委員長と彼デート編
私は駅前の時計台の下で人を待っていた。
時刻は午前十時。天気は快晴だ。
私は自分の身なりを確認する。髪はお気に入りの髪留めでまとめてある。枝毛もない。
服は薄手のブラウスにロングスカートだけど、変なところはないだろうか。不安だ。
バッグの中身も確認する。必要なものはちゃんと入っていた。忘れてなくて一安心だ。
ドキドキする。ああ、早く時間が過ぎてほしいような。でも心の準備なんていつまで経ってもできそうにないからこのまま時が止まってほしいような。
うわぁ、混乱してるよぉ私……。だってこんなの、
「委員長、お待たせ」
急にかけられた声に私はびくっ、と体をすくめ、それからおそるおそる後ろを振り向いた。
クラスメイトの想い人が笑顔で立っていた。
「あ……」
私は何か言わなきゃと思い、頑張って口を開こうと、
「おはよ。あー……ちょっと遅れたか。委員長結構待ったんじゃないか? ごめんな、こっちから誘ったのに」
彼の言葉に私は慌てて口を閉じ、首を振った。
うう、口下手な己が憎らしい。
「そっか。じゃあさっそく行こう」
促されるままに頷き、私は彼の後に続く。行き先はまず映画館。
今日彼とこうして待ち合わせをしていたのには事情がある。
前に読書感想文用の本を私が勧めた際に、彼がお礼をしたいと言ってきたのだ。
私はそんなものなくていいと思ったけど、彼は納得しなかった。それで私が決めかねていると、彼が言ったのだ。
『じゃあ俺のオゴリでどっか遊びに行こうよ。映画観に行くとか』
急な提案に私は驚きつつも頷いた。
思わぬ出来事だったが、こうして私と彼のデートが決定したのだった。
(いや、デート……なのかな?)
彼は単に約束を果たそうとしているだけじゃないのか。別に私たちは付き合っているわけじゃないし……。
でも彼の方から誘ってきたんだし、少しは期待していいかもしれない。
いやいや、私が決めかねているから助け舟を出しただけかも。だったら期待なんてしない方が、
「あのさ」
彼の声に私はまたびくっ、と反応する。
「隣歩いたら? 後ろだと話もできないって」
「――」
私は緊張しながらも言われた通りに並ぶ。
大丈夫。特に変わったことじゃない。並んで歩くなんて一緒に学校から帰ったときもやったし、
……でも今は下校途中じゃない。それに、
「初めて見た」
「……?」
「委員長の私服姿。ちょっと新鮮」
「っ」
――こんなこと言われて意識するなって方が無理。
横目で彼をちらりと覗き見る。
こっちだって、彼の私服姿を見るのは初めてなのだ。
Tシャツの上にチェックの上着を羽織り、藍色のジーンズを穿いている。
ラフと言えばそうだけど、似合っていると思う。半袖から伸びる腕は運動部らしく、がっしりとしていた。
「ん、どうした?」
彼がこちらを向く。私はすぐに目を逸らしてなんでもない顔をした。
「おとなしいのはいつもだけど、今日は輪にかけて口数少ないな。何か悩み事?」
あなたのせいですとは口が裂けても言えない。
しかしいつまでも黙っているわけにはいかない。ここは頑張って喋ってみる。
「あ、あのっ……」
「ん?」
「映画、とか……よくわからなくて……」
「……ああそういうことか。今ならホラー物とアクション物で面白そうなやつやってる。他には感動系があったかな。恋愛物らしいけど」
どれにする? 暗にそう言っているのだろう。しかしいまいちピンと来ない。
「よく……わからないよ」
「じゃあ俺が決めていい?」
頷く。彼が観たいものなら何でもいい。
「じゃあホラーで」
え?
