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諸葛子瑜

 諸葛子瑜は、孔明の兄さん、諸葛瑾のことです。「子瑜」は彼の字です。
 諸葛瑾には、諸葛恪という才気煥発の息子がいました。後に身を滅ぼしますが。

 この諸葛恪の才を表す一つのエピソードとして、以下のようなものがあります。
 諸葛瑾の主である孫権は、酒乱で有名でした。臣下を集めた酒席で毎回のように酔っては、様々なアルハラ・パワハラを仕掛けていました。
 ある酒席で、またこの絡み上戸の孫権がしこたま酔ってしまい、諸葛瑾をからかい始めました。諸葛瑾は、馬面だったらしく、孫権は酒席にロバを連れ込んで、そのロバの額に「諸葛子瑜」と書き込みました。「諸葛子瑜」とは諸葛瑾のことですね。要は、ハゲをからかうために電球にそのハゲの名前を書いたみたいなしょうもない話です。
 この冗談自体そんなおもしろいものではないと思いますが、一同は大笑いしたそうです。主君がやっていることですから、十中八九愛想笑いでしょう。それはともかく、その酒席に同席していたまだ幼少の諸葛恪は、テクテクとそのロバのもとまで歩み、「諸葛子瑜」と書かれた下に、「之驢」と書き加えたそうです。「驢」とはロバのことなので、この2字を合わせて、「諸葛瑾のロバ」という意味になりました。孫権は感心して、書かれた通り、そのロバを諸葛瑾に下賜したそうです。

 これそんなうまいかあ? というのが筆者の感想です。その程度の返し、誰でも思い付くんじゃないでしょうか。

 さっきのハゲと電球の例で言えば、「らっきょ」と書かれた下に「の電球」と書き加えたというだけですよ。うまくもおもしろくもなんともないと思うんですが。
 多分、まだ幼少の諸葛恪が、蔑まれている父を守るために、主君の冗談に反抗するようなことを行ったということがむしろ言いたいことなのじゃないでしょうか。そんな幼少のうちから、父を敬う「孝」の精神があったこと、「孝」のために主君である孫権の意に沿わぬこともできる度胸を備えていたことを示すエピソードということなら、納得できます。

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