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かつてビーイングブームと呼ばれたように、1990年代前半は音楽業界でトップを走り続けていた。しかし90年代後半から、所属アーティストの全体的な売り上げが下降気味になり、1999年以降90年代のビーイングを支えてきた織田哲郎、栗林誠一郎、大黒摩季、DEENらがビーイングから移籍や活動停止。WANDS、T-BOLAN、FIELD OF VIEWらの解散が続きブームが終焉。90年代から実質引き続き残ったのはTUBE、B'z、ZARD、の3組となった。

1998年前後から、大阪心斎橋に拠点を移し、GIZA studioがメインとなった。以前のビーイングサウンドよりR&B寄りやUKロック的な音楽を指向するようになり、他社のアーティストと明確な楽曲やアレンジ上の差異は1993年前後に比べて少なくなったが、アニメ・ゲームタイアップで活動する手法は変わっていない。

1998年から2000年の間では、小松未歩のアルバムヒット、倉木麻衣の大ヒット、名探偵コナンタイアップ作品で愛内里菜がシングル『恋はスリル、ショック、サスペンス』のスマッシュヒットをとばすなど、一時期女性アーティストの柱が立っていた。

2002年以降はTUBE、B'z、ZARD、の3本柱に加え、倉木麻衣、愛内里菜、GARNET CROWが着実に売り上げを確保していたが、最近はCD不況やインターネットや携帯電話などで購入する音楽配信への移行の影響もあり、いずれのアーティストとも全盛期より売り上げが大幅に減下してきている。これに呼応するように2003年にZAIN RECORDSがB-Gram RECORDSに吸収合併された。

2006年から2007年にかけては、東京にNORTHERN MUSICを設立し、GIZA studioから倉木麻衣、スパークリング☆ポイント、ZAIN RECORDSから滴草由実を移籍させて再起を図った。2007年にはZARDの坂井泉水が死去した。また、従来のR&B寄りやUKロック的な音楽はもとより、ジャズやボサノヴァなどにも力を入れるようになった。

2008年は平田香織が、Perfumeのブレイクで注目を集めるようになったテクノポップを踏襲した楽曲でデビューしており、新たなジャンルを開拓し始めた。また、同年DAIGO率いるBREAKERZがデビューし、男性アーティストが少ないビーイングにおいて、TUBE、B'zに続く新たな男性バンドのファン層を取り入れた。

2009年には、音楽事業の縮小により所属アーティストの契約解除や解散が目立った。およそ7年に渡り活動を続けてきた三枝夕夏 IN dbを筆頭に、スパークリング☆ポイント、Naifuが解散し、菅崎茜、岸本早未、平田香織らが活動を休止した。獲得を希望するレコード会社があったアーティストは移籍した(上木彩矢はGIZA studioからavex traxへ移籍)。

2010年12月31日、坂井泉水逝去後のビーイングを支えた女性アーティスト3本柱[14]の一人で、第54回NHK紅白歌合戦にも出場した愛内里菜が、甲状腺の病気療養のためにアーティスト活動より引退。

2011年7月10日、北原愛子がhills パン工場でのライブを最後に芸能界引退。

2012年6月、K-POP事業に新規参入。韓国出身の男性アイドルグループBOYFRIENDをBeingレーベルから日本デビューさせ、第27回 日本ゴールドディスク大賞 ベスト3ニュー・アーティスト(アジア)を受賞した。

2013年6月9日、GARNET CROWが大阪ライブをもって解散。
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