最終更新:ID:KBn0bxJRzQ 2014年10月26日(日) 16:05:30履歴
569 :564:2014/10/13(月) 21:52:37.67 0
ワラキア祭りの皆様の色気を爪の先程でいいので分けてくださいorz
【>>564上げ直しました】
ラストの七夜の発言が気に入らなかったのでorz
よかったら見直してやってくださいませ
URL:www1.axfc.net/u/3341628
タイトル:陰陽魚
PASS: mugen
ネタ元&設定等: ボiスiハiルiクi&iDiIiOi前i後iラiンiセiレiバiトiル (未視聴無問題)
カップリング(登場キャラ): K’×一方通行 上条当麻、斬真狼牙、七夜志貴、(名前のみマキシマ)
性描写の有無:R-18
内容注意:無駄に長い上に色気の欠片もありませんorz
試合のシーンで相手キャラに女性?が出てきます
微妙に狼牙+上条を匂わせるような描写があります
オイシイ所を七夜が全部持ってってます
>>564の手直し版ですが、【七夜が当社比1.5倍位目立っただけ】です
最初は第i2i回i4i人iタiッiグiViSiボiスi大i会で考えてたので、高校生トリオの出番はなかったんですが…本当にどうしてこうなった
その場合K’は大会中継見てた設定で、一方通行のチームメイト(主に桃レン)が世話焼きポジでした
一方通行の能力の特異性はこっちの大会の方が顕著なんですけどね…アダーに反射で勝ってるし…
ラiンiセiレiバiトiルのK’の3戦目が「格好良い所を見せてやる」に見えた時点で駄目でしたw
垣根と削板ももっと出番増えてどこぞのいい人に貰われてくれないですかね?
狼牙と上条は、狼牙は『斬魔』だし、上条は『神浄(神上)討魔』って字当てがあるのでアリかなとw
でもこの二人だと自分的には若干の百合臭を感じます…!
余談
禁書のSSだと一方通行に『独特の会話法則を持つキャラの会話ベクトルを読む』特技が付与されてるネタが多いので
FF11組と遭遇したら面白そうかなーとか考えてみたんですが脳内が大変な事になりました
もしくはADSみたいな人語以外を話す系と会話成立したら可愛いかもしれません(何かが違う)
※あてんしょん※
・ぜんっぜんっエロくはないけど男性同士の性描写を含みます【R-18】
・書き手の思い付きから始まったK’×一方通行(原作共通点複数繋がり)
・試合のシーンで相手に女性?キャラが出てきます
・本文中の大会は『ボiスiハiルiクi&iDiIiOi前i後iラiンiセiレiバiトiル』ですが、見てなくても無問題です
(↑ちなみに一方通行は42試合目、K’は44試合目を参考)
・原作設定は理解した上で投げ捨てるもの
・上記で嫌な予感がした方はファイルを削除をオススメします
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陰陽魚
手の中の黒い携帯をパチンと閉じる。
開店前のコーヒーショップの壁に寄り掛かり、一方通行はくあ、と猫のような欠伸を漏らした。
目の前の通りを右から左へ、一定方向に歩く人の流れを眺める表情は眠気のせいか、何時もより険が取れて幼い印象を与える。
普段なら確実にベッドの中の住人であろう時間帯に動くのは、存外辛い。
今なら立ったまま寝れるのではないかと、杖から手を離して腕を組み、顔を俯かせ―――
「………あれ、一方通行?」
―――目を閉じた所で聞き慣れた声に呼ばれ、舌打ちをする。
無視する訳にもいかず渋々顔を上げれば、矢張りと言うべきか、通りに立ち尽くす上条当麻と目が合った。
「こんな所で何やってるんだ?」
「…なンでもねェよ」
不思議そうに首を傾げるのを追い払うように手を振るが、そんな一方通行の態度など意に介さず近付いて来る。
「っていうか、結局この間はどうしたんだ? 全然返事来ないから、どっかでバッテリー切れてんじゃないかって心配だったんだぞ」
「ァー…」
歯切れの悪い返事と共に視線を反らされる。
どこか困ったような、バツが悪そうな表情はあまり見た事がない類のもので、それを見た上条の顔が僅かに曇った。
「…ひょっとして具合悪いのか?」
「違ェ。…ンな事より、あれオマエの連れだろ? 待たせてねェで行けよ」
ちらりと上条の背後に視線を向ければ、知らない少年が二人。
白い学生服の少年も、青い学生服の少年も、どこかで見たような気はするが思い出せない。興味のある事しか覚えないのは一方通行の悪い癖だ。
一方通行と上条よりも幾分背の高い二人はちらちらとこちらを窺いながら、小声で何事かを話し合っている。
どうせ話題は自分の特異な外見についてに違いない。そう考えて、上条にこれ以上話し掛けるなと念押しして露骨に顔を背けた。
それなのに、目の前のお人好しは何を思ったのか、後ろを振り向いて手招きをする始末で。
―――数秒後、呆気に取られる一方通行の目の前に並ぶ、黒白青の学生服。
「………えーっと、おはよう?」
「ご機嫌麗しゅう、お姫様」
「オハヨウっつゥかコンニチワじゃねェのか。あと誰が姫だ目ン玉抉ンぞコラ」
苦笑しながら首を傾げる白い学生服の少年―――斬真狼牙と、含み笑いで手を差し出す青い学生服の少年―――七夜志貴に渋々挨拶を返す。
初対面の相手に随分な態度だとは思うが、馴れ合いは苦手なのだから仕方がない。
相変わらず肝心な所で空気を読まない上条は、にこにこと笑いながら三人のやり取りを眺めては頷いている。
「結構気が強いお嬢さんだな。うん、嫌いじゃないぜ?」
「なら世辞の礼に苦手と毒手、どっちがいいか選ばせてやろォか?」
「二人共物騒な話はやめようぜ。…あんた、一方通行、だよな? 一昨日の試合凄かったな」
七夜と一方通行の間に割って入る狼牙の言葉に、それまで眇められていた赤い瞳が不思議そうに瞬いた。
一体何の話をしているのだろうか、と首を傾げる一方通行の表情は驚く程にあどけなくて、七夜と狼牙は思わず顔を見合わせる。
「あー、いつもの事だから、これ。興味ない事は覚えない…っていうより、覚えた直後に忘れるらしい」
「いらねェ情報なンざ残す必要ねェだろォが」
「…え、じゃあ、もしかして俺達の事もわかってない………とか?」
「誰だ?」
「即答とか酷いな!? 今一緒の大会に出てるからな!?」
「ふゥン…」
『知らない人』認定に若干落ち込む狼牙と七夜を見比べて、どうりで見覚えがある訳だと納得した。
上条と行動しているという事は、不本意だが、今後も顔を合わせる可能性は高い。脳内情報を修正する必要があるだろう。
そこまで考えてふと気付く。昔は誰と誰が知り合いだろうと、興味もなかったし気にも留めなかったのに。
思わず苦笑する一方通行の肩を右手で叩いて、上条がにこりと屈託のない笑顔で笑った。
「俺達、会場向かう所なんだけど、一方通行も一緒に行かないか?」
「…ァ?」
「左手のがよかったか? あれ、でも杖は能力関係ないよな?」
慌てたように手を入れ替えて、今度は左手を一方通行の前に差し出した。
これはつまりあれだろうか。どこぞの童謡のように仲良く手を繋いで歩こうという意味だろうか。
―――頭痛がした。
無理矢理追い払ってしまうべきだった。むしろ、声になど気付かないフリをすればよかった。
上条の顔は妙に真面目で―――恐らく本気で一方通行の不調を心配しているのだろう。
ついでに、狼牙と七夜と親しくなってほしいとか、そんなお節介も含まれているに違いない。むしろそちらが本命な気もする。
「………いや、いい」
「いいって、目的地一緒だろ? 皆で行った方が楽しいぞ?」
「…人待ちなンだよ。だからいい」
「へ? 待ち合わせ? 一方通行が?」
一方通行の眼前で揺れる手は、日に焼けて健康的な色をしている。
その、自分とは違う掌に、一瞬、他の手を思い出して息を詰めた。
気味が悪い位に白い肌を這う黒と赤。まるで炎のように熱い、しなやかな―――
「―――おい」
ふいに、頭の右上から声をかけられた。
顔を向けるより早く、ぐい、と腕を引っ張られてバランスを崩す。
杖なしではマトモに立てない身体はぐらりと傾いて、それを支えるように背中に回されるのは―――真っ赤なグローブに包まれた右手。
「何ナンパされてんだよ、アンタ」
落とされた声音は何時もより若干低く、不機嫌さを隠そうともしていない。
一方通行を抱き留めるのは、全身を黒革に包んだ褐色肌に銀髪の青年。
「…K’?」
自身を呼ぶ狼牙の声に顔を上げたのは一瞬で、K’は直に腕の中へと視線を落とす。
「………随分愉快な発想してンなァオイ」
「違うのかよ」
「起きたまま夢見てンじゃねェぞこの馬鹿」
胸元で揺れる十字架を掴み寄せ、触れそうな程近い距離で唇を歪める。
不機嫌そうな、それでいて会話自体は嫌がってなさそうな一方通行の様子に、上条はぽかんと口を開けた。
「つゥかいい加減離せ」
「嫌だ」
「反射適用すンぞ」
「………、」
じろりと睨み付ければ、ゆっくりと拘束する腕の力が抜ける。
一方通行はぐったりと壁に凭れ掛かり、杖を引き寄せて溜息を吐いた。
「大体、俺なンかをナンパする命知らずはオマエ位だろォが」
杖の内部にあるベルトに腕を通し装着する。軽い空気音と共に膨らんだ樹脂が隙間を埋め、圧着される感触。
確かめるように二、三回杖でアスファルトを叩いて、ふと、視線を感じて顔を上げる。
「…なンだよ」
突き刺さる、何とも言えない微妙な四者四様の視線。
上条とK’はともかく、狼牙と七夜の視線の意味がわからずに、一方通行は顔を顰めた。
「アンタ無防備すぎんだよ」
ぼそりと呻くように吐き捨てたのはK’で。
「…黙ってれば普通にナンパされんじゃないか…?」
頬を掻きながら漏らすのは狼牙。
「…へぇ。そういう事か、面白い」
腕組した七夜が肩を揺らして笑えば。
「っていうか、二人は仲よかったのか? 何時の間に?」
上条が不思議そうに首を傾げる。
一方通行は敵意や悪意といった負の感情を向けられる事には慣れているが、それ以外の感情を向けられる事には慣れていない。
―――はっきり言って、この状況は鬱陶しい。
「…結局連絡してなかったのか?」
「………どっかの誰かさンが連絡『させなかった』の間違いじゃねェのか」
サングラスに隠れた青灰色の瞳が僅かに見開かれる気配を感じ、思わず顔を背けた。
「…付き合ってらンねェ」
「待てよ、」
「ついてくンな」
逃げるように歩き出そうとして―――牽制の意味を込めて、手にした杖でK’の脛をがつんと小突く。
「………うわぁ」
多少手加減してあるとはいえ、金属製の杖での一撃は結構痛い。
思わず蹲ったK’が再び顔を上げた時には、一方通行の背中は随分と遠くなっていた。
