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幼馴染みとエプロンと

 彼女は小さくて、無口で、愛想も何もないけれど、
 制服の上からエプロンを着けたときだけ、ぼくだけの無敵の存在になる。


「ねえ橋本」
 昼休み、急に声をかけられてぼくは席に着いたまま振り返った。
「なに?」
 見るとすぐ後ろに同じクラスの女子が立っていた。出席番号2番、今口翔子(いまぐちしょうこ)。
「ちょっといいかな」
「?」
「あんたさ、甘利(あまり)と仲いいよね」
 急な問いかけだが、ぼくは揺れない。何度か訊かれ続けたことがあるので、もう慣れきっていた。
「まあ、幼馴染みだし」
「……付き合ってんの?」
「……随分ストレートだな」
 またこの質問だ。そして答えはいつも同じ。
「違う。そんな事実はない」
「ホントに?」
「うん。で、なぜそんなことを?」
 聞き返すと、今口はあははとごまかし笑いを浮かべた。
「いや、甘利が来てるから」
 言われて教室の入り口を見ると、見知った顔がぼんやりと佇んでいた。
 ぼくは立ち上がり、今口に礼を言う。
「ああ、ありがとう」
「いや、別に礼はいらないけど……」
 なぜか口ごもる今口を尻目に、入り口に向かう。
 甘利紗枝(さえ)はぼくの顔を見るや、手に持っていた何かを目の前に突き出してきた。
「……紗枝?」
「……」
 突き出されたものは、弁当箱。
「持ってきてくれたのか?」
 こくこくと頷く紗枝。それからちょいちょい、と天井を指差した。
「屋上か。わかった、先に行っててくれ。飲み物買ってくから」
 素直に頷くと、紗枝は足取りも軽く廊下を駆けていった。
 それを見送ってぼくも準備をする。鞄から財布と携帯電話を取り出して、
「やっぱり付き合ってるようにしか見えないけど」
 不意に横から言われて、つい苦笑した。しつこい。
「ホントに違うんだけどなー……」
 小さく呟いてみる。聞こえたのか、今口が軽く吹き出した。
「ごめんね、変なこと言って。じゃ、甘利によろしく」
「ああ、伝えとく」
 持ち物をポケットに収め、ぼくは教室を飛び出した。


 甘利紗枝は近所に住む幼馴染みだ。
 最初の出会いは四歳。公園の砂場でとても上手いゾウの絵を描いていた。
 その日からぼくらはいっしょに遊ぶようになった。
 無口な紗枝を引っ張るのはぼくの役目で、いろんなところを駆け回った。公園で、街中で、空き地で、家の中で、たくさんの日々を過ごした。
 それは幼稚園、小学校、中学校と同じところに通い、同じ高校になった今でも、基本的には変わらない。
 小さい頃のように駆け回ることはできないけれど、同じ時を過ごすことはできる。
 ずっと同じ道を歩んできた、大切な友達。
 それが甘利紗枝だった。

