モンテーニュ

モンテーニュ

モンテーニュは、ミシェル・エケム・ド・モンテーニュという名前で16世紀ルネサンス期のフランスを代表する人文主義者で、随筆家、哲学者です。
 モラリストは、現実の人間を洞察し、人間の生き方を探求し、それを断章形式や箴言のような独特の非連続的な文章で綴り続けた人の事です。
 ペリゴール地方の、ボルドーに近いモンテーニュ城で生まれました。
 モンテーニュの実家は裕福で、商業を営んでいました。
 モンテーニュの父親は政治にも熱心で、 父は政治にも熱心でボルドーの市長を務めたことがあるそうです。
 モンテーニュは6歳になるまで、家庭教師のもと専らラテン語を用いて育てられたました。
 その後、トゥールーズで法学を学び、フランスの法官になり、1557年、ボルドーの高等裁判所に務めていたときに、人文主義者エティエンヌ・ド・ラ・ボエティーと親しくなりました。
 その後、エティエンヌは1563年に死去したため、モンテーニュは深い悲しみに沈んだそうです。
 その後、モンテーニュは、結婚し、6人の娘が生まれたものの、そのうち成人したのは1人でした。
 1568年、父の死によりモンテーニュ城を相続し、37歳で法官を辞任して故郷に戻り、やがてエセー、随筆執筆を始めました。
 法官辞任後、カトリックのシャルル9世、アンリ3世から非常勤職の侍従に任ぜられる一方、1577年にはプロテスタントのナヴァール公アンリ後のアンリ4世の侍従にも任ぜられます。
 さて、モンテーニュの時代は、カトリックとプロテスタントは、フランス宗教戦争の時代にあって、モンテーニュはローマ・カトリックの立場でした。
 しかし、モンテーニュはプロテスタントにも人脈を持ち、穏健派として両派の融和に努めましたそうです。
 そして、モンテーニュはフランス宗教戦争を収拾したのちアンリ4世の出仕の勧めも辞退して城館で没しました。
 モンテーニュの哲学は、合理主義と中庸を重んじ、最初のモラリストとして、フランスのみならず、各国に影響を与えたと言われています
 さて、モンテーニュは、随筆録をエッセイと最初になずけた人物です。
 『モンテーニュは1580年から1581年にかけてフランス、ドイツ、オーストリア、スイスを経てイタリアに旅し、さまざまなエピソードや都市ごとの宗教的な違いを詳細に記しました。
 エセーは、体系的な哲学書ではなく、自分自身の経験や古典の引用を元にした考察を語っています。
 モンテーニュは、エセーを折に触れて書きとどめた個人的な考察を、知的実験の報告と位置付けました。
 さて、モンテーニュのエセーが特別注目された理由は、大きく二つあるといわれています。
 一つは、当時の時代背景がかかわってきますが、ユグノー戦争です。
 もう一つは、ルネサンスや交通の発達などにより、人々は自分の価値観を見直す必要に迫られていたこがあげられます。
 ユグノー戦争は、1562年より98年にかけてフランスに起こったカトリック派とプロテスタント派の武力抗争のことで、当時フランスのカルバン派は、カトリックからユグノーと呼ばれていたことからユグノー戦争だと呼ばれていました。
 ユグノー戦争という宗教戦争は、当時のヨーロッパの価値基準の根幹であるキリスト教のカトリック派とプロテスタント派が武力戦争することによって、人々の価値観が揺らぐのに加え、そうした中で寛容の精神に立ち、正義を振りかざしても、多くの人は信頼はできなかったようです
 そんな混迷の中、モンテーニュのエセーが注目されたわけです。
 また、後の哲学者、17世紀のデカルトやパスカルにも多大な影響を与えたといわれています
 次に、モンテーニュを語る上での重要なキーワードは、クセジュというものがあります。
 クセジュとは、
 わたしは何を知っているだろうか? を意味するフランス語の表現です
 モンテーニュは、故郷に隠遁し、エセーのなかで、ドグマという教義や独断から自由にありのままの人間を見つめたんです。
 これは、殆どの人は、褒められることもないわけで、いらいらしているときにどんなに正論をいっても、理不尽な怒りを感じるというところです
 人は、そうした葛藤の中で生き続けるものです。
 モンテーニュのエセーの鋭い考察の中でも、クセジュ=私は何を知っているのか? という自問は群を抜いて鋭いものでした。
 クセジュという概念は、モンテーニュの姿勢があらわれていますねぇ。
 たとえば、感覚的な認識も知覚的な認識も確実と言うには確実性にけます。
 なぜなら、人の感覚と言うものは、非常にあいまいなもので、印象かや
その時の感情によって変化します。知覚もまた、知覚する前後の体験や先入観で相対的なものになります。
 また、価値判断も相対的なものになってしまいます。
 こうしたあいまいなものを基準にするよりも、絶対的真理が必要であり、モンテーニュは、クセジュという自問に込めました。
 いま、自分自身が認識しているものは、主観的な感覚や知覚、および相対的な価値判断ではないことを確認する意味で、クセジュという概念が必要です。
 クセジュによって、私は何を知っているのか? と改めて問い直すことで、絶対的な真理を見出していこうとするわけです

WRITER:呟き尾形
(注:呟き尾形の解釈です)
2015年06月09日(火) 17:57:44 Modified by tubuyaki1




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