Wiki内検索
一覧
連絡事項
09/06/10
ふみお氏の一身上の都合により、氏のSSはまとめから削除されました
あしからずご了承ください
最近更新したページ
最新コメント
FrontPage by 10月22日に更新したひと
SS一覧 by ヘタレS
6-548 by るんるん
FrontPage by 管理人
FrontPage by 7-139
タグ
(´・ω・) 1-108 1-130 1-180 1-194 1-213 1-24 1-247 1-286 1-311 1-32 1-362 1-379 1-46 1-486 1-517 1-639 1-644 1-654 1-76 2-112 2-15 2-163 2-178 2-185 2-219 2-220 2-360 2-457 2-489 2-49 2-491 2-493 2-498 2-539 2-545 2-587 3-114 3-120 3-128 3-130 3-142 3-149 3-151 3-186 3-240 3-295 3-304 3-382 3-389 3-552 3-560 3-619 3-635 3-644 3-68 4-112 4-113 4-119 4-136 4-156 4-158 4-181 4-199 4-213 4-418 4-468 5-102 5-158 5-192 5-230 5-233 5-238 5-254 5-265 5-271 5-275 5-285 5-321 5-372 5-378 5-413 5-422 5-436 5-438 5-454 5-50 5-516 5-544 5-596 5-612 5-630 5-635 5-637 5-714 5-73 5-754 5-759 5-772 5-79 5-808 5-813 5-818 5-825 5-831 5-913 5-918 5-922 6-301 6-356 7-163 7-189 7-206 7-228 7-259 7-269 7-306 7-358 7-380 7-381 7-401 7-465 7-547 7-577 7-615 7-624 7-642 7-647 7-672 7-677 7-711 7-720 7-721 8-111 8-114 8-126 8-16 8-167 8-194 8-20 8-21 8-219 8-231 8-235 8-239 8-258 8-267 8-294 8-328 8-338 8-349 8-354 8-367 8-371 8-380 8-382 8-389 8-453 8-455 8-456 8-460 8-463 8-467 8-468 8-501 8-517 8-532 8-553 8-559 8-568 8-575 8-581 8-587 8-604 8-620 8-646 8-665 8-670 8-692 8-729 8-732 8-740 8-757 8-758 8-762 8-775 9-102 9-124 9-219 9-225 9-230 9-257 9-283 9-29 9-301 9-304 9-34 9-40 9-44 9-5 9-59 9-65 9-69 9-8 9-95 @台詞なし acter◆irhnk99gci coobard◆6969yefxi index 『彼女』の呼び声シリーズ ◆5z5maahnq6 ◆6x17cueegc ◆8pqpkzn956 ◆95tgxwtktq ◆csz6g0yp9q ◆dppzdahipc ◆f79w.nqny ◆ga4z.ynmgk ◆mhw4j6jbps ◆mz3g8qnie ◆q0jngalkuk ◆q2xbezj0ge ◆xndlziuark ◆zsicmwdl. 1スレ 2スレ 3スレ 4スレ 5スレ 7スレ 8スレ 9スレ お魚 かおるさとー かおるさとー◆f79w.nqny こたみかん◆8rf3w6pod6 さんじゅ じうご じぇみに。 にっぷし まら文太 アンドリュー家のメイド エロ ソラカラノオクリモノ ツンデレ ネコなカノジョシリーズ バレンタイン ファントム・ペイン ミュウマシリーズ リレー小説 縁シリーズ 球春シリーズ 近親 君の匂いをシリーズ 黒い犬シリーズ 時代物 従姉妹 書く人 小ネタ 人間は難しい 精霊シリーズ 短編 痴女 著作一覧 長編 通りすがり 電波 非エロ 微エロ 不機嫌系無口さんシリーズ 保守ネタ 埋めネタ 未完 無口でツンツンな彼女 無口で甘えん坊な彼女シリーズ 無口スレ住人 矛盾邂逅 幼馴染み 流れss書き◆63.uvvax. 籠城戦

