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法律学入門 3.プログラム言語との類似性
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さてここからは日本で用いられている現実の法規定のうち、主要なものについて簡単な解説を加える。

六法

 「六法」という言葉がある。六法とは、以下の六つのことである。
 
 憲法
 民法
 商法
 民事訴訟法
 刑法
 刑事訴訟法

 この六つのうち、憲法以外の五つについては、同名の法律が実際に存在する。「憲法」という名前のルールは現在のところない。正式名称は、日本国憲法である。
 刑法を例にすると、刑法という名前の法律があり、何が犯罪になるかと、それぞれの犯罪に対応する刑罰を定めている。ところが、犯罪と刑罰について定めているのは何も刑法ばかりではない。刑法が主要な役割を果たしているのは確かであるが、例えば、銃器関連の犯罪については銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)という名前の法律に定められている。覚せい剤関連の犯罪については、覚せい剤取締法に定められている。会社法にも、犯罪(特別背任罪等)に関する規定がある。これらの規定も犯罪と刑罰について定めているという意味では変わらないため、これらをひっくるめて「実質的意義における刑法」ということがある。これに対して、刑法という名前の法律のみを指したいときは「形式的意義における刑法」と言ったり、もっと縮めて「刑法典」という言葉を使ったりする。
 他も同じである。「民法」という言葉にも、「民法」という名前の法律(民法典)を指す場合と、民法典と類似の事項について定めている他の法律(消費者契約法・借地借家法等)をひっくるめた総称的な概念を指す場合とがある。商法・民事訴訟法・刑事訴訟法も同じである。「憲法」という言葉も、日本国憲法のみを指す場合と、他の憲法的なルールをひっくるめて指す場合とがある。
 「六法」といった場合も一緒で、「日本国憲法と民法典と商法典(と会社法)と民事訴訟法典と刑法典と刑事訴訟法典」のみを指す場合と、類似の他のルールもひっくるめて指す場合がある。まあこのへんは、そういうものだと理解さえしてくれればよい。
 さてこれで分かったと思うが、日本の法律は狭義の六法だけではないし、全ての法律が六法のいずれかに分類できるわけでもない(恥ずかしながら、筆者は大学に入りたての頃はそのように考えていた)。「六法」とはあくまで日本に存在するルールのうち、主要なものを抽出した概念に過ぎない。
 以下から、各論に入る。