杖付きの人間とは思えない速度で歩くのを追いかけるのは上条と、つられて走り出したと思われる狼牙の二人。
ぽん、と肩に置かれた手に恨めしそうに顔を向ければ、一人この場に残った七夜と目が合った。
「…何だよ」
「いや、別に? ただちょっと話をしようと思っただけだ」
ひどく楽しそうな含み笑いに一抹の不安を覚えながら、K’は促されるままに会場へと歩き出す。
☆ ★ ☆
何でもアリの世界とはいえ、流石にコレはどうなのだろう。
内心で毒付きながら、一方通行は首元の電極チョーカーのスイッチを切り替えた。
時代劇で見るような古めかしい街並み。幸いにも通路は広く綺麗で、建造物による二次被害の心配はなさそうだ。
――― 一方通行と対峙するのは、人の背丈程ある巨大な少女の貌。
その髪が四本の脚のように地面に付き、貌―――というよりもあれが胴体なのか―――を支えて揺れている。
「…遊ンでやるよ三下」
試合開始を告げるブザーが鳴り響く。
大会ルール上、『最初から自身に有害な物を反射』する事は禁じられていた。
つまり、『相手の攻撃を解析した上で、個々に指定して反射』する必要がある。
一番簡単な解析方法は相手の攻撃を食らう事だ。即死に繋がるようなダメージのみ受け流せばそれでいい。
そう考えて身構えた直後―――髪が、否、手が伸びてきた。
「っ、」
予想より長いリーチに、咄嗟に後方へ飛ぼうとするも囚われる。
巨大な貌を支えるだけあって、その手の力は強い。ぐ、と全身を締め上げられて顔を顰めた。
―――だが、触れた事で一方通行の能力が相手に届く。
攻撃を解析するまでもない。コレが生物なら、血流操作で全身破裂させてしまえば終了だ。
貌の血流のベクトルに触れるのと、放り投げられたのは、ほぼ同時。
恐らく本能的に危険を感じ取ったのだろう、貌は怯えたように一歩後ずさった。
投げ出された一方通行の身体は地面に向かって落下し―――叩き付けられる寸前で再び宙へと跳ね飛ばされる。
地面から現れた濃いピンク色の光柱。十字架を形取った光が、まるで磔刑の生贄のように華奢な身体を貫いた。
「ぐァ…っ!」
全身を突き刺す痛みに目の前が明滅する。
咄嗟に心臓への負荷を軽減させようと能力を行使するが、痛みの所為で演算が遅れた。
一方通行の戦闘経験は大半がその能力頼りだ。当然受身など取れず、ビルの二階程の高さから地面に叩きつけられる。
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大部屋の控室には、試合を映し出す巨大なモニターが設置されている。
K’は両手をポケットに突っ込んだまま、サングラス越しに鋭い視線を画面に―――画面の中の一方通行に向けていた。
映し出された映像は、丁度一方通行が地面に叩き付けられる瞬間のもの。
細い身体が地面にぶつかってバウンドし、長めの髪から覗く白く整った顔が苦痛に歪んでいるのがわかる。
「…あれやばくないか?」
「普通なら、あの細さじゃ背骨がやられるだろうが…。さて、どうだろうな」
K’の少し後ろでぼそぼそと狼牙と七夜が感想を漏らす。
受身も取らずマトモに背中を打ち付けたのだから、二人の反応はある意味正しいだろう。
能力の特殊性が幸いしたのか、一方通行が大規模な大会に出る機会はあまり多くはない。
K’も、実際に戦う姿を見るのはこれが初めてだった。
その能力については一応説明を受けているし、危うい所を助けられた事もある。
―――けれど同時に、その身体の華奢さもよく知っていた。
身長も体重もクーラを下回る事や、肋骨の浮いた薄い身体、折れそうな程に細い手足の感触も、知っている。
それがあの高さから硬い地面に落下したらどうなるのか。想像すれば思わず背筋が寒くなるのは事実だ。
けれど、
「スゲェな…」
「………ああ」
思わず漏らした呟きに、横に立つ上条が強張った声音で答える。
K’と上条は気付いていた。よろめきながら立ち上がる一方通行の唇が、薄く笑みを浮かべている事に。
血色の瞳が―――狂気にも似た色を湛えて、ぎらついている事に。
その無邪気とも言える顔を見て。ぞわり、と全身が粟立った。
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一方通行は細い腕を組み、僅かに顔を俯かせる。
知らない人間が見れば、まるで抵抗する事を諦めたようにも見える、無防備すぎる姿。
少女の貌は、これ以上一方通行に近付くのは危険と判断したのだろう。地面から再びピンク色の十字架を出現させる。
それは先刻と同じように一方通行の身体を貫き―――
―――甲高い音と共に宙に吹き飛ばされたのは、けれど貌の方だった。
十字架は依然一方通行を串刺しにして聳えているにも関わらず、その身体はダメージを受ける素振りはない。
悲鳴すら上げる間もなく、貌が地面に叩き付けられる。巨大な脚はぴくりとも動かなかった。
それは、まさに一瞬の出来事。
「………あは、」
ふいに一方通行が顔を上げた。
綺麗な唇を引き裂いたように歪ませて、愉しそうに嗤いながら。
見る者の心臓を鷲掴みにするような、それでいて、目が逸らせなくなるような妖しい雰囲気を全身に纏わせて。
―――試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。
☆ ★ ☆
カツカツと金属がリノリウムの床を叩く音が響く。
誰もいない通路を歩く一方通行の足取りはひどく重く、先刻の試合で見せた鋭さは欠片も感じさせない。
どこか思い詰めたような、苦虫を噛み潰したような表情は、年齢に似合わない深い影を白い顔に纏わせる。
ふと、踏み出しかけた足が止まった。
視線の先、曲がり角からこちらへと向かってくる黒い人影に気付いたからだ。
まるで研究所か病院のように綺麗に磨かれた白い廊下に、黒いインクを一滴垂らしたような姿。
両手をポケットに突っ込んで、少し猫背気味に歩くK’は、一方通行の気配に俯かせていた顔を上げた。
「…次はオマエか」
「うざってぇ…」
「それについちゃ同感だ…」
二人顔を見合わせ、どちらともなく溜息を吐く。
「…まァ、精々頑張れ」
擦れ違い、控室に戻ろうとする腕にK’は咄嗟に手を伸ばした。
「…だから危ねェっつってンだろォが」
朝そうされたのと同じように、引き寄せて抱き竦められる。
もう一度脛を殴り飛ばしてやろうかと一瞬思うが、それで試合に負けたとでも言われたら寝覚めが悪い。
仕方なく、勤めて冷静に抗議の言葉を漏らして顔を上げ―――唇を掠めたものに、息を呑んだ。
「なぁ。勝つから褒美くれよ」
ちゅ、と軽く触れただけのそれ。
少しかさついたその感触に、数日前の出来事を思い出し、かっと頬が熱くなる。
こういう時は色素のない身体が恨めしい。普通の人なら誤魔化せるような少しの動揺すら、隠す事を許されない。
「…駄目か?」
少し掠れた声音。青灰色の瞳がサングラス越しに揺らめく。
明らかに昂揚しているK’の様子に一方通行は眉を顰める。まさか、その原因が自分だとは露にも思わずに。
初めて目の当たりにした、一方通行のチカラ。誰も触れる事のできない、『反射』という絶対的な壁。
―――手に入れたいと、触れたいと望むなら、それに相応しい強さが必要だと本能的に悟ったのだろう。
全身から発せられるのは、紛れもない雄の気配。
「………。無様なトコ見せンじゃねェぞ」
答えの代わりに、とん、と開かれた胸を軽く握った拳で叩いた。
その手が微かに震えていたのは、恐怖からなのか、期待からなのか、一方通行自身にもわからない。
☆ ★ ☆
―――全身が酷く痛む。
切れた唇の端を左手の指先で拭い、K’は血と唾の混ざった物を吐き出した。
正面に立ち、巨大な斧状の武器を肩に担ぐ男を睨みながら、ゆっくりと両手を上げて構えを取る。
悪趣味な龍の意匠が施された地下ステージ。淀んだ空気と血の匂いに鼻を鳴らす。
「手加減ナシだぜ」
低く呟く顔を見て、対峙する男が僅かに眉を顰めた。たった今与えたダメージは少なくはない筈だ。
それなのに、K’の身体から立ち上る闘気は一層強く、赤い炎さえ男に見せる。
互いに、何度か他の大会でも顔を会わせた事があった。
男の記憶にあるK’は、確かに強かったが、こんな風に目に見えて闘志を燃やすようなタイプではなかった筈だ。
一体、何がこの黒い獣を駆り立てるのか―――興味と同時に、本能的な恐怖を抱く。
『何かの為に戦う』者の強さを知っているからこそ思う。今のK’は危険だ、と。
そんな相手の焦燥を感じ取ったのか、K’が不敵な笑みを浮かべる。
ゆらり、と音もなく動いた身体が、男が反応するよりも先に懐へと飛び込んで一気に拳を叩き込んだ。
吹き飛んだ男の身体に、追い討ちのように硬いブーツの底が突き刺さる。
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控室のモニターの前には、一方通行が立っていた。
右手に握り締めた杖に体重を掛けて、気だるそうに見える仕草で、けれど真剣に画面を見つめている。
背中に突き刺さる視線が鬱陶しい。控室に戻ってからずっと、こちらを窺う視線に晒され続け、いい加減に辟易していた。
―――学園都市にいた時と何も変わらない。
一方通行に向けられるのは、一方的な畏怖の感情。
名は体を現すとはよく言ったものだ。正にこの身は―――『一方通行』なのだから。
「いつになくやる気だな、あいつ」
「そりゃあ、お姫様が見てるんだから、格好悪い所は見せたくないだろう?」
ぽん、と殆ど同時に両肩を叩かれて思わず顔を上げた。
一方通行よりも身長の高い狼牙と七夜に挟まれて、華奢な身体はより一層華奢に見える事だろう。
「一方通行は悪く考えすぎなんだって。俺達も…K’も、ちゃんと触れるだろ?」
最後に、背中に触れる力強い右手の感触。
色々と見透かされている事を、悪くないと思えるようになったのはいつからだろう。
「…ほンっと、揃いも揃ってお人好しばっかだなァ」
モニターに向かってぼそりと呟く、その頬がうっすら赤い事に気付いた三人が顔を見合わせて笑った。
見守る四人の視線の先では、K’がダメージを受けて吹き飛んでいる。
サングラスで隠れているものの、その目は僅かに眇められて、苦しそうだ。
―――出会いは偶然だった。
複雑そうな身の上とその手に宿る炎に惹かれ、『何かあったら助けてやる』と安請け合いしたのは、一方通行自身だ。
だから、
「…さっさと戻ってきやがれ、馬鹿」
聞こえる筈のない、その言葉に。K’が微かに笑ったような気が、した。