「夏といえば怪談話だし、観たかったんだよなあ」
「……怖くない?」
「え? ホラーだしそりゃ怖いでしょ」
「……」
てっきり男の子だからアクション物に行くと思っていたのに。
「ひょっとしてホラーはダメ? やめとく?」
「……いい。別に」
「無理しない方が」
「無理してない。大丈夫」
ああ、なんで私、こんなところで意地張ってるの……。
でも彼はホラーが観たいんだから。大丈夫。耐えられる。我慢できる。
私は彼の横を歩きながら、心の中で何度も気合いを入れた。
『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
スピーカーから響く女性の叫び声に、私は心臓の音が停まるかと思った。
声も驚いたが、それよりスクリーンに映る場面があまりに『キテ』いたので。
死んだ妹の霊に取り憑かれた姉。周りの鏡やガラスにいつも妹の死に顔が映り、ノイローゼ状態になってしまった彼女。
家族や友達が心配してくれたのだが、彼らの瞳にさえ妹の死に顔が映り、誰とも顔を合わせられない。
耐えきれずに彼女は周りから逃げようとするが、どこに行っても『鏡』はある。
やがて彼女は妹が死んだ湖に辿り着く。彼女の不注意で妹は湖に落ちて死んだ。そのことを謝ろうと姉は水面を覗き込むが、妹の姿はどこにもない。
よく見ると妹の死に顔は自分の瞳の中にある。そこから水面に反射して映る妹の死に顔。それが自分の瞳に映り、また返す。
水面と瞳の間で繰り返される無限反射。
合わせ鏡に映るは、ひたすらに妹の顔、顔、顔……
スクリーン全体に満ちるように、死に顔の反射が繰り返される場面は圧巻だった。
(ていうかトラウマものだよ……)
やっぱりやめとけばよかったかも。目をつぶっていればいいのかもしれないけど、暗闇の中で悲鳴だけ聴くのも怖い。耳を塞ぐと何も感じ取れなくて怖い。
そのとき、私の手に温かい感触が下りた。
(え――?)
見ると、隣の彼の手が私の手に伸びていた。
こっそり耳打ちする彼。
「怖いなら握っていて」
ただのクラスメイトによくそんなことを言えるものだ――とは思わなかった。
そのときはただひたすらに大きな手の感触が温かくて、すごく安心感を覚えた。
私は顔を真っ赤にしながらも、硬い手の平をぎゅっ、と握り返した。
映画館を出てから彼は申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめん。委員長怖がってたのに無理に付き合わせちゃって」
私は気にしないで、と首を振った。
本当に気にしなくていいのだ。
彼の温かい手の感触がまだ残っているようで、私はなんだか得をした気分だったのだから。
時刻は既に午後一時を回っている。彼がごはんどこで食べようかと尋ねてきたので、私は待ってましたとばかりに申し出た。
「あの……」
「え?」
「あのね……お弁当……作ってきたの」
言えた。小声で、ちゃんと彼に届いたかどうかわからないが、とにかく、
「……ホントに?」
小さく頷く。
瞬間、彼の顔が明るく弾けた。
「マジで? うわすげえ、委員長ありがとう! なんか感動した」
「……? あ、あの、」
「マジ嬉しい。家族以外に弁当作ってもらうなんて初めてだよ」
彼のはしゃいだ様子に私は戸惑う。お弁当がそんなに喜ばれるなんて。
でも、悪い気はしなかった。
途中で飲み物を買ってから、私たちは近くの公園に入った。
芝生の上に腰を下ろして一息ついてから、私はお弁当箱を取り出す。
「おお……」
彼が感嘆の声を洩らした。
お弁当箱には唐揚げ、ミニハンバーグ、アスパラのベーコン巻き、玉子焼き、ウインナーなど、定番のおかずばかりが並んでいる。