刑法・刑事訴訟法

 順番通りいくなら憲法からなのだろうが、憲法は多少特殊な部分があるため、最後に回した方が得策であると思われる。まずは、筆者の好きな刑法からである。
 刑法については何度も説明した通りであるが、「どのようなことをやると犯罪になるか」と「各々の犯罪に対応する刑罰」を定めてある法律である。
 さて、実際に犯罪があっても、その全てに刑罰が科されるわけではないのはご存知の通りである。刑罰を科すと、対象者に多大な不利益を与えるため、その人が本当に犯罪を犯したのか、犯罪を犯したとしてもどのような刑罰を与えるのが適切か、という二点は、慎重な手続を経たうえで判断する必要がある。この手続が、刑事裁判である。この刑事裁判について定めているのが、刑事訴訟法ということになる。すなわち、刑事裁判では何をどういう順番でどのようにやるかということが、刑事訴訟法には書いてあるのである。
 ところが刑事訴訟法に書いてあるのはこのようなことばかりではない。刑事裁判は、検察官が原告となって、被告人(刑事裁判では、「被告」と言わずに「被告人」という。「被告」というのは民事である)が犯罪を犯したことを立証し、自身が考える適切な刑罰を提案(求刑)する場である。この作業をするには、立証に必要な証拠を集める必要がある。この証拠収集作業のことを捜査といい、検察は警察と連携しながらこの捜査活動を行っている。時には、人の住居を捜索したり、疑わしい人(被疑者)の身柄を拘束して、逃亡や証拠隠滅を防止する必要も出てくる。このように、捜査は私人の権利や利益を重大に侵害し得る国家活動であるため、どのような場合にどのようなことができるかは、厳格に定める必要がある。刑事訴訟法は、このような捜査の要件ややり方についても定めているのである。むしろこちらの方が刑事裁判の手続に関する諸規定よりも大きなウェイトを占めているといってもよい。
 さて、簡単に捜査から刑事裁判までの流れを見ておく。
 何らかの犯罪があり、これを警察や検察といった捜査機関が知ると、捜査が始まる。捜査は、その犯罪を起こしたと疑われる人(被疑者)を明らかにして、被疑者を起訴するかどうかを決定するために証拠を集める作業である。十分な証拠が集まり、被疑者を裁判で有罪にできると検察官が判断すると、起訴がされ、刑事裁判が始まる。他方で、十分な証拠が集まらなかった場合は、通常は起訴をしない。また、十分な証拠が集まった場合でも、被疑者が罪を認め反省している、犯罪が軽微である、被害者に賠償しているなどといった事情を考慮して、敢えて基礎をしないという場合もある(起訴猶予)。
 この証拠収集過程においては、住居の捜索が行われたり、逮捕や勾留といった被疑者の身柄拘束が行われたりするというのは前述の通りである。逮捕や勾留は、あくまで被疑者の逃亡や証拠隠滅を阻止するために行われるものであって、懲役や禁錮とは異なり、その被疑者に対する制裁として行われるものではない。逮捕には一定の嫌疑が必要なのは確かだが、被疑者は未だ「疑わしい」レベルに止まるのであって、その人が本当に犯罪を犯したかどうかはその後の刑事裁判で決定されることである。日本では「逮捕された人=犯罪者」のような意識が根強くがあるが、これは間違いである。
 さて、前述の通り、日本では検察官に起訴・不起訴の決定における大幅な裁量が認められており、嫌疑十分な被疑者を起訴猶予にするということも可能なのである。検察官は、第一次的に「集まった証拠でこの被疑者を有罪にできるか」という裁判官的な判断を行い、無理だと判断されれば通常起訴はされない。そのため、日本の有罪率はものすごく高いことになっているのである。これでは刑事裁判という制度を設けて刑事裁判官に有罪か否かの最終的な判断を任せた意味がないという批判はよく受けるところであるが、有罪にできる見込みのない被疑者について起訴を行い、刑事手続の負担を課すことは不合理であって、少なくとも証拠が不十分な場合について検察官が被疑者を不起訴とする制度それのみに関して言えば、合理性のあるものだと筆者は考えている。

民法・商法・民事訴訟法

民法

 民法は、大きく財産法と家族法に分けることができる。家族法は、家族(婚姻や親子関係等)と相続について定めた法であって、財産法とは多少毛色が異なると考えられている。
 他方で財産法は、主には私的な取引に関する法である。私的な取引に関しては、第一次的には取引当事者間の契約によってルールが作られる。Aさんが自身の所有する不動産を売らなければならなくなるのは、民法にそう書いてあるからではなくて、Bさんとその不動産の売買契約を締結して、その契約で「AさんはBさんに不動産を売らなければならない」というルールを定めたからである。
 ではなぜ契約とは別に民法などという法律があるのか。この点は様々な説明があるが、筆者は以下のように考えている。
 まずー莪界においてやってはいけないこと(とそもそもやってはいけない取引)を定めている。これは、法律によって禁止しないとどうしようもない。例えば不法行為(民法709条)はやってはいけないし、公序良俗違反の契約も締結してはいけない(民法90条)。「公序良俗違反」がどういう意味かは詳しくは民法学で学んでほしいが、典型例は殺人契約や人身売買契約である。
 次に、△笋辰討呂い韻覆い海箸やられてしまった場合の事後処理について民法は定めている。これも法律において定めておかないとどうしようもないものである。例えば不法行為が行われた場合は被害者に対する損害賠償義務が加害者に生じる。公序良俗違反の契約が締結され、履行された場合は、契約前の状態を回復する義務が契約当事者に生じる。
 最後に、これが民法の法規定の中で中核を為しているが、E事者が予め合意してない部分があるとき、その部分についてのデフォルトルールを民法は定めている。
 私人は様々な契約を締結している。不動産売買契約、金を貸す契約、それを保証する契約…。これらの契約においては、当事者が交渉を行いながら細かい部分についての内容が詰められていくが、全ての場合を想定して契約書を作るのは土台無理な話である。不動産の売買契約を結ぶときに、「海面上昇で不動産が海に沈んだら」「戦乱が生じて敵軍にその不動産が占拠されたら」といったような例外的な事例についてまでいちいち合意をすることは困難であり、それ以前に不合理である。「戦乱が生じたらどうするのだ」などといちいち話を持ちかけていては、細かい、起こりそうもないことにこだわる面倒臭い人だと思われて、契約自体がご破談になりかねない。契約において全ての場合において合意をすることは、不可能であるし、契約を成立させるために控えるべきことでもあるのである。
 そして、実際にそのような合意のない事態が生じた場合に、民法はデフォルトのルールを定めており、これに従って解決が図られるのである。
 そのため、当事者の契約のルールも民法が定めているデフォルトルールを元にして、これを修正する形で作られることが多く、翻って民法の解釈論が契約の解釈においても役立つという状況が生じている。

