さゆよりも早く着衣を終えた私は、暢気にも、来客の予定があっただろうか、などと頭の隅で考えながら、
さゆを寝室に残しリビングルームへ移動した。

マンションの一階にある監視カメラが、部屋の壁に設置されたインターフォンのモニターに一人の女の子を映している。
青みがかった映像で、細かな色の判別は付かないが、間違いない。
驚きのあまり、私はそれを声に出していた。

「里沙…!?」

胸の鼓動が一つ、大きく高鳴る。
予期していないことだった。待ち望んでいたことでもあった。
慌てて『通話』ボタンを押下する。

「もしもし、里沙!?」

数秒待ったが、里沙は何故か黙ったままだった。
久し振りだったから、何を話せばいいのか分からないのかもしれない。
そんなの、私だってそうだ。
まだ別れてから一ヶ月も経っていないのに、二人の心が大分離れてしまったような気がして、やりきれない気持ちになった。

「今、開けるから!」

今度は『開閉』ボタンを操作し、一階エントランスにあるガラス扉のロックを外す。
里沙は一瞬戸惑った様子を見せたが、唇だけで、ありがとう、と言ったような気がした。
扉は自動で開き、間もなく里沙の姿がモニターから見えなくなった。

里沙。
里沙に会える。

一秒でも早く玄関を出て里沙を迎えに行きたくなる気持ちを、私はなんとか堪えた。
里沙はホールにあるエレベーターを使って、私の部屋がある二十四階まですぐに昇ってくるだろう。
私が早足で、かつ冷静を装いながら寝室に戻ると、ベッドの縁に座りながら白く細い腕をブラジャーの紐に通しているさゆの姿があった。

「お客さん?」さゆが顔をこちらに向けた。

私は少し考えたあと、

「まあ、似たようなものかな」と言葉を濁した。

「もしかしたら、外へ出てくるかも知れない。すぐ戻るよ」とだけ伝えて、
ドアを閉めようとしたが、私はなぜかこのタイミングで、

「今日のランチは『ベーグル・アンド・ベーグル』で食べよう。
 そのあとは、代官山でショッピング。さゆの服を買わなきゃ。今日も泊まっていくよね?」

と、今日のデートプランを伝えた。
さゆが、うんうん、と頷きながら、嬉しそうな笑顔を私に投げる。

「ふふ。さゆみたち、同棲してるみたいだね」

私も頷いて、

「私はそれでも構わないよ。それじゃ、私が戻るまで、さゆはここで待ってて」

と言いながら、今度こそ寝室のドアを閉めた。
私の発言に、嘘は一つも含まれていなかった。


静寂が訪れ、私は里沙との別れがあった日のことを思い返していた。

私は、あなたに相応しくないの。
だから、あなたとはもう会えない。

それが里沙から聞いた最後の言葉だった。
里沙との思い出は、その日で止まっている。
相応しくないとは、どういう意味だろう。
あのときの里沙は何を思っていたのだろうか。
そして、なぜ今になって、私に会おうと考えたのか。

もう一度、部屋にチャイムの音が鳴る。
モニターを確認する必要はなかった。私は急いで玄関のドアを開けた。

「里沙」

ミッキーマウスの全身絵がプリントされたイエロー地のティーシャツに、七分丈のカーゴ・パンツ。
唯一、ネイルが彩られていないことを除けば、いつもの彼女らしい爽やかな格好だった。
里沙は私の顔を見るなり、私を押し倒すくらいの勢いで抱きついてきた。

「ちょ、ちょっと、里沙!?」

いきなりのことで戸惑う私をよそに、里沙が両手を使って、私の背中をまさぐる。

「愛、ひさしぶり。ごめんね、急に」

肩越しに聞こえる里沙の声は明るかった。

「ううん、気にしないで。…その、会いに来てくれて嬉しいよ」

私も里沙の背中にそっと腕を回し、忘れかけていた感触を探るように確かめた。
二人の上背は同じくらいだから、抱き合えばシルエットは綺麗な対になり、
擦れ違っていた心も元の形に戻っていく気がする。

