りの反応をしてくれるな。そう思うだろ。それが、あるんだよ」
 博士はニヤリと笑って水を一口すすった。
 トロノートが研究していたのは、中途失明者の視力回復である。
 人間はどのようにして物を見ているか。目が光を捉えて、そうして得られた情報を脳に送り、脳の視覚野という部分がその情報を処理して映像化する。つまり、目があっても脳がなければ人間は物を見ることはできない。逆もまた然りである。
 いったい人間の目が見えなくなる場合には、その原因は大きく分けて3つある。〔椶ダメになる場合、脳がダメになる場合、L椶版召里弔覆りがダメになる場合である。そして、失明原因として圧倒的な割合を占めるのは、,量椶ダメになる場合である。しかし、目がダメになって失明したとしても、脳はまだ生きているのである。
「じゃあどうすればいいのか。つまり人工的に目の役割を果たすデバイスを作って、それを脳とつなげてやればいいのだ。トロノートはそれを作っていたのだ」
 他方ダイジュは、認知神経学の権威である。認知神経学とは、要は脳のことを研究する学問だと思えば良い。彼が編み出したのは、脳機能の局在を完璧にマッピングする技術である。
「その、脳機能の局在というのはなんなんですか?」
「君も右脳と左脳にはそれぞれ得意分野があるということぐらいは聞いたことがあるだろう」
「それは聞いたことがあります。右脳が論理で左脳が芸術でしたっけ」
「まあ、それはほとんど俗説なんだが、理解を進めるためのたとえ話としてはよい。つまり、脳は様々な情報処理を行っているが、それぞれの場所でやっていることが違って、役割分担をしているというのが脳機能局在論だ。さっき言った目から来た情報の処理をする視覚野というのは、この、脳の後ろの方にある」
 博士は後頭部を人差指で叩いた。
「勘違いしちゃいかんのは、例えば目からの情報処理においても視覚野だけが働いているというわけではないということだ。あくまで濃淡があるというだけであって、確かに視覚野が一番働いているが、視覚野以外の場所も完全にサボっているわけではない」
「なるほど」
「それに、結構個人差があるのだ。ダイジュが発明したのは、その個人差も含めて、ある人の脳が部位ごとにどのような役割分担をしているかを完璧に図に描き出す技術だ。これは、エラいもんだぞ」
 アイダホの反応が鈍いのを見て、博士はここで一息ついた。
「もう分かったろう? 3人の専門分野の共通点」
「分かりません」
「少しは考えておくれよ。ええと、トロノートは目と脳のつながりを考えていた。ダイジュはまさに脳だ。それと私は、脳から筋肉に送られる信号を読み取る技術を開発しただろう」
「脳ですか」
「そういうことだ。そこに、ペシャワールの専門分野がオーバーラップしてくる」
「ペシャワールは何を…?」
「CNHだ」
「CNH?」
「"central nerve hijacking"。中枢神経占奪システム」
 博士が作り出したダイテンクウの操縦システムの欠陥は何か。それは、ドームの壁より前に進めないということである。なぜそのような事態が生じるか。それはロボットが動くと同時に操縦者の体も動いてしまうからである。ならば、ロボットだけ動いて人が動かないような操縦システムにすればいいではないか。
「でもそれは無理ですよ。人が動くからロボットも動くシステムでしょう」
「いやいや、こういう極めて単純な発想こそコロンブスの卵だ。さっきも言ったろう。私が開発したのは脳から筋肉に送られる電気信号を読み取るシステムだ。ならば、その電気信号をパイロットの筋肉に行く前に強奪して、直にロボットに伝わるようにしてしまえばいい。そうすれば、腕を動かそうとしたときでも、人の腕は動かずに、ロボットの腕だけが動くという現象が生じる。これが、CNHの基本的な発想だ。ロボットが人間の脳を奪い取って操縦に使っているような状態になるから、中枢神経占奪システムなんていう物騒な名前になったらしい」
「中枢神経とは?」
「脳と脊髄だと思っておけば間違いはない。人間の体のあちこちにああしろこうしろという命令を出す司令塔だな」
「その操縦システムに組み込まれると、パイロットはどうなるんですか?」
「ロボットの体が自分の体になったような感覚を覚えるわけだ」
「うーんと」
 アイダホは首を捻った。
「分かりそうで分からないんですが」
「待て。なんて言おうかなあ。そうだ。ラブコメだ」
「ラブコメですか」
「なんか、男の子と女の子がぶつかって、心が入れ替わってしまうみたいな話のラブコメがあるだろう」
「ありますね。公主が読んでたのを拝見しました」
「そうか。知っているなら話が早い。つまり、君がその操縦システムに搭乗するとだ、君とロボットがぶつかって、心が入れ替わったような状態が生じるわけだ。意識は君で、体はロボットという状態だ。もっとも元のロボットに意識はないから君の体からは君の意識が奪われるだけだが」
「ああ」
 アイダホは膝を叩いた。
「そういうことですか」
「そうだ。ロボットの腕が君の腕になって、ロボットの足が君の足になる。君が腕を動かそうとすると脳からのその命令はロボットだけに行って君の体には行かないから、ロボットの腕だけが動いて、君の体の腕は動かない」
「なるほどなるほど。それならパイロットがドームの壁に突き当たることもないですなあ」
 博士が主に作っていたのはパイロットの中枢神経から人工筋肉に命令が行くアウトプットの過程である。ペシャワールも人工筋肉には注目していたが、彼が主に作っていたのはロボットから中枢神経へのインプットの過程だった。
「インプット?」
「例えば、君の手の甲に蚊が止まったとしよう。そうすると、君の手の甲の触覚は中枢神経に情報を送るわけだ。『何か止まったぞ』と。それがインプットだ。目は光という情報を中枢神経にインプットしている。耳は音という情報を中枢神経にインプットしている」
 ペシャワールは主に触覚からのインプットを研究していた。つまりは、ロボットの皮膚(外表)に蚊が止まったときに、そのことをきちんとハイジャックされているパイロットの中枢神経に伝える仕組みである。
「インプットの方もきちんとロボットから来るようにしないと、操縦席の中の景色が見えるだけになるからな。目はパイロットの目とつながったまんまなんだから」
 そのインプットの機構の中でも「目」は特に複雑で自分の手には負えなかったため、ペシャワールは人工的な目の研究をしていたトロノートを招聘したのである。
「ダイジュ博士はなぜ?」
「脳機能の局在には個人差があると言ったろう」
「はい」
「これは極端な例だが、アイダホ君の脳は特殊なつくりをしていて、目からの情報を処理する視覚野が、普通の人は後頭部にあるのだが、君だけ脳のてっぺんにあったとしよう。そうすると、ロボットの目を君の後頭部につなげても、そこは違うことをやっているから、君がロボットに乗ると目が見えなくなるという事態が生じるのだ」
「はいはいはい」
