人間は難しい(2)
高校から自宅に帰ると、玄関の前に身長160cmくらいの美少女と身長140cm程の美幼女二人組が立っていた。
ああ、またこの展開か。
呆然と二人――いや、たぶん二匹――の非常に端正な顔を眺める僕。
「犬」
「…………カラスです」
まだ何も言ってないのに……。
やはりこの二人も人の心を読むことが出来るらしい。
ちなみに身長160cmの白髪が『犬』、身長140cmの金髪が『カラス』であるそうだ。
「で、何の用?」と、僕。
「兄さん、良い匂い」犬。
「…………お兄様に一目惚れです」カラス。
どうやらこの二人もルキと似たような理由で来ちゃったみたいだ。
「あー……、名前は?」
「サヤ」
「…………キャルです」
犬がサヤ。カラスがキャル。
「で、……うちで暮らす気?」
「はい」
「…………暮らしたいです」
うーん。生活費は十分に足りるだろうし、部屋数的にも問題は無いんだよなぁ……。
「まぁ、いいや。とりあえず家に入ろっか」
二人(二匹?)を背中に玄関の扉を開く、と、
「…………おかえり、おにいちゃん」
すぐさまリビングから飛び出してきて僕に抱きつくルキ。
初めの数日はドキドキしたものだが、もうさすがに慣れた。
「ただいま、ルキ」
言うと、僕の胸に顔を必死で擦り付けていたルキが顔を上げ――固まる。
「…………おにいちゃん、この人たちは……」
ルキの眼に今まで見たこともない殺気が宿る。
「犬。サヤ」
「…………わたしはカラスです。キャルといいます」
そんな殺気立つルキを物ともせずに淡々と自己紹介をする両名。
「…………私は猫、名前はルキ」
こんな表情をしながらもちゃんと律儀に返事をするルキはいい子だと思う。
自己紹介の後は無言のままリビングへと向かい、四人掛けのソファーに腰掛けた僕たち。
並びは左からサヤ、キャル、僕、ルキ。
右側のルキはいつもに増して僕に身体をスリ寄せてくるし、左側のキャルは僕の左手の小指と薬指を『キュッ』と包むように握っている。
そしてキャルの向こうのサヤは優しい微笑みで僕の顔を凝視していた。
誰も喋らない。無言。ただただ無言。
一人くらいお喋りな娘がいたって罰は当たらないだろうに……。
――ルキの身体の柔らかさ、キャルの手の温かさ、サヤの視線の恥ずかしさに耐えること一時間。
「そ、そろそろ夕食の準備でもしようかなぁー」
そう僕が言うと、
「…………おにいちゃん、私、魚食べたい」
「肉」
「…………わたしは割となんでも食べられます」
「はいはい、わかったわかった」
言いながら僕は一人、キッチンへと向かった。
夕食を終えると満腹になったルキが、リビングの床にあぐらをかいた僕の脚の上でゴロゴロし始める。
僕が顎の下を撫でてやると、目を細めて口をモゴモゴと動かす。満足そうに。
「かまって」
横で寝そべっていたサヤはそう言いながら僕のシャツをずり上げ脇腹を露出させると、剥き出しになった僕の脇腹に軽く噛みつく。
何度か『ハモハモ』と脇腹をくわえたまま口を動かしたサヤは、脇腹から口を離し床に仰向けに寝転がると、
「撫でて」
少し甘えたような声で言った。
恐る恐るサヤのお腹を服の上から手の平で撫でてやると、サヤはだらしなく口を開いて綺麗なピンク色の舌を出す。
ダラーーーンと出す。
おい、涎たれてるぞ、涎。
しばらくの間、左手でルキ、右手でサヤを撫でていると後ろから「グワアアアア!」という凄い鳴き声が聞こえ慌てて振り返る。
そこには無表情ながらも機嫌の悪そうなオーラを出しているキャル。
この不機嫌オーラは比喩的な表現ではなく、実際にどす黒い炎のようなものがこの目に見えている。
「…………弛んでいます」
「はい?」
キャルが小声で何かを呟いたがよく聞こえなかった。
「…………お兄様は弛んでいます」
「……弛んでる?僕が?」
みんなの分も夕飯を作ったり、今だって二人にご奉仕したりそこそこに頑張っていると思うけど。
「…………よくわからない女の子を三人も家にあげておいて何を今更です」
「えっ!?そこ突っ込んじゃうの!?」
な、なんかこの娘、理不尽だな。見た目も10歳くらいだし、頭もやっぱり見た目相応なんだろうか?
