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ファントム・ペイン 4話 掌/鼓動

お腹から?
そんな所から出て来るんだ、ヒトって。
「そう。人間は普通ここから生まれてくるの」
彼女はそう言って笑いながら下腹を叩いた。
「これぐらいの小さい赤ちゃんとしてね。
それまではずっとお母さんのお腹の中で、十分な大きさになるまで眠っているわ」
教科書に書いてはあったけど、何だか信じられない、そんな風に言うと
「女の子のコメントじゃないわねー」
彼女は深々と溜息を吐く。
「何にせよ、本当のことよ。実際に生んだことがあるから間違いない」
彼女の子供。
もう15歳になるのだと彼女は言う。
「すごく長い間ほったらかしにしちゃった。
きっと恨まれているんだろうな」
自嘲交じりの悲しげな顔。
でも大丈夫、と彼女は笑う。
「あの人に預けてきたから。きっといい子に成長してるって、そう信じてる」
私も、その子に会ってみたい。
そして、できるなら友達になってみたい。
「きっとなれるわよ」



「精密検査だと?」
南瓜のそぼろ餡掛けを突付きながら、俺は親父の唐突な依頼を訊き返した。
「うん、僕は明日出勤日だから。代わりに絵麻の付き添い、病院まで頼むよ」
「それは構わんが……」
ちらりと絵麻の方を見遣る。
青菜煮付けの汁を啜ったまま、ショートカットの小柄な少女も目を瞬かせている。
器から口を離して、掠れがちの声でボソリと呟く。
「……一人で大丈夫だよ」
「お医者様の日本語、専門用語が多いから。
きみの語学力なら問題ないとは思うけど、念のため、ね。
それとも――」
親父はにやりと笑う。
「泰巳と一緒はいやかい?」
絵麻は勢い良く首を振った。
「じゃ、決まりだ」
診察の予約の時間、出発の時間、病院のアクセスを確認する。
そこはかと無く嬉しそうな様子で、絵麻は小さく御馳走様を告げてから食卓を離れた。
彼女が洗面所に引っ込んだのを確認してから、俺は親父に詰め寄る。
「どう言う事だ」
「泰巳はいやなのかい? 絵麻とお出かけ」
俺は親父の戯言を遮る。
「精密検査だ。先月もだったろう。
何でこんなに頻繁なんだ」
親父は黙って肩をすくめる。
「先月、あんたは言ったよな。あいつの健康状態に問題はないと」
「そうだったっけ」
「なら何故こんな立て続けに検査を受ける必要がある。
持病があるのか? どうして治療を受けていない」
「泰巳」
静かに親父は俺の言葉を遮る。
「彼女は普通の健常者と変わりはないよ。
普通の生活が出来るし、切羽詰った問題があるわけでもない」
「あいつの塗り薬、相当強力な紫外線防護剤らしいな」
それ位の事は、ネットで検索すれば簡単に判る。

「まさか色素性乾皮症とか言う奴なのか」
「それなら夏の真っ盛りに昼出歩けるわけないでしょ。
個人差もあるけど、XPは簡単な処置で済ませられる病気じゃないよ」
「なら何だって言うんだ」
親父は小さく溜息を吐いた。
「絵麻本人に聞いたのかい?」
「……大丈夫の一点張りだ。話にならん」
「なら、僕からも話すことはないよ」
俺は拳を握り締めて苛立ちを抑えた。
「……俺が事情を知ることが、誰かの不利益になると言う事か」
「絵麻は少し辛い思いをするかもね。これだけしか言えない」
「俺が事情を知っても、何の役にも立たないんだな」
「……何をそんなにイライラしてるんだい?」
俺は出来るだけ深く溜息を吐いて気を静める。
要は部外者であると、当然の事実を指摘されただけだ。
俺はまだ子供だと自覚し、自然に唇が吊り上がる。
「ガキがガキだと言われて、不愉快にならないと思うか?」
「そうかもね。けど、きみはそれだけじゃないだろう。
どうして泰巳は、この件でそんなにムキになるの?」
一瞬、答えに詰まる。
「それは――――
あいつが、絵麻が、身内だから」
「まあ、合格点かな」
親父は満足そうに笑った。
「できれば、家族、とストレートに言って欲しかったね」
「そう簡単に割り切れるか」
親父は話を打ち切るべく席から立ち上がった。
「絵麻は健康だし、何らかのハンデを負っている訳でもない。これは本当だよ。
きみは何の心配もする必要はない」
リビングに戻って来た絵麻が不思議そうな顔で二人を見ている。
親父は入れ違いで洗面所に向かい際、俺の肩を叩いた。
「傍にいてあげてくれ。それだけであの子の力になる」