「ダイジュ博士が発明したのはある人の脳のどの部位がどのような仕事をしているかというのを完璧に図示する技術だ。操縦者の脳の役割分担は前もって明らかにしておかないと、ロボットの目をその人の脳のどこにつなげて、耳はどこにつなげて、腕の筋肉はどこにつなげて…みたいなことが分からないからな」
「なあるほど」
 もっとも、三博士はペシャワールの要請に応じて研究データや技術を提供したのみであって、ペシャワールの研究に積極的に参加したわけではない。トロノートも、ダイジュも、そしてユエダーも、基本的には自分の研究に没頭しており、三博士の研究結果をCNHという形で糾合したのはあくまでペシャワールである。
 このようにして理論的には完成を見たCNHだったが、ペシャワール自身は自分が研究しているものをロボットだとは思っていなかった。博士が作った「脳からの信号を直接読み取る」というシステムをそのまま自分の研究に流用しただけである。
「私のシステムを流用したもんだから結果的にできたのはロボットみたいなものになったがな。ペシャワールが作ろうとしていたのは、最強の歩兵なのだ」
 「歩兵は最強の兵器である」というのは大昔の軍人の言葉らしい。最近は兵器もだいぶ長射程化が進み、歩兵の重要性は古代や中世よりは後退しているが、それでも歩兵が最も使い勝手の良い柔軟な兵器であることに変わりはない。例えば星の裏側にまで届く爆弾を持っていたとしても、星の裏側を破壊することができるだけで、できるだけ破壊しないようにそこを占拠するということや、そこに捕らわれている人質を救出するということや、そこに保管されている何かを強奪するということはできない。歩兵には、それができる。歩兵は、人間であるだけに、実に色々な仕事をこなせる兵器なのである。
「そんな便利な歩兵にも弱点がある。それは、人間の行ける環境にしか派遣できないということだ」
 つまり、宇宙や深海や暑過ぎるところや寒過ぎるところには歩兵を派遣できないのである。あるいは派遣できたとしても、著しく作戦時間が限定されるであろう。
「待ってください。たとえ宇宙が大丈夫な歩兵部隊ができたとしても、宇宙に派遣する意味はないと思うんですが」
「今のところはないだろうな。でも、たとえば宇宙にものすごい量の資源があるとかいうことが分かれば、宇宙への派遣も必要になってくるだろう」
「それはそうでしょうが、本当にそんな資源があるかどうかは分からないじゃないですか」
「まあ、ペシャワールも宇宙に歩兵を派遣しようとは思っていないさ。そうじゃなくてだな、例えばこの星には暑いけど人間が住んでいる場所というのがあるだろう。あるいは、寒いけど人間が住んでいる場所でもいいが」
「それはあるでしょうが」
「そういうところに普通の歩兵を派遣すると、疲弊が早いんだな。暑いから」
「そうでしょうね」
「ならそこに歩兵を派遣するなら、暑さに強い方が役に立つわけだ」
「そういうことなら、別に地元民で歩兵部隊を作れば、寒いところの人間で作った歩兵部隊よりは使えると思いますが」
「それはそうだ。でもその地元民で作った歩兵部隊は、今度は寒さには弱いだろう。普段は暑いところに住んでいるわけだから」
「そうですね」
「現実にいる人間は、その居住環境によって得手不得手があるわけだ。ならば、暑いところでも、寒いところでも、砂漠でも海辺でもジャングルでも山の中でも、環境に左右されずに常に力を発揮できる歩兵部隊がいれば、現実の人間で作ったどの歩兵部隊より確実に強いだろう」
「なるほど」
「ペシャワールが作ろうとしたのは、さしあたってはそういう歩兵部隊だ。まあ、もっと強いところがあるんだが」
「どうやればできるんです?」
「ロボットの歩兵部隊を作ればいいだろう。ロボットなら、人間よりは環境の変化に強い」
「戻りましたね…」
「ところがロボットには別の欠点がある。操縦が難しいのだ。そこで出てくるのがCNHという操縦システムだ。さっきもメタルマンや魔神オメガを引き合いに出して説明したろう。CNHなら複雑な操縦技術は必要ない。普段動いているように動けばロボットもその通り動くのだ」
「それは分かりますけど…、それじゃあロボット部隊じゃないですか」
「どういうことだ?」
「ロボットの中に歩兵が乗って操縦しているなら、歩兵もロボットに乗って色々な場所に行くわけでしょう。そうすると、結局周囲の環境の影響を中の歩兵も受けるじゃないですか」
「なんだ。そんなことか。そんなもん、遠隔操作にすればいいじゃないか。CNHはパイロットの中枢神経とロボットの人工の肉体を接続するシステムだ。その接続を無線でやれば、遠隔操作は可能だろう。パイロットは安全で快適なところにいるまま、環境に影響されない歩兵部隊をあちこちに派遣することが可能になるのだ」
「なるほど。でも、なんかあまり心に響きませんね。それがそんなにすごい兵器でしょうか」
「当然だろう。まだ肝心なところを説明していないからな」
「ならさっさとそこを説明してくださいよ」
「まあまあ」
 こうしてできたロボット歩兵部隊が暑さや寒さの影響を受けないのはなぜか。暑さや寒さを感じているのは、目が光を読み取り、耳が音を読みとるのと同じように、皮膚にある温度覚が温度変化を感じ取って、その情報を脳に送るからである。ならばロボットの温度覚からの情報を脳に送らないようにすれば、暑過ぎる環境や寒過ぎる環境でもそれに影響されることはない。
「正確に言うと、脳の温度覚からの情報を処理する部分は、パイロット自身の温度覚につなげっぱなしなのだ。だから、パイロットさえ快適な場所に置いておけば、ずっと快適だという感覚のまま仕事をすることができる」
「その仕組みは分かりますけど…」
「同じことだ。暑さや寒さみたいに任務遂行の邪魔になる感覚はパイロットの体につなげっぱにすればいい。代表的なのは…痛覚だろうな」
 アイダホが眉間をパチンコ玉で弾かれたように頭を大きくのけぞらせた。博士は口元に笑みをたたえたまま話を続ける。
「この歩兵部隊はそうやって脳に伝える情報をえり好みできるのだ。あと邪魔なのは、疲労や眠気だろうな。そういうのを全部シャットアウトすれば、暑さに強く、寒さに強く、痛みや疲れを感じることもなく、何晩も徹夜できるスーパー歩兵部隊ができるだ」
 アイダホはまだ顎を震わしている。
「ほかにも色々なことができそうだぞ。例えば人間の目には見えない赤外線や紫外線を見えるようにするとか、人間の耳には聞こえない超音波や超低周波音も聞こえるようにするとか、インプットの感覚をより鋭敏にすることもできる」
「どうやるんですか?」
「赤外線や紫外線を人間の脳にも処理できる情報に変換するのだ。暗視ゴーグルとかはそういう仕組みだ。明るい時にも赤外線が見えるのが鬱陶しいなら、見える見えないのモード変更ができるようにすればいい」
「それは、ロボットに暗視ゴーグル持たせるのとどう違うんですか」
「そう言われるとあまり違いはないが、そういう機能自体をロボットに持たせれば暗視ゴーグルをわざわざ持ち歩く必要はなくなるだろう。確かにロボット1体のコストが上がるから善し悪しなんだが」
「なるほど」
 アイダホはまたしばらく考え込んでいた。博士は、ようやく紅茶の香りがしてきた残りの水を一気に飲み干して、ポットから水を継ぎ足した。