「…………とにかく、お兄様は弛んでいます。……これは教育が必要ですね」
そう言いながらキャルは黒いオーラを大きな手のような形にして、それを使い僕の身体を持ち上げる。
「ちょっ、何これ何これ!」
大きな黒い手に掴まれグググっと天井近くまで持ち上げられる僕。
「…………鳥類がその程度の高さで何をビクビクしているんですか」
「いや!僕、鳥類じゃないから!人類!人類だから!」
「…………あぁ、そういえばそうでした」
依然として僕を掴んだままではあるものの、足が床に付く所まで下ろしてくれる黒い手、というかキャル。
「…………つい、同族のノリで接してしまいました」
軽く頭を下げるキャル。
「…………そうそう、それ、私もよくある」
横から話に入ってくるルキ。
「…………おにいちゃんからは、どこか、私と似た匂いを感じる」
カラスや猫に親近感を持たれるって人としてどうなんだろうか。
「…………まぁ、それはひとまず置いておきましょう」
自分の立っている食卓の近くまで黒い手で僕を引き寄せるキャル。
すると突然、食卓の上、チラシの裏の白い面にマジックペンで何かを書き始める。
カキカキカキキュッキュッカキカキカキ。
「…………出来ました」
何かを書いたチラシの裏を僕の眼前に掲げるキャル。
それには『月火水木金土日』と、そのそれぞれの文字を区切るように縦線が引かれていた。
「…………イチャイチャ予定表です」
「イチャイチャ予定表!?」
凄い言葉のセンスしてるなこの娘。
「…………はい、こういった事は最初に決めておかなければいけません」
「なぜ?というかどういう事?」
そもそもイチャイチャって予定を組んでするものなのか?
「…………先程のお兄様の行動を思い出してください」
「先程って、……鳥類のくだり?」
「…………もう少し前です」
「床であぐらをかいてた」
「…………何をしながらでしたか?」
「ルキとサヤを撫でながら……」
「…………はい、ストップ。そこです」
ビシッと人差し指を立てるキャル。
「…………猫の人と犬の人を撫でながら、わたしの事は無視です。あれには思わず叫んでしまいましたよ」
叫んだって、『グワアアアア!』って鳴き声の事か。
「いや、ルキはいつもの事だったし。サヤには撫でてと言われたから撫でただけで……」
僕が言うと、僕の身体を覆うように掴んでいる黒い手に『グッ』と力が入る。痛い痛い痛い痛い。
「…………わたしは控えめな性格なので、猫の人や犬の人がお兄様にベタベタイチャイチャしているところには、どうしても入っていく事が出来ないのです」
ひ、控えめ……?どこが……?あッ痛い痛い痛い痛い!あぁそういえばこの娘も人の心が読めるんだった!
