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人格無条件肯定の歌とエンターテインメントの嘘

 筆者は、「どうも自分のやりたいわけではない仕事をしなくてはならない」ということが濃厚になってきてから、THE BLUE HEARTSが好きになりました。特に、彼らの歌う、「人格無条件肯定」の歌です。
 ブルーハーツの歌には、この手の内容のものがよくあります。代表的なところだと、「終わらない歌」とか、「ロクデナシ」とか、「人にやさしく」とかです。人が自分らしく生きることを全面的に肯定し、そのような生き方を修正して他人や社会みたいなものに迎合することを強要してくる「大人たち」を否定する内容の歌詞になっていて、「自分らしい」生き方の応援ソングになっています。

 似たような歌は他のアーティストのものも探せば出てくるんでしょうが、筆者はそんなにたくさん知りません。パッと思いつくのは、Mr.Childrenの「終わりなき旅」でしょうか。

 これらの歌にはずいぶん助けられたんですが、筆者は現在も拭いようのない違和感を覚えています。ブルーハーツにしろミスチルにしろ「自分らしく生きろ」ということを声高に叫びますが、彼らはもう成功者なのです。あななたちは才能やら運やらがあったから自分らしく生きるだけで成功できたかもしれませんが、凡人が自分を貫いた生き方をしても生きづらくなるだけなのです。
 特に仕事の局面では、どうしてもお金を払ってくれる「客」を立てて自分を押し殺す作業が必要になってきます。自分を貫くだけで金が入ってくるのは、それこそほんの一握りの例外に過ぎません。
 そういう意味では、「自分らしく生きれば、それでいい」というのは嘘なのです。
 才能の有無を無視して、ただ単に「自分らしく生きれば、それでいい」とがなり立てるのは無責任ではないでしょうか。

 無論、芸能の業界も甘くはないので、客のことを考えることが不可避的に必要になってきます。彼らも自分を捨てて客のことを考え続けたからこそ成功したのかもしれません。でもそうだとしても、結局「自分らしく生きれば、それでいい」という言説は嘘だということになってしまいます。

 ここには、エンターテインメントの本質があります。現実は前述のように生活のために自分を押し殺さざるを得ない絶望的でストレスのたまる世界です。エンターテインメントは、こういう現実から一時的に目を背けさせて、客をいい気持ちにさせ、ストレスを解消してもらうための商品なのです。そういう効果があるからこそ、客はお金を払ってまでエンターテインメントを受容しようとするのです。
 この効果を発揮するには、どうしてもある程度の嘘が必要になってきます。現実をそのまま見せても、客はストレスが貯まるだけでいい気持ちになりません。「それでも僕はやってない」という映画は、弁護士の現実と日々の仕事模様を非常にリアルに描いているので、弁護士はあれを見てもいい気持ちにはなれないのです。
 現実にはない、嘘を見せてやってこそエンターテインメントです。いじめっ子がいじめられっ子に逆襲します。強大な帝国を弱小な主人公一行が打ち倒します。冴えない男がモテまくります。そういう現実離れした「嘘」を見せて客の溜飲を下げてやるのがエンターテインメントなのです。

 ブルーハーツやミスチルの人格無条件肯定の歌も同じです。「自分らしく生きればそれでいい」というのは前述の通り「嘘」なのですが、せめてそれを歌の世界だけでも声高に肯定してやることで、客をいい気持ちにしてやるエンターテインメントなのです。逆に言うと、エンターテインメントだからこそ「自分らしく生きればそれでいい」という言説は嘘なのです。

 この「人格無条件肯定の歌」の別の例として筆者が知っているものに、Avril Lavigneの"Complicated"という歌があります。これは、ブルーハーツやミスチルとは少し毛色が違って、カップルの彼女の目線から、彼氏に対して「私はそのままのあなたが好き」と語りかける歌です。
 なので、ブルーハーツやミスチルと比べると筆者はまだリアリティが感じられます。自分をひたすら貫いている偏屈な男でも、パートナー一人ぐらいであれば全面的に肯定してくれる人がいるかもしれないと思えるからです。

 私が好きになってしまうのは、そういう女性です。この"Complicated"の歌詞の語り手は、かなり理想的です(Avril Lavigneと言わずにわざわざ「"Complicated"の歌詞の語り手」という言い方をしたのは、Avril Lavigneがそういう意味で好きなわけではないからです。彼女は他の内容の歌もたくさん歌っているので、彼女の本質が"Complicated"の歌詞で語られている内容にあるとは思えません)。

 もっと理想に近いのは、海原雄山の奥さん(すなわち、山岡のお母さん)です。
 海原雄山の本職は芸術家ですが、あの性格なので、なかなか大衆に迎合して売れるものを作るということができていませんでした。そのため奥さんと結婚したばかりの若い頃は貧乏で食うにも困る状況だったのですが、そんな中であの奥さんは「受けたくない仕事は受けなくていい。自分を貫きなさい」という趣旨のことを言い続けて夫をずっと支えていたのです。素晴らしいですね
※海原雄山夫婦の若いころの話は、雄山本人が山岡と栗田さんの結婚式のときに語っています。単行本だと47巻です。

 二次元のハーレム系ラブコメにも、冴えない男主人公のことをなぜか無条件に愛し続けるヒロインが山のように出てきますが、海原雄山の奥さんと比べるとなぜかリアリティが感じられないので、そこまで好きにはなれません。でも、筆者のPNを呼んでくれる(ように聞こえる)ニャル子にはかなりグラついたというのは弁護士日記で描いたと思います。

 いずれにせよフィクションの話なので、これも嘘です。現実には存在しない人たちです。自然体の筆者を無条件で受容してくれる物好きが現実に存在するとは思えません。そういう意味では、筆者は幻影を追い続けていることになります。でもここで妥協するから後で痛い目見ている気がするんですけどね。自分の両親とか、配偶者と折り合いの悪い周りの弁護士とか、離婚相談に来る当事者とかを見ていると。
 ただ、幻影だということは充分に分かっているので、結婚はデフォルトでは諦めています。もう、しょうがないですよね。

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