「疑問が3つあります」
 アイダホが切り出した。
「どうぞ」
ヽ里に肉体は機械だから疲労しないだろうが、人間のをそのまま流用している中枢神経は疲労するのではないか
「それはその通りだ。中枢神経は疲労するから休ませてやる必要はある。でも、肉体が疲労しない分普通の兵士よりは継続して作戦行動をとれる時間は長い」
痛みや疲労や眠気をシャットアウトするという話だったが、人間も何も何の意味もなくこういったものを持っているわけではない。痛みや疲労や眠気は、「そろそろ休め」という危険信号の役割を果たしているはずである。こういうものが一切感じられないとなると危ないのではないか
「確かに機械の肉体にも疲労や故障や寿命はあるが、それは目で見たりであるとか検査したりであるとかの別の方法で適切に感知し得る」
生身の兵士の方はどのくらい連続してそれを動かせるのか
「詳しいことは分からんが、生身の兵士の体の方も生きていけるような仕組みにはなっているぞ。中枢神経をロボットの方に奪われたら心臓や呼吸が止まったっていうんじゃ兵士の体が死んでしまうからな。ちゃんと兵士の生命の維持に必要な部分の中枢神経は残すようになっている」

「あ、そうだ」
 博士が思い出したように付け足した。
「CNHはヌエバの資源開発にも役立つのではないかと言われている。あそこにはベンゲル湖という深い湖があるだろう。あの湖底には、フォンダンという脆い燃料がたくさんあるんだ。このフォンダンっていうのは石炭みたいなもんなんだが、石油よりも格段に熱効率が高くて、注目されている燃料なのだ。ところが脆いもんだから、機械じゃうまく回収することができない。そこで湖底に例の歩兵部隊を送り込んで回収しようという話が持ち上がっている」
「なるほど。そういう動機もあるんですな。それで、そのCNHがなぜ先代の誘拐につながるんですか?」
「もうだいたい想像はついているだろう。被験体だよ。被験体」
 博士の眼鏡はまた怪しく光った。アイダホは口元に当てたティーカップを傾けたが、もうほとんど水は入っていなかった。僅かな量の水がアイダホの渇いた喉に滲んだ。
 ペシャワールは痛みや疲れを感じることもなく、環境の変化にも左右されない最強の歩兵部隊を作ろうとしていた。それは人間の中枢神経系を人工的に作った体に無線でつなげるCNHという操縦システムで動かす歩兵部隊であり、ロボットのようなものでありながら自分の体を動かすのと同じ要領で動かすことができるため、特殊な技術の習得は必要ない。
 ペシャワールはCNHを完成するために時の実力者であるイルフォルノに近付いた。ペシャワールは、イルフォルノにCNHがいかに優れた兵器であるかを熱弁をもって説いた。ペシャワールはCNHにいたく興味を覚え、それを研究する施設として帝立研究院なるものを設立させ、膨大な予算を回した。CNHの研究という真の目的はカモフラージュするために、「総合的な学究の場」というコンセプトを装い関係ない研究者も数多く招いていた。
 そしてそのCNHは、ペシャワールがトロノート・ダイジュ・ユエダーの三博士を帝立研究院に招聘し、三博士が各々独自に研究していた技術をペシャワールが糾合することで、一応の完成を見た。
「一応なんですか」
「理論はできた。試作品もできた。ところがまだまだコストが高いわけだ。実用化はできるが、制式採用されるにはもっとコストを下げる必要があった」
 そしてコスト削減のためには、まだまだ実験を重ねる必要があった。人間相手に実験をしないと、どうしても有意義なデータが取れない。
 試作品作製段階でも人間を使った実験は行われていたが、そこでは研究者の有志が被験者になり、被験者を死なせることのないようコスト度外視で安全性を極限まで追究した形での実験が行われていた。幸い、その段階では死者は出ていなかった。
「だがコスト削減となると安全性にも目をつぶらざるを得なくなってくる」
 博士は眼鏡が日光を反射して光った。アイダホは、自分の握りこぶしの中で汗がつるりと流れていくのが分かった。
「そうなると、危険な実験をやるから、被験者がすぐ死んでしまうわけだ」
「動物実験というわけにはいかないんですか?」
「もちろん、ラットやサルでの実験もやっていたさ。でも兵器となると、最終的にどうしても人体実験が必要だ」
 被験者がすぐに死んでしまう実験。被験者を頻繁にとっかえひっかえする必要のある実験。
 どうやって被験者を大量に調達するか。ペシャワールに泣きつかれたイルフォルノが最初に行ったのは、囚人のちょろまかしであった。当初は死刑囚のみを帝立研究院地下のCNH研究施設に連れてきていたが、それでは間に合わなくなったのでそれより刑の軽い囚人も連れてくるようになった。
「ところがここで問題が生じた。さて、ここで生じた問題とは何か分かるかな?」
「分かりません」
「少しはノってくれよ。まあいいや。囚人が入っている刑務所を管理している役所はどこかな?」
「内務省でしょう。あっ…」
 アイダホはここで気が付いたようだった
「内務省のトップは?」
「シズラー内務長官」
 イルフォルノは軍務長官であり、軍のトップである。彼は今や外務省や財務省をもおさえる強大な権力者であるが、彼の権力の源泉はなんといっても軍である。イルフォルノが台頭してきたのは今から10年ほど前であるが、それ以前に実権を持っていたのは帝室と、外戚のシズラーであった。シズラーは、元は放送事業の有用性を訴えてその普及を自ら推進していく中で頭角を現してきた人物であり、その中で帝室との姻戚関係をも持つに至ったものである。帝室の権威という後ろ盾を持っているシズラーは、イルフォルノが国の最高実力者になってからも、彼の最も有力な対抗馬であった。
 イルフォルノは軍という直接的で分かりやすいパワーを押さえている。軍で自身の地位を固めたイルフォルノの台頭は、シズラーの焦燥を大いに掻き立てた。彼は力を握っているとはいえ、それは帝室の権威に支えられたものであるところが大きく、彼が自ら権力を振るえる役所といえば自ら推進した放送事業を監督する電波庁ぐらいのものであった。彼は、イルフォルノのような直接的な「パワー」をそれほど持っていなかった。
「シズラーは焦ったな。なにせ密告用回線なんてあほらしいものを設立したぐらいだったからな」
 シズラーは電波庁の設立時に、自身への密告を受け付ける専用回線を開設してもらったというもっぱらの噂である。そんな噂が巷間に広まるぐらい当時のシズラーはイルフォルノへの対抗策を探して焦っていた。
「そこでシズラーが目をつけたのが軍以外の『パワー』ですね」
 アイダホに次の台詞をとられた博士は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
 もっとも軍に次ぐ「パワー」である犲目瓩牢に組織全体でイルフォルノ派についていたため、シズラーが狙ったのは他の組織である。