じぇみに。に

私は馬鹿だ。
夕方のキッチン、半日かけて作ったそれを前にして、滝口睦月は自分の愚かしさに愕然としていた。
大きなハート型。
純白の地の上に黒いイタリックで"I Love You"。
仕上げにピンク色のリボン、後は小奇麗な包装紙に包み、更にリボンを結べば完成。
凄まじい馬鹿馬鹿しさであった。
正しく阿呆の所業であった。
どこのラブコメだ、今時少女漫画でもこんな愚挙は見られない。
これを冗談でもなんでもなく、大真面目で想い人に渡そうとしている自分は、きっと病気なのだろう。
恋と言う精神疾患だ。
睦月は溜息をつくと、それに丁寧なラッピングを施し、リボンをかけた。
それを手に取り、睦月はしばし躊躇う。
後は簡単だ。一時の気の迷いと言うことにして、ゴミ箱に放り込むなり、自分の胃に収めるなりすればいい。
これを渡してしまえば、もう後戻りはできない。
いくら彼が鈍感とは言え、表面に書かれた文字の意を取り違えるのは無理だ。
断られれば良い。
暫くは気まずいかもしれないが、数日で忘れ、元の友人の関係に戻れる。
だが、ひょっとして、万が一、受け入れられる様なことがあれば。
ちくりと胸が痛む。
睦月は己の躊躇する理由が何であるか、自覚している。
そしてそれが"彼ら"にとって失礼極まりない勘繰りであることも、判っている。
睦月は深呼吸し、目を閉じると、意を決してチョコレートを鞄の中に収めた。


滝口睦月という少女は、渡辺綱という少年に恋愛感情を抱いている。
この事実は同学年の間では周知であった。
彼女本人は明確に好意を否定するが、「べ、別に私は綱のことどうとか……ゴニョゴニョ」などとテンプレの様な回答では説得力がない。
睦月は昼休みや放課後、暇を見付けてはクラスの違う綱の周りに居座り始める。
また、綱と他の女子が親しげにしているだけで、途端に挙動不振に陥り、ジトリとした視線で彼の様子を注視し始めるのだから、一目瞭然であった。
誕生日、修学旅行、長期休暇。
睦月はイベントの度に、遠回しでありながら周囲には見え透いたアプローチを綱にかける。
こんな関係を、この二人はもう3年近く続けているが、その間彼らの間には進展も破局も全く見られていない。
その理由は主に3つ。
一つは二人が通う学校、中高一貫の北原学園はミッション系であり、不純異性交遊が禁じられていること。
ただ、これはあくまで建前上。
北原学園はどちらかといえば地方の数少ない進学校としての側面が重要視され、この手の学校としては法外といっていいほど規律が緩い。
男女はクラス別とは言え、共学で男女の垣根は低く、行き来は自由である。
故に、これを理由としてあげるのは不適当かもしれない。
もう一つ、睦月が綱に対し好意を明確にできない主たる理由は、渡辺綱という少年が絵に描いたような朴念仁であること。
部活、スポーツ、旅行、ゲーム、試験一日前限定で勉強も。
何事にも全力でぶつかり青春を謳歌する綱だが、こと恋愛に関しては思考の隅にすら入っていない。
もともと人心の機微に疎い方ではあり、まして乙女心など理解の範疇外。
文武両道、成績優秀、眉目秀麗…と言う程でもないが、顔かたちは整っている部類に入り、女性に好かれる要素が少なくはない筈だが、浮名を流した女子は殆どいない。
彼の鈍感さや"ガキっぽい"性格を知りつつ近付く物好きは、睦月以外にいなかったのである。
そしてもう一つ、これが最大の問題なのだが、それが――――。

「結?」
昼休みの時間。
睦月の目の前には、穏やかな微笑を浮かべた、すらりとした長身でセミショートの同級生。
何時もの面子と共にサロンで弁当をつついている睦月に、その少女が何がしかを差し出す。
カラーフィルムに包まれラッピングされた、指二本分くらいの長さ太さの物体。
目線でその意図を問い返すが、少女、渡辺結は微笑み返してくるだけで返答は無い。
「バレンタインのプレゼントだ。友チョコってやつ。チョコじゃないが」
睦月の向かい側で弁当にがっついている少年が結の意図を代弁。
彼は結の兄である渡辺綱、睦月の想い人その人である。
「あ、ありがとう」
結から菓子を受け取りフィルムを開けると、飴がけのアーモンドクッキーが出てきた。
漂うほのかな柑橘の香り。
一口齧ると、キャラメルの香ばしさとナッツの旨みが口に広がる。
「おいしい……」
「そうだろう、そうだろう」
何故か満足そうに頷く綱。
「俺も手伝ったからな。結の愛情は勿論、俺の愛情も入っている」
睦月は思わず喉を詰まらせ、むせる。
「あ、ワリィ。キモかったか?