「で……でもさ、夕食の前は僕の手を握ったり積極的だったじゃない」
「…………あれは勢いで何とか。冷静になると難しいのです」
「そ、そうなんだ」
「…………なので初めから、誰が、どの日にお兄様に甘えて良いのかを決めておく必要があるのです」
と、そこまでは黙って話を聞いていたサヤが口を開く。
「サヤは甘えたい時に甘える」
ムクリと床から起き上がりながらサヤは繰り返す。
「食べたい時に食べ、眠りたい時に眠り、甘えたい時に甘える」
口の端から顎にかけての涎の跡とあわせて、とても頭が悪そうに見えるサヤ。
「…………私も、おにいちゃんには毎日甘える、だから却下」
ルキも、サヤに同調する。
「…………お兄様はどうなんですか?」
上目遣いで(身長差ゆえ)僕を見ながら尋ねてくるキャル。心なしかその眼は潤んでいるようにも見える。
「ぼ、僕は……」
正直どっちでも良いのだけれど、確かにその日その日で懐いてくる相手が決まっていた方が楽な気もするし……。
うーーーん。
「予定表……、あった方がいい……、かな?」
それを聞くと、スッと僕からルキとサヤへ視線を動かすキャル。
「…………ほれみたことですか、犬猫の意見など聞く価値もありません」
ベッと舌を出すキャル。こいつ性格悪いな。
「…………と、お兄様も言っています」
「そこまでは言ってないから」
「…………おにいちゃんは、そんなこと言ってない」
「言ってない」
三人から一斉に否定されるも、それを軽く鼻で笑うとキャルは、
「…………まぁ、いいじゃあないですか。とにかくそれぞれの担当日を決めましょう」
それに対しルキとサヤは、
「…………やだ」
「断る」
「…………それじゃあ話が進まないです、バカ犬猫」
「進めなくて良い」
「…………そうだそうだー」
「…………うるっさいです糞共、このままではわたしは納得しませんよ」
「なら帰れ」
「…………帰れ帰れー」
サヤの後ろに隠れてサヤの言葉を繰り返すルキ。
これではまるでサヤの下っ端である。ルキは基本的に争えない子なのだ。
……それにしてもキャルは儚そうな見た目に騙されていたけど、実際はかなり性格がひど痛たたたたたた!
「…………あと、ずっと言いたかったんですけど、……おいダメ猫」
ズビシッとルキを指差すキャル。
「…………な、なに?」
サヤの後ろに隠れビクビクと震えながらルキ。
「…………お前、わたしと喋り方が被ってるんですよ」
確かに、声質と話の間がよく似ている。でも口の悪さが全然違イタタタタタタタタタっ!
「…………か、被って、ない」
涙声で反論するルキ。
「…………被っています。モロ被りです。この無個性アホ猫」
ここぞとばかりに声をわずかに大きくするキャル。
「…………か、かぶって、ないっ」
今にも泣きそうな顔でルキ。
「…………超被りまくりですボケ猫ォ、わたしの真似はいい加減やめてもらえませんかぁー?」
仕留めにかかるキャル。
「…………かぁ、かぁぶっ、へぇ……、かぶっへ、……ふぇぇ」
ついにはシクシクと泣き出してしまうルキ。ビジュアルだけだと小学四年生に泣かされる中学三年生である。無性に悲しい。
「こらこら、もうそこら辺でやめとけ」
さすがにこれ以上はいたたまれないので止めに入る。
黒い手に掴まれていて動けないから口だけでだが。
「…………はーい、この腐れ無個性をいじるのにも飽きましたし止めまーす」
一言も二言も多いキャル。
「…………ひぐぅ、ひっひぅぅ」
ほら、ルキも涙ボロボロ流しちゃってるよ。キャルとサヤに出会った時の強気な殺気が嘘のようだよ。
「あー……、そういえばルキ、僕の家に初めて来た時にスケッチブックで会話してたじゃない。あれなんか結構個性的だったんじゃ――」
「ない?」と僕が言い終わる前に物凄いスピードで二階に駆け上がり、そして駆け戻ってくるルキ。
『おにいちゃん、これだね!』
自信満々な顔で文字の書かれたスケッチブックを掲げるルキ。感情の切り替えが素晴らしく早い。
『ふふん!この高速文字書きはお子様カラスちゃんには真似出来ないでしょ!』
ルキは紙の上ではやたらと強気だ。……ちょっと情けない。
「…………ええ、確かにわたしには真似出来ません」
そう肯定したキャルは僕の身体を掴んでいた黒い手を消す。
そしてトテトテと僕の方に歩み寄り。
『ヒシッ』両手を僕の腰に回し、力強く抱きついてきた。
「…………ですが、スケッチブックを使って会話をしていたら、両手が使えませんよね?」