 シズラーの動きは早かった。警察と監獄を押さえていた刑事省、消防を押さえていた災害対策省、沿岸警備隊と国境警備隊を押さえていた国土省を「行政のスリム化」という名目で内務省という巨大な一つの役所にまとめあげる法案を通して、自分がその長官に就いた。これらの組織には帝室と縁故が深い者も多く、この強引とも思える合併は存外にすんなりと成功した。シズラーの思惑は単純で、軍と犲目瓩魏,気┐蕕譴燭里覆蕁△擦瓩瞳抻 Υ胴・消防・沿岸警備隊・国境警備隊という「パワー」は押さえておこうという腹である。
それ以来、イルフォルノ派の組織とシズラー派の組織は激しく反目し合っている。特に仕事を取り合う警察と犲目瓩梁亶外媼韻亙凄い。
 イルフォルノは、そんな敵の押さえる組織である監獄から囚人をちょろまかしていたのである。どうにも行方不明になる囚人が多いと感じたシズラーは、それ以降締め付けを厳しくした。
「それで、囚人を被験者にするのは難しくなった。色々他の方法を模索して、しばらくは自国民で調達していたみたいだが、それは『適任者』を見つけるのがなかなか難しいし、露顕した時のリスクも高い。そこで編み出されたのが、他国から他国民をさらってくるという方法だ」
 アイダホはティーカップの中を覗いた。もうすっかり干上がっていた。
「それで、先代はさらわれて実験台にされたと…?」
 予想されていた答えではあったが、アイダホの顎はガクガクと震えた。国家が、仮にも一国家が、そのような非道を、そのような無法を行っていい筋合いがあるのか。
「しかし分からんな」
 博士は浮かない顔をしていた。
「なぜです? 公主をさらったのも先代をさらったのも犲目瓩離魯鵐殴鵐です。我々の調査では、ハンゲンキはもう一人ダンジョウという男をさらっている節もあります。犲目瓩魯ぅ襯侫ルノ派なんでしょう。そんだけ状況証拠があれば、もうほとんど確実だと思いますが」
「いや、時期が合わないのだよ」
「公主と先代の間の8年というタイムラグですか?」
「それもあるが、先代も微妙に時期が合わん」
「どういうことですか」
「ちょっと待て。整理して説明しよう」
 帝立研究院が設立されたのは今から10年ほど前である。三博士はそのほぼ直後に招集を受けた。それから大した時間をかけずにCNHの試作品は完成し、非道な人体実験が始まるようになった。そして、他国からの被験者の誘拐も犲目瓩実行部隊となって行われるようになった。
「先代もその一環でさらわれたんじゃないんですか?」
「いや、先代がさらわれたのは今から8年ほど前だったよな」
「そうです。ぴったり8年前ぐらいです」
「だとすると、そのころにはもう被験者は十分な数を確保できていたはずなのだ」
「なんですと?」
 他国からの人さらいというのも、シズラーにつかまれるとイルフォルノ自身の身の破滅を招きかねないスキャンダルである。だからイルフォルノはある時期に集中して一気に誘拐を実行させ、十分な数が集まったらピタリとこれをストップした。シズラーに尻尾をつかまれないようにである。先代がさらわれたのは、時期的にはその後になるのである。
「何でそんなにはっきり言い切れるんですか」
「何を言うんだアイダホ君。間に私の亡命というイベントがはさまるじゃないか」
「あっ…」
 アイダホの髪は天を衝くがごとくに逆立った。
 そうなのである。やっているのは人さらいという大それたことである。いくら隠そうとしても限界があった。実際に帝立研究院でも、敷地の地下でペシャワールがひっそりと人体実験をしているという噂がまことしやかに流されるようになっていた。それを聞いて義憤に駆られたトロノートとダイジュは、その噂の真偽をペシャワールに質したのである。自分の研究の成果をペシャワールに提供したことから、負い目も感じていたのだろう。
「私は逃げてきたわけだからその後2人がどうなったのかは知らん。でも、2人の活躍の報をパタリと聞かなくなったところをみると、2人ともさらわれたんじゃないかなあ。ペシャワールからしてみれば2人の口を封ずることで技術の国外流出を防ぐこともできるし」
「そういえば、博士はよく逃げおおせられましたね」
「私は一足先にトンズラしていたからな」
 人体実験の噂が流れ始めてから、帝立研究院の空気は悪くなり、ペシャワールに技術を提供したとされる三博士に対する風当たりも強くなっていった。イルフォルノの追い落としを狙うシズラー派による内偵も始まっていた。犲目瓩凌Πも何人かシズラー派に買収された者があったらしい。
「その一人が私の所に来て、今日の話みたいなことをしていったわけだ。『博士は人体実験について何か心当たりはありませんか?』と。私が途中で逃げ出したのにここまで知っているのはそいつからまとまった話を受けたからなのだ」
「へえ。犲目瓩凌佑任垢?」
「犲目瓩凌佑世辰燭福身分証を見せられた。もう名前は忘れたが」
「はあん。それで、身の危険を察知して逃げ出したというわけですか?」
「いや、そうではないのだ」
 男から話を聞いた博士は愕然とした。博士はとりあえず人体実験については知らぬ存ぜぬを通し、男もその日は割合すんなりと帰っていったが、あれだけ状況証拠を並べられれば、もはや確実だと思われた。男は、トロノートやダイジュにも同じ話を吹き込んでいた。2人は何度も博士のもとに来て、ペシャワールに真実を質すべきだと主張した。終いには「君が行かないのなら我々2人だけで行く」と主張し始めた。
「ほら、やっぱりとばっちりを避けるために逃げ出したんじゃないですか」
「それもあったが…、もっと大きいのは自分のやっていることに対する恐怖だ」
「どう違うんですか」
「アイダホ君。科学者というものは、自分の知的興味を満たすだけじゃダメなんだよ。自分の研究がどのような応用的・社会的帰結をもたらすかを常に考えて研究活動に従事しなければならない。その点、トロノート博士とダイジュ博士は立派だったな。ちゃんとそういう研究者倫理を持っておられた。それに比して私は子供だった。私は自分の知りたいこと作りたいものをひたすらに突き詰めていくだけだった。そういう無責任な姿勢が、あのような人体実験という無法を生み出してしまったのだ。2人と話をするたびに自分の未熟さが思い知られてのう」
「そんな。人体実験をやったのはペシャワールですよ」
「自分がやったことを発表して、それを知った他人が自分の研究を利用して何ができるようになるかまで考えるのが一人前の科学者だ」
 それで博士は、研究室に泊まり込みで研究しているふうを装い、荷物をまとめて研究院から出奔した。自分の研究が生み出してしまったモンスターからの逃避行だった。そしてファルージャへ帰る道すがら、同じく亡命中だったアイダホと偶然行き会い、2人で国境の川を越えた。2人は単に亡命者という利害の一致のみでドライな同盟を組んだものであって、お互いの身の上話などはそのときはほとんどしなかった。だから今回の話も、アイダホは初めて聞くのである。
「そうやって私は逃げ出したわけだ。ええと、なんの話だったかな」
「なんの話でしたっけ。うんと、先代の失踪が時期的に合わないって話ですよ」