「ずっと、愛の顔が見たかったんだ」

里沙が言う。私は思い付く疑問を口にしていた。

「どうして急に、別れよう、だなんて…」

「本当にごめんね。私のこと、嫌いになっちゃったよね」

「ううん、そんなことないよ」私はすぐに否定した。

「だって、里沙に嫌われたのは、私の方でしょ?
 私がしっかりしてなかったから、里沙に愛想尽かされたんだって。ずっとそう思ってた」

「私が嫌いになんて、なるわけないじゃない。私はいつだって、愛のことが好きよ」

里沙の言葉が、私の心に染みていく。
里沙が別れを切り出した真意は分からないままとはいえ、私は、里沙に嫌われたわけではなかったのだ。
それだけで、私の胸中に抱え続けていた霧のようなわだかまりが氷解していく。
その安堵に似たような感覚が心地良くて、里沙の声が微かに上擦っていたのを危うく聞き逃すところだった。

「里沙?」

私の顎の下にある里沙の肩が何度か上下している。

「どうしたの?」

泣いているのだと、そのとき理解した。


「聞いて、愛」

里沙は一度大きく息を吸って、より力強く私に身体を寄せてから、私に言った。

「愛に会えなくなってから、色々なことがあったの」

里沙の身体が、私からするりと離れた。

「色々な、こと?」

名残惜しくて、もう一度抱き寄せようとする私の手を、里沙が制止した。

「それを今日、愛に聞いてもらいたいの。部屋、上がってもいい?」

部屋には、さゆがいる。

「いや。待って、里沙」

私の不自然な様子に、里沙が訝しげな表情を浮かべる。
私は嘘をつくことをいい加減に学ぶべきだった。

「ええと。それが、さ。実は今日、先客が来てるんだ」

「先客?」

里沙が、玄関の床に視線を落とした。
そこには、私の『コンバース』のスニーカーと並んで、さゆが履いてきたミュールが置いてあった。

「女の子?」

靴箱に隠し忘れた、というわけではない。
さゆは良い子だし、そして何よりも、里沙に隠し事なんてしたくなかっただけだ。

「話なら、駅前の『ドトール・コーヒー』でどうかな。朝は混むけど、今の時間なら空いてるはずだよ」

「駄目よ。二人きりじゃないと話せないことなんだから」

里沙が声を荒げる。それから、ばつの悪そうな様子にもなった。

「…帰るね。急に尋ねてきて、ごめんなさい」

「ちょっと、待ってよ、里沙」私は里沙の腕を掴んだ。

「触らないで!」里沙が、力任せに私の腕を振り解く。

「この三週間、愛は、私のことなんて、考えてくれなかったんだ」

勝手だ、と私は思った。
私が、どれだけ里沙を愛していたか。

「私を振ったのは、里沙の方じゃないか。何を今更」

「ええ、そうね」と里沙が言う。

「私は、愛が別れて一ヶ月も経たない内に次の女の子と付き合い始めるような軽い男だってことを知っておくべきだったわね」

私は黙っていた。

「…付き合ってること、否定しないんだ」

里沙は真面目だが、少し頑固なところがある。
ここで何を言ったとしても、きっと理解はしてくれないだろう。
私はだんだん腹が立ってきた。


「愛くん…?」

その声は、部屋の中から聞こえてきた。

「さゆ」

後ろを振り返れば、廊下の向こう側に、さゆが心配そうな顔をして立っていた。
私も知らない間に、寝室にも響くくらいの大声で喋ってしまっていたのだろう。
揉め事が起きていると勘違いしたのかもしれない。
何でもないから安心して、と言おうとした私を遮って、今度は玄関の側から声が聞こえた。

「何で、あなたがここにいるの…?」

それが里沙の声だと、すぐには分からなかった。
嫌悪を隠そうともしない、攻撃的という言葉では優しすぎるほど、憎しみが込められた一言だった。

「紹介するよ。彼女は、道重さゆみちゃん。私は今、彼女と付き合ってるんだ」

「付き合ってる?愛と、その女が?」里沙の動悸が激しくなった。「嘘よ…」

私は慌てて里沙に言った。

「里沙、落ち着いて聞いて欲しい。私は、君を愛してた。
 だから里沙に振られたとき、それを事実だと受け入れるのが辛くて、苦しかった。
 そんなとき、途方に暮れる私を、さゆは慰めてくれたんだ。
 確かに里沙の言う通り、私は軽い男なのかもしれない。けど…」