「問題なし、か……」
早朝から午前中一杯かけての検診が終わり、俺と絵麻は病院内の食堂で軽食を突付いていた。
絵麻は検診の直後と言う事で重い物は食べられず、小サイズのうどんを黙々と啜っている。
前回より随分軽めの検査だったせいか、食はそれなりに進んでいる様だ。
出汁が辛子で真っ赤に染まっている様だが、見なかった事にしよう。
何にせよ、向こうは温かい分まだマシだ。
俺が頼んだ定食メニューは燦々たる有様だった。
衣が湿気た魚のフライ、火が通っていない肉じゃが、正体不明の茸、煮溶けたほうれん草、間違えてソースの掛かった杏仁豆腐。
大方のおかずが冷め切っており、白飯に至っては完全な中米で食えた物では無い。
そこそこの値段で栄養バランスが取れている事だけが救いだった。
上目遣いで俺の箸が進まない様子を伺う絵麻。
「……おいしい?」
「旨そうに見えるか」
俺は溜息を吐いて、手元の資料に目を落とす。
血液成分、代謝機能、MRI、レントゲン写真、等々。
専門用語が多くて判り辛いが、健康的な範囲に収まっている事は理解出来た。
目を上げて絵麻の様子を眺める。
するすると器用にうどんを手繰る彼女の挙動からも、特に不健康の色は見えない。
「全く、何の為に態々こんな面倒を……。
血液検査に身体機能テスト、先月は胃カメラまであったな。
俺だったら絶対にボイコットするぞ」
絵麻は箸を止め、真っ直ぐ俺の方を見る。
「ヤスミは、怖くないの」
「何がだ」
絵麻は自分の胸にそっと手を当てる。
「病気」
まあ、確かに。
現代人にとって最も高い死のリスクは、病によっている。
感染症や癌、精神疾患に機械的損傷、遺伝子欠損。
自覚症状が無くとも、常にその危険は誰にでも付いて回る。
けれど。
「限が無いだろう、そんな物。
四六時中考えていても、頭が可笑しくなるだけ。適度に無視するのが良い。
"気晴らしによってそれを忘れる"と言う奴だ」
絵麻は首を傾げる。
「……パンセ?」
正解だ。

「まあ、お前が何をそんなに怖がっているのか、俺は知らん。
無理に訊こうとは思わんが、少なく共身内の事だ、知って置きたいとは思う。
病気であろうと、何であろうと。
吐き出せる時に吐き出して置いた方が良いぞ」
絵麻は一瞬目を瞬かせた。
再び首を傾げる。
「お前の事だよ。
この御大層な人間ドックは何の為で、一体何を隠し事しているのかと訊いているんだ」
絵麻は口を開きかけるも、すぐに閉じる。
「言う心算が無いなら、別に良い」
「……聞いても、詰らないよ」
「詰まらなかろうが、知って置く必要があるかも知れん」
「…………知っても、何にもならない」
「俺が知りたいだけだ」
「………………」
ばつの悪そうな瞳から目を逸らし、昼食の続きに取り掛かる。
かちゃかちゃかちゃかちゃ。
食器を動かす微かな音が、やたらと耳に響く。
絵麻は尚も逡巡していた。
「……麺、伸びるぞ」
微妙な沈黙。
それを押し破ったのは、想定外の闖入者だった。
「あれ? 伊綾じゃね?」
聞き覚えの有る声に視線を上げると、食堂のすぐ外から活発そうな少年の見知った顔がこちらを伺っていた。
その後ろには彼の妹である穏やかな少女の姿も見える。
「渡辺か?」
手を上げながら近付いて来る少年の手には、百日草や百合の花束が。
休日なのに制服姿なのを見ると、誰かの見舞いだろうか。
「やっぱ伊綾じゃん、絵麻ちゃんも。奇遇だなあ。
なにしとるんだ、こんなとこで」
さしもの傍若無人な渡辺綱も病院内では大声は上げず、結と共に態々目の前まで寄って来る。
友人と出会えたからだろう、小さく手を振る絵麻の顔も僅かに綻んでいた。
お辞儀して来る結に会釈を返しつつ、質問に答える。
「絵麻の健康診断だ。俺は付き添い」
「ふーん。絵麻ちゃんどっか悪いの?」
「……さあな」
俺も良く判っていなかった。