更にキャルは僕の胸の下のあたりにペタリと寄せていた頬をスリスリと上下に動かしながら、
「…………それでは抱きつくことも、こうやって甘えることも出来ませんよ?バカ猫さん」
その言葉に愕然とした顔でルキは、
『そ、それは盲点だったよ……!』
と、スケッチブックに書いた。
やっぱりこの娘はキャルの言うとおりでバカなのかも知れない。
人間は難しい(3)
ああ、またこの展開か。
呆然と二人――いや、たぶん二匹――の非常に端正な顔を眺める僕。
「犬」
「…………カラスです」
まだ何も言ってないのに……。
やはりこの二人も人の心を読むことが出来るらしい。
ちなみに身長160cmの白髪が『犬』、身長140cmの金髪が『カラス』であるそうだ。
「で、何の用?」と、僕。
「兄さん、良い匂い」犬。
「…………お兄様に一目惚れです」カラス。
どうやらこの二人もルキと似たような理由で来ちゃったみたいだ。
「あー……、名前は?」
「サヤ」
「…………キャルです」
犬がサヤ。カラスがキャル。
「で、……うちで暮らす気?」
「はい」
「…………暮らしたいです」
うーん。生活費は十分に足りるだろうし、部屋数的にも問題は無いんだよなぁ……。
「まぁ、いいや。とりあえず家に入ろっか」
二人(二匹?)を背中に玄関の扉を開く、と、
「…………おかえり、おにいちゃん」
すぐさまリビングから飛び出してきて僕に抱きつくルキ。
初めの数日はドキドキしたものだが、もうさすがに慣れた。
「ただいま、ルキ」
言うと、僕の胸に顔を必死で擦り付けていたルキが顔を上げ――固まる。
「…………おにいちゃん、この人たちは……」
ルキの眼に今まで見たこともない殺気が宿る。
「犬。サヤ」
「…………わたしはカラスです。キャルといいます」
そんな殺気立つルキを物ともせずに淡々と自己紹介をする両名。
「…………私は猫、名前はルキ」
こんな表情をしながらもちゃんと律儀に返事をするルキはいい子だと思う。
自己紹介の後は無言のままリビングへと向かい、四人掛けのソファーに腰掛けた僕たち。
並びは左からサヤ、キャル、僕、ルキ。
右側のルキはいつもに増して僕に身体をスリ寄せてくるし、左側のキャルは僕の左手の小指と薬指を『キュッ』と包むように握っている。
そしてキャルの向こうのサヤは優しい微笑みで僕の顔を凝視していた。
誰も喋らない。無言。ただただ無言。
一人くらいお喋りな娘がいたって罰は当たらないだろうに……。
――ルキの身体の柔らかさ、キャルの手の温かさ、サヤの視線の恥ずかしさに耐えること一時間。
「そ、そろそろ夕食の準備でもしようかなぁー」
そう僕が言うと、
「…………おにいちゃん、私、魚食べたい」
「肉」
「…………わたしは割となんでも食べられます」
「はいはい、わかったわかった」
言いながら僕は一人、キッチンへと向かった。
夕食を終えると満腹になったルキが、リビングの床にあぐらをかいた僕の脚の上でゴロゴロし始める。
僕が顎の下を撫でてやると、目を細めて口をモゴモゴと動かす。満足そうに。
「かまって」
横で寝そべっていたサヤはそう言いながら僕のシャツをずり上げ脇腹を露出させると、剥き出しになった僕の脇腹に軽く噛みつく。
何度か『ハモハモ』と脇腹をくわえたまま口を動かしたサヤは、脇腹から口を離し床に仰向けに寝転がると、
「撫でて」
少し甘えたような声で言った。
恐る恐るサヤのお腹を服の上から手の平で撫でてやると、サヤはだらしなく口を開いて綺麗なピンク色の舌を出す。
ダラーーーンと出す。
おい、涎たれてるぞ、涎。
しばらくの間、左手でルキ、右手でサヤを撫でていると後ろから「グワアアアア!」という凄い鳴き声が聞こえ慌てて振り返る。
そこには無表情ながらも機嫌の悪そうなオーラを出しているキャル。
この不機嫌オーラは比喩的な表現ではなく、実際にどす黒い炎のようなものがこの目に見えている。
「…………弛んでいます」
「はい?」
キャルが小声で何かを呟いたがよく聞こえなかった。
「…………お兄様は弛んでいます」
「……弛んでる?僕が?」
みんなの分も夕飯を作ったり、今だって二人にご奉仕したりそこそこに頑張っていると思うけど。
「…………よくわからない女の子を三人も家にあげておいて何を今更です」
「えっ!?そこ突っ込んじゃうの!?」
な、なんかこの娘、理不尽だな。見た目も10歳くらいだし、頭もやっぱり見た目相応なんだろうか?