「そうだそうだ。その、私の所に来た犲目瓩凌Πが言うにはな、警察や国境警備隊や沿岸警備隊も目を光らせているが、最近は人さらいがパッタリなくなったと言うんだ。だから、もうその時には、つまり二博士の失踪前にはもう十分な数の被験体が確保できていたはずなのだ。その男の言っていることが正しければ。実際シズラー派が怪しんでいたんだからイルフォルノももう迂闊には動けなくなっていたはずだ」
「ふむ」
「いわんや公主をや、だ。なんで8年も経過後にまた人さらいを始めたのか」
「うむむ」
 アイダホは顎に手を当てたまま考え込んでしまった。集中力を失った博士がカップから取り出したティーバッグをしげしげと眺めていると、突然アイダホが弾け飛んだように声を出した。
「そうだ。最近の皇帝の暗殺は何か関係あるんですかね?」
「えっ?」
 博士は急いでティーバッグをまた元のカップにつけた。
「皇帝の暗殺ですよ」
「ああ。そう言えば暗殺されたらしいの。でも、私はもう最近のことは分からん。皇帝はシズラー派だから、下手人はイルフォルノかもしれんな。そんぐらいの想像は誰でもできるが」
「ふむ」
 アイダホは眺めていたティーカップを机の上に置くと、一呼吸ついた。
「だそうだ。出てきたらどうだ? ハンゲンキ」
 刹那、天井から落ちてきた一塊の影は、ソファ越しに博士を羽交い絞めにしてそのこめかみに匕首を突きつけていた。アイダホは、真正面でソファに座ったまま動じていない。
 ハンゲンキは遊女の着物を脱ぎ棄ててスパイらしき恰好になっていた。博士は自分の首を締めているハンゲンキの右腕を両手で必死に引き剥がそうとしていたが、目と鼻の先に匕首の切っ先があるのを瞥見すると途端に抵抗をやめた。
「さすが早期組のエースだね。まだまだ錆びついちゃいないみたいじゃない」
 ハンゲンキが鼻を鳴らしながら吐き捨てた。
「いつからいた?」
「最初っからいたよ」
「全部聞いていたのか?」
「ああ。スパイとしちゃ任務の意図が分からないことほど気持ちの悪いことはないんでね。なるほどそういう背景があったとはね。胸糞悪い」
 この台詞からすると、イルフォルノや犲目瓩遼榲の意図は末端にまでは伝わっていないようだ。
「今のお前の任務は?」
 アイダホはなおも落ち着き払っている。博士も、特に狼狽することもなくキョトンとしているが、これは事態の深刻さが飲み込めてないだけのように見える。
「あんたと博士のエスコートさ。あたしもヤキが回ったね。先代さんにバーコードを現認されてから、やってることはずっと自分のヘマの尻拭いだ。いい迷惑だったよ。嬢ちゃんもあんたも」
 アイダホはハンゲンキと話をして時間を稼ぎながらずっと相手の隙を窺っているが、流石に相手はプロである。全く油断を見せない。ハンゲンキもアイダホの意図を知っているようではあるが、この状況での自分の絶対的優位さも知った上でアイダホの話に付き合っているふうである。
「さて、そろそろ話のネタは尽きたかね。ポテト」
 アイダホの額に青筋が走った。ハンゲンキは、顎で左の方を指しながら矢継ぎ早に指示を出した。
「服を全部脱いで、両手を後頭部に当ててそこの絨毯の上にうつ伏せになりな」
 アイダホが立ち上がろうとした刹那、ハンゲンキの頭上のスプリンクラーから突然水が噴き出した。アイダホはその一瞬の隙を見逃さずに博士の額に当てられていた匕首を蹴り飛ばすと、そのままの勢いでハンゲンキの両肩を掴んで後ろに倒れ込んだ。しかしハンゲンキはその倒れる勢いを利用して巴投げの要領で更に一回転すると、今度はアイダホがハンゲンキに跨られている状態になった。
「20点」
 ハンゲンキはアイダホの喉仏に別の匕首を突き立てていた。髪や召し物はスプリンクラーにやられてすっかり濡れそぼっている。博士は、ソファの上に膝から立って心配そうに2人を見つめているが、あまり切迫した様子はまだない。
「どうするつもりだ…。俺を殺したらダメなんだろう」
「残念だったわね。生け捕りにしろって言われてるのは博士だけなの。あんたは別に死体でもいいって。ところで博士、今の何?」
 ハンゲンキにはなお博士に話を振る余裕があった。博士は、犬のように顔をフルフルと震わせながら答えた。
「侵入者撃退用スプリンクラーだ。モーションキャプチャーシステムを応用しとってな、私が左目・両目・右目の順に素早く瞼を閉じるとその動きを捉えて作動するようになっておる」
「ふふん。売れた?」
「そんなに売れんかったな」
「そうでしょうねえ。そのシステム、家の人がいるときに来た泥棒じゃないと意味がないじゃない」
 アイダホはこの間を利用して付け入る隙を必死に探していたが、いかんともし難かった。
「まさにそうなんだよな。そこが痛かった。泥棒ってだいたい家の人が留守の時に入ってくるもんだからな」
 博士が無邪気な調子で喋る声を耳に入れていると、突然アイダホの喉笛に匕首を突き立てているハンゲンキの左腕が小刻みに震えた。アイダホには一瞬で何の震えかが分かった。腕時計型の本部との通信機器のバイブレーションだろう。アイダホはその隙を見逃さずにハンゲンキの右腕を掴みとると、その腕を一気に手前に引いた。緩んだマウントポジションから脱したアイダホはまだよろめいているハンゲンキに殴りかかっていったが、ハンゲンキはさっと振り向いてその一撃を左腕で受けた。アイダホが空いていた左腕を繰り出すと、今度は右腕でこれを受けた。
 2人は組みあった状態で膠着した。ハンゲンキの左腕はまだ振動しており、それがアイダホの腕にも伝わってくる。
「しつこいわね。あんたも」
「その振動は何だ」
「どうせ上からの命令よ。ちょっと確認させてくれない?」
「そんな手に乗ると思うか?」
 アイダホはまたギリギリと両腕を押し込んだ。ところがどういうわけか、突然にハンゲンキの顔が青ざめ、一瞬、ほんの一瞬力が緩んだ。アイダホはそこで一気に勝負をかけようとして更に押し込んだが、ハンゲンキも大したもので、すぐに体勢を立て直してアイダホの攻勢を封じた。
「どうした今の隙は?」
「博士!」
「はいはい」
 ハンゲンキはアイダホの問いを無視して博士を呼びつけた。博士も唯々としてソファを下りハンゲンキの元にヒョコヒョコとやってきた。
「ちょっと、あたしの右耳に付いているイヤホンを取って下さらない?」
「はいよ」
 博士がハンゲンキの右耳のイヤホンをちょこんとつまみ上げた。アイダホは、油断ならざる視線で博士の所作を凝視していたが、止める余裕はなさそうだった。
「それで、音量を大きくして。イヤホン自体にツマミがついてるでしょ」
「ツマミ…? ああ。これだな?」
 博士がツマミを回転させていくと、イヤホンから漏れる音はアイダホにも聞こえるほどになっていった。
「…繰り返す。作戦行動を中止して直ちに帰投せよ。作戦行動を中止して直ちに帰投せよ」
 アイダホは相手の力が緩んでいくのを認識して、自分も腕に込めた力を徐々に緩めていった。ハンゲンキは、その場にヘナヘナとへたりこんだ。
「全くバカみたい。うちの大将ときたら節操がないんだから」
「待て。どういうことだ?」
 ハンゲンキはその場にへたり込んだまま、力なくアイダホの顔を見上げた。