話題を切り替える。
「そう言うお前らは何の用だ」
「あ、うん。俺らは――」
「何やってるの結。そっち食堂よ」
不意に前方から聴こえて来た声。
綱の肩越しに小柄な少女が三ツ編を揺らしながら早歩きでやって来るのが見える。
少女は俺の姿を認めるや、一瞬目を顰めた。
俺にも見覚えの有る顔だ。
「滝口も一緒か。珍しい組み合わせだな。
揃って誰かの見舞いか」
「おう! 聞いて驚け」
綱は小柄な少女、滝口睦月の肩を気安げに叩きながら、屈託なく笑った。
「滝口、お姉ちゃんになるんだぜ!」
「ほう」
要するに、滝口の母親が新しく子供を産んだ、と言う事だろう。
少し意外だった。
滝口は15か16の筈。
彼女の家庭事情は知らないが、これだけ歳が離れたきょうだいも珍しい。
「おめでとう」
「……有難う」
形式的かつ機械的な遣り取り。
滝口は若干気まずそうに付け足した。
「折角だから、伊綾君と、絵麻――さん、だったっけ、二人もお見舞い来る?
母子の様態安定したから、赤ちゃんも抱けるけど」
「いや――――」
それは単なる社交辞令に過ぎなかったのだろう。
俺はすかさず辞退しようと口を開きかけて、閉じた。
絵麻が実に興味津々と言った風に、滝口を見詰めている。
普段感情が表に出ない彼女。
顔の筋肉に動きはなかったが、目の輝きが違う。
「……そうだな、お願いできるか」
結局俺は、申し出を受ける事にした。



「ご出産、おめでとうございまーす!」
昼下がりの総合病院。産婦人科の一角。
綱が満面の笑みで女性に花束を渡している。
「ふふ、有難う」
滝口の母親は産後の疲れも見せず、結構若く見える。
20台と言われても不思議ではない。
柔和そうな、ふくよかで柔らかな笑顔。無愛想で痩せっぽちな滝口とは似ても似つかない。
「赤ちゃん、抱っこさせてもらってもいいっすか?」
「どうぞ。ここから、こう、こうやって優しく、ね」
「おおお! 小っちぇー! お肌ぷにぷにー!
ほうれ高い高――すみません冗談です」
結に窘められている。相変わらずだ。
俺は個室から離れた廊下の壁にもたれ掛り、その様子をぼんやりと眺めていた。
外は快晴。布団を干して来れば良かった。
折角の土曜日にこんな所で、一体俺は何をやっているのだろう。
「あんたはあっちに行かないのか」
他にする事も無かったので、仕方なく俺は3メートルほど右でベンチに座っている少女に話しかけた。
髪を三ツ編にした身長の低い同級生は、先程の俺と同じくぼーっと病室の方を眺めている。
「別に」
どことなく詰まらなそうに滝口が応える。
「あんたの妹だろう」
「半分だけよ。お母さんが違うもの」
継母との確執、か。
「妹には関係ないだろうが」
「……」
滝口、無言で俯く。
その肩を、誰かがそっと叩いた。
「結」
いつの間にかこちらに来ていた渡辺結が、何時もの笑顔で病室の方を指差す。
「でも……」
「おうい! 滝口ー!」
妹に続いてやって来た綱が割り込み、未だに渋っている滝口の腕を強引に引っ張った。
「ちょ……っ! つ、綱っ。ま、待って!」
「お前もこっち来いよ。お姉ちゃんじゃねーか。
お見舞いの代表が席開けてちゃサマにならんだろ」
「……行くわよ。行くから!
手、離し――――、……引っ張らないで」
顔を真っ赤にしながら病室へ連行されて行く滝口を見送る。
「……やれやれだ」
全くです。そんな感じで結も頷いた。
赤子を受け取る滝口は若干ぎこちない。
でも母親の方は気にした風でもなく自然だ。
赤ん坊は姉の方を見て笑い声を上げた。
「あ……」
「おー! 笑っとるわらっとる」
「あはは、お姉ちゃんがわかるのね」