とにかく失敗しないように無難なもの、そして思い付く限りのものを詰め込んだのだ。別の箱にもおにぎりを六つ詰めてきた。
割り箸を彼に渡し、私は手を合わせる。彼も手を合わせて小さく「いただきます」と呟く。
「んじゃまず玉子焼きから」
「……」
緊張する。時計台や映画館でのものとは違う緊張が私を強く縛る。
玉子焼きがゆっくりと彼の口に入った。二度、三度口を動かし、噛み砕いて、飲み込んで。
「……おいしい」
その言葉に私は泣きたいくらい嬉しい気持ちになった。
嘘ではないだろうか。夢ではないだろうか。疑り深い私の心根が私を不安にさせる。
「うまいよ! うん、うまい。おいしい。あ、唐揚げもいいかな」
ひょいと唐揚げを口に運ぶ彼。
「……ああ、これもいいなぁ。なんか好きな味ばかりだ」
そこまで言われてようやく私はほっとした。彼の舌に合ったようでよかった。
そのとき私のお腹がぐう、と鳴った。
「……!」
安心したせいだろうか。タイミング悪すぎ――
「あは、委員長も食べようよ。朝からこんなに作って頑張ったみたいだから、お腹も空くよな」
何のフォローにもならない彼の言葉に、私は身が縮み込む程恥ずかしくなった。
昼食を終えてから、私たちは駅前のショッピングモールをのんびりと歩いた。
洋服屋や靴屋を冷やかしたり、アクセサリー店を覗いてみたり。
ファッションのことなんて私にはよくわからないけど、彼と一緒にいろんな所を回るだけでなんだか幸せな気分になる。
本当にデートしてるみたいだ。いや、私にとっては紛れもないデート。彼がどう思っているか知らないけど。
……私は知らない。彼が私をどう思っているか。
知りたいとは思う。でも、そのためには自分の気持ちを伝えなければならないわけで、私にはその勇気がない。
今だってそれなりに仲良くやっている。それだけで私は嬉しい。それを壊したくない。
嫌われるのが、怖い。
だから私は高望みしない。今のままで構わない……
本当に?
「委員長?」
彼の呼び掛けに私は顔を上げた。
「どうした? 気分でも悪い?」
首を振る。物思いに耽ってぼうっとしていた。
今は本屋の前だ。入り口の横に受験勉強の参考書を宣伝するポスターが貼ってある。
受験……
「ひとごとじゃないんだよな俺たちも」
私の視線の先に気付いたのか、彼がため息をつく。
「あと一年しかないわけだし、きっとすぐに受験とか来ちゃうんだろうな。それが終わったらもう卒業。あっという間だよな」
卒業。
それは私にとって、もっとも遠ざけたい現実。
彼の言う通り、本当に、あっという間にその日は訪れるのだろう。
それを過ぎれば、もう彼と今みたいに顔を合わせることはなくなってしまう。
想いを伝えることなく、彼と離れてしまう。それはとても辛い。
だからといって、簡単に告白できたら苦労はしない。それはとても簡単で難しいことだ。
タイムリミットは迫っている。ゆっくりと、しかし確実に。
「また考え事か?」
彼の声がまたも私の意識を現実に戻した。
「真面目な顔の委員長も悪くないけど、せっかく遊びに来てるんだし、もっと笑顔の方がいいよ」
スマイルスマイル、と微笑む彼に、私は小さくはにかんでみせた。
夕方。
時計台下に戻ってきた私たちは、電車の発車時刻を確認する。
今日は楽しかったという彼。私も楽しかった。とても、楽しかった。
別れ際に彼が言った。
「休み中にさ、また遊びに行こうよ。今度はホラーはやめるから」
思わぬ申し出に驚いたが、もちろん断る理由はない。頷き、それから答えた。
「また、お弁当……作っていくから」
彼は嬉しそうに笑った。
勝負のときなのだろう。
