帰り道、先輩達と絵里と別れる。
大学から15分ほど歩いたところにあるちょっとした階段を下った先の国道の向こう側にさゆとれーなの下宿先があるので、
階段のところで少し雑談をしてから別れた。
新歓、と言ってもファミレスで夕飯をおごってもらっただけだけど、
携帯を開くと場違いなくらいに明るい光でデジタルな文字が10時半を映し出している。
高橋さんの家がそこから1番遠いところにあるらしいので、高橋さんに<ガキさん>こと新垣さんとえりのことを送ってもらうことになった。
こんな時間まで親とかの縛りもなく外出していると、やはり大学生になったんだなぁ、としみじみと感じる。

「なんか・・・大学生ってカンジやね」

黄色く輝いている月に語りかけるように呟く。
階段を1段下りる度に月の光に煌めくさゆの黒髪が隣で跳ねている。

「そうやね・・・」
さゆはたまにれーなの方言につられて山口弁が出てしまう。
普段は第三者がいる時は方言ができないように気を付けているらしいけど。

「楽しかったね」
「うん」
「先輩も良い人だったしね」
「最初はめっちゃ金髪でビビったっちゃけどね」

高橋さんを見たときはその風貌からめっちゃチャラい人かと思った。
まぁ、れーな自身もちょっとはそっちの気あったし、別に嫌だとは思わなかったけど。
でも喋ってみると意外と真面目?ってゆうか大人びてる感じで、オシャレで髪を金色にしているんだとわかった。

「ふふふw ガキさんも綺麗で可愛らしい人だったしねw」

たしかにそう思う。
うん。 綺麗で可愛らしい人だった。
もう少し喋りたかったな。

「でもちょっとおとなし目の人やったよね?」
「まぁ、それは高橋さんにも言えるの でもあーゆーのって大人っぽいって言うんじゃない?」

さゆの言うとおり、決して暗い性格だという意味ではない。
もっと大学のサークルってイケイケな感じかと思っていたけど、先輩2人は落ち着いてて好感が持てるような人達だった。
階段が終わり、赤信号で止まる。
国道と言っても夜11時近くにもなると悠々と信号無視できるくらい車の通りは少ない。
わざわざ青になるのを待っているのもなんだかバカらしいな、と思っているとさゆはれーなの腕を引っ張って国道を渡った。
渡りきると手を離してそのまま歩き続ける。

これがさゆに自分の操縦桿を握らせている理由でもある。
別にさゆがれーなの気持ちを汲み取って行動をしているというわけではないと思うけど、
れーなが思っていること感じていることを見抜いてるかのように、さゆはれーなを引っ張ってくれる。


れーなは一応芸術、それも“絵”とか“デザイン”の方に興味がある。
というか、将来的にはそっちの方向で生計を立てたいと思っている。
かといって、サークルまで美術系のサークルに入るというのも何だか気が引けていた。
さゆはそれを見抜いたかのように、軽音サークルにれーなを誘ってくれた。
それも“合コン大好きイケイケサークル”ではなく、純粋に音楽を楽しむようなサークルに。

「お月様綺麗だね」

不意にさゆが呟く。
都会では見ることのできなかった星空が頭上に広がっている。
お月様はその中心にポツンと浮かんでいた。
さゆの顔を白く照らしている。

「太陽はまぶしいけん・・・」
「ん?」
「太陽って綺麗だし元気もくれるし明るくしてくれるけど・・・れーなはお月様も綺麗やと思う」

さゆは不思議そうにチラッとこっちを見たけど、すぐに空を見上げ、月を仰いだ。
さゆにはわからなくて良いと思ったが、さゆは月を見つめたままクスッと笑って答えた。

「ありがとw」

ちょっとキザなことを言ってしまったな、と恥ずかしかったけどさゆがバカにしてこなかったかられーなも笑って月を見つめた。
そのせいで、さゆが何か思い出したように少し冷たい表情になったのに気が付かなかった。
国道を渡りきって3分くらい歩いたところでアパートに着いた。
さゆの隣の部屋を借りている。


「今日もウチに泊まる?」

一応言っておくが、さゆとは付き合ってはいない。
それは間違いない。
でもお互いが好きだし、初体験はさゆとだった。
いわゆるセフレという関係なのかもしれないけど、セフレだとは思われたくない。
どちらかと言えば幼馴染、全然上手くはないけど“セフレ馴染み”だ。
いや、やっぱり今のは撤回で。
とにかく、さゆとは部屋も隣だし引っ越してきてからは夜はさゆの部屋で過ごしている。
今日も泊まりたいとは思っていたが、さっきちょっとカッコつけたコトを言ってしまった後だけに少し気が引けていた。

「いや・・・」
「・・・やっぱりウチに泊まってもらうの」

こんな時もさゆはれーなの心を見透かしたように、無理矢理部屋に連れ込んだ。
食器は今朝さゆが洗ったので台所には清潔感がある。
同じアパートの隣の部屋なのに、さゆの部屋はれーなの部屋よりも2畳ほど広い。
そのうえれーなが1Rなのに対してさゆは1Kと、しっかり引き戸でキッチンが区分けされている。
要はさゆの部屋の方が過ごしやすい。

「疲れたぁ・・・」

さゆは荷物を淡いピンク色のソファベッドに放り投げ、そのままポテっとソファに倒れこんだ。
無防備にも柔らかそうなスカートから白い太ももの裏が覗いている。

「あぁ・・・今日お風呂入らなくていいかなぁ・・・」
「風呂くらい入りーよ」
「でもお風呂に入るイコール浴槽の掃除、お湯溜め、全身洗って、ドライヤー・・・はぁ」
「はいはい・・・れーながやってあげるけん、体くらいは自分で洗い?」