「…………とにかく、お兄様は弛んでいます。……これは教育が必要ですね」
そう言いながらキャルは黒いオーラを大きな手のような形にして、それを使い僕の身体を持ち上げる。
「ちょっ、何これ何これ!」
大きな黒い手に掴まれグググっと天井近くまで持ち上げられる僕。
「…………鳥類がその程度の高さで何をビクビクしているんですか」
「いや!僕、鳥類じゃないから!人類!人類だから!」
「…………あぁ、そういえばそうでした」
依然として僕を掴んだままではあるものの、足が床に付く所まで下ろしてくれる黒い手、というかキャル。
「…………つい、同族のノリで接してしまいました」
軽く頭を下げるキャル。
「…………そうそう、それ、私もよくある」
横から話に入ってくるルキ。
「…………おにいちゃんからは、どこか、私と似た匂いを感じる」
カラスや猫に親近感を持たれるって人としてどうなんだろうか。
「…………まぁ、それはひとまず置いておきましょう」
自分の立っている食卓の近くまで黒い手で僕を引き寄せるキャル。
すると突然、食卓の上、チラシの裏の白い面にマジックペンで何かを書き始める。
カキカキカキキュッキュッカキカキカキ。
「…………出来ました」
何かを書いたチラシの裏を僕の眼前に掲げるキャル。
それには『月火水木金土日』と、そのそれぞれの文字を区切るように縦線が引かれていた。
「…………イチャイチャ予定表です」
「イチャイチャ予定表!?」
凄い言葉のセンスしてるなこの娘。
「…………はい、こういった事は最初に決めておかなければいけません」
「なぜ?というかどういう事?」
そもそもイチャイチャって予定を組んでするものなのか?
「…………先程のお兄様の行動を思い出してください」
「先程って、……鳥類のくだり?」
「…………もう少し前です」
「床であぐらをかいてた」
「…………何をしながらでしたか?」
「ルキとサヤを撫でながら……」
「…………はい、ストップ。そこです」
ビシッと人差し指を立てるキャル。
「…………猫の人と犬の人を撫でながら、わたしの事は無視です。あれには思わず叫んでしまいましたよ」
叫んだって、『グワアアアア!』って鳴き声の事か。
「いや、ルキはいつもの事だったし。サヤには撫でてと言われたから撫でただけで……」
僕が言うと、僕の身体を覆うように掴んでいる黒い手に『グッ』と力が入る。痛い痛い痛い痛い。
「…………わたしは控えめな性格なので、猫の人や犬の人がお兄様にベタベタイチャイチャしているところには、どうしても入っていく事が出来ないのです」
ひ、控えめ……?どこが……?あッ痛い痛い痛い痛い!あぁそういえばこの娘も人の心が読めるんだった!
「で……でもさ、夕食の前は僕の手を握ったり積極的だったじゃない」
「…………あれは勢いで何とか。冷静になると難しいのです」
「そ、そうなんだ」
「…………なので初めから、誰が、どの日にお兄様に甘えて良いのかを決めておく必要があるのです」
と、そこまでは黙って話を聞いていたサヤが口を開く。
「サヤは甘えたい時に甘える」
ムクリと床から起き上がりながらサヤは繰り返す。
「食べたい時に食べ、眠りたい時に眠り、甘えたい時に甘える」
口の端から顎にかけての涎の跡とあわせて、とても頭が悪そうに見えるサヤ。
「…………私も、おにいちゃんには毎日甘える、だから却下」
ルキも、サヤに同調する。
「…………お兄様はどうなんですか?」
上目遣いで(身長差ゆえ)僕を見ながら尋ねてくるキャル。心なしかその眼は潤んでいるようにも見える。
「ぼ、僕は……」
正直どっちでも良いのだけれど、確かにその日その日で懐いてくる相手が決まっていた方が楽な気もするし……。
うーーーん。
「予定表……、あった方がいい……、かな?」
それを聞くと、スッと僕からルキとサヤへ視線を動かすキャル。
「…………ほれみたことですか、犬猫の意見など聞く価値もありません」
ベッと舌を出すキャル。こいつ性格悪いな。
「…………と、お兄様も言っています」
「そこまでは言ってないから」
「…………おにいちゃんは、そんなこと言ってない」
「言ってない」
三人から一斉に否定されるも、それを軽く鼻で笑うとキャルは、
「…………まぁ、いいじゃあないですか。とにかくそれぞれの担当日を決めましょう」
それに対しルキとサヤは、
「…………やだ」
「断る」
「…………それじゃあ話が進まないです、バカ犬猫」
「進めなくて良い」
「…………そうだそうだー」
「…………うるっさいです糞共、このままではわたしは納得しませんよ」
「なら帰れ」
「…………帰れ帰れー」
サヤの後ろに隠れてサヤの言葉を繰り返すルキ。
これではまるでサヤの下っ端である。ルキは基本的に争えない子なのだ。
……それにしてもキャルは儚そうな見た目に騙されていたけど、実際はかなり性格がひど痛たたたたたた!