勇気を出さないといけない。内気でも、意気地なくても、頑張らないと想いは伝わらない。リミットを迎える前に、勇気を。
夏休みの間になんとか想いを伝えたい。そう決心して、私は帰路に着いた。
前話
作者 4-181
時刻は午前十時。天気は快晴だ。
私は自分の身なりを確認する。髪はお気に入りの髪留めでまとめてある。枝毛もない。
服は薄手のブラウスにロングスカートだけど、変なところはないだろうか。不安だ。
バッグの中身も確認する。必要なものはちゃんと入っていた。忘れてなくて一安心だ。
ドキドキする。ああ、早く時間が過ぎてほしいような。でも心の準備なんていつまで経ってもできそうにないからこのまま時が止まってほしいような。
うわぁ、混乱してるよぉ私……。だってこんなの、
「委員長、お待たせ」
急にかけられた声に私はびくっ、と体をすくめ、それからおそるおそる後ろを振り向いた。
クラスメイトの想い人が笑顔で立っていた。
「あ……」
私は何か言わなきゃと思い、頑張って口を開こうと、
「おはよ。あー……ちょっと遅れたか。委員長結構待ったんじゃないか? ごめんな、こっちから誘ったのに」
彼の言葉に私は慌てて口を閉じ、首を振った。
うう、口下手な己が憎らしい。
「そっか。じゃあさっそく行こう」
促されるままに頷き、私は彼の後に続く。行き先はまず映画館。
今日彼とこうして待ち合わせをしていたのには事情がある。
前に読書感想文用の本を私が勧めた際に、彼がお礼をしたいと言ってきたのだ。
私はそんなものなくていいと思ったけど、彼は納得しなかった。それで私が決めかねていると、彼が言ったのだ。
『じゃあ俺のオゴリでどっか遊びに行こうよ。映画観に行くとか』
急な提案に私は驚きつつも頷いた。
思わぬ出来事だったが、こうして私と彼のデートが決定したのだった。
(いや、デート……なのかな?)
彼は単に約束を果たそうとしているだけじゃないのか。別に私たちは付き合っているわけじゃないし……。
でも彼の方から誘ってきたんだし、少しは期待していいかもしれない。
いやいや、私が決めかねているから助け舟を出しただけかも。だったら期待なんてしない方が、
「あのさ」
彼の声に私はまたびくっ、と反応する。
「隣歩いたら? 後ろだと話もできないって」
「――」
私は緊張しながらも言われた通りに並ぶ。
大丈夫。特に変わったことじゃない。並んで歩くなんて一緒に学校から帰ったときもやったし、
……でも今は下校途中じゃない。それに、
「初めて見た」
「……?」
「委員長の私服姿。ちょっと新鮮」
「っ」
――こんなこと言われて意識するなって方が無理。
横目で彼をちらりと覗き見る。
こっちだって、彼の私服姿を見るのは初めてなのだ。
Tシャツの上にチェックの上着を羽織り、藍色のジーンズを穿いている。
ラフと言えばそうだけど、似合っていると思う。半袖から伸びる腕は運動部らしく、がっしりとしていた。
「ん、どうした?」
彼がこちらを向く。私はすぐに目を逸らしてなんでもない顔をした。
「おとなしいのはいつもだけど、今日は輪にかけて口数少ないな。何か悩み事?」
あなたのせいですとは口が裂けても言えない。
しかしいつまでも黙っているわけにはいかない。ここは頑張って喋ってみる。
「あ、あのっ……」
「ん?」
「映画、とか……よくわからなくて……」
「……ああそういうことか。今ならホラー物とアクション物で面白そうなやつやってる。他には感動系があったかな。恋愛物らしいけど」
どれにする? 暗にそう言っているのだろう。しかしいまいちピンと来ない。
「よく……わからないよ」
「じゃあ俺が決めていい?」
頷く。彼が観たいものなら何でもいい。
「じゃあホラーで」
え?
