パスカル

パスカル

 パスカルは、フランスの数学者、物理学者、哲学者、思想家、宗教家です。
 パスカルは、パスカルは1623年にフランスで生まれ、4歳で母を失いました。
 パスカルは、幼少の頃から天才ぶりを発揮していました。いわゆる早熟の天才で、その才能は多分野に及びました。
 パスカルは、8歳の頃から数学者の会合に出席するようになります。
 これは、パスカルの家庭環境が一番の要因だといえるでしょう。
 さらに、パスカルは、16歳の時には既に円錐曲線試論という本を出版し、射影幾何学上に業績をあげました。
 17歳の時、父親の徴税官の仕事を楽にしようと機械式計算機の構想・設計・製作に着手し、それを見事に2年後に完成させました。
 この計算機の設計・製作に過度に没頭したことが、パスカルの肉体を傷め、病弱となり、寿命を縮める原因のひとつとなった、とも言われています。
 このように、パスカルの多彩さはさまざまな分野で発揮され、物理学や気象学で重要なパスカルの法則の発見しました。パスカルの法則は、流体静力学の研究によって、流体の圧力に関する法則です。
 数学の分野でも、パスカルといえば、パスカルの定理やパスカルの三角形など多数の発見などで知られ、このパスカルの三角形を考案したのは、パスカルが31歳の時でした。
 整数論確率論、微分積分の基礎などの業績を残しました。
 また、フェルマーの定理で有名な数学者フェルマーに宛てた書簡で、賭けの問題を考察し、その理論を述べているそうです。
 人間は考える葦であるという、著作 パンセのなかの一節でも知られています。
 パスカルは、ジャンセニスムに入信ししました。
 ジャンセニスムは17世紀以降流行し、カトリック教会によって異端的とされたキリスト教思想です。
 その思想は神の恩寵について弁護する論を展開しつつ、人間の意志の力を軽視し、腐敗した人間本性の罪深さを強調しました。
 キリスト教カトリックのなかでももっとも禁欲的な一派といわれていますし、多くの批判をうけましたが、パスカルは匿名で、イエズス会のたるんでしまっていた道徳観を避難す
ることで反論しました。
 それだけに、当時は広く議論が巻き起こっていきます。
 また、パスカルは、キリスト教を擁護する書物の執筆に着手しました。
 そのために、書物の内容についてのノートや、様々な思索のメモ書きを多数記しました。
 しかし、そのころのパスカルは、体調を崩しており、その書物を自力で完成させることができなかったそうです。
 その後、パスカルは乗合馬車の創業6ヶ月後に、体調がいよいよ悪化し、死去し、39年の生涯を閉じました。
 パスカルの死後、その当時のノート、メモ類は、パスカルの死後整理され、パンセとして出版されることになり、そこに残された深い思索の痕跡が、後々まで人々の思想に大きな影響を与え続けることになりました。
 ちなみに、パスカルが病床で着ていた着物の襟の中に、短い文書が縫い込められ、隠されているのが発見されました。
 そこに書かれていたのは、彼自身が以前に体験した、回心と呼ばれる宗教的な出来事だったそうです。
 回心とは、神に背いている自らの罪を認め、神に立ち返る個人的な信仰体験のことを指します。
 39歳という若さで生涯をとじたパスカルですが、パスカルの実績は、正に“天才”と称するに相応しい人物だといえるでしょう。
 さて、パスカルは、神との主体的な出会いを重んじました。
 主体的というのは、自分の意志や判断に基づいて行動するさまです。
 つまり、自分の意志で神様と出あうってことです。神様に対して、受け身であるのではなく、自らの意思で、神様の教えを理解するという意味で解釈していいでしょう。
 もちろん、パスカルは、理性に関係する特定の分野でのそれなりの成果は認めています。
 しかし、神の愛の大きな秩序の元では、理性の秩序が空しいものであることを指摘しました。
 人間の理性は理性で成果はあるけれど、神様の愛と比べればそれほどでもないってことです。
 さらに、パスカルは、哲学を嘲り批判することこそが、本当に哲学することだとも述べています。
 哲学に限らず、どのような学問は常に真実にむかって追究していくべきです。
 哲学が真実に向かって追究するためには、1つの答えを見つけて満足してしまうのではなく、むしろ、先人の哲学の出した答えに満足してしまったのでは、先人の哲学を引き継ぐことはできません。
 むしろ、先人の哲学のだした答えに向かって問い続けることが必要だとパスカルは考えました。
 どんなにすごい答えがあっても、それを批判する気持ちをもって考えることで、哲学がさらに進むというわけです。
 このパスカルの哲学に対する態度は、有名な人間は考える葦である。
 と言う言葉に良くあらわれています。
 パスカルは、人間は考える葦であると言う言葉で、人間は自然の中でもっとも弱い一本の葦みたいなものだが、それは考えるという能力をもった存在だということを言い表しました。
 パスカルは、人間は考える葦であると言う言葉で、人間は自然の中でもっとも弱い一本の葦みたいなものだが、それは考えるという能力をもった存在だということを言い表しました。
 パスカルは、ただ単純に、人間は弱いと言いたかったのではなく、人間は考える葦であるという言葉を通して、人間は自然の中では矮小な生き物にすぎないが、考えることによって宇宙を超えると伝えたかったのです。