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床に叩き付けられる寸前でK’はどうにか身を捩り、ついでに男の間合いから飛びずさった。
全身を襲う虚脱感は貧血の時のそれによく似ているが、殴打された身体からは目立った出血はない筈だ。
つまり―――毒か何かを受けたという事。
「舐めんじゃねぇぞ」
赤いグローブがぎちりと音を立てる程、強く拳を握る。
恐らく、あと一撃。あと一撃でも食らえば、もう立ち上がる事は難しいだろう。
けれど今はまだ身体は動き、チカラも使える。だったら―――やられる前にやる。それだけで充分だ。
炎を纏った拳が男の身体を捉え、激しい爆発音と共に吹き飛ばす。
けれどK’と違い、男にはまだ余裕があった。
地面に叩き付けられたとしても、そこから斧を振り上げさえすれば勝てる自信が、あった。
「―――!?」
ぎくりと男の顔が強張る。
回転する視界の中、立っているのがやっとの筈のK’が浮かべる笑みに気が付いて。
あれは―――勝利を確信した者の、絶対的な強者の表情だ。
地面に激突する、その瞬間を待っていたかのように、赤いグローブに宿る炎。
「…終わりだ」
呟きと共に繰り出された拳は男の鳩尾を正確に突き、爆風と絶叫を生む。
―――試合終了を告げるブザーが、鳴り響く。
☆ ★ ☆
薄暗い部屋の中は慣れない煙草の匂いがする。
何となく部屋の隅にあるソファには座る気になれず、一方通行は大きめのベッドの縁に腰掛けた。
他人の部屋なのにひどく落ち着くのは、恐らく自分の部屋と似ているからなのだろう。
色のない家具に少ない私物。一方通行の部屋と違うのは、煙草と灰皿の有無位だ。
「―――飯まで部屋で待ってろ、だとよ」
カチャリと部屋のドアが開き、隙間からK’がするりと滑り込む。
その手には茶色い瓶が二本提げられていて、貼られた赤と白のラベルを眺めて一方通行は溜息を吐いた。
「…未成年じゃねェの」
「アンタよりは年上だろうから問題ねぇ」
名前だけは聞いた事がある有名な海外製のビール。K’は瓶に直接口を付けながら隣に腰を下ろす。
一方通行へと差し出されたもう一本は、こちらも有名だが普通の炭酸飲料だった。
普段は珈琲か水しか飲まないため、甘味の強いジュース類はあまり好きではない。
それでもよく冷えた炭酸の刺激は喉に心地よく、三分の一程を煽って溜息を吐く。
「………」
―――沈黙が痛い。
キッチンではマキシマが鼻歌交じりに料理に勤しんでいるのだろうか。
ちらりとヘッドボードに置かれたデジタル時計を見れば、時刻はまだ17時を少し過ぎたばかり。夕飯まではまだ二時間以上ある。
「…なァ、オマエ、褒美が欲しいとか言ってたよな?」
ごほ、とK’が咽る声が耳の真横で聞こえた。
そちらには目を向けず、飲みかけのジュースの瓶に視線を落とす。
「………オマエさァ、俺なンかのドコがイイ訳?」
「どこって、」
「確かにどっちかわかンねェ身体だが、男抱きてェならもっと適任なのいンだろォが」
長い間ホルモンバランスが崩れていた所為で男らしくない身体。
詳しくは知らないし知りたいとも思わないが、一般的に同性愛者が好むような外見ではない筈だ。
「…そっちの趣味はねぇって言っただろ」
「余計訳わっかンねェ。オマエなら女にゃ困ンねェンじゃねェの?」
―――例えば。女性恐怖症の男が性欲処理の相手を欲している、のであればまだ納得はできる。
男を抱いてみたいが、あまりにも男らしい外見は萎える、というのも理解はできる。
むしろ、それ以外で態々自分をそういう行為の対象にする理由が思い付かない。いくら中性的とはいえ、一方通行は男なのだから。
一方通行から見たK’は女性恐怖症でも、同性愛者でもない、と思う。
「…それに、だ。オマエも見てたンだろ? 今日の試合、俺が、」
瓶を持つ手が震える。隣でK’が動く気配を感じるが、どうしてもそちらを向く事はできなかった。
「駄目なンだよなァ…。戦ってるとタノシクなっちまう。イカレてンだよ、俺は」
能力開発で散々脳味噌を弄られた所為なのか、それとも生来の気質なのかはわからない。
ただ、一方通行自身に『異常』だという自覚がある以上、それは疑いようのない事実。
―――その狂気で救いようのない罪を犯した。
それを止めた上条はともかく、狼牙と七夜は真実を知れば離れるに違いない。そして、きっと、K’も。
誰かにこの血塗れの過去を知られる事が恐ろしいと初めて思った。
その感情の名前を一方通行は知らない。天才的な頭脳を持つ一方通行にとって、知らない事は恐怖でしかない。
だから、逃げたいと、傷付きたくないと―――傷付けたくないと、強く願ってしまうのは悪い事だろうか?
「オマエも、こンなバケモン気味悪ィだろ? 幸い向こうの金が使えっから、それで何か買って―――」
「俺は!」
音のない部屋の空気を震わせるような鋭い声音。
何時になく強い口調で声を荒げ、K’は飲み干したビールの瓶を叩き付けるようにヘッドボードに置いた。
赤いグローブに包まれた右手が一方通行の肩を掴んで、無理矢理視線を合わせようとする。逃げられない。
遮る物のない青灰色の瞳に浮かぶのは激しい苛立ちと―――隠し切れない、欲望の色。
「俺はアンタがいいんだ」
――― 一方通行が息を呑む音が聞こえた。
血色の瞳が泣きそうに揺れる。
それを見て、後悔よりも先に興奮を覚える辺り、もう自分は重症なのだろうとK’は思う。
「…今日、アンタを見て。怖ぇとかより、欲しいと思った。―――俺は、アンタが欲しい」
それは、雄としての本能のようなもの。
強い者を組み伏せて、捻じ伏せて、自分の物にしたいという欲求。
それと同時に、自分が好いた相手を誰にも渡したくないと―――傷付けさせたくないという思い。
同性愛者ではないという自覚を持ちながら、同性である一方通行に対して抱く感情は、ひどく矛盾しているとK’自身自覚している。
一方通行はどう思うだろうか。
―――気持ち悪いと、拒むだろうか。
「………そォか」
ぎしりとベッドが軋む。
肩を掴むK’の右手をやんわりと払い、立ち上がる気配に俯いた。いっそそのまま出て行ってくれればいい。
飲み掛けのジュースの瓶をヘッドボードに置く音。続いて僅かな布擦れの音と―――カチャカチャという、金属が擦れる音―――?
「…何、やってんだよ、アンタ」
問いかける自分の声が、やけに上擦って聞こえる。
ベッドに腰掛けるK’の正面、覚束ない足で立つ一方通行は―――白と灰色のシャツを脱ぎ捨て、ベルトに手を掛けている所だった。
「オイ―――」
「シてェンだろ? 俺と」
「待てって、」
そのまま脱ごうとするのを慌てて押し止めた。すっかり立場が逆転してしまっている。
「…抱かれてやるっつってンだよ。ちったァ喜べ」
伏せた瞼を縁取る睫が微かに震えている事に、けれど動揺しているK’は気付かない。
「何だよ、それ。そんな簡単に―――もしかして、他のヤツにもさせてんのか?」
「はァ!?」
「例えば、上条、とか。あいつならアンタの事―――」
「この、馬鹿野郎ッ!!」
ごす、と鈍い音と脳味噌を揺さ振られる痛み。
「〜〜〜〜〜っ!!」
マキシマの拳骨が子供騙しに思える、容赦のないベクトルチョップ。あまりの衝撃に目の前に星が飛ぶ。
―――どうでもいいが、上半身裸に脱ぎかけのズボンという格好は、餌を目の前にぶら下げられているようで目のやり場に困る。
「…やっぱコッチは馬鹿ばっかだなァ、オイ」
「何言って、」
「K’。オマエ、俺がさっき何つったかちゃンと聞いてたか?」
「…俺に、抱かせてやるって」
「違ェよ馬鹿。それじゃオマエの好き勝手にさせるだけじゃねェか。―――俺は、抱かれてやるっつったンだよ」
「………悪い、意味わかんねぇ」
『抱かせてやる』という言葉の意味。それが相手の好きなように、相手が望むように従うという受動的な面を表すと言うのならば。
『抱かれてやる』という言葉の意味するものは―――
「だから、俺が、オマエにされてェンだよ! いい加減わかれ、この馬鹿!」
「!?」
追い討ちで再び振り下ろされるチョップを寸前で受け止めて、掴んだ手をぐいと引き寄せた。
軽い身体は呆気なく宙に浮き、K’の上に乗り上げるような形で、二人してベッドに倒れ込む。
「…アンタ、それ煽ってんのか? ヤリ殺されても知らねぇぞ?」
薄い耳朶に犬歯を立てれば、ひくりと細い喉が震えた。
その喉にもチョーカーごと噛み付くように唇を寄せて吸い付けば、花弁のような赤が散る。
「…っ、上等、じゃねェか…。殺してみろよ、俺を」
瞳に浮かぶのは紛れもない怯えの色。それなのに、それを隠すように薄い唇が笑みを刻む。
―――嗚呼、自分と似て本当に意地っ張りだなと胸中で呟いて。
K’は誘われるように、細い身体を組み敷いた。
☆ ★ ☆
「…ゥ、ふ、…っ」
―――全身が焼けるように熱い。
肌の上を滑る少し汗ばんだ生身の左手の感触と、それとは逆に乾いて硬い右手のグローブの感触に翻弄される。
「…なぁ、」
ぴちゃり、と耳元で粘質な音が響いて、舌を差し込まれる。
耳の中と外を舐め回されるぞわりとした感覚。それから逃れるように細い首がゆるゆると揺れた。
「っ、ン、ンゥ」
真っ白いシーツよりも白い一方通行の肌はうっすらと色付いて、今は淡いピンク色に染まっている。
その中でも一層赤い頬に唇を寄せて、K’は青灰色の瞳を僅かに眇めた。
視線の先には、微かに震える白い指。
漏れ出る声を押さえようと、手の甲を唇に押し付けているせいで、上向き頼りなく揺れるそれが白い花のようだと思う。
「アンタの声聞きたい」
掌越しに口付けて呟けば、そろそろと手が口元から離れた。
ぽとりと力なくシーツに落ちた白にくっきりと残る鬱血。そっと左手で触れて苦笑する。
「…強情すぎだろ」
「っ、うる、さ…っ…あァ!」
鎖骨に噛み付き、またひとつ赤を散らす。
唇を通して伝わる感触は確かに男の身体なのに、全体的に細すぎる所為か、嫌悪感は微塵も感じなかった。
それよりももっとその声が聞きたいと、乱れて啼く所が見たいと頭の中で急かす声が聞こえてくる。
その誘惑に流されないように、K’は深く深く息を吐く。
男どころか女すら抱いた事がないのに、勢いに任せたら、きっとこの華奢な身体を滅茶苦茶にしてしまう。
「…気持ちいいか?」
「擽、ってェ、だけ…っあ、ン…っ!」
鎖骨から鳩尾を辿り、薄い胸板へと唇と舌を滑らせる。
その度に増えていく赤い痕は、真っ白い肌を汚しているようで罪悪感にも似た興奮を呼んだ。
後で怒られるだろうと思いながらも、あえて目立つような場所に残したくなるのは独占欲の現われなのか。
明日、試合会場で。一方通行の肌に残る痕を見つけたら、あの三人はどんな反応をするだろう? ―――三人?