「夏といえば怪談話だし、観たかったんだよなあ」
「……怖くない?」
「え? ホラーだしそりゃ怖いでしょ」
「……」
てっきり男の子だからアクション物に行くと思っていたのに。
「ひょっとしてホラーはダメ? やめとく?」
「……いい。別に」
「無理しない方が」
「無理してない。大丈夫」
ああ、なんで私、こんなところで意地張ってるの……。
でも彼はホラーが観たいんだから。大丈夫。耐えられる。我慢できる。
私は彼の横を歩きながら、心の中で何度も気合いを入れた。
『きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
スピーカーから響く女性の叫び声に、私は心臓の音が停まるかと思った。
声も驚いたが、それよりスクリーンに映る場面があまりに『キテ』いたので。
死んだ妹の霊に取り憑かれた姉。周りの鏡やガラスにいつも妹の死に顔が映り、ノイローゼ状態になってしまった彼女。
家族や友達が心配してくれたのだが、彼らの瞳にさえ妹の死に顔が映り、誰とも顔を合わせられない。
耐えきれずに彼女は周りから逃げようとするが、どこに行っても『鏡』はある。
やがて彼女は妹が死んだ湖に辿り着く。彼女の不注意で妹は湖に落ちて死んだ。そのことを謝ろうと姉は水面を覗き込むが、妹の姿はどこにもない。
よく見ると妹の死に顔は自分の瞳の中にある。そこから水面に反射して映る妹の死に顔。それが自分の瞳に映り、また返す。
水面と瞳の間で繰り返される無限反射。
合わせ鏡に映るは、ひたすらに妹の顔、顔、顔……
スクリーン全体に満ちるように、死に顔の反射が繰り返される場面は圧巻だった。
(ていうかトラウマものだよ……)
やっぱりやめとけばよかったかも。目をつぶっていればいいのかもしれないけど、暗闇の中で悲鳴だけ聴くのも怖い。耳を塞ぐと何も感じ取れなくて怖い。
そのとき、私の手に温かい感触が下りた。
(え――?)
見ると、隣の彼の手が私の手に伸びていた。
こっそり耳打ちする彼。
「怖いなら握っていて」
ただのクラスメイトによくそんなことを言えるものだ――とは思わなかった。
そのときはただひたすらに大きな手の感触が温かくて、すごく安心感を覚えた。
私は顔を真っ赤にしながらも、硬い手の平をぎゅっ、と握り返した。
映画館を出てから彼は申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめん。委員長怖がってたのに無理に付き合わせちゃって」
私は気にしないで、と首を振った。
本当に気にしなくていいのだ。
彼の温かい手の感触がまだ残っているようで、私はなんだか得をした気分だったのだから。
時刻は既に午後一時を回っている。彼がごはんどこで食べようかと尋ねてきたので、私は待ってましたとばかりに申し出た。
「あの……」
「え?」
「あのね……お弁当……作ってきたの」
言えた。小声で、ちゃんと彼に届いたかどうかわからないが、とにかく、
「……ホントに?」
小さく頷く。
瞬間、彼の顔が明るく弾けた。
「マジで? うわすげえ、委員長ありがとう! なんか感動した」
「……? あ、あの、」
「マジ嬉しい。家族以外に弁当作ってもらうなんて初めてだよ」
彼のはしゃいだ様子に私は戸惑う。お弁当がそんなに喜ばれるなんて。
でも、悪い気はしなかった。
途中で飲み物を買ってから、私たちは近くの公園に入った。
芝生の上に腰を下ろして一息ついてから、私はお弁当箱を取り出す。
「おお……」
彼が感嘆の声を洩らした。
お弁当箱には唐揚げ、ミニハンバーグ、アスパラのベーコン巻き、玉子焼き、ウインナーなど、定番のおかずばかりが並んでいる。
とにかく失敗しないように無難なもの、そして思い付く限りのものを詰め込んだのだ。別の箱にもおにぎりを六つ詰めてきた。