でも別に余計なモンは入れないぞ。ちゃんとレシピ通り作った。
愛情云々は冗談だから気にすんな」
「べ、別に愛情が入ってても……」
顔を赤らめモゴモゴと口ごもる睦月だが、例によって綱は少女の態度に気付かない。
(逆チョコって考えてもいいのかな。この場で食べずに取って置けばよかったかも……。
でも日持ちするものじゃないし……)
だが一口齧ったまま、顔を真っ赤にして、クッキーを手に固まっている睦月の様子がヘンであること位は、判る。
「滝口? おーい滝口。聞いてるかー?」
綱は睦月の目の前に手をかざして左右に振るが、反応は無い。
「滝口の奴はどうしてしまったのだろう」
「さあねえ」
「俺が知るか」
睦月の横でサンドイッチを頬張っているぼさぼさ髪を一くくりにした女子が肩をすくめ、少し離れた所で弁当を黙々と口に運んでいる眼鏡の男子がつっけんどんに返した。
兄の隣に座りなおした結は苦笑している。
綱は釈然としないまま、弁当箱に残っているミニトマトをヘタごと口に放り込んだ。
むぐむぐと咀嚼しながら、綱は未だトリップしている睦月の傍らに置かれた小さな箱に目を止める。
綺麗にラッピングされ、リボンを掛けられた何か。
「おお、これは」
時期的に考えて、チョコレートしかありえない。
さらに、どう見ても本名。
綱はしげしげと睦月のチョコレートを眺める。
「意外だなー。滝口がバレンタインでチョコレートなんぞ持ち出すとは。
市販じゃないっぽいし、まさか手製か?
滝口も乙女であったと言うことだな、うんうん。
で、相手は誰よ」
「え!? え、う、あ……」
我に返った途端、興味津々の綱に詰め寄られ、睦月は動揺する。
折角向こうの関心が向いているのだから、チョコレート渡すなら今しかない。
そう思いつつも踏ん切りがつかない睦月。
「何でさっさと渡さんのだ、滝口は」
「昼食前に渡そうとしたは良いけど、公衆の面前で恥ずかしくなり、タイミングを伺いながらずるずると先延ばし。
そんなところじゃないのかねえ」
外野の三人は小声で話しながらその様子を眺めていた。
「いや、喋りたくないなら良いんだが。
だったらそれ、しまっといた方が良いぞ。
一応本校ではバレンタインにおける生徒間での物品贈答は禁じられている。
建前だけだが、うるさい先生もいるし」
綱は話題を打ち切り、元の席に戻ろうとする。
「綱っ!」
「な、何だ?」
睦月は思わず綱の腕を掴んでいた。
綱は突然の大声にたじろぐ。
一方の睦月も、何も考えず呼び止めてしまったので、未だ動揺の最中にあった。
それでもなんとかぐるぐると回る思考をまとめ、意を決して口を開く。
「放課後、屋上に、来て欲しい。大事な、話がある」
「お、おう」
頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、頷く綱。
「でも一体何の用だ? まさか果し合いとか」
だが、相変わらずその思考は的を外れていた。
「そのシチュエーションを提示されて、何も思い当たる所がないのかねえ」
「阿呆だな。救い難い」
結も苦笑いのまま頷いて同意。
「何だよ。だったらお前らは何か判るのか――――って」
二人が結からヌガークッキーを受け取り、包みを開いている。
「伊綾、何故、お前までそれを貰っている?」
「義理だろう。何の問題がある」
綱はクッキーを口に放り込もうとした男子、伊綾泰巳の腕をがしと掴む。
「結が誰と付き合おうが、俺が口を挟むべき問題じゃねえ。
だが、俺を"お義兄さん"と呼ぶ男は、俺よりも強くなければならんのだ」
「はあ? どこをどう解釈すれば、そう話が飛躍するんだ。
脳まで爛れたか、このシスコン」
伊綾は掴まれた手を振り解き、綱の顔面に裏拳を飛ばす。
綱がその拳を受け止め、両者そのまま腕に圧力を込め、力比べに入る。