商法

 では商法とは何か。商法は、民法と同じく取引世界についての法である。民法との違いは、商法は、商人や商行為が関係する取引についての法であるということである。「商人」や「商行為」の具体的な意義については商法の解説本に委ねる。今のところは、取引の専門家であると理解しておけばよい。商法とは、専門家の取引にのみ適用される特殊な規定について定めた、民法の特則なのである。
 その専門家の典型例が株式会社を始めとする会社である。会社の中でも最も多いのが、株式会社である。
 株式会社は、知らない人のために説明すると、株式を売って得たお金を元手にして商売を行う組織である。株式を買った人を、株主といい、会社はこの株主が所有していることになる。小さな会社では、株主と経営陣(取締役等)は一致していることが多いが、会社が大規模になり株主が多くなってくると、会社の経営を一定数の専門家に委ねた方が効率的になるため、株主と経営陣が分離する。このような場合において、株主と経営陣のそれぞれにどのような権限があり、どのような手続に基づいて会社の経営を行っていくかを定めているのが会社法である。かつては、商法の一部にこれらについて定めた規定があったのだが、2005年にこの規定は削除され、会社法という名前の法律として独立することになった。ちなみに、会社法はもっぱら株主と経営者について定めている法律であって、会社と雇用契約を締結した従業員のことについてはあまり定めがない。これは、労働法の世界である。
 そのほか、「実質的意義の商法」には、商法典と会社法のほか、手形法や小切手法といった有価証券法群も含めることが普通である。これらは、かつて盛んに使われていた約束手形を始めとする、有価証券について定めた法規定である。とはいえ現在は約束手形の使用は激減しているため、これらの法を学ぶ意義は揺らいでいる。