「あ、」
「………?」
ふいに動きを止め、身体を起こしたK’を一方通行が見上げる。
涙で濡れた瞳は不安げに揺れていて、それがひどく艶かしく見えて眦に口付けを落とした。
「…怖気付いたかァ?」
「そうじゃねぇ」
つられて起き上がろうとするのを片手で制し、ベッドの下に脱ぎ捨てたジャケットに手を伸ばす。
普段は使わないポケット部分から、かさりと乾いた音を立てて引き摺り出される赤い長方形の物体。
「…何だ…ソレ…?」
何処にでもあるような、使い切りの化粧水やシャンプーのような個包装。
中にはやはり液体が入っているのか、K’の手の中でプラスチック製の包みがぐにぐにと形を変える。
赤いパッケージには白文字で商品名が書かれているようだが、生憎と仰向けに寝転んだ一方通行からはその文字を読み取る事はできない。
K’は暫くその文字を眺めた後、ちいさく鼻を鳴らしながらパッケージを口に咥えた。
切り込みの入った部分を歯で引き千切り、開いた袋の口を下へと――― 一方通行の腹の上へと傾ける。
「ひ…っ!?」
熱を持った肌に垂らされた冷たい物に、びくりと一方通行が跳ねた。
形のいい臍の下、溜まった液体は粘度が高いのか、ゼリーのように震えている。
左手で確かめるように混ぜると、体温で柔らかくなった物がとろりと肌の上に広がった。
―――同時に、ふわりと漂う甘酸っぱい果実の匂い。
「コレ、なン…っ!」
「ローション、らしい。………朝、七夜に渡された」
「な、」
少し憮然とした声音に、青い学生服の、含み笑いの少年の顔を脳裏に思い浮かべた。
そう言えば、K’と七夜は一方通行達より少し遅れて会場に入ってきた、気がする。
「ィ、あ…、ァあ…っ、ン、く、ッ」
咄嗟に逃げようと身を捩るが、K’の指が僅かに早く、緩く立ち上がりかけていた一方通行自身を捕らえた。
全身の色素が抜けている所為で、そこも驚く程綺麗な色をしている。
宥めるように指を這わせれば脈打って徐々に硬度を増して―――甘い匂いも相俟って、美味しそうだと、思う。
「ば…っ!? ッ、あ、―――!」
口内に広がるローションの味に顔を顰める。想像していたような青臭さはなかった。
本人曰くのホルモンバランスの崩れが影響しているのか、詳しい事はK’にはわからないけれど。
ふるふると震える手が頭に伸ばされる。引き剥がそうとした指は、けれど強すぎる刺激に耐え切れず髪に埋まった。
くしゃりと銀糸を握り締めて嫌々をする一方通行の姿は、どうみても初心な少女のようで。
「や、ッ、あ、あ、あァァッ!」
強すぎる快感に悲鳴のような嬌声が上がる。
それをもっと聞いていたいとは思うが、これ以上はK’の理性が危うい。
最後に少しきつく吸い上げて口を離す。覗き込んだ顔は熱に浮かされたように蕩けていて、ずくりと腹が重くなる。
ゆっくりと、ローションのぬめりを借りて、一方通行自身ですら触れた事がない箇所を拓いてゆく。
「ひァ、く、ふゥ…っ」
痛みと異物感に全身が粟立つ。
咄嗟に口元へと上げかけた手が、少し迷ってきつくシーツを握り締めた。
先刻K’が言った言葉を思い出したのだろうか。そんな些細な事でも律儀に守ってくれるのは、純粋に嬉しい。
頭の中で七夜のアドバイスを―――不本意ながら―――反芻しながら、一方通行の内側を慣らす事に集中する。
爪を立てないように気を付けながら、指を折り曲げてイイ所を探すように。
くちくちと粘質な音と、荒い呼吸音が鼓膜を震わせて、そんな瑣末な事にも興奮する。
「………て、…っか、ら………ッ」
「…あ?」
ふいに。
シーツに縋っていた筈の左手が、K’の右手に伸びた。
グローブの上を力なく引っ掻く指先を訝しんで絡め取れば、僅かに聞こえる途切れ途切れの声音。
「どうし―――」
「痛く、て…っ、いい、から、っ、オマエ、の、…早く…ッ…!」
聞き取ろうと近付けた耳朶に掛かる濡れた吐息よりも。
時々耐え切れずに息を詰めながら紡がれる声音よりも。
―――その、囁かれた言葉の内容に、胸を抉られたかのような衝撃を受ける。
「一方通行」
「っ、あ、けい、K’、」
「―――ッ」
K’の心臓が早鐘を打つ。
涙で濡れた赤い瞳は、血よりも甘い甘い果実の色を連想させる。
その、綺麗な赤が自分だけを映しているのだと、認識してしまえばもう駄目だった。
征服欲と情愛がぐちゃぐちゃになったものが込み上げてきて、それに突き動かされるように薄く開いた唇を奪う。
「ン、ッ、―――!?」
衝動のまま指を引き抜いて、替わりに、すっかり硬くなっていた自分自身を突き立てる。
悲鳴の変わりに噛まれた舌の痛みにさえ快感を覚えた。
☆ ★ ☆
「―――あ」
ぴたり、と七夜の足が止まった。
後ろを歩いていた上条がその背中に激突しそうになり、寸前で伸びた狼牙の手でそれを回避する。
「さ、さんきゅ…」
「本当に不幸なんだなぁ」
しみじみと呟かれ、そのままぐりぐりと頭を撫でられた。弟、というよりもペットの犬に対するような扱いだが悪い気はしない。
何やら和気藹々としている二人の方へは見向きもせず、七夜は通りに面したディスプレイに歩み寄る。
飲食店や雑貨屋が軒を並べる、アジアの屋台通りのような一角。
じ、と硝子越しに何かを見つめる真剣な横顔に、少し遅れて上条と狼牙もその店に近付いた。
「どうした?」
特に珍しくもない、中華系の雑貨屋。
パンダのぬいぐるみやチャイナドレスが並べられたディスプレイの中、七夜の指が無言である一点を指し示す。
「…なんだっけ、あれ」
「見た事はあるけど名前まではわかんねぇな」
それはお札のような、紙に描かれた小さな図形。
白と黒で書かれたシンプルなそれは、ゲームなどでもお馴染みの太極図と呼ばれるものだ。
「…あれ、あの二人みたいだと思わないか?」
話を振られた二人は互いに顔を見合わせて、それが誰と誰の事を指すのか、すぐに思い至って「あー」と声を上げた。
「一方通行とK’か?」
「確かに白と黒だもんなぁあの二人」
白い勾玉に黒い点を描いたような左半分と、黒い勾玉に白い点を描いたような右半分。
確かに、アルビノで白い服を着た一方通行と、褐色肌で黒い服を着たK’の在り様に見えなくもない、かもしれない。
「太極図、または陰陽魚。黒色は陰を表し右側で下降する気を意味し、白色は陽を表し左側で上昇する気を意味する」
くるくると指を回しながら振り返る七夜はひどく楽しそうで。
「やがて陰は陽を飲み込もうとし、陽は陰を飲み込もうとする。陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずる。―――あの二人に相応しいだろう?」
「………ごめん、さっぱり」
「よく、犬が自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回るって話があるだろう? あれと同じで、白は黒を、黒は白を追いかけ続けているのさ」
上機嫌で語る七夜の言葉の意味を、上条と狼牙は半分も理解していなかったけれど。
「つまり、あの二人はソックリだって事さ」
見た目には全く似ていない友人達が、実はとてもよく似ているのだという事だけは知っている。
その二人を現しているのだと言われれば段々そう見えてきて―――何となく、嬉しくなった。
「…まぁ、それを言ったらお前達二人もソックリなんだが」
「? 何か言ったか?」
「いいや、別に?」
「なぁ、これ土産にしようぜ」
「K’はともかく、一方通行は怒りそうだけど―――な」
奇しくもその図形と同じ、黒い学生服と白い学生服の二人に急かされて苦笑する。
太極図の意味するものは、陰と陽は紙一重だという喩え。一方通行は恐らくその意味を知っているだろう。
陰は陽を取り込んで最終的に陽へと変貌し、陽は陰を取り込んで最終的に陰へとする。
―――闇の匂いがする白い少年は、自分とK’が『似ている』と評されればきっと複雑な顔をするに違いない。
「…ああ、でもそういう顔も見てみたい、かな?」
木製で重い扉がぎぃと鳴く。雑貨屋の扉を開けて、三人は店内へと足を踏み入れた。
☆ ★ ☆
オマケ
「…でェ? いい訳くれェは聞いてやンよ?」
「―――あれだ、マーキング的な?」
「っざけンな! 色素ねェから人より目立つンだっつゥの!」
「…悪かった」
「あァもォ、とりあえず見えるトコだけ消すしかねェか…」
「………消せるのか?」
「所謂鬱血だかンなァ。―――今度目立つトコに付けたらベクトルデコピンな」
「わかった」
「? なンだよ、随分あっさりしてンじゃねェか」
「いや、アンタがツンデレだって再認識しただけだ」
「はァ!?」
つまり、目立たなければ付けてもいいという意味だろう?