「まあ、あんたになら言ってもいいか。関係者だしね。でも、他の人に喋るんじゃないよ。あんたも厄介なことに巻き込まれたくないだろう」
「ああ」
 アイダホは、まだ何が起きているのかよく飲み込めていない様子だった。
「分かりやすく言うと、あんたたちを捕縛しろっていう命令が撤回されたの。それで、私にはすぐ帰って来いって」
「な、なんでまた」
 アイダホは面食らった。
「はっきりとしたことは分からないけど、上の方で大きな方針の転換があったのは確実ね。こんなに切羽詰まった感じで連絡してきたところをみると」
「大きな方針?」
「そう。イルフォルノにつくかシズラーにつくか」
「じゃ、じゃあ犲目瓩魯轡坤蕁爾飽搬悗┐靴燭辰討いΔ里?」
「おそらく」
 ハンゲンキは見えざる煙草を指の間に挟んで、煙を吐き出すような素振りを見せた。
「な、なぜこのタイミングで」
 アイダホの声はどもる。
「さすがにもう尻拭いしきれなくなったんじゃないかしら。皇帝を暗殺されるとねえ」
 アイダホがギクッとしてのけ反った。
「い、いきなりそういうことを言うな。皇帝はイルフォルノが暗殺したのか?」
「皇帝を殺して一番得するのはイルフォルノじゃない。捜査の基本は動機から攻めることよ」
「証拠はないのか?」
「ないんじゃないかしら。動機だけからの推理だし」
「そうだとしても、今の皇帝にさほどの実権はないはずだ。わざわざ殺さなくても今みたいに飼い殺しておけばいいだろう。殺してしまったら、損をするだけだろう」
「それはイルフォルノ以外が犯人だったとしても言えることじゃない。そん中でも一番皇帝を殺して旨味があるのはイルフォルノなのよ。逆の言いを方すればイルフォルノだとしてもそういう消極的な理由しかなくて、動機がよく分かってないのだけど」
「じゃあなぜ?」
「飼い殺しじゃあ済まなくなったんじゃない? 人を殺さざるを得ない状況で一番あり得るのは、口封じね。皇帝にとんでもない弱味を握られたんじゃないかしら?」
「皇帝が? シズラーならともかく…」
 イルフォルノの弱味を探るとしたら、同じ敵対者でもまだ実権を持っているシズラーだろう。
「あら知らないの? まあこっちにはそこまで伝わってこないでしょうねえ」
「なんだ?」
「シズラーも皇帝が暗殺された直後に襲われてんのよ。そっちの暗殺は失敗したみたいだけど」
 アイダホが再びギクリと体をのけ反らせた。
「襲われた…?」
「襲われたっていうか、襲われそうになったっていうか。私の所にまでまだ正確な情報が入ってこないからよくは分からないんだけど」
「だからイルフォルノが最有力の容疑者とされてるのか」
「そう。皇帝襲撃とシズラー襲撃が同一犯だという前提に立ってね。今まで犲目瓩六供好ぅ襯侫ルノが好き放題やってきたことの尻拭いをしてきたけど、さすがにそこまで荒っぽいことをやられれると尻拭いもできなくなるわけよ。皇帝が殺されたんだからシズラーの側に味方するっていう大義名分もできたわけだし」
 アイダホはまだ合点がいきかねる様子だった。イルフォルノというのは、博士の話を聞く限りでは軍で徐々に権勢を拡大していった相当慎重そうな男である。そんな男がここで皇帝暗殺みたいな粗野な策に打って出るだろうか。
「そうだ。二博士の消息は知らんか?」
 今まで傍らに突っ立っていた博士が突然声を発した。
「二博士は失踪したわよ。大した捜査もなされないまま事件はお蔵入りになったけど」
「やはりそうか」
 博士は腕を組んで視線を落としていたが、またゆっくりと顔を上げた。
「どうせだから、なんで先代や公主様をさらったのかを教えてくれんか」
 ハンゲンキはまじまじと博士の顔を見つめていたが、やがて観念したように溜息をつくと、べらべらと喋りはじめた。
「博士の推測通り、先代さんをさらったときはもう人さらいはやめていたわ。これ以上痕跡を残すこともあるまいと。私も人さらいのためにネブカに赴任していたわけではなくていの。私の任務は、ネブカに来るサンバーン基地の軍人から情報を収集することだった。その中でさらっても大丈夫そうな人を見つけたならばさらえという指令は出ていたけど、人さらいはあくまでついでの任務でしかなかったわ」
「ではなぜ?」
「やっぱり、あたしのヘマで先代さんにバーコードを見られて、本名まで知られてしまったのが大きかったわね。だからさらってしまって口を封じてしまおうっていう魂胆よ」
 アイダホの髪は憤怒で震えている様子だった。こんな身勝手の理由のために先代は残りの人生を棒に振ることになったのか。アイダホは今にも掴みかからん様子だったが、あまりの憤怒に体がついていってないようだった。
 ハンゲンキは、そのような怒りを受けることは想定済みだったのか、淡々と話を続ける。
「本当なら見られたその機会にさらえば良かったんだけど、こっちの用意が整わないうちに先代さんは帰ってしまった。そして、あの人が年に数回しかネブカに来ないんだから、さらうにはだいぶ待つ必要があった」
「先代さんの家からさらうことはしなかったのか?」
 博士が聞いた。
「ネブカみたいにヌエバとの国境が近くて人が日常茶飯事みたいに蒸発している街だからこそ、さほど痕跡を残さずにさらうことができるのよ」
「ふん」
「その間に嬢ちゃんやポテトに私の情報が伝わって、今度はその2人もさらう必要が出てきた。ホント、泥縄の連鎖よ。やってらんないわ」
 ハンゲンキはまた見えざる煙草を吸った。その途端、アイダホが思い出したようにハンゲンキに躍りかかり、その襟首を掴み上げた。ハンゲンキは、鬼のような形相のアイダホと一瞬目を合わしたかと思うと、すぐに首を反らした。
「公主は、公主は今どこにいる?」
「あら。妬けるわねえ」
「ふざけるな! 答えろ!」
 アイダホの怒声が部屋中に響き渡る。
「大丈夫。ちゃんと居場所は分かってるから」
「どこだ!」
 アイダホはなおも詰問の調子を緩めない。
「嬢ちゃんには発信機をつけといたのよ」
 ハンゲンキが左腕の通信機を何やら操作すると、地図が照射された。
「あら。見たところ、まだ国境を越えた付近にいるみたいね。ここは…クロスポイントかしら。なんかヘマやらかしたのかしらね。もう帝立研究院に着いてても良さそうなもんだけど」
「何? どういうことだ?」
「嬢ちゃんを連れていったのはあたしの部下なんだけど、普段ならさらった人は直行で研究院の裏口に持っていくのよ。それがまだクロスポイントにいるってのはどういうことかしらね」
 アイダホは突然ハンゲンキを突き飛ばして博士の方に向き直った。
「博士。世話になったな。俺はもう行く」
「そうか。何のもてなしもできんかったな」
 博士が緊張感のない笑みをこぼすと、突き飛ばされたハンゲンキが絨毯の上に寝転んだまま喋り始めた。
「待ちなさい。一人で突撃してどうするつもり。国境警備隊にハチの巣にされるのが関の山よ。特にファルージャとの国境にいる第一部隊は血気盛んなことで有名なんだから」
「行くしかないだろう。公主様を守り抜くというのは先代との約束だ」
「ポ・テ・ト」