朝皿洗いを任せた借りを今ここで返しておこうと思い、風呂洗いを提案したところ、
さゆはクッションに押し付けていた顔をこちらに向けて目をつぶったままニコッと笑った。
はぁ、やってあげますか。
風呂洗いを終え、ついでにお湯も出しておいた。

「さゆ お湯も出しといたけん」
「ありがと れーな先に入ってもいいよ?」
「いや、れーなは自分の部屋でシャワー浴びてくる」

お湯を出している間に寝てしまわないか心配だったけど、さすがにそこまで面倒を見るのもめんどくさくなった。
そのまま部屋を出ていこうとするとさゆに呼び止められた。

「鍵 持ってって」
「あぁ・・・わかっとる」

シャワー浴びたら戻って来てね、というメッセージだろう。
玄関のドアにマグネット製のホックがくっ付いていて鍵がぶら下げてある。


「合鍵は作ってないの」

このアパートに引っ越して来た時にさゆはそう言った。
れーなは合鍵を作っていた。
れーな達の関係からしたら、お互いの家の鍵を持っていてもそんなに不自然なことでもないような気がしていたから。
だからさゆが合鍵は作っていないと言ったときに少し悲しく感じてしまった。
現在もホックには1つしか鍵はかかっていなかった。

シャワーを済ませ、パジャマ姿で家から出る。
持ち出した鍵を使ってさゆの家に入った。
鍵をホックにかけ直す。
バスルーム・・・というほどのものでもないが、風呂場からはちょうどシャワーを流している音が聞こえた。
キッチンを通り抜け、9畳の部屋に入り、リモコンを手に取って座椅子に腰かけた。
さゆの部屋は9畳で、7畳のれーなの部屋よりも実質的には広いのだが、
ベッド、ソファベッド、座椅子、センターテーブルととにかく家具が多いので、殺風景な自分の部屋に比べて少し窮屈に感じる。

「そーいえばさゆに渡した合鍵ってどこにあるんやろ?」

ふと、そんなことを思い出して少し探してみようかと立ち上がろうとしたところ、引き戸が開いてさゆが部屋に入ってきた。

「ふぅ、良いお湯だったの」

今はまだ4月が始まったばかりで、夜になると冬に引き戻すかのような寒さが肌を刺す。
さゆの体からは微かに湯気が立ち上っていた。

「暖かそうやね」
「これ、れーながくれたんじゃんw」

そう言ってさゆは厚手のパーカーのフードをかぶって見せた。

「いや、れーなもお湯に浸かれば良かったなって・・・」
「あぁ やっぱお湯に浸かると体がポカポカするもんね」

さゆはパーカーが濡れてしまわないうちにフードを脱いで、れーなの前に立ちはだかった。

「なん?」
「そこ さゆみが座るの」

わざわざ座椅子に座らなくても座り心地の良いソファベッドに座ればいいやろ、と思ったけど、
そんなことを言うのもめんどくさかったからおとなしくソファベッドに移動した。
場所を入れ替わるときにふんわりとシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
さゆは振り向きもせず、れーなに向かってバスタオルを差し出してきた。

「れーなの言ったとおり体くらいは自分で洗ったの」
「は?」
「髪の毛乾かしてよね」

「体くらいは自分で洗い?」と言ったことを思い出す。
返事は返さなかったが、代わりにバスタオルを受け取った。
少し湿っているバスタオルをさゆの頭に被せる。
艶やかな髪は綿100%のバスタオルを滑らかに受け流して余分な水分をタオルに預けていく。

「はい ドライヤー」

バスタオルを渡されたときと同じようにドライヤーを渡された。
さゆの髪が傷んでしまわないように丁寧にゆっくりと時間をかけて髪を乾かしていく。
ドライヤーの風向きを変える度にここぞとばかりにシャンプーの香りが鼻を突く。
市販のシャンプーのはずだったけど、さゆの匂いと相まって媚薬のようにれーなを揺さぶった。
柔らかそうなスカートから伸びている真っ白な足先も妖艶な雰囲気を醸し出していた。

「スカートで寒くないん?」
「ちょっとくらい寒くても便利な方が良いの」 足の爪を触りながらさゆは答えた。
「女子高生だって“寒い”よりも大切なものがあるからあんなに足を出してるの」
「やっぱ少しでも可愛く見られたいん?」 男が少しでもカッコよく見られたいのとやっぱり同じような感覚なんだろうか。
「ううん さゆみはね 確かに可愛く見られたいとは思うけど、それよりもれーなを喜ばせるためにスカート履いてるの」

どっちも大して変わらないんじゃないかと思った。
結局は男に良く思われたいんでしょ?
そんなことを口に出しても仕方ないから「そっか」と乾いた返事だけしてドライヤーを強にして再び作業に戻った。
ドライヤーの音だけが聞こえる。


「・・・・・・ないから」
「ん? なんか言ったと?」

被せたバスタオルのせいで口の動きとかは見えなかったけど、さゆは何か呟いたみたいだった。
ドライヤーを止めてもう一度尋ねる。

「なんか言ったと?」
「ううん もういいよ 髪の毛乾いたでしょ?」

まだ少し湿っている髪からバスタオルをとって、さゆは洗面台へと消えていった。
少しするとバスタオルを置いて、髪を梳かして戻ってきた。
そのままれーなの右隣に腰を下ろす。
再び甘い香りが体を包む。

「まだ髪の毛湿っとぉよ」
「乾ききる前に梳かした方が良いの」

前髪のさきっちょを引っ張って寄り目になってそれを見つめているさゆ。
黒目と白目のように、きめ細かい白い肌と艶やかで真っ黒な髪が芸術的なコントラストを演出している。

心臓が高鳴っていた。



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