腕が離れたのは同時。
その勢いで距離を取ると、二人は互いに腰を落とし、構えを取った。
「別に俺は渡辺妹に懸想している訳では無いんだがな」
「俺の妹に魅力がないと言いたいのか!」
「どう答えろって言うんだ!」
伊綾は素早く距離を詰めながら姿勢を低くすると、地面すれすれのローキックを放つ。
綱は跳び上がってそれを回避、伊綾の頭部に跳び蹴りで迎え撃つ。
伊綾はキックの勢いを利用して体を捻りながら、綱のつま先を避ける。
位置を交代し、再び離れる両者。
「どうしても結と付き合おうと言うなら、俺の屍を超えて行け。
付き合わんと言うなら結を侮辱したものと見なす。一発殴らせろ」
「丁度良い。渡辺妹等どうでも良いが、お前とは一度決着を付け様と思っていた」
右腕を引き左腕を突き出し、手を開いて掌打の構えに入る綱。
伊綾は指をポキポキと鳴らすと、全身の力を抜き、両手をそっと握って顔の前まで上げる。
一触即発の空気が漂う。
ごくり、と唾を飲む音が響く。
「こ、これはやばいんでないの?」
「いつものこと」
睦月は比較的落ち着いていた。
怪我でもしたらと心配ではあるが、二人ともそれなりに喧嘩慣れしているので大事にはならないだろう。第一、自分では止めようがない。
ポニーテール少女の心配を余所に、間合いを計りながら互いに隙をうかがう男二人。
やがて、両者の足が同時に地を蹴った。
そして、同時に足を払われ、もんどりうって倒れ伏せる。
彼らの中間に、箒を腰溜めに構えた結が佇んでいた。
結は口をへの字に曲げ、腰に拳をあてると、腰をしたたかに打ち痛がっている兄の前に仁王立ち。
「結? あ、いや、そうじゃなくて、俺は……。
え、義理チョコ一つでむきになるな? 身内として見苦しい?
でも、俺は――、俺は…………。
はい、俺が悪かったです。ごめんなさい」
妹の前で正座させられ、しゅんとうな垂れる綱。
睦月は二人の様子を呆気にとられながら眺めていた。
「……怒ってる結、初めて見た」
「そうか? 兄貴の前では結構表情豊かだぞ、あいつ」
腰を抑えながら説明する伊綾。
「伊綾ー! 結はお前も悪いって言っとるぞ。
お前もここになおって、お叱りを受けろ」
「何で俺まで」
『先に仕掛けたのは伊綾です。故に兄と同罪です』
携帯電話の液晶に文字を打ち込み、伊綾に突きつける結。
伊綾は手をひらひらと振る。
「悪いが俺はお前の言ってる事が判らん。後で兄の方から聞いて遣るから、今は遠慮させて貰う」
『判りました。兄を二人分叱っておきます』
「何故ッ」
二人とも綱の抗議に耳を貸さない。
再び説教が始まる。
相変わらず結の口は動いていない。声も聞こえない。
にも拘らず、綱はあたかも彼女に叱られてるように振舞う。
否、実際に叱られているのだろう。
彼にしか聞き取れない声で。
睦月は寂しげな視線で、二人のきょうだいを見詰める。
結の"お説教"は数分に及んだが、その間ずっと、睦月の胸の小さなモヤモヤは晴れなかった。

一足先に箒をしまいに戻った結に遅れて、弁当を片付け校舎に戻る。
綱の後ろをついて来る睦月は、何だか元気がなかった。
「どした? 滝口?」
綱も、こう言う事だけは妙に気が回る。
睦月はそれが少しだけ嬉しかった。
「綱は」
口ごもる睦月。
「綱は、結のことは何でも判るんだね」
「んな事もねーよ」
憮然と反論する綱。
「なんとなく言いたいことが判るってだけだ。
心ン中全部お見通しってわけにゃ行かない」
「でも、綱は結が言いたいことは全部理解してる。
結が怪我とかしたら、飛んで来る」
彼らきょうだいは感覚、感情をも共有している節がある。
睦月と綱らとの付き合いは数年でしかないが、その間二人が言葉もなく通じ合っているのを、幾度となく目にしていた。