>568色気が! 色気が凄いんですけどこれ…っ!
ワラキア祭りの皆様の色気を爪の先程でいいので分けてくださいorz
【>>564上げ直しました】
ラストの七夜の発言が気に入らなかったのでorz
よかったら見直してやってくださいませ
URL:www1.axfc.net/u/3341628
タイトル:陰陽魚
PASS: mugen
ネタ元&設定等: ボiスiハiルiクi&iDiIiOi前i後iラiンiセiレiバiトiル (未視聴無問題)
カップリング(登場キャラ): K’×一方通行 上条当麻、斬真狼牙、七夜志貴、(名前のみマキシマ)
性描写の有無:R-18
内容注意:無駄に長い上に色気の欠片もありませんorz
試合のシーンで相手キャラに女性?が出てきます
微妙に狼牙+上条を匂わせるような描写があります
オイシイ所を七夜が全部持ってってます
>>564の手直し版ですが、【七夜が当社比1.5倍位目立っただけ】です
最初は第i2i回i4i人iタiッiグiViSiボiスi大i会で考えてたので、高校生トリオの出番はなかったんですが…本当にどうしてこうなった
その場合K’は大会中継見てた設定で、一方通行のチームメイト(主に桃レン)が世話焼きポジでした
一方通行の能力の特異性はこっちの大会の方が顕著なんですけどね…アダーに反射で勝ってるし…
ラiンiセiレiバiトiルのK’の3戦目が「格好良い所を見せてやる」に見えた時点で駄目でしたw
>567個人的に禁書勢は全員受けだと思います(キリッ
垣根と削板ももっと出番増えてどこぞのいい人に貰われてくれないですかね?
狼牙と上条は、狼牙は『斬魔』だし、上条は『神浄(神上)討魔』って字当てがあるのでアリかなとw
でもこの二人だと自分的には若干の百合臭を感じます…!
余談
禁書のSSだと一方通行に『独特の会話法則を持つキャラの会話ベクトルを読む』特技が付与されてるネタが多いので
FF11組と遭遇したら面白そうかなーとか考えてみたんですが脳内が大変な事になりました
もしくはADSみたいな人語以外を話す系と会話成立したら可愛いかもしれません(何かが違う)
※あてんしょん※
・ぜんっぜんっエロくはないけど男性同士の性描写を含みます【R-18】
・書き手の思い付きから始まったK’×一方通行(原作共通点複数繋がり)
・試合のシーンで相手に女性?キャラが出てきます
・本文中の大会は『ボiスiハiルiクi&iDiIiOi前i後iラiンiセiレiバiトiル』ですが、見てなくても無問題です
(↑ちなみに一方通行は42試合目、K’は44試合目を参考)
・原作設定は理解した上で投げ捨てるもの
・上記で嫌な予感がした方はファイルを削除をオススメします
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陰陽魚
手の中の黒い携帯をパチンと閉じる。
開店前のコーヒーショップの壁に寄り掛かり、一方通行はくあ、と猫のような欠伸を漏らした。
目の前の通りを右から左へ、一定方向に歩く人の流れを眺める表情は眠気のせいか、何時もより険が取れて幼い印象を与える。
普段なら確実にベッドの中の住人であろう時間帯に動くのは、存外辛い。
今なら立ったまま寝れるのではないかと、杖から手を離して腕を組み、顔を俯かせ―――
「………あれ、一方通行?」
―――目を閉じた所で聞き慣れた声に呼ばれ、舌打ちをする。
無視する訳にもいかず渋々顔を上げれば、矢張りと言うべきか、通りに立ち尽くす上条当麻と目が合った。
「こんな所で何やってるんだ?」
「…なンでもねェよ」
不思議そうに首を傾げるのを追い払うように手を振るが、そんな一方通行の態度など意に介さず近付いて来る。
「っていうか、結局この間はどうしたんだ? 全然返事来ないから、どっかでバッテリー切れてんじゃないかって心配だったんだぞ」
「ァー…」
歯切れの悪い返事と共に視線を反らされる。
どこか困ったような、バツが悪そうな表情はあまり見た事がない類のもので、それを見た上条の顔が僅かに曇った。
「…ひょっとして具合悪いのか?」
「違ェ。…ンな事より、あれオマエの連れだろ? 待たせてねェで行けよ」
ちらりと上条の背後に視線を向ければ、知らない少年が二人。
白い学生服の少年も、青い学生服の少年も、どこかで見たような気はするが思い出せない。興味のある事しか覚えないのは一方通行の悪い癖だ。
一方通行と上条よりも幾分背の高い二人はちらちらとこちらを窺いながら、小声で何事かを話し合っている。
どうせ話題は自分の特異な外見についてに違いない。そう考えて、上条にこれ以上話し掛けるなと念押しして露骨に顔を背けた。
それなのに、目の前のお人好しは何を思ったのか、後ろを振り向いて手招きをする始末で。
―――数秒後、呆気に取られる一方通行の目の前に並ぶ、黒白青の学生服。
「………えーっと、おはよう?」
「ご機嫌麗しゅう、お姫様」
「オハヨウっつゥかコンニチワじゃねェのか。あと誰が姫だ目ン玉抉ンぞコラ」
苦笑しながら首を傾げる白い学生服の少年―――斬真狼牙と、含み笑いで手を差し出す青い学生服の少年―――七夜志貴に渋々挨拶を返す。
初対面の相手に随分な態度だとは思うが、馴れ合いは苦手なのだから仕方がない。
相変わらず肝心な所で空気を読まない上条は、にこにこと笑いながら三人のやり取りを眺めては頷いている。
「結構気が強いお嬢さんだな。うん、嫌いじゃないぜ?」
「なら世辞の礼に苦手と毒手、どっちがいいか選ばせてやろォか?」
「二人共物騒な話はやめようぜ。…あんた、一方通行、だよな? 一昨日の試合凄かったな」
七夜と一方通行の間に割って入る狼牙の言葉に、それまで眇められていた赤い瞳が不思議そうに瞬いた。
一体何の話をしているのだろうか、と首を傾げる一方通行の表情は驚く程にあどけなくて、七夜と狼牙は思わず顔を見合わせる。
「あー、いつもの事だから、これ。興味ない事は覚えない…っていうより、覚えた直後に忘れるらしい」
「いらねェ情報なンざ残す必要ねェだろォが」
「…え、じゃあ、もしかして俺達の事もわかってない………とか?」
「誰だ?」
「即答とか酷いな!? 今一緒の大会に出てるからな!?」
「ふゥン…」
『知らない人』認定に若干落ち込む狼牙と七夜を見比べて、どうりで見覚えがある訳だと納得した。
上条と行動しているという事は、不本意だが、今後も顔を合わせる可能性は高い。脳内情報を修正する必要があるだろう。
そこまで考えてふと気付く。昔は誰と誰が知り合いだろうと、興味もなかったし気にも留めなかったのに。
思わず苦笑する一方通行の肩を右手で叩いて、上条がにこりと屈託のない笑顔で笑った。
「俺達、会場向かう所なんだけど、一方通行も一緒に行かないか?」
「…ァ?」
「左手のがよかったか? あれ、でも杖は能力関係ないよな?」
慌てたように手を入れ替えて、今度は左手を一方通行の前に差し出した。
これはつまりあれだろうか。どこぞの童謡のように仲良く手を繋いで歩こうという意味だろうか。
―――頭痛がした。
無理矢理追い払ってしまうべきだった。むしろ、声になど気付かないフリをすればよかった。
上条の顔は妙に真面目で―――恐らく本気で一方通行の不調を心配しているのだろう。
ついでに、狼牙と七夜と親しくなってほしいとか、そんなお節介も含まれているに違いない。むしろそちらが本命な気もする。
「………いや、いい」
「いいって、目的地一緒だろ? 皆で行った方が楽しいぞ?」
「…人待ちなンだよ。だからいい」
「へ? 待ち合わせ? 一方通行が?」
一方通行の眼前で揺れる手は、日に焼けて健康的な色をしている。
その、自分とは違う掌に、一瞬、他の手を思い出して息を詰めた。
気味が悪い位に白い肌を這う黒と赤。まるで炎のように熱い、しなやかな―――
「―――おい」
ふいに、頭の右上から声をかけられた。
顔を向けるより早く、ぐい、と腕を引っ張られてバランスを崩す。
杖なしではマトモに立てない身体はぐらりと傾いて、それを支えるように背中に回されるのは―――真っ赤なグローブに包まれた右手。
「何ナンパされてんだよ、アンタ」
落とされた声音は何時もより若干低く、不機嫌さを隠そうともしていない。
一方通行を抱き留めるのは、全身を黒革に包んだ褐色肌に銀髪の青年。
「…K’?」
自身を呼ぶ狼牙の声に顔を上げたのは一瞬で、K’は直に腕の中へと視線を落とす。
「………随分愉快な発想してンなァオイ」
「違うのかよ」
「起きたまま夢見てンじゃねェぞこの馬鹿」
胸元で揺れる十字架を掴み寄せ、触れそうな程近い距離で唇を歪める。
不機嫌そうな、それでいて会話自体は嫌がってなさそうな一方通行の様子に、上条はぽかんと口を開けた。
「つゥかいい加減離せ」
「嫌だ」
「反射適用すンぞ」
「………、」
じろりと睨み付ければ、ゆっくりと拘束する腕の力が抜ける。
一方通行はぐったりと壁に凭れ掛かり、杖を引き寄せて溜息を吐いた。
「大体、俺なンかをナンパする命知らずはオマエ位だろォが」
杖の内部にあるベルトに腕を通し装着する。軽い空気音と共に膨らんだ樹脂が隙間を埋め、圧着される感触。
確かめるように二、三回杖でアスファルトを叩いて、ふと、視線を感じて顔を上げる。
「…なンだよ」
突き刺さる、何とも言えない微妙な四者四様の視線。
上条とK’はともかく、狼牙と七夜の視線の意味がわからずに、一方通行は顔を顰めた。
「アンタ無防備すぎんだよ」
ぼそりと呻くように吐き捨てたのはK’で。
「…黙ってれば普通にナンパされんじゃないか…?」
頬を掻きながら漏らすのは狼牙。
「…へぇ。そういう事か、面白い」
腕組した七夜が肩を揺らして笑えば。
「っていうか、二人は仲よかったのか? 何時の間に?」
上条が不思議そうに首を傾げる。
一方通行は敵意や悪意といった負の感情を向けられる事には慣れているが、それ以外の感情を向けられる事には慣れていない。
―――はっきり言って、この状況は鬱陶しい。
「…結局連絡してなかったのか?」
「………どっかの誰かさンが連絡『させなかった』の間違いじゃねェのか」
サングラスに隠れた青灰色の瞳が僅かに見開かれる気配を感じ、思わず顔を背けた。
「…付き合ってらンねェ」
「待てよ、」
「ついてくンな」
逃げるように歩き出そうとして―――牽制の意味を込めて、手にした杖でK’の脛をがつんと小突く。
「………うわぁ」
多少手加減してあるとはいえ、金属製の杖での一撃は結構痛い。
思わず蹲ったK’が再び顔を上げた時には、一方通行の背中は随分と遠くなっていた。