民事訴訟法

 そして、民商法が規定する取引界において紛争が生じた際に登場するのが民事訴訟法である。民事紛争は、様々な解決手段があるが、その中でポピュラーなもののひとつが民事裁判である。この民事裁判の手続について定めているのが民事訴訟法典である。
 例えば、AさんがBさんに1000万円を貸したのに、Bさんがこれを返してくれないとする。Aさんが民事裁判を用いてこの紛争を解決する場合、自らが原告となって、貸金返還請求訴訟という訴えを提起することになる。通常は弁護士を頼むことが多いだろうが、頼まずとも訴訟はできるということになっている(本人訴訟)。訴えを受けて被告となったBさんは、この訴訟に際して自身の主張を準備することになる。Bさんも弁護士を頼むのが通常だが、やはり本人訴訟でやることもできる。
 法廷の場ではABの双方が自身に有利な証拠を提出して攻撃防御を行い、裁判官は、これらの証拠を見たうえで判断を行う。とはいえ、民事裁判が行うのはここまでである。民事裁判手続は、あくまで「AさんはBさんに確かに1000万円を貸した(=AさんはBさんに対する1000万円の貸金債権を有している)」ということを判断するだけである。これでBさんが任意に1000万円を払ってくれればよいが、払ってくれない場合、Aさんは所期の目的が達成できなくなってしまう。そこで、国家は、民事執行という制度を用意している。この制度は、民事執行法という別の法律に定められている。Aさんがこの制度を用いると、国家がBさんの財産を差し押さえてこれを売り払い、お金を作ってくれるのである。
 なお勝訴していざ民事執行という段階になっても、Bさんがめぼしい財産を隠していたとしたら執行が空振りに終わってしまう。訴訟は時間がかかるため、このような危険はかなり高い。そこで、Bさんの財産を訴訟の段階で仮に保全しておく民事保全という手続がある。これは、民事保全法という法律に定められている。
 これが民事紛争を裁判で解決する場合の大体の流れである。しかし、裁判で解決される民事紛争は、全体のほんの一部である。大抵の紛争は、当事者間の任意の交渉で解決されている。
 ではどんな紛争が裁判の場に出てくるのか。まず、民事裁判による紛争解決は裁判(+保全)→執行と非常に時間と手間とお金がかかるため、低額の紛争についてはこの制度を利用するのが高くついてしまう。そのため、一定の高額な紛争である場合が多い。
 そして、先に挙げた例では、借用証書などの確たる証拠があれば、Bさんが裁判になっても負けると考えて、Aさんからの請求に任意に応じる可能性が高い(被告となったBさんにも弁護士費用等の裁判の負担はかかってくる)。よって、裁判になるのは、Bさんが勝てると考えるような場合であり、それはすなわち確たる証拠がない場合である。民事裁判は、このような場合でもAさんがBさんに本当に金を貸したのかどうかについて結論を出さねばならない。それは、Bさんが当時金に困っていたとかいった周辺的な事実や、AB両人に対する当事者尋問などによって明らかにしていくのであるが、確たる証拠がない以上、本当のところはよく分からないことが多い。「貸した」「貸してない」の水掛け論のままエイヤと結論を出す必要があるのである。この点を気持ち悪いと思ってしまう人がいるのも事実である(なお、刑事訴訟においては、捜査機関の側が高い証拠収集能力を持っているため、民事紛争よりは「何が事実か」が見えやすい。とはいえ、密室で行われた談合や殴り合いなど、当事者の供述以外に確たる証拠がなく、結局水掛け論のまま結論を出さねばならない場合も当然ながらある)。
 この点はどうしようもない部分があるのだが、ひとつ解決法があるとすれば、判決ではなく、和解という形で紛争を終わらせることである。判決は、ゼロか百かの結論しか出せない。Aさん勝訴なら1000万円を全額返してもらえるが、Aさん敗訴なら1000万円は一切返してもらえない。間の結論はとれないのである。この点和解なら、Aさんに一定額を負けてもらい、800万円だけを返させるという形をとることも可能である。裁判官としても、ABのいずれにも譲歩を求めることで、「水掛け論に終始してどっちにも決め手がなかったのに、ABのいずれかにべったり寄った結論を出さなければならない」という気持ち悪さを多少なりとも解消することができる。

 ここまでは民事裁判において民事紛争がどのように解決されるかという話であった。ではそもそも民事紛争はどういう場合に生じるのであろうか。普通は、貸した金は返ってくるし、買った不動産は引き渡してくれる。読者諸兄も、民事紛争に巻き込まれたことのある人は少なかろうと推察されるので、どのような場合にこの「普通」が普通通りにいかなくなるのか、あまりピンと来ない人が多いのではないかと思われる。
 ひとつの典型例は、悪い奴が登場した場合である。悪い奴は、貸した金を返さないし、ありもしない不動産や、自分のものでない不動産を売りつけてくる。これはひとつの典型的な民事紛争である。この悪い奴には詐欺罪等の刑事犯罪が成立する可能性も高い。そういう意味では、民事紛争と刑事事件はかなり近いところにある。「警察は民事不介入」という言説を聞いたことがある人もいるかもしれないが、よくよく踏み込むと刑事犯罪が成立している場合も多いのである。
 悪い奴の中には、根っからの悪い奴もいるが、金に困って仕方なく悪事に手を染めてしまった成り行き上の悪い奴もよくいる。それゆえ、金に困った多重債務者やつぶれかかった企業が民事紛争ではよく登場するのである。この悪い奴が被告になる場合ももちろんあるが、悪い奴は既に姿をくらましている場合も多い。その場合は悪い奴と事情を知らずに取引をした悪いわけではない第三者を被告にする必要がある。悪い奴に騙されて原告のものである不動産を買ってしまった人にその不動産の返還請求訴訟を提起するとか、悪い奴に騙されてその悪い奴の借金を連帯保証してしまった保証人に保証債務の履行を請求するとかいった例が挙げられる。
 もう一つの典型例は、当事者間であまり合意がしていないような事態が生じた場合である。この場合も通常は当事者間で再度の協議や交渉が行われるが、ここで合意に達成しないと紛争となる。それこそ海面が上昇して土地が沈んだというのは一例である。また、相続にまつわる紛争もこの例だろう。相続に際して相続財産の分割がもめるのは、被相続人の死という事態を予期したうえで相続人間での合意が為されていたわけではなかったからである。