 ここで急にハンゲンキの口調が強くなった。蛇に睨まれた蛙のように身をすくませたアイダホを尻目に、ハンゲンキは体の埃を払いながらゆっくりと立ち上がった。
「あたしが何でここまであんたに協力してるか分かる? なんで犲目瓩隣櫃鬚かしてまで部外者のあんたに情報をリークしてるか分かる?」
 アイダホはゆっくりと言葉を選びながら答えた
「犲目瓩呂發Ε轡坤蕁爾砲弔い謄ぅ襯侫ルノを敵に回したんだろう。俺たちの敵もイルフォルノだ。敵の敵は味方という発想だろう」
「0点」
 ハンゲンキはするりとアイダホの胸元にすべりこんだ。アイダホはびくりとして後ずさろうとしたが、ハンゲンキの指はもうアイダホの胸を捕らえていた。
「養成所時代からのあたしの気持ちに気付いていないのかしらこの朴念仁は。こんなこと女に言わせんじゃないわよ」
 ハンゲンキが上目づかいにアイダホの両眼を見つめてきた。正視に堪えなかったアイダホは、顔をそむけ瞼を閉じながらハンゲンキの両肩を突き飛ばした。
 アイダホがおそるおそる目を開けると、ハンゲンキはすでに博士の家の窓の縁に立っていた。窓は既に開いており、冷たい夜風がピューピューと吹き込んでくる。
「ま、アイダホ。あたしも人の恋路を邪魔するほど野暮じゃないから、今回は身を引いてやるよ。しっかりあの嬢ちゃんを助けてやんな」
「なっ…」
 アイダホはハンゲンキの台詞の意味を分かってか分からずか、頬を真っ赤に染めた。
「ただし、あたしもあんたに死んでほしくないって思ってるのは確かだ。行くならちゃんと武装してから行きなさい。幸いこの博士がおあつらえ向きの物を持ってそうだよ。あたしも、同じ敵の敵としての協力なら惜しまないから」
 旋風一颯、すでにハンゲンキの姿は消えていた。開けっぱなしの窓からは夜風が盛んに吹き込んでくる。アイダホはその場に膝から崩れ落ち、じっと自分の手を見た。ゆっくりと顔を上げると、窓の縁にはハンゲンキがきまりの悪そうな表情をして立っていた。
「言い忘れたわ。国境警備隊の第一部隊の隊長はゴ=ディン・ディエムだから。あんたもよく知ってるでしょう」
 ゴ=ディン・ディエム。その名を聞いてアイダホは再び愕然とした。
「じゃあ」
 ハンゲンキはまたきまりが悪そうに夜の帳の中に消えていった。アイダホは、その場に佇んでいた博士の方へゆっくりと顔を向けた。
「博士…」
「分かってる分かってる。みなまで言うなアイダホ君」
「博士…」
「君は文化祭の喩え話というのを知っとるかね?」
「文化祭の喩え話?」
 博士が得意げに頷きながら語り始めた。
「ある大学の文化祭での話だ。とあるバドミントンサークルが、模擬店を出すことになった。ドーナッツの模擬店を」
「ドーナッツですか」
「ドーナッツを売る場合、買ってきた既製品か冷凍のドーナッツを出店の中でまた揚げ直してから客に出すことになるわけだ。その揚げるときに使うのが、フライヤーという機械だ。もちろん、そんな物普段から持っているわけないから、レンタル業者から借りることになる」
「はあ」
 アイダホは話の落とし所が全く見えず、ポカンとした表情をしている。
「文化祭が終わったら当然フライヤーは返却するわけだが、きちんと綺麗にしてから返さないといかん。でも、揚げ物用の機械で油をたくさん使うもんだから、きちんと綺麗にするのには尋常じゃなく手間がかかる。にもかかわらず、文化祭が終わった日は打ち上げで飲みたいだろうから、サークルのメンバーには片付けにまで付き合わずに帰っていく奴が多い。出店のテントを畳んだりゴミを出したりしているうちにメンバーは一人減り二人減り、後はフライヤーを洗って返すだけという段になって残っているのは4人だけになっていた」
「薄情ですな」
「その4人というのがな、女の子が1人と男が3人だった。女の子は模擬店でやるメニューをサークルで決める時にドーナッツというアイディアを出した子で、自分の提案が実現した以上模擬店の運営でも主導的な役割をしていた。だから、片付けも最後まで面倒を見ていた。学生のやる模擬店なんて準備は悪いから、洗剤もスポンジも満足なものがない状態でフライヤーを頑張って綺麗にしているわけだ」
「健気じゃないですか」
「そう。そしてそこに群がっている男3人は、みんな義侠心から手伝っているわけじゃない。その女の子に対して下心があって付き合っているのだ。あるいはそんな具体的な策謀はなくとも、ただ単に口実を設けて少しでもその子と一緒の時間を長く共有したいだけかもしれない。女の子から感謝されたいだけかもしれない。でも、それは下心には変わりはない。そして、こういう奴らはだいたいは晩熟だ。正面切ってその女の子に告白していくわけではなく、ただ単に一緒にいるだけだからな」
「つまり、どういうことですか?」
 アイダホが怪訝な表情をした。
「フライヤー洗いとか、やたらと手間のかかることをやっている女子にほとんど無償で助力する男は、その女子に対する下心があるということだ」
 博士は満足そうに鼻を鳴らした。
「博士」
「なんだ?」
 アイダホは急に神妙な面持ちになっていた。
「早くおあつらえ向きとやらを見せてください」

 研究所の地下の格納庫に行くまでの間に博士から聞いた話をまとめると、以下のようになる。
 博士もこの8年間無為に過ごしていたわけではない。金をためて人手に渡っていた研究所と土地を取り戻し、トロノートやダイジュやペシャワールの研究成果も利用して新たなロボットを作っていた。
「ところが私は大変なことに気が付いた。ダイテンクウは5体合体のロボットなのだ。できても私一人では操縦できない」
 そこで博士が作り始めたのが、アニメの中でダイテンクウの右腕として活躍していたノブシという一人乗りのロボットである。ノブシは、全身を黒色の甲冑のような装甲で覆い、赤い目を光らせながら、自慢の俊足であくまで寡黙に敵の大群へと突っ込んでいくようなロボットだった。博士は、実のところダイテンクウよりも好きだった。
「何が好きってなあ。真っ黒っていうところも好きだが、手持ち武器が刀一本だけっていうのが実に侠気に溢れておったのだ。その刀がまたでかくて、公式設定では切っ先から柄の先端まででちょうどノブシの身長の8倍ということになっておった」
「8倍ですか? 振り回せるんですかそんなもん」
「人工筋肉がそれを可能にする。クフフ」
 地下についたアイダホはまず変な機械にかけられた。縦向きのCTにパーマをかける用の機械が合わさったような装置だった。博士の説明によると、これがダイジュの発明した脳機能の分担を明らかにする装置らしい。
 その後アイダホが通されたのは狭い格納庫のような場所だった。正面には、黒色の鎧を身にまとったようなロボットが凛として佇んでいた。
「本当に作ったんですか」
 アイダホは呆れていた。
「作ったさ。君の脳のデータはもう流し込んでおいたから、あとは乗るだけだ。君も本当に行くのか?」
「行きますよ。ゴ=ディン・ディエムは知らん顔でもないので、ハンゲンキが公主につけた発信機の反応があるっていうクロスポイントにまで行ってきます」
「クロスポイントって?」
「我々も越境のときに通ったじゃないですか」