はしゃぐ連中を遠くから眺めながら、俺は小声で毒吐いた。
「馬鹿馬鹿しい。不随意運動だろうが」
ふと横を見ると、結が俺に苦笑を向けていた。
「……すまん」
少し無神経な意見だった。
でも、俺はあそこに混じれそうに無い。
素直に生命の誕生を祝う気持ちが起こらない。
(生まれ出た時、人は皆悲しいと泣き叫んでいる。この世には馬鹿しかいないからさ)
どこぞの小説の一節が思い浮かんだ。
それでも、社会を維持するには子供は生まれなければならない。
祝福されようとされまいと。
人生が素晴らしいものであろうがなかろうが。
盲目的に生を賛美しなければ人は生きて行けない。
生殖を忌避するグノーシス主義やカタリ派は、"産めよ増やせよ"と唱えるローマに滅ぼされる。
別にどちらが正しい訳でもない。
必要だから生産される、そんな存在。
幸せを掴んだものが生を声高らかに肯定し、不運なものは死の間際か細い呻きで生を厭う。
だから世間には、生命の賛歌が溢れ返る。
大多数の報われぬ亡骸を踏み躙りながら。
(まぁ、どちらかと言えば恵まれている俺が言うのも何だがな)
こんなのは、生死の境に立たされた人間の考えるべき事だ。
平和に日々を過ごせる人間は、綱の様に馬鹿笑いをしていれば良い。
そうは思うのだが、それでも矢張り俺個人の感情は、結局赤ん坊の事を好きになれないのであった。
俺は異常なのだろうか。
鬱屈した思考を切り替えようと横を見ると、隣では結が飽きもせず赤ん坊を囲む兄達を眺めていた。
寂しさの混じった、羨望の眼差し。
決して手の届かないものを、羨む様な視線。
眩しそうな。
(……女って奴は)
矢張り俺には理解出来ない。
女。
俺はさっきからずっと病院の隅で物欲しげに赤子を眺めている絵麻に目を向けた。
彼女も一応、女か。
「滝口のお母さん、絵麻ちゃんにもいいっすかね?」
それを聞いて上目遣いでおずおずと近付いて行く絵麻。
「もちろんよ。睦月ちゃん、お願い」
滝口の手から絵麻に、赤ん坊が手渡される。
腫れぼったい眼、ぶよぶよとした贅肉。
俺の目にはとても可愛らしいとは思えない。
腹が減ったら泣き喚き、排泄物は垂れ流すだけ。
他者の存在を意識せず、善悪の判断も出来ない、劣った存在。
醜い肉のカタマリ。
自分の遺伝子を増やす為の、生殖と言う利己的なシステムの産物。
しっかりと、落とさない様に、それを抱えあげる少女。
赤ん坊が目を見開いて、眼前の絵麻を見詰めた。
小さな掌が、少女の頬を撫でる。
おっかなびっくり、そんな感じの顔が、見る見る内に綻んで行く。
俺が見たことも無い様な、素敵な笑顔。
俺は彼女との間に、決して乗り越えられない絶望的な隔たりを感じた。