 それは人間に無限の可能性を認めると同時に、一方では無限の中の消えゆく小粒子である人間の有限性をも受け入れていることを意味します。
 パスカルにとって人間とは天使でも悪魔でもありません。
 むしろ、人間は自然の内で最も弱い一茎の葦に過ぎないのですが、それは考える葦ということばで表現したのです。
 これは、パスカルの哲学者としての宣言といってもいいでしょう。
 人を葦に例えるのは、葦が弱い者の代表として人間の比喩にとりあげられているわけですが、何故葦だったのかというと、他の小さい生物、たとえば蟻や、弱い魚である鰯、はたまたもっと弱そうな植物でもよかったではないかとおもえそうですが、それでも、人間が葦であるということの比喩は、明確な記録は残されていません。
 はっきり正しいと断言はできませんが、ナイルの河畔に生える葦になぞられられているかもしれません。
 ナイルの葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって一見、敗北しているように見えます。
 樫の樹とかの大木は、風が吹いてもしなることもないし、風に抵抗できているから、風に勝利しています。
 しかし、葦は、嵐による強い風であっても、風に身を任せしなりますが、大木はどうでしょう?
 一見屈服したように見えますが、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への比喩であると言い得るでしょう。
 人間もまた、風のように、自然や運命の前に無力ですが、それを受容し、従順に従い、自然や運命を試練として乗り越えることで、元のように、みずからの姿で立ち上がるということは、一見弱いと見えることは、じつは柔軟性があり、どんな試練にも屈しないことを意味します。
 つまり、人間は考えることができることで、よわよわしい葦のように、襲って来る風に身をまかせるような思索した精神を持っているということです。
 パスカルは、人間とは、宿命に従順にならざるをえないが、精神面で、宿命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、宿命や自然の暴威を乗り越える自由な存在なのだという意味だとも言い得るでしょう。
 つまりは、一見、風に負けてしまっているようだけれども、決して折れずに風がやめばまたもとにもどる強さと人の思考のすごさを重ねているってことです。
 パスカルは、人が自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風にくらべて、遙かに賢明で、優れた存在であるということを、人間は考える葦であるという言葉で表現したのだと考えられます。 
 さて、宗教家としてのパスカルについてお話したいと思います。
 パスカルの回心は神に背いている自らの罪を認め、神に立
ち返る個人的な信仰体験のことを指して、不信心者の改心は心を入れ替えるという意味です。
 パスカルは、最終的には、不信心者が回心することを最終目的にしますが、その前に心を入れ替えさせたかったのでしょうね。
 ただ、パスカルの短い人生は未完の書物となってしまいました。
 そうした、パスカルがのこした多数の覚書を編集構成して、パンセが刊行されたたのです。
 パスカルはパンセのなかで、この無限なる宇宙の永遠の沈黙は、私に恐怖をおこさせるとのべています。
 これは、宇宙という存在は、時間的にも空間的にも無限であることから、有限な人間という存在は、宇宙について考えた途端、人間はその無限性に圧倒されてしまうということです。
 スケールが違うということですね。
 ただ、宇宙それ自体には、何の目的もありません。
 ですから、その点では宇宙の完全な虚無だといえるでしょう。
 この虚無も人間の嗜好を跳ね返し、人間のちっぽけさを思い知らされてしまう。
 人間とは、無限と虚無の間に宙づりにされて不安に震える卑小な存在と圧倒されてしまうとパスカルは考えました。
 これをパスカルは、人間は一葦の弱い葦にすぎないと表現したのです。
 人間は葦のように弱い存在ですが、考えることができます。
 この考えると言う行為こそが、宇宙という大きな存在を越えることができるのだとパスカルは考えたのです。
 人間は宇宙を超越することができるとパスカルは考えました。
 なぜなら、宇宙は自己について何もしることは無いのに対して、人間は自分が死ぬことを知っているということが、宇宙より優位性があるのだとパスカルは考えたのです。
 宇宙の示す無限と虚無は、人間の存在を圧倒し、人間が考えた合理性すら破壊するほどのものですが、人間は自らの存在の小ささと死を見つめる分、思考し、その価値を見いだせるとパスカルは考えたわけです。
 つまり、パスカルは自分の死をみつめ、宗教的に思考する選択をしたといえるでしょう。
 パスカルは若くして亡くなっており、パスカルの最後の言葉は、神が私を捨てたまわぬように、だったそうです。
 そんなパスカルの晩年は、「宗教を前提としない人間学の立場から、如何に信仰の必要性と正当性を示唆するか」という事に没頭していたといわれています。





WRITER:呟き尾形
(注:呟き尾形の解釈です)
2015年08月14日(金) 07:36:02 Modified by tubuyaki1




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