 博士はまだ思い出せていない様子だったが、それ以上聞こうとはせず、わざと合点がいったように頷いていた。芝居だとはっきり分かる下手な芝居だった。博士は話題を他に反らした。
「君と、ゴ=ディン・ディエムとハンゲンキとはどういう関係なのだ。犲目瓩陵楡所の同期以上の因縁がありそうだな」
 アイダホは天井の方に眼をやりながら吐き捨てるように言った。小さく舌打ちをしたようにも聞こえた。
「腐れ縁ですよ」
 アイダホは博士を置き去りにしてノブシの足元まで駆け寄った。そこから頭の方を見上げると、優に30mはありそうだった。
「どうやって乗るんですか? これ」
「コックピットは腹の辺りだぞ」
 博士はノブシの方に向かって歩きながら答えた。
「腹なら、10mは上じゃないですか。足の辺りから乗り込めたりしないんですか」
「足にそんな余分な空洞をつける余裕はないさ。腹にハッチが付いてて、そこが空くようになっている」
「直接乗り込むんですか? 高すぎますよ」
「まあ、そこんところをあまり考えずに設計したんだな。あとから巨大脚立を作ったから、それを使ってくれ」
 博士が顎で指した格納庫の隅の方には、巨大な脚立が立てかけられていた。
「脚立より梯子の方がいいんですが」
「かゆい所に手が届くようなグッズは一切ないのが隠遁生活というものだろう」
 自慢げに語る博士に閉口したアイダホは、仕方なく脚立をかついでノブシの足元まで持ってきた。アイダホは脚立を広げるとその段を一段一段上り、ノブシの腹ぐらいの高さまで到達した。
「コックピットはどうやって開けるんですか?」
「忘れてた。スイッチはかかとの辺りだ」
「上る前に言ってくださいよ…」
 アイダホが脚立を降りようとするのを博士は制止した。
「ああいいいい。私が押す」
 ノブシのかかとの傍で腰を曲げたユエダー博士は、そのままの姿勢で硬直した。
「どうしました?」
「どの道いったん降りないとダメだな」
「なんでです?」
「そこにいるとコックピットで後頭部を強打するぞ」
 アイダホは苛立った様子で喉を鳴らしながらまた脚立を降りてきた。アイダホの様子をよく見ていなかった博士は、彼が降りきらないうちにスイッチを押してしまったた。ハッチがばね仕掛けのように勢いよく開き、脚立を揺らした。まだ脚立の段の上にいたアイダホは、バランスを失ってよろめきながらも無事に着地した。
「博士!」
「なんだ」
「脚立もどけないとぶつかることぐらい想像できるでしょう!」
「想像力は大事だな。結果オーライだ。乗った乗った」
 アイダホはまた軽く喉を鳴らしながら脚立を登り、コックピットに入った。
「どうやって閉めるんです?」
 操縦席に腰かけた状態でアイダホが尋ねた。
「それっぽいボタンがあるだろう」
「見当たらんが…。ああこれか。あったあった」
 アイダホが見つけたままにそれらしきスイッチを押すと、ハッチが開いたときと同じ勢いでアイダホの視界に迫ってきた。しかしアイダホが気付いた時にはもう遅く、ハッチは脚立に跳ね返されて、再び向こうへと戻っていった。アイダホはばつが悪そうに足元の博士と目を合わせた。
「博士…」
「なんだ?」
「敵にかかとのスイッチを押されると開いちゃうんでしょうか?」
「それは大丈夫だ。誰かが乗っているときはかかとのスイッチでは開閉できないようになる」
「それは良かった。ところで…、脚立をどけてほしいのですが」
「お安い御用だ」
 博士は涼しげな表情で脚立を畳み、脇の壁に立てかけた。
「じゃあ、閉めなさい」
「閉めてからどうすればいいんですか?」
「ハッチを閉めて、頭上のヘルメットみたいのをかぶって、そのへんにあるそれっぽい真っ赤なレバーを奥まで押すのだ。そうするとCNHが起動する」
「真っ赤なレバーはありますけど、降りるときはCNHをどうやって切るんですか?」
「それだ。ごめん。まだ説明があるから降りて来てくれないか」
 アイダホは極限まで目を細めて真っ赤なレバーを見つめた。

 博士の説明を要約すると以下のようになる。
 CNHという操縦システムにも欠点はある。それは、人間の体に対応しないような部分がある場合、それを動かすのが難しいということである。
 例えばダイテンクウは胸からレーザーを発射することができる。しかし、人間の体にはそのような機能がないため、いったんCNHのスイッチを入れてつなげてしまうと、ダイテンクウの脚や腕を動かせても、レーザーは発射できない。例えばコックピットの中のあるボタンを押すとレーザーが発射されるというのが通常の仕組みだろうが、CNHでつなげてしまうとパイロットの体はもう動かなくなるのである。
「アニメの中ではどうやって発射してたんですか」
「パイロットが『レーザー!』って叫ぶと発射されてたな」
「じゃあそういう音声認識にすればいいですよ」
「そうだ。その発想だ。何も音声に頼る必要はない」
 人間の体には必要だが、ロボットには必要ない部位というのも考えてみれば存在する。たとえば、肛門はその一例であろう。ならば肛門の筋肉(括約筋)を司る中枢神経は、CNHにつなげた状態だと、余っていることになる。
「それを使わない手はない。肛門の筋肉をレーザーの発動装置にすればいいのだ」
「それは…、いきむとレーザーが出るということになるんですか?」
「パイロットの感覚としてはそういうことになるだろうな」
 ノブシはさっきも言った通り刀一本で闘うロボットのため、そういう余分な機能はあまりついていない。ただ一つついているのが、背中の推進エンジンである。
「推進エンジンはとりあえず肛門につなげてある。さっきのダイジュマシーンで調べたところによると、君は括約筋に割り当てられている神経が常人の3倍はある特異体質みたいだから、細やかなエンジンさばきが可能だろうな。偶然は怖い」
 アイダホはバツの悪そうな表情を見せていた。
「それだけですか?」
「ああそうだ。その、CNHを切るにはどうすればいいかだな。それも余分な機能につなげてある。両足の親指をめいっぱい曲げた状態で、口蓋を舌で3回すばやく前後に舐めれば、切れる。だから戦闘中にあまりむやみに舌を動かすなよ。切れるかもしれん」
 なるほど、確かにノブシの足先は5本の指に分かれてはいないし、口も開きそうにない。足の指や舌というのは不要な稼働部位だろう。

 アイダホは再び脚立をのぼりながら博士に聞いた。
「そういえば、刀はどこにあるんですか?」
「金属を買う時に刀のことを忘れていてな。ノブシを作り上げたら材料がなくなっちまった。だから代わりにそこにある超高出力光線刃を使ってくれ」
 アイダホが博士の指差した方の壁をみると、大きな懐中電灯のようなものがあった。
「なんですか? 超高出力…?」
「光線刃だ。平たく言えばビームサーベルだ」
「なるほど」
「あとなあ。この格納庫もノブシが発進することを考えずに掘った穴だから、出る時はそのまま天井を突き破ってくれ」
 博士の暢気な声を耳に入れながら、アイダホは脚立の次の段をしっかりと踏みしめた。

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