「今日はありがとな、滝口。お母さんと妹さんにも礼言っといてくれ」
秋の日没は正に釣瓶落とし。日に日に早くなる。
朱に染まる空の下、一同は揃って病院から出た。
滝口には玄関口で車が待っている。
「みんなも、今日は……その、ありがとう」
滝口は若干目を逸らしながらそう呟くと、後部座席に乗り込んだ。
「親父さんにもよろしくなー」
別れを告げる綱と、その横で手を振る結。小さくお辞儀する絵麻。
頷く滝口を乗せて、黒い車は静かに走り出した。
じっと見送る俺を振り返ると、絵麻は首を傾げる。
「ヤスミ」
「何だ」
「滝口さん、ニガテだったり?」
「……どうしてそうなる」
半ば図星ではあったが、平静を装う。
結は苦笑して携帯電話に文字を打ち込んだ。
『似たもの同士ですからね。ちょっと近親憎悪もあるんでしょう』
「そうそう。二人ともアレだよ。なんつったっけ。
ピンチの主人公助けて、『勘違いするな! 貴様を倒すのはこのオレだからだ!』とか言うヤツ。
いわゆる――――えーっと? ……そう! ツンデレ!」
鬼の首を取った様に同意する綱のピント外れな発言に、俺は頭を抱えた。
「……くだらん。人を勝手に訳の判らないカテゴリーに分類するな。阿呆か。
あとそこ、メモらんで良い」
メモ帳を開き『泰巳はツンデ――』等と書き込もうとしている絵麻を止めて置く。
実際、俺と滝口は反りが合わない。
以前の彼女は、今よりももっと排他的だった事も有る。
気に入らない物事に対し、文句を口に出さない癖に態度には出る滝口と、口が悪い俺とでは、それで無くとも相性が悪かった。
最近は互いに丸くなったものと思っていたが、絵麻には微妙に険悪な関係をあっさり看破されている。
妙に鋭い観察眼に驚きつつ、俺は話を打ち切るべく先を歩き始めた。
「そんな事より、もう行くぞ。日が暮れる前には帰りたいからな」



「可愛かったなー。赤ちゃん」
道すがら綱はそんな事ばかり連呼していた。
頻りに頷く絵麻。
俺は溜息を吐いた。
「ならさっさと相手を見つけて結婚してしまえ」
「俺?」
意外そうに綱は自分を指差す。
「無理無理。結婚なんて当分むーり。
だって俺、やりたいことあるし」
古生物学者か考古学者。
それが綱の夢だ。
言う迄も無く漫画の影響。
現在の綱も、部活に遊びに忙しい。
実に充実した青春だ。
「それに、さ」
綱は少し恥ずかしそうに笑った。
「恋愛とか結婚とか、相手の子のこと一番大切に出来ない奴に、する資格ないだろ。
俺にはまだ、無理だ」
今の綱にとって、最も大切な存在。
先を行く結の表情は伺えない。
少年に手を握られ、顔を赤らめる滝口の姿が脳裏に過る。
「お前は……残酷だな」
「ん?」
「……何でも無い」
綱は、例え滝口が泣いたとしても、結のことを優先するだろう。
だが、きっと滝口が好きなのは、そんな渡辺綱だった。
俺は話題を変える。
「あの赤ん坊も、すぐに可愛げのないクソガキになるだろう。
可愛い可愛い言っていられるのは今だけだ」
そして、何れは死ぬ。
「だからさ」
俺のネガティブな意見にも構わず、綱は笑顔で答える。
「今大事に思えるものを、それが出来るうちに精一杯抱きしめてやりたい。
だって、確実に生きていられるのは今だけだから」
だろ? と綱が笑い掛けて来る。
「刹那的な生き方だな」
「宵越しの金は持たねえ主義だし」
ふと、絵麻の方を振り返る。
何を思ってか、絵麻は微笑んで俺達を眺めていた。
結も苦笑している。
俺だけが、笑えなかった。