街中で金を持ち忘れ困っている綱に、家にいた結が財布を届けに着たり。
結の教室で力仕事が必要になるといつも、どこからともなく綱が手伝いに着たり。
綱が腹をすかせていると、食料を携えた結がひょっこり顔を出したり。
結が交通事故に会った際、転んだだけで平気そうにしているので大事無いかと楽観していたら、血相を変えてやって来た綱に病院に担ぎ込まれ、実は骨折していたことが判明したこともあった。
双子の神秘なのかは知らないが、彼らほどの絆で結ばれたきょうだいを、睦月は知らない。
だが当の綱は、これを特別なものと考えてはいないようだ。
「結に伝えようって意図があれば、ある程度は、な。
なんでか知らんが、痛い暑いの感覚が伝わったりもする。
それでも理解できることに限界はある。
例えば俺が股間をしこたまぶつけても、結は平気だ。
逆にあいつが生理痛で苦しんでても、俺はその痛みを判ってやれない。
肉体的な感覚だけじゃねえ。
好き嫌いの違い、ものの感じ方、考え方にしたってそうだ。
俺の経験したことを結が経験するわけじゃないし、あいつの記憶はあいつ自身のもんでしかない。
記憶が違うって事は、何か新しい事態に直面した際、判断基準となるものさし、記憶の中の比較対象も違ってくる。
周りが善人ばっかの環境で育ったら、簡単なサギにも引っかかるだろうし、一回騙されりゃ疑り深くなるわな。
そんな感じで、例え最初に互いの感覚や記憶を同一に揃えたとしても、その差異は時間が経てば指数関数的に広がっていく。
だから、結がどう行動するか完璧に予測しろって言われても、不可能に決まってる。
クオリアにない概念を共有することはできないんだ。
俺たちは結局、別の人間なんだよ」
時々、綱は妙に知的っぽい喋り方をする。
普段の体育会系な綱とはギャップがあり、睦月にはそれがなんだか可笑しかった。
「そうだとしても、結は綱のこと信頼してる。
それはきっと、綱が結のこと大切にしてるからだと思う」
綱はさらりと、なんでもないように答える。
「当たり前だろ。俺はあいつのことが好きだからな」
その言葉を聞いて、睦月はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
勿論、彼の言う"好き"に家族としての感情以外の意味が無いのは判る。
それでも、彼から"好き"と言う言葉は聞きたくなかった。

綱と結は、もうとっくに一線を越えてしまっているのではないか。
たまにそんな馬鹿馬鹿しい考えが頭に浮かぶ。
そしてその度に、睦月は深い自己嫌悪にとらわれる。
有り得ない話だ。
結は常識人だし、二人とも倫理観はちゃんとしている。
何より、彼らがお互いの将来を破滅させるような選択を取るはずがない。
判ってはいるのだが、嫌な想像を止めることができない。
そんな下卑た妄想をしてしまう自分が酷く惨めに思えた。
何より、その可能性を怖れる本当の理由は、倫理などではなく、単なる嫉妬に過ぎないと自覚しているから。

不意に瞼からぽろぽろと滴を零す睦月を見て、綱は大いに慌てる。
「たっ滝口! なんで泣く!」
「泣いてない」
目をぐしぐしと袖で拭うと、睦月はそっぽを向く。
綱は睦月の頭を抑えると、ハンカチを取り出して無理矢理顔に押し付けた。
「泣いとるだろーが。さっさと拭け。
ああもう、こんなとこ誰かに見られたら身の破滅だ」
綱は周りを見回しながら、軽く睦月の肩を抱き寄せた。
背の低い睦月の体は、がっしりした綱の腕にすっぽり収まってしまう。
彼女の背をさすりながら、綱は睦月が落ち着くのを待った。
「俺、なんか拙いこと言ったのか」
睦月は首を振った。
「綱は悪くない」
「男は女の子を泣かせちゃいかんのだ。とにかく、話してみろよ」
「本当に、なんでもないから」