杖付きの人間とは思えない速度で歩くのを追いかけるのは上条と、つられて走り出したと思われる狼牙の二人。
ぽん、と肩に置かれた手に恨めしそうに顔を向ければ、一人この場に残った七夜と目が合った。
「…何だよ」
「いや、別に? ただちょっと話をしようと思っただけだ」
ひどく楽しそうな含み笑いに一抹の不安を覚えながら、K’は促されるままに会場へと歩き出す。
☆ ★ ☆
何でもアリの世界とはいえ、流石にコレはどうなのだろう。
内心で毒付きながら、一方通行は首元の電極チョーカーのスイッチを切り替えた。
時代劇で見るような古めかしい街並み。幸いにも通路は広く綺麗で、建造物による二次被害の心配はなさそうだ。
――― 一方通行と対峙するのは、人の背丈程ある巨大な少女の貌。
その髪が四本の脚のように地面に付き、貌―――というよりもあれが胴体なのか―――を支えて揺れている。
「…遊ンでやるよ三下」
試合開始を告げるブザーが鳴り響く。
大会ルール上、『最初から自身に有害な物を反射』する事は禁じられていた。
つまり、『相手の攻撃を解析した上で、個々に指定して反射』する必要がある。
一番簡単な解析方法は相手の攻撃を食らう事だ。即死に繋がるようなダメージのみ受け流せばそれでいい。
そう考えて身構えた直後―――髪が、否、手が伸びてきた。
「っ、」
予想より長いリーチに、咄嗟に後方へ飛ぼうとするも囚われる。
巨大な貌を支えるだけあって、その手の力は強い。ぐ、と全身を締め上げられて顔を顰めた。
―――だが、触れた事で一方通行の能力が相手に届く。
攻撃を解析するまでもない。コレが生物なら、血流操作で全身破裂させてしまえば終了だ。
貌の血流のベクトルに触れるのと、放り投げられたのは、ほぼ同時。
恐らく本能的に危険を感じ取ったのだろう、貌は怯えたように一歩後ずさった。
投げ出された一方通行の身体は地面に向かって落下し―――叩き付けられる寸前で再び宙へと跳ね飛ばされる。
地面から現れた濃いピンク色の光柱。十字架を形取った光が、まるで磔刑の生贄のように華奢な身体を貫いた。
「ぐァ…っ!」
全身を突き刺す痛みに目の前が明滅する。
咄嗟に心臓への負荷を軽減させようと能力を行使するが、痛みの所為で演算が遅れた。
一方通行の戦闘経験は大半がその能力頼りだ。当然受身など取れず、ビルの二階程の高さから地面に叩きつけられる。
----------------
大部屋の控室には、試合を映し出す巨大なモニターが設置されている。
K’は両手をポケットに突っ込んだまま、サングラス越しに鋭い視線を画面に―――画面の中の一方通行に向けていた。
映し出された映像は、丁度一方通行が地面に叩き付けられる瞬間のもの。
細い身体が地面にぶつかってバウンドし、長めの髪から覗く白く整った顔が苦痛に歪んでいるのがわかる。
「…あれやばくないか?」
「普通なら、あの細さじゃ背骨がやられるだろうが…。さて、どうだろうな」
K’の少し後ろでぼそぼそと狼牙と七夜が感想を漏らす。
受身も取らずマトモに背中を打ち付けたのだから、二人の反応はある意味正しいだろう。
能力の特殊性が幸いしたのか、一方通行が大規模な大会に出る機会はあまり多くはない。
K’も、実際に戦う姿を見るのはこれが初めてだった。
その能力については一応説明を受けているし、危うい所を助けられた事もある。
―――けれど同時に、その身体の華奢さもよく知っていた。
身長も体重もクーラを下回る事や、肋骨の浮いた薄い身体、折れそうな程に細い手足の感触も、知っている。
それがあの高さから硬い地面に落下したらどうなるのか。想像すれば思わず背筋が寒くなるのは事実だ。
けれど、
「スゲェな…」
「………ああ」
思わず漏らした呟きに、横に立つ上条が強張った声音で答える。
K’と上条は気付いていた。よろめきながら立ち上がる一方通行の唇が、薄く笑みを浮かべている事に。
血色の瞳が―――狂気にも似た色を湛えて、ぎらついている事に。
その無邪気とも言える顔を見て。ぞわり、と全身が粟立った。
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一方通行は細い腕を組み、僅かに顔を俯かせる。
知らない人間が見れば、まるで抵抗する事を諦めたようにも見える、無防備すぎる姿。
少女の貌は、これ以上一方通行に近付くのは危険と判断したのだろう。地面から再びピンク色の十字架を出現させる。
それは先刻と同じように一方通行の身体を貫き―――
―――甲高い音と共に宙に吹き飛ばされたのは、けれど貌の方だった。
十字架は依然一方通行を串刺しにして聳えているにも関わらず、その身体はダメージを受ける素振りはない。
悲鳴すら上げる間もなく、貌が地面に叩き付けられる。巨大な脚はぴくりとも動かなかった。
それは、まさに一瞬の出来事。
「………あは、」
ふいに一方通行が顔を上げた。
綺麗な唇を引き裂いたように歪ませて、愉しそうに嗤いながら。
見る者の心臓を鷲掴みにするような、それでいて、目が逸らせなくなるような妖しい雰囲気を全身に纏わせて。
―――試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。
☆ ★ ☆
カツカツと金属がリノリウムの床を叩く音が響く。
誰もいない通路を歩く一方通行の足取りはひどく重く、先刻の試合で見せた鋭さは欠片も感じさせない。
どこか思い詰めたような、苦虫を噛み潰したような表情は、年齢に似合わない深い影を白い顔に纏わせる。
ふと、踏み出しかけた足が止まった。
視線の先、曲がり角からこちらへと向かってくる黒い人影に気付いたからだ。
まるで研究所か病院のように綺麗に磨かれた白い廊下に、黒いインクを一滴垂らしたような姿。
両手をポケットに突っ込んで、少し猫背気味に歩くK’は、一方通行の気配に俯かせていた顔を上げた。
「…次はオマエか」
「うざってぇ…」
「それについちゃ同感だ…」
二人顔を見合わせ、どちらともなく溜息を吐く。
「…まァ、精々頑張れ」
擦れ違い、控室に戻ろうとする腕にK’は咄嗟に手を伸ばした。
「…だから危ねェっつってンだろォが」
朝そうされたのと同じように、引き寄せて抱き竦められる。
もう一度脛を殴り飛ばしてやろうかと一瞬思うが、それで試合に負けたとでも言われたら寝覚めが悪い。
仕方なく、勤めて冷静に抗議の言葉を漏らして顔を上げ―――唇を掠めたものに、息を呑んだ。
「なぁ。勝つから褒美くれよ」
ちゅ、と軽く触れただけのそれ。
少しかさついたその感触に、数日前の出来事を思い出し、かっと頬が熱くなる。
こういう時は色素のない身体が恨めしい。普通の人なら誤魔化せるような少しの動揺すら、隠す事を許されない。
「…駄目か?」
少し掠れた声音。青灰色の瞳がサングラス越しに揺らめく。
明らかに昂揚しているK’の様子に一方通行は眉を顰める。まさか、その原因が自分だとは露にも思わずに。
初めて目の当たりにした、一方通行のチカラ。誰も触れる事のできない、『反射』という絶対的な壁。
―――手に入れたいと、触れたいと望むなら、それに相応しい強さが必要だと本能的に悟ったのだろう。
全身から発せられるのは、紛れもない雄の気配。
「………。無様なトコ見せンじゃねェぞ」
答えの代わりに、とん、と開かれた胸を軽く握った拳で叩いた。
その手が微かに震えていたのは、恐怖からなのか、期待からなのか、一方通行自身にもわからない。
☆ ★ ☆
―――全身が酷く痛む。
切れた唇の端を左手の指先で拭い、K’は血と唾の混ざった物を吐き出した。
正面に立ち、巨大な斧状の武器を肩に担ぐ男を睨みながら、ゆっくりと両手を上げて構えを取る。
悪趣味な龍の意匠が施された地下ステージ。淀んだ空気と血の匂いに鼻を鳴らす。
「手加減ナシだぜ」
低く呟く顔を見て、対峙する男が僅かに眉を顰めた。たった今与えたダメージは少なくはない筈だ。
それなのに、K’の身体から立ち上る闘気は一層強く、赤い炎さえ男に見せる。
互いに、何度か他の大会でも顔を会わせた事があった。
男の記憶にあるK’は、確かに強かったが、こんな風に目に見えて闘志を燃やすようなタイプではなかった筈だ。
一体、何がこの黒い獣を駆り立てるのか―――興味と同時に、本能的な恐怖を抱く。
『何かの為に戦う』者の強さを知っているからこそ思う。今のK’は危険だ、と。
そんな相手の焦燥を感じ取ったのか、K’が不敵な笑みを浮かべる。
ゆらり、と音もなく動いた身体が、男が反応するよりも先に懐へと飛び込んで一気に拳を叩き込んだ。
吹き飛んだ男の身体に、追い討ちのように硬いブーツの底が突き刺さる。
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控室のモニターの前には、一方通行が立っていた。
右手に握り締めた杖に体重を掛けて、気だるそうに見える仕草で、けれど真剣に画面を見つめている。
背中に突き刺さる視線が鬱陶しい。控室に戻ってからずっと、こちらを窺う視線に晒され続け、いい加減に辟易していた。
―――学園都市にいた時と何も変わらない。
一方通行に向けられるのは、一方的な畏怖の感情。
名は体を現すとはよく言ったものだ。正にこの身は―――『一方通行』なのだから。
「いつになくやる気だな、あいつ」
「そりゃあ、お姫様が見てるんだから、格好悪い所は見せたくないだろう?」
ぽん、と殆ど同時に両肩を叩かれて思わず顔を上げた。
一方通行よりも身長の高い狼牙と七夜に挟まれて、華奢な身体はより一層華奢に見える事だろう。
「一方通行は悪く考えすぎなんだって。俺達も…K’も、ちゃんと触れるだろ?」
最後に、背中に触れる力強い右手の感触。
色々と見透かされている事を、悪くないと思えるようになったのはいつからだろう。
「…ほンっと、揃いも揃ってお人好しばっかだなァ」
モニターに向かってぼそりと呟く、その頬がうっすら赤い事に気付いた三人が顔を見合わせて笑った。
見守る四人の視線の先では、K’がダメージを受けて吹き飛んでいる。
サングラスで隠れているものの、その目は僅かに眇められて、苦しそうだ。
―――出会いは偶然だった。
複雑そうな身の上とその手に宿る炎に惹かれ、『何かあったら助けてやる』と安請け合いしたのは、一方通行自身だ。
だから、
「…さっさと戻ってきやがれ、馬鹿」
聞こえる筈のない、その言葉に。K’が微かに笑ったような気が、した。
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床に叩き付けられる寸前でK’はどうにか身を捩り、ついでに男の間合いから飛びずさった。