憲法

 憲法とはどのような法か。日本国憲法は、他の六法とは異なり、法律ではない。日本国憲法は日本国憲法であって、法律の上位に立っている。すなわち、日本国憲法に反する法規定は、原則的に無効とされるのである。
 これはなぜか。説明の仕方は色々ある。以下に記すのもあくまで一例である。
 法律はどのように制定されるか。立法府たる国会が、選挙によって選出された国会議員の多数決によって法律を制定している。なぜ全会一致ではなく多数決で制定できるようにしたかといえば、全会一致を必要とすると物事が前に進まなくなるからである。法律は、国家の利益のために、国民の利益のために制定されるものである。刑法は犯罪を予防・抑止して国民の生命や財産を守るという役割を果たしている。民法は、契約におけるデフォルトルールを提供して、契約が速やかに効率的に締結されるようにするという役割を果たしている。とはいえこれらの法律によって、不利益を被る人もいる。刑法は殺人者から人を殺す自由を奪う。民法は人身売買契約を締結する自由を奪っている。そのため、国会議員の中にこれら不利益を受ける者の代表者がいた場合、全会一致制の下では法律が制定できなくなってしまう。民主主義とは、法律とは、こういった者たちが犠牲を受けることを正当化したうえで、他の者の利益や国益を増進させるための仕組みなのである。
 とはいえ、いくらこの仕組みを用いても奪ってはいけない権利や利益があるのではないかという疑問が生じる。これを定めているのが憲法の基本的人権の規定である。すなわち基本的人権とは、民主主義や法律によっても奪われない人間の根本的・本源的な権利であって、これを奪う法律は、違憲無効となるのである。憲法とはこの基本的人権を定めるとともに、基本的人権に属さない権利について、これを奪う場合に、どのような国家機関がどのように動くかの手続(統治機構)を定めた法である。
 法律が多数決で作られる以上、こういった権利侵害を受けやすいのは社会の中の少数派である。ゆえに、憲法訴訟には政治的・宗教的なマイノリティがよく登場する。
 前記したが、これはあくまで一つの説明に過ぎない。基本的人権にも色々な種類があり、その性質は人権ごとに考える必要がある。

行政法

 六法には属さないが、現行の司法試験では六法と共に必須の科目となっている行政法についても簡単に説明を加える。
 行政法とは、行政が活動する場面において、行政にどのような権限や義務があるか、また行政はそれらの活動でどのような手続を経なければならないかについて定めた法である。「行政法」という名前の法律があるわけではなく、そのような性質の法の総称が行政法であるというだけである。
 警察庁が風俗営業の許可や面倒見をする場合は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風俗営業法/風営法)」に基づいて行われる。古物営業については古物営業法、銃器の所持の許可について銃刀法である。これらは全て行政法に属する。行政法は、法律の数で言えばおそらく最も多く、各省庁がそれぞれ所管の行政法を抱えて、これに基づいて行政活動を行っている。
 その他公法と私法の違いといったいろいろややこしい議論があるが、ここでは省略する。

まとめ

 以上、主要な法分野について解説を加えた。法はほかにもいろいろある。民法の特則として発達してきた労働法や知的財産法。つぶれた会社の面倒を裁判所が見るための倒産法。税法や独禁法。諸々。
 弁護士・検察官・裁判官は、いずれも同じ司法試験を通っている。しかし司法試験で必須なのは六法と行政法であり、あとは選択科目である。全ての弁護士や裁判官が、これらの法全てについて知っているわけではない。六法や行政法を始めとする基礎的な法についての最低限必要な知識は皆持っているだろうが、それぞれに得意分野や専門分野がある。法の世界は膨大であるため、弁護士や裁判官の力をあまり過信するのは危険である。税法であれば税理士の方が詳しいだろうし。各種の行政法は、それを所管する官庁の官僚の法が詳しいだろう。
 とはいえ、自分が初めて触れる法分野であっても、自分がこれまでやってきた解釈学の知見を活かせば正しく理解することは可能である。弁護士や検察官や裁判官も、自分がよく知らない分野については、常にそうやって対応しているのである。

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