割り箸を彼に渡し、私は手を合わせる。彼も手を合わせて小さく「いただきます」と呟く。
「んじゃまず玉子焼きから」
「……」
緊張する。時計台や映画館でのものとは違う緊張が私を強く縛る。
玉子焼きがゆっくりと彼の口に入った。二度、三度口を動かし、噛み砕いて、飲み込んで。
「……おいしい」
その言葉に私は泣きたいくらい嬉しい気持ちになった。
嘘ではないだろうか。夢ではないだろうか。疑り深い私の心根が私を不安にさせる。
「うまいよ! うん、うまい。おいしい。あ、唐揚げもいいかな」
ひょいと唐揚げを口に運ぶ彼。
「……ああ、これもいいなぁ。なんか好きな味ばかりだ」
そこまで言われてようやく私はほっとした。彼の舌に合ったようでよかった。
そのとき私のお腹がぐう、と鳴った。
「……!」
安心したせいだろうか。タイミング悪すぎ――
「あは、委員長も食べようよ。朝からこんなに作って頑張ったみたいだから、お腹も空くよな」
何のフォローにもならない彼の言葉に、私は身が縮み込む程恥ずかしくなった。
昼食を終えてから、私たちは駅前のショッピングモールをのんびりと歩いた。
洋服屋や靴屋を冷やかしたり、アクセサリー店を覗いてみたり。
ファッションのことなんて私にはよくわからないけど、彼と一緒にいろんな所を回るだけでなんだか幸せな気分になる。
本当にデートしてるみたいだ。いや、私にとっては紛れもないデート。彼がどう思っているか知らないけど。
……私は知らない。彼が私をどう思っているか。
知りたいとは思う。でも、そのためには自分の気持ちを伝えなければならないわけで、私にはその勇気がない。
今だってそれなりに仲良くやっている。それだけで私は嬉しい。それを壊したくない。
嫌われるのが、怖い。
だから私は高望みしない。今のままで構わない……
本当に?
「委員長?」
彼の呼び掛けに私は顔を上げた。
「どうした? 気分でも悪い?」
首を振る。物思いに耽ってぼうっとしていた。
今は本屋の前だ。入り口の横に受験勉強の参考書を宣伝するポスターが貼ってある。
受験……
「ひとごとじゃないんだよな俺たちも」
私の視線の先に気付いたのか、彼がため息をつく。
「あと一年しかないわけだし、きっとすぐに受験とか来ちゃうんだろうな。それが終わったらもう卒業。あっという間だよな」
卒業。
それは私にとって、もっとも遠ざけたい現実。
彼の言う通り、本当に、あっという間にその日は訪れるのだろう。
それを過ぎれば、もう彼と今みたいに顔を合わせることはなくなってしまう。
想いを伝えることなく、彼と離れてしまう。それはとても辛い。
だからといって、簡単に告白できたら苦労はしない。それはとても簡単で難しいことだ。
タイムリミットは迫っている。ゆっくりと、しかし確実に。
「また考え事か?」
彼の声がまたも私の意識を現実に戻した。
「真面目な顔の委員長も悪くないけど、せっかく遊びに来てるんだし、もっと笑顔の方がいいよ」
スマイルスマイル、と微笑む彼に、私は小さくはにかんでみせた。
夕方。
時計台下に戻ってきた私たちは、電車の発車時刻を確認する。
今日は楽しかったという彼。私も楽しかった。とても、楽しかった。
別れ際に彼が言った。
「休み中にさ、また遊びに行こうよ。今度はホラーはやめるから」
思わぬ申し出に驚いたが、もちろん断る理由はない。頷き、それから答えた。
「また、お弁当……作っていくから」
彼は嬉しそうに笑った。
勝負のときなのだろう。
勇気を出さないといけない。内気でも、意気地なくても、頑張らないと想いは伝わらない。リミットを迎える前に、勇気を。
夏休みの間になんとか想いを伝えたい。そう決心して、私は帰路に着いた。
前話
作者 4-181
2008年02月15日(金) 09:18:26 Modified by ID:xBvl+NKheA