睦月は綱の腕を解くと、彼から身を離す。
少年のぬくもりが、名残惜しかった。
「綱」
「ん?」
「何があっても、結を大切にしてあげて」
何を今さら、と綱は鼻を鳴らした。
「当然だろ」
睦月は微笑む。
それでいい、それでいいのだ。
彼らはいつまでも共に歩めば良い。
その隣を歩むことは、自分にはできないかも知れない。
それでも、彼らが幸せなら構わない。
綱には結の事を一番に思っていて欲しい。
睦月が好きになったのは、そんな綱なのだから。

時計を見ると、もうすぐ昼の休憩時間も終わりだった。
睦月は綱に別れを告げる。
立ち去る睦月を見送りながら、綱は暫く立ち尽くしていた。
心のどこかに引っ掛かりを感じる。
さしもの人心の機微に疎い綱とは言え、睦月の態度の違和感に気付きつつあった。
「まさか、あいつ……」

終業のベルが鳴る。
教科書をまとめ、足早に教室を出ようとする睦月の肩を誰かが叩いた。
「結」
相変わらない微笑を浮かべた結は、すっと上方を指差す。
屋上に行って来い、そう言うことだろう。
だが睦月は俯いたまま動かなかった。
「私は、行けない」
ぽつりと弱音を零れる。
それを聞くと、結の笑みが若干堅くなった。
睦月の腕を掴み、ずんずんと歩き始める。
「ちょ、ちょ……っ。む、結っ」
結は聞く耳を持たない。
どんな意図があれ、約束を破るのは許さない。普段より堅い表情がそう語っていた。
そのまま睦月を階段まで引っ張っていく。
「結は……。結は、それで良いの?」
二人の足が止まる。
結は首を傾げた。
「ひょっとしたら、綱は私の、告白を、受けるかもしれない。
そしたら、結でない他の女が、綱の一番近くに居座ることになる。
綱はいつか、結の所から離れて行っちゃうかも知れない」
結は睦月の腕を掴んだまま、じっと耳を傾けている。
「それとも、余裕なの?
綱が私を振るって知ってるから。
私でなくても、他の女性が綱と付き合うなんてこと、永遠にないと判っているから」
結はゆっくりと頭を振った。
その間に素早く携帯電話のボタンを打ち込む。
『兄が睦月を男としてどう見るかは、私にも判りません』
液晶に表示された文字を見て、睦月は綱の言葉を思い返した。
結局は別の人間。故にクオリアの無い概念を共有できない。
綱には女としての結を、結には男としての綱を理解することはできないのかもしれない。
結は更に続けて文字を打ち込む。
『私は、誰かをお義姉さんと呼ぶなら、睦月が良いです』
不覚にも涙がこみ上げる。
「でも、私は……っ!
綱とあなたの関係を、勘繰ったり。
勝手に勘違いして、結に嫉妬したり。
こんな私、知られたら、きっと、つ、綱はっ」
結はそっと睦月を抱き寄せた。
暖かい。
日ごろ鍛えている結の体は、少女のものにしてはしっかりしていた。
きょうだいだからだろう、なんとなく、綱の感触と似ている。睦月はそんな事を考えていた。
暫くして、睦月は結の腕から抜けると、瞼を拭って無理矢理笑顔を作った。
「ありがとう、いろいろ。
それじゃ、玉砕してくる」
そう言うと、睦月は身を翻し、上りの階段へと向かう。
結びは苦笑しつつ、その背中にサムズアップを送った。

夕暮れ時の屋上。
特に立ち入り禁止指定はされていないものの、冬の風が強いせいか、この時期に人影は少ない。
睦月が扉を開けた時も、人影は見当たらなかった。
一人所在なげに誰かを待つ少年一人を除いて。
綱は睦月の姿に気付くと、軽く手を上げた。
「おう」
睦月はこくんと頷き、傍に歩み寄る。
静かだった。
運動部員の掛け声が遠くから聞こえる程度。
睦月は高鳴る胸を必死に押さえていた。
「綱」
「ん」
「用件、何か、気付いてる?」
「まあ、なんとなくは、な」
少年は顔を赤らめて頬をかいた。