全身を襲う虚脱感は貧血の時のそれによく似ているが、殴打された身体からは目立った出血はない筈だ。
つまり―――毒か何かを受けたという事。
「舐めんじゃねぇぞ」
赤いグローブがぎちりと音を立てる程、強く拳を握る。
恐らく、あと一撃。あと一撃でも食らえば、もう立ち上がる事は難しいだろう。
けれど今はまだ身体は動き、チカラも使える。だったら―――やられる前にやる。それだけで充分だ。
炎を纏った拳が男の身体を捉え、激しい爆発音と共に吹き飛ばす。
けれどK’と違い、男にはまだ余裕があった。
地面に叩き付けられたとしても、そこから斧を振り上げさえすれば勝てる自信が、あった。
「―――!?」
ぎくりと男の顔が強張る。
回転する視界の中、立っているのがやっとの筈のK’が浮かべる笑みに気が付いて。
あれは―――勝利を確信した者の、絶対的な強者の表情だ。
地面に激突する、その瞬間を待っていたかのように、赤いグローブに宿る炎。
「…終わりだ」
呟きと共に繰り出された拳は男の鳩尾を正確に突き、爆風と絶叫を生む。
―――試合終了を告げるブザーが、鳴り響く。
☆ ★ ☆
薄暗い部屋の中は慣れない煙草の匂いがする。
何となく部屋の隅にあるソファには座る気になれず、一方通行は大きめのベッドの縁に腰掛けた。
他人の部屋なのにひどく落ち着くのは、恐らく自分の部屋と似ているからなのだろう。
色のない家具に少ない私物。一方通行の部屋と違うのは、煙草と灰皿の有無位だ。
「―――飯まで部屋で待ってろ、だとよ」
カチャリと部屋のドアが開き、隙間からK’がするりと滑り込む。
その手には茶色い瓶が二本提げられていて、貼られた赤と白のラベルを眺めて一方通行は溜息を吐いた。
「…未成年じゃねェの」
「アンタよりは年上だろうから問題ねぇ」
名前だけは聞いた事がある有名な海外製のビール。K’は瓶に直接口を付けながら隣に腰を下ろす。
一方通行へと差し出されたもう一本は、こちらも有名だが普通の炭酸飲料だった。
普段は珈琲か水しか飲まないため、甘味の強いジュース類はあまり好きではない。
それでもよく冷えた炭酸の刺激は喉に心地よく、三分の一程を煽って溜息を吐く。
「………」
―――沈黙が痛い。
キッチンではマキシマが鼻歌交じりに料理に勤しんでいるのだろうか。
ちらりとヘッドボードに置かれたデジタル時計を見れば、時刻はまだ17時を少し過ぎたばかり。夕飯まではまだ二時間以上ある。
「…なァ、オマエ、褒美が欲しいとか言ってたよな?」
ごほ、とK’が咽る声が耳の真横で聞こえた。
そちらには目を向けず、飲みかけのジュースの瓶に視線を落とす。
「………オマエさァ、俺なンかのドコがイイ訳?」
「どこって、」
「確かにどっちかわかンねェ身体だが、男抱きてェならもっと適任なのいンだろォが」
長い間ホルモンバランスが崩れていた所為で男らしくない身体。
詳しくは知らないし知りたいとも思わないが、一般的に同性愛者が好むような外見ではない筈だ。
「…そっちの趣味はねぇって言っただろ」
「余計訳わっかンねェ。オマエなら女にゃ困ンねェンじゃねェの?」
―――例えば。女性恐怖症の男が性欲処理の相手を欲している、のであればまだ納得はできる。
男を抱いてみたいが、あまりにも男らしい外見は萎える、というのも理解はできる。
むしろ、それ以外で態々自分をそういう行為の対象にする理由が思い付かない。いくら中性的とはいえ、一方通行は男なのだから。
一方通行から見たK’は女性恐怖症でも、同性愛者でもない、と思う。
「…それに、だ。オマエも見てたンだろ? 今日の試合、俺が、」
瓶を持つ手が震える。隣でK’が動く気配を感じるが、どうしてもそちらを向く事はできなかった。
「駄目なンだよなァ…。戦ってるとタノシクなっちまう。イカレてンだよ、俺は」
能力開発で散々脳味噌を弄られた所為なのか、それとも生来の気質なのかはわからない。
ただ、一方通行自身に『異常』だという自覚がある以上、それは疑いようのない事実。
―――その狂気で救いようのない罪を犯した。
それを止めた上条はともかく、狼牙と七夜は真実を知れば離れるに違いない。そして、きっと、K’も。
誰かにこの血塗れの過去を知られる事が恐ろしいと初めて思った。
その感情の名前を一方通行は知らない。天才的な頭脳を持つ一方通行にとって、知らない事は恐怖でしかない。
だから、逃げたいと、傷付きたくないと―――傷付けたくないと、強く願ってしまうのは悪い事だろうか?
「オマエも、こンなバケモン気味悪ィだろ? 幸い向こうの金が使えっから、それで何か買って―――」
「俺は!」
音のない部屋の空気を震わせるような鋭い声音。
何時になく強い口調で声を荒げ、K’は飲み干したビールの瓶を叩き付けるようにヘッドボードに置いた。
赤いグローブに包まれた右手が一方通行の肩を掴んで、無理矢理視線を合わせようとする。逃げられない。
遮る物のない青灰色の瞳に浮かぶのは激しい苛立ちと―――隠し切れない、欲望の色。
「俺はアンタがいいんだ」
――― 一方通行が息を呑む音が聞こえた。
血色の瞳が泣きそうに揺れる。
それを見て、後悔よりも先に興奮を覚える辺り、もう自分は重症なのだろうとK’は思う。
「…今日、アンタを見て。怖ぇとかより、欲しいと思った。―――俺は、アンタが欲しい」
それは、雄としての本能のようなもの。
強い者を組み伏せて、捻じ伏せて、自分の物にしたいという欲求。
それと同時に、自分が好いた相手を誰にも渡したくないと―――傷付けさせたくないという思い。
同性愛者ではないという自覚を持ちながら、同性である一方通行に対して抱く感情は、ひどく矛盾しているとK’自身自覚している。
一方通行はどう思うだろうか。
―――気持ち悪いと、拒むだろうか。
「………そォか」
ぎしりとベッドが軋む。
肩を掴むK’の右手をやんわりと払い、立ち上がる気配に俯いた。いっそそのまま出て行ってくれればいい。
飲み掛けのジュースの瓶をヘッドボードに置く音。続いて僅かな布擦れの音と―――カチャカチャという、金属が擦れる音―――?
「…何、やってんだよ、アンタ」
問いかける自分の声が、やけに上擦って聞こえる。
ベッドに腰掛けるK’の正面、覚束ない足で立つ一方通行は―――白と灰色のシャツを脱ぎ捨て、ベルトに手を掛けている所だった。
「オイ―――」
「シてェンだろ? 俺と」
「待てって、」
そのまま脱ごうとするのを慌てて押し止めた。すっかり立場が逆転してしまっている。
「…抱かれてやるっつってンだよ。ちったァ喜べ」
伏せた瞼を縁取る睫が微かに震えている事に、けれど動揺しているK’は気付かない。
「何だよ、それ。そんな簡単に―――もしかして、他のヤツにもさせてんのか?」
「はァ!?」
「例えば、上条、とか。あいつならアンタの事―――」
「この、馬鹿野郎ッ!!」
ごす、と鈍い音と脳味噌を揺さ振られる痛み。
「〜〜〜〜〜っ!!」
マキシマの拳骨が子供騙しに思える、容赦のないベクトルチョップ。あまりの衝撃に目の前に星が飛ぶ。
―――どうでもいいが、上半身裸に脱ぎかけのズボンという格好は、餌を目の前にぶら下げられているようで目のやり場に困る。
「…やっぱコッチは馬鹿ばっかだなァ、オイ」
「何言って、」
「K’。オマエ、俺がさっき何つったかちゃンと聞いてたか?」
「…俺に、抱かせてやるって」
「違ェよ馬鹿。それじゃオマエの好き勝手にさせるだけじゃねェか。―――俺は、抱かれてやるっつったンだよ」
「………悪い、意味わかんねぇ」
『抱かせてやる』という言葉の意味。それが相手の好きなように、相手が望むように従うという受動的な面を表すと言うのならば。
『抱かれてやる』という言葉の意味するものは―――
「だから、俺が、オマエにされてェンだよ! いい加減わかれ、この馬鹿!」
「!?」
追い討ちで再び振り下ろされるチョップを寸前で受け止めて、掴んだ手をぐいと引き寄せた。
軽い身体は呆気なく宙に浮き、K’の上に乗り上げるような形で、二人してベッドに倒れ込む。
「…アンタ、それ煽ってんのか? ヤリ殺されても知らねぇぞ?」
薄い耳朶に犬歯を立てれば、ひくりと細い喉が震えた。
その喉にもチョーカーごと噛み付くように唇を寄せて吸い付けば、花弁のような赤が散る。
「…っ、上等、じゃねェか…。殺してみろよ、俺を」
瞳に浮かぶのは紛れもない怯えの色。それなのに、それを隠すように薄い唇が笑みを刻む。
―――嗚呼、自分と似て本当に意地っ張りだなと胸中で呟いて。
K’は誘われるように、細い身体を組み敷いた。
☆ ★ ☆
「…ゥ、ふ、…っ」
―――全身が焼けるように熱い。
肌の上を滑る少し汗ばんだ生身の左手の感触と、それとは逆に乾いて硬い右手のグローブの感触に翻弄される。
「…なぁ、」
ぴちゃり、と耳元で粘質な音が響いて、舌を差し込まれる。
耳の中と外を舐め回されるぞわりとした感覚。それから逃れるように細い首がゆるゆると揺れた。
「っ、ン、ンゥ」
真っ白いシーツよりも白い一方通行の肌はうっすらと色付いて、今は淡いピンク色に染まっている。
その中でも一層赤い頬に唇を寄せて、K’は青灰色の瞳を僅かに眇めた。
視線の先には、微かに震える白い指。
漏れ出る声を押さえようと、手の甲を唇に押し付けているせいで、上向き頼りなく揺れるそれが白い花のようだと思う。
「アンタの声聞きたい」
掌越しに口付けて呟けば、そろそろと手が口元から離れた。
ぽとりと力なくシーツに落ちた白にくっきりと残る鬱血。そっと左手で触れて苦笑する。
「…強情すぎだろ」
「っ、うる、さ…っ…あァ!」
鎖骨に噛み付き、またひとつ赤を散らす。
唇を通して伝わる感触は確かに男の身体なのに、全体的に細すぎる所為か、嫌悪感は微塵も感じなかった。
それよりももっとその声が聞きたいと、乱れて啼く所が見たいと頭の中で急かす声が聞こえてくる。
その誘惑に流されないように、K’は深く深く息を吐く。
男どころか女すら抱いた事がないのに、勢いに任せたら、きっとこの華奢な身体を滅茶苦茶にしてしまう。
「…気持ちいいか?」
「擽、ってェ、だけ…っあ、ン…っ!」
鎖骨から鳩尾を辿り、薄い胸板へと唇と舌を滑らせる。
その度に増えていく赤い痕は、真っ白い肌を汚しているようで罪悪感にも似た興奮を呼んだ。
後で怒られるだろうと思いながらも、あえて目立つような場所に残したくなるのは独占欲の現われなのか。
明日、試合会場で。一方通行の肌に残る痕を見つけたら、あの三人はどんな反応をするだろう? ―――三人?