「…………あと、ずっと言いたかったんですけど、……おいダメ猫」
ズビシッとルキを指差すキャル。
「…………な、なに?」
サヤの後ろに隠れビクビクと震えながらルキ。
「…………お前、わたしと喋り方が被ってるんですよ」
確かに、声質と話の間がよく似ている。でも口の悪さが全然違イタタタタタタタタタっ!
「…………か、被って、ない」
涙声で反論するルキ。
「…………被っています。モロ被りです。この無個性アホ猫」
ここぞとばかりに声をわずかに大きくするキャル。
「…………か、かぶって、ないっ」
今にも泣きそうな顔でルキ。
「…………超被りまくりですボケ猫ォ、わたしの真似はいい加減やめてもらえませんかぁー?」
仕留めにかかるキャル。
「…………かぁ、かぁぶっ、へぇ……、かぶっへ、……ふぇぇ」
ついにはシクシクと泣き出してしまうルキ。ビジュアルだけだと小学四年生に泣かされる中学三年生である。無性に悲しい。
「こらこら、もうそこら辺でやめとけ」
さすがにこれ以上はいたたまれないので止めに入る。
黒い手に掴まれていて動けないから口だけでだが。
「…………はーい、この腐れ無個性をいじるのにも飽きましたし止めまーす」
一言も二言も多いキャル。
「…………ひぐぅ、ひっひぅぅ」
ほら、ルキも涙ボロボロ流しちゃってるよ。キャルとサヤに出会った時の強気な殺気が嘘のようだよ。
「あー……、そういえばルキ、僕の家に初めて来た時にスケッチブックで会話してたじゃない。あれなんか結構個性的だったんじゃ――」
「ない?」と僕が言い終わる前に物凄いスピードで二階に駆け上がり、そして駆け戻ってくるルキ。
『おにいちゃん、これだね!』
自信満々な顔で文字の書かれたスケッチブックを掲げるルキ。感情の切り替えが素晴らしく早い。
『ふふん!この高速文字書きはお子様カラスちゃんには真似出来ないでしょ!』
ルキは紙の上ではやたらと強気だ。……ちょっと情けない。
「…………ええ、確かにわたしには真似出来ません」
そう肯定したキャルは僕の身体を掴んでいた黒い手を消す。
そしてトテトテと僕の方に歩み寄り。
『ヒシッ』両手を僕の腰に回し、力強く抱きついてきた。
「…………ですが、スケッチブックを使って会話をしていたら、両手が使えませんよね?」
更にキャルは僕の胸の下のあたりにペタリと寄せていた頬をスリスリと上下に動かしながら、
「…………それでは抱きつくことも、こうやって甘えることも出来ませんよ?バカ猫さん」
その言葉に愕然とした顔でルキは、
『そ、それは盲点だったよ……!』
と、スケッチブックに書いた。
やっぱりこの娘はキャルの言うとおりでバカなのかも知れない。
人間は難しい(3)
2011年08月24日(水) 10:37:53 Modified by ID:uSfNTvF4uw