「あ、俺たちはここまでだから」
渡辺家への分岐点に当たる交差点に差し掛かり、黙礼する結の横で綱は手を上げた。
「また明後日だな、伊綾、絵麻ちゃん」
「ああ、お前らも寄り道せずにさっさと帰れ」
ふと、耳を澄ますと、遠くの方からサイレンの音が聴こえる。
一瞬、結の顔が強張った。
音は段々と近付き、交差点の向かい側から真っ赤な消防車が救急車を伴って走り抜けて行く。
「火事かな。最近多いけど」
「あっちは来た方だろう。滝口の親御さん達は大丈夫か」
気になって携帯電話を開く。ネットから火事の速報を確認。
直ぐに近場で火事があった場所が見付かった。
病院からは大分離れている。その近辺に知り合いもいない。
不謹慎ながらも、少し安心する。
まだその場に留まっていた綱が、液晶を覗き込んで来た。
「ん、滝口んとこは無事か」
「らしいな」
携帯を閉じる。
綱は笑いながら俺の肩を叩いた。
「やっぱ、なんだかんだ言いながら、伊綾っていい奴じゃん」
「何?」
突拍子も無い言葉に目を顰める。
「赤ちゃんのこと、心配だったんだろ?」
じゃーな、と言い残して、結を伴い綱は去っていった。
俺は呆然と見送る。
赤ん坊が心配だった?――――そんな訳、あるか。
「ヤスミ」
心配そうな顔で、俺を見上げる絵麻。
「どこか、痛いの?」
「……違う」
俺は肺から無理矢理声を絞り出した。
自分でもぞっとするような、無機質な音。
「どこも、痛くない。それどころか何も感じないんだ。
あの赤ん坊を見ても、あれが笑う所を見ても、何の感情も湧き上がらない。
否、敢えて言うなら、憎悪とか、嫉妬とか、嫌な感情ばかり感じる」
彼女は言う。
『ヤスミは、いいひとだから』
違う、違うのだ。
俺はお前が思う様な人間じゃない。
「俺には、母親に愛されていたか、確証が持てない。
母さんが傍にいたのは、ずっと前の事だったから。
だからやっかみと言うのもあると思うけれど」
俺は、胸に溜め込んでいた澱を少しずつ吐き出して行く。

「俺には生命の尊さが、理解出来ない。
生きる事が無条件で良い事だなんて、思えない。
俺はお前達から見れば、血の通っていない冷血漢なんだよ」
絵麻はそれを聞いて一瞬目を丸くしたが、直ぐに笑顔に戻る。
そしてゆっくりと、俺に近付いて来た。
俺は僅かに後退る。
直ぐに商店の壁にぶつかった。
一瞬気を取られた隙に、絵麻は俺の目前まで歩み寄っている。
戸惑う俺に構わず、そっと手を伸ばす。
そして顔を横向きに、俺の胸に押し当てて来た。
「何、を……」
じっとしてて。
そう囁かれた気がした。
成す術も無く、二人寄り添ったまま。
とくんとくん。
左胸に当てられた、彼女の耳に。
とくんとくん。
心臓の、おと。
とくんとくん。
「……だいじょうぶ」
目を瞑って微笑む彼女。
「ヤスミの心、あったかいよ」
「それは――――、恒温動物だからな。
それに、そこには心なんて無い。
心臓は、只の血液のポンプだ」
辛うじて、そう応える。
絵麻は頬を擦りながら首を振る。
「ブリキの木こりの胸には、とっくに心が入っている」
気付いていないだけ、そう付け加える。
「ヤスミは色々なこと知っているから、色々なこと考えちゃうから、素直に笑えないのかも。
でも、何が大切かなんて、難しく考える必要ない。
目を閉じて、抱きしめてあげれば、きっと判るよ。
赤ちゃんのことも、きっと」
「お前は――――」
俺は彼女を押し退けようと手を伸ばして、結局止める。
通行人の奇異の目が気にはなったが、勘違いさせて置けば良い。
苦笑しながら、伸ばしかけたその手で彼女の髪を撫でる。
「偶に口を開けば、何時も、何時も。
お目出度いことばかり言うんだな」



絵麻は、自分の出自について語らない。
彼女の母親がどんな人間だったのかも、俺は知らない。
でも、一つ言える事は。
彼女がうまれて来て、よかったと思う。
仕合せでなければ生を肯定出来ないとするなら。
彼女には、しあわせでいて欲しい。
そしていつかは、彼女が望むならば、幸せな母親になって欲しい。
そう、願った。
2011年08月24日(水) 11:12:46 Modified by ID:uSfNTvF4uw




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