「その、チョコレートだろ」
睦月の脈拍数が一気に増大する。
足ががくがくと震える。
顔はもう、これ以上無いくらい真っ赤になっていた。
震える指で鞄の中のチョコレートを取り出す。
体温で溶けてしまわないか心配だった。
「変、かな、やっぱり」
「かもしれん。だが、少なくとも俺はありだと思う」
「綱と結の仲に割り込むみたいで……」
「いつかは別れる日も来るだろ。きょうだいなんだし」
沈黙が降りる。
会話が続かない。
「その中身。チョコレート、だよな」
「ホワイトチョコ。は、ハート型の」
「普通のチョコレートより好きなんだ。よく知ってたな」
ふと、違和感を感じる。
何か、会話が微妙にかみ合っていないような。
睦月は頭を振ると、なけなしの勇気を振り絞ってチョコレートの包みを差し出した。
「これ!」
「ああ」
綱が手を伸ばす。
「渡しとくぜ。結に」
綱、全くの真顔。
風がむなしく吹いた。
「は……」
「いやー、たまに結が女子から告られてるのは知ってたけど、まさか滝口までとはなー。
何か日ごろ仲よさげだったのは、そう言うことだったんだな」
確かに結は、一部で妙な人気があったりする。
その特異性から毛嫌いする教師や生徒もいないわけではない。
だが、気遣いのできる性格と中性的で整った容貌から、好かれることが多いのも事実。
「女同士ってのはお勧めできんが、真っ向から否定はせん。俺は認める。
うちはミッション系ではあるが、度が過ぎん限りは大丈夫だろ。
だが」
綱は掌底を作り、睦月に対して構えを取った。
「それが女であれ、結の伴侶が俺より強くあらねばならんことに変わりはない。
女を殴るのは気がひけるが、結のためならば仕方あるまい。
相手が滝口とは言え、容赦はせん。
さあ! 俺を"お義兄さん"と呼びたくば、俺を斃してからにするがいい!」
「……」
睦月、無言。
俯いたその表情を伺うことは出来ない。
「滝口?」
綱はいつまでも硬直している睦月の様子をいぶかしみ、構えを解く。
「ば……」
「罵?」
綱は睦月の顔を覗き込む。
睦月の拳がプルプルと震えていた。
「ばかああぁぁ――――ッ!」
「ぶうぉおはああああああ!?」
地平線に沈む夕日をバックに、睦月のアッパーカットが綱の顎を直撃した。

夜。
マンションのベランダで夜景を眺めながら、綱は未だに痛む顎をさすっていた。
「おーいて。
滝口のやつ、一体なんだったんだ? 決着付けずに先に帰っちまうし」
ぶつぶつと一人ごちる綱。
「ま、良いか。結の事は勘違いだったみたいだし。
滝口、この所変だったけど、結局いつも通りだった」
窓が開き、結が姿を現す。
風呂上りの彼女は、既に寝巻きに着替え、厚手のセーターを羽織っている。
その手には湯気立ち上るカップが二つ。
「なにやってんだ結。
はよ戻れ。体冷やすぞ」
結からカップを受け取り、カプチーノをすする。
「上にかかってんの、ココアか」
頷く結。
バレンタインだからね。
そう目で語って微笑み、自身も一口すすった。
しばし、二人で夜空を眺める。
星が綺麗だった。
ふと、綱の視線が結の方へ向く。
「結、ついてる、ひげ」
口の端に牛乳の泡が残っていた。
綱は自分の口の左端を指差す。
結は指で口の右側を拭った。
「違う違う。反対」
綱の指がすっと結の唇へ伸びる。
その左端を拭くと、綱は付着した泡を自分の口に含んだ。
綱はにっと笑うと、先に部屋の方に戻る。
「ごちそーさま、な。風呂入ってくる」
綱が立ち去った後、結は暫く立ち尽くしていた。
その指が唇を撫でる。
胸が僅かに鼓動した後、酷く痛んだ。
その痛みを、綱はまだ知らない。
2011年03月13日(日) 22:44:52 Modified by ID:xKAU6Mw2xw




スマートフォン版で見る