「あ、」
「………?」
ふいに動きを止め、身体を起こしたK’を一方通行が見上げる。
涙で濡れた瞳は不安げに揺れていて、それがひどく艶かしく見えて眦に口付けを落とした。
「…怖気付いたかァ?」
「そうじゃねぇ」
つられて起き上がろうとするのを片手で制し、ベッドの下に脱ぎ捨てたジャケットに手を伸ばす。
普段は使わないポケット部分から、かさりと乾いた音を立てて引き摺り出される赤い長方形の物体。
「…何だ…ソレ…?」
何処にでもあるような、使い切りの化粧水やシャンプーのような個包装。
中にはやはり液体が入っているのか、K’の手の中でプラスチック製の包みがぐにぐにと形を変える。
赤いパッケージには白文字で商品名が書かれているようだが、生憎と仰向けに寝転んだ一方通行からはその文字を読み取る事はできない。
K’は暫くその文字を眺めた後、ちいさく鼻を鳴らしながらパッケージを口に咥えた。
切り込みの入った部分を歯で引き千切り、開いた袋の口を下へと――― 一方通行の腹の上へと傾ける。
「ひ…っ!?」
熱を持った肌に垂らされた冷たい物に、びくりと一方通行が跳ねた。
形のいい臍の下、溜まった液体は粘度が高いのか、ゼリーのように震えている。
左手で確かめるように混ぜると、体温で柔らかくなった物がとろりと肌の上に広がった。
―――同時に、ふわりと漂う甘酸っぱい果実の匂い。
「コレ、なン…っ!」
「ローション、らしい。………朝、七夜に渡された」
「な、」
少し憮然とした声音に、青い学生服の、含み笑いの少年の顔を脳裏に思い浮かべた。
そう言えば、K’と七夜は一方通行達より少し遅れて会場に入ってきた、気がする。
「ィ、あ…、ァあ…っ、ン、く、ッ」
咄嗟に逃げようと身を捩るが、K’の指が僅かに早く、緩く立ち上がりかけていた一方通行自身を捕らえた。
全身の色素が抜けている所為で、そこも驚く程綺麗な色をしている。
宥めるように指を這わせれば脈打って徐々に硬度を増して―――甘い匂いも相俟って、美味しそうだと、思う。
「ば…っ!? ッ、あ、―――!」
口内に広がるローションの味に顔を顰める。想像していたような青臭さはなかった。
本人曰くのホルモンバランスの崩れが影響しているのか、詳しい事はK’にはわからないけれど。
ふるふると震える手が頭に伸ばされる。引き剥がそうとした指は、けれど強すぎる刺激に耐え切れず髪に埋まった。
くしゃりと銀糸を握り締めて嫌々をする一方通行の姿は、どうみても初心な少女のようで。
「や、ッ、あ、あ、あァァッ!」
強すぎる快感に悲鳴のような嬌声が上がる。
それをもっと聞いていたいとは思うが、これ以上はK’の理性が危うい。
最後に少しきつく吸い上げて口を離す。覗き込んだ顔は熱に浮かされたように蕩けていて、ずくりと腹が重くなる。
ゆっくりと、ローションのぬめりを借りて、一方通行自身ですら触れた事がない箇所を拓いてゆく。
「ひァ、く、ふゥ…っ」
痛みと異物感に全身が粟立つ。
咄嗟に口元へと上げかけた手が、少し迷ってきつくシーツを握り締めた。
先刻K’が言った言葉を思い出したのだろうか。そんな些細な事でも律儀に守ってくれるのは、純粋に嬉しい。
頭の中で七夜のアドバイスを―――不本意ながら―――反芻しながら、一方通行の内側を慣らす事に集中する。
爪を立てないように気を付けながら、指を折り曲げてイイ所を探すように。
くちくちと粘質な音と、荒い呼吸音が鼓膜を震わせて、そんな瑣末な事にも興奮する。
「………て、…っか、ら………ッ」
「…あ?」
ふいに。
シーツに縋っていた筈の左手が、K’の右手に伸びた。
グローブの上を力なく引っ掻く指先を訝しんで絡め取れば、僅かに聞こえる途切れ途切れの声音。
「どうし―――」
「痛く、て…っ、いい、から、っ、オマエ、の、…早く…ッ…!」
聞き取ろうと近付けた耳朶に掛かる濡れた吐息よりも。
時々耐え切れずに息を詰めながら紡がれる声音よりも。
―――その、囁かれた言葉の内容に、胸を抉られたかのような衝撃を受ける。
「一方通行」
「っ、あ、けい、K’、」
「―――ッ」
K’の心臓が早鐘を打つ。
涙で濡れた赤い瞳は、血よりも甘い甘い果実の色を連想させる。
その、綺麗な赤が自分だけを映しているのだと、認識してしまえばもう駄目だった。
征服欲と情愛がぐちゃぐちゃになったものが込み上げてきて、それに突き動かされるように薄く開いた唇を奪う。
「ン、ッ、―――!?」
衝動のまま指を引き抜いて、替わりに、すっかり硬くなっていた自分自身を突き立てる。
悲鳴の変わりに噛まれた舌の痛みにさえ快感を覚えた。
☆ ★ ☆
「―――あ」
ぴたり、と七夜の足が止まった。
後ろを歩いていた上条がその背中に激突しそうになり、寸前で伸びた狼牙の手でそれを回避する。
「さ、さんきゅ…」
「本当に不幸なんだなぁ」
しみじみと呟かれ、そのままぐりぐりと頭を撫でられた。弟、というよりもペットの犬に対するような扱いだが悪い気はしない。
何やら和気藹々としている二人の方へは見向きもせず、七夜は通りに面したディスプレイに歩み寄る。
飲食店や雑貨屋が軒を並べる、アジアの屋台通りのような一角。
じ、と硝子越しに何かを見つめる真剣な横顔に、少し遅れて上条と狼牙もその店に近付いた。
「どうした?」
特に珍しくもない、中華系の雑貨屋。
パンダのぬいぐるみやチャイナドレスが並べられたディスプレイの中、七夜の指が無言である一点を指し示す。
「…なんだっけ、あれ」
「見た事はあるけど名前まではわかんねぇな」
それはお札のような、紙に描かれた小さな図形。
白と黒で書かれたシンプルなそれは、ゲームなどでもお馴染みの太極図と呼ばれるものだ。
「…あれ、あの二人みたいだと思わないか?」
話を振られた二人は互いに顔を見合わせて、それが誰と誰の事を指すのか、すぐに思い至って「あー」と声を上げた。
「一方通行とK’か?」
「確かに白と黒だもんなぁあの二人」
白い勾玉に黒い点を描いたような左半分と、黒い勾玉に白い点を描いたような右半分。
確かに、アルビノで白い服を着た一方通行と、褐色肌で黒い服を着たK’の在り様に見えなくもない、かもしれない。
「太極図、または陰陽魚。黒色は陰を表し右側で下降する気を意味し、白色は陽を表し左側で上昇する気を意味する」
くるくると指を回しながら振り返る七夜はひどく楽しそうで。
「やがて陰は陽を飲み込もうとし、陽は陰を飲み込もうとする。陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずる。―――あの二人に相応しいだろう?」
「………ごめん、さっぱり」
「よく、犬が自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回るって話があるだろう? あれと同じで、白は黒を、黒は白を追いかけ続けているのさ」
上機嫌で語る七夜の言葉の意味を、上条と狼牙は半分も理解していなかったけれど。
「つまり、あの二人はソックリだって事さ」
見た目には全く似ていない友人達が、実はとてもよく似ているのだという事だけは知っている。
その二人を現しているのだと言われれば段々そう見えてきて―――何となく、嬉しくなった。
「…まぁ、それを言ったらお前達二人もソックリなんだが」
「? 何か言ったか?」
「いいや、別に?」
「なぁ、これ土産にしようぜ」
「K’はともかく、一方通行は怒りそうだけど―――な」
奇しくもその図形と同じ、黒い学生服と白い学生服の二人に急かされて苦笑する。
太極図の意味するものは、陰と陽は紙一重だという喩え。一方通行は恐らくその意味を知っているだろう。
陰は陽を取り込んで最終的に陽へと変貌し、陽は陰を取り込んで最終的に陰へとする。
―――闇の匂いがする白い少年は、自分とK’が『似ている』と評されればきっと複雑な顔をするに違いない。
「…ああ、でもそういう顔も見てみたい、かな?」
木製で重い扉がぎぃと鳴く。雑貨屋の扉を開けて、三人は店内へと足を踏み入れた。
☆ ★ ☆
オマケ
「…でェ? いい訳くれェは聞いてやンよ?」
「―――あれだ、マーキング的な?」
「っざけンな! 色素ねェから人より目立つンだっつゥの!」
「…悪かった」
「あァもォ、とりあえず見えるトコだけ消すしかねェか…」
「………消せるのか?」
「所謂鬱血だかンなァ。―――今度目立つトコに付けたらベクトルデコピンな」
「わかった」
「? なンだよ、随分あっさりしてンじゃねェか」
「いや、アンタがツンデレだって再認識しただけだ」
「はァ!?」
つまり、目立たなければ付けてもいいという意味だろう?
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