さゆの顔色が真っ青になっている。
どうして皆、そんな顔をするんだろう。

「…最低な女ね。反吐が出そうだわ」

「里沙!」里沙の演劇じみた台詞に、私は怒りを隠さなかった。

「その言い方はないだろう!私のことを言うならまだしも、さゆを傷付けるのは、私が許さないよ!」

「聞いて、愛!」興奮する私とは対照的に、里沙は先程よりも、むしろ落ち着きを取り戻しているように見えた。

「あなたを振ったのは、確かに私だった。
 あなたが新しい恋人を見つけたとしても、私がとやかく言う権利はない。
 でも…、でもね…」

長年の付き合いから、里沙が冷静に、私に言葉を伝えようとしているのだと分かった。

「その女、道重さゆみとだけは、絶対に付き合って欲しくなかったの」

「…それ、どういう意味?」

「…その女に聞いて。私が道重さゆみに、何をされたのか。
 彼女が本当のことを喋るとは、私には思えないけど、ね」

結局、里沙を引き留めることは出来なかった。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
思えば、里沙から電話があってからずっと、おかしいことだらけだ。

「里沙の様子がおかしかった。本当なら、里沙は人を傷付けるような子じゃないんだ」

里沙が豹変するような、何かきっかけがあるはずだ。
気が付けば、私はさゆに詰め寄っていた。

「里沙に何かしたのか?」

さゆは廊下にへたり込んで、ずっと泣いている。
どうしてさっさと否定しないんだ?

「黙っていたら分からないだろ!早く答えろよ!」

さゆが泣きじゃくる。

「やだよ…愛くん、怒らないで…」

まるで、子供のようだ。
私は、はっとして、さゆから手を離した。酷く大人げないことをしてしまったような気がする。

「…ご、ごめん。つい、興奮しちゃって」

「いいの」とさゆが消え入るような小さい声で言った。

「舐める、舐めるから…さゆみに乱暴しないで…」

さゆが私のジーンズのベルトを外し、ファスナーを下ろし始めた。

「さゆ、何を…」

下着越しに、さゆの手が私の股間の中心に触れる。
優しすぎる手つきに、すぐに血液が集中した。

「よせ…今は、そんな気分じゃ…」

戸惑う私の言葉とは裏腹に、私のペニスが天を向くまで、時間は十秒とかからなかった。
さゆが空いている方の手で私の下着を下ろし、私のペニスを口にくわえ込んだからだ。

「うっ…」

唇の裏から喉の奥までを使って、しごくように亀頭へ凶暴な刺激が与えられる。

「ああ…さゆっ…」

辛抱溜まらず、すぐに射精感が込み上げてくる。
さゆはそれを察知してか、今度は舌を使って竿や陰嚢を舐め始めた。
両手を床について、ぺろぺろと、キャンディを舐めるようにして。
その動作は、私の上で腰を振るときと同じく、どこかぎこちないようで、もどかしい。

快感が物足りなくなってくると、さゆはやはりそれを感じ取って、
亀頭をぺろりと強く一舐めして私の透明な迸りを拭ったあと、また喉の奥へくわえ込む。
首だけを前後させて、ず、ず、と音を立てながら、唾液を絡ませていく。

「う…あっ…」

年下だとは思えないほど、抜群に上手い。
さゆの動きはぎこちないのではないと、このときようやく気が付いた。
さゆは大人の男の警戒を解くための、少女の証明をしているのだ。
計算され尽くしていているそれを、さゆがどこで学んだのか、それを考える余裕はない。
頭の中が真っ白になり、目を開けていられなくなった。

「さゆ…ううっ、だめだ、イくっ…」

さゆがペニスから口を離したが、もう自分の意思では止められない。
構わず、どくどくと熱いものをさゆの顔面へ放つ。
私のペニスは片手でしっかりと握られていて、さゆはそれを筆のように使って、自分の顔に塗りたくった。
さゆの白い顔が、あっという間に白濁液で汚れていく。
それを見て私の中の男が征服感を感じているのか、ペニスの切ない脈動。
さゆはそれが収まるまで見守ってから、やがて満面の笑みを浮かべて、言った。

「さゆみは、お兄ちゃんのものだよ…」

次の瞬間、私はさゆを床に押し倒していた。
私のやりきれない不満と怒りは、純白で、淫乱な少女への性的欲求に置き換わった。
さゆの衣服と下着を剥ぎ取り、さゆの膣に男の象徴を挿し入れたとき、残っていた理性のひとかけらで、思った。

さゆ、君は一体、里沙に何をしたんだ?



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