 屋上で差し出された紗枝の手作り弁当を見て、ぼくはたまらず唸った。
「クリームコロッケ六個入りは反則だ。わざわざぼくの好物を入れてくれる辺り、さすが幼馴染み!」
「……」
 紗枝はおかず箱に箸を伸ばすや、中身を半分に仕切り始めた。
「あ、やっぱり半分こなんだ」
 頷く紗枝。
「うぅ、ぬか喜びはダメージ三割増しなんだぞ」
「……」
 紗枝は首を傾げると、また箸を伸ばした。自分の側からぼくの側に、クリームコロッケを一個移す。
「え? くれるの?」
 首が縦に振られた。
 感謝感激雨あられですよ紗枝さん。
「じゃあ卵焼きと交換ってことで」
 いただきます、と手を合わせ、ぼくらは弁当を食べ始めた。
「んじゃこれ、卵焼き」
「……」
 紗枝は無表情だ。ぼくは気にしない。これが紗枝の常態だからだ。
 代わりにちょっとからかってみる。
「昔みたいにあーんとかしてあげようか?」
 ぼくは卵焼きをつまみ上げると、紗枝の前にゆっくりと持っていく。
「はい、あー……」
 瞬間、紗枝の左手が稲妻のように閃いた。
「うわっ」
 同時にぼくの右肘に軽いしびれが走り、思わず卵焼きを投げ出した。
 紗枝はそれを右手の箸で正確にキャッチし、自分の口の中に放り込む。
「……」
「……」
 もぐもぐもぐもぐ。
 凄まじい早技の後にもかかわらず、紗枝の表情は変わらなかった。
「ごめんなさい、はしたない真似をしました」
 微かに怒っているのを見て取り、ぼくは素直に謝った。
「……」
 わかればよろしいとばかりに肩をすくめる紗枝。
 悪ふざけが過ぎたようだ。ぼくも食事に戻る。せっかくのクリームコロッケなのだ。おいしくいただこう。
 口に入れた瞬間、甘く柔らかい感触にぼくはとろけそうになる。
「うん、うまい」
 大げさな感想など必要ない。この料理を讃えるのに多くの言葉はいらない。
「……」
 紗枝は無言で差し入れたペットボトルのお茶を飲む。
 そのとき、横合いから声がかけられた。
「紗枝せんぱーい」
 複数の声が重なるように響く。一つ下の学年色のスリッパを履いた女子が二人こちらに寄ってきた。
 先頭の娘は顔見知りだった。紗枝と同じ道場に通っていた、折本糸乃(おりもといとの)という下級生だ。
 ぼくは正直うんざりした。この折本という少女は、屈託なく紗枝やぼくに接してくれるいい子なのだが、一つだけ問題があった。
「あっ、すっごく美味しそう。先輩の手作り?」
 紗枝はこくりと頷く。まずい、ロックオンされた。
「橋本先輩もいっしょですか。また紗枝先輩の手料理食べてるなんて、彼氏だからってずるいー!」
「彼氏違うってば。そんなこと言ってまた横取りに来たんだろ」
「うっ、まるでこちらをハイエナのように言う! 私そんなに意地汚くない」
「ハイエナはサバンナの食物連鎖に欠かせない生き物なんだよ」
「え? えっと……それって誉めてる?」
 すごい思考回路だなおい。
「……ハイエナ以下ってことじゃないかしら?」
 後ろの娘が控え目に補足をした。おとなしそうな娘だけど、なかなか聡明だ。
「うぐ、橋本先輩なんてキライだーっ! 紗枝先輩、一刻も早く別れて下さいこんな人!」
「ってどさくさにまぎれてコロッケ取るな! 返せ!」
 端から見たら醜い争いだったかもしれない。ぼくと折本はぎゃあぎゃあと言い合う。

 そこで頭をはたかれた。
「いてっ」
「いたっ」
 紗枝が左手でぼくらの頭を一閃したのだ。
 じろりと睨まれてぼくらは低頭した。
「ごめん、紗枝」
「ごめんなさい紗枝先輩」
 後ろの娘がくすくす笑っている。折本はそれに頬を膨らませたが、やがておとなしく腰を下ろした。よし、コロッケは死守した。
 と思ったのも束の間、紗枝が弁当箱を折本の方に押しやった。
「え、もらっていいんですか?」
 頷く幼馴染み。あれ?
「やたーっ! さすが紗枝先輩、どっかの彼氏とは器が違う!」
「黙れ」
 紗枝、人が良すぎるにも程があるぞ。
 後ろの娘はにこにこと楽しそうだ。
「おもしろいですね、先輩方って」
「いや、嬉しくない……。ところで君は? 折本の友達?」
 女生徒は柔らかく笑うと、ぺこりと頭を下げた。
「後羽由芽(あとばゆめ)と言います。糸乃とは同じクラスなんです」
「いつもこれに付き合ってるのか。大変だな」
「これとか言うなー!」
 うるさい、黙って食え。
 そこで紗枝が操り人形のように小首を傾げた。
「? なんでしょうか、甘利先輩」
「……」
 左手で弁当をつい、と勧める。
「え? でも私は……」
「いっしょに食べようよ、後羽さん」
 後押しをしてやると、紗枝がこちらに目を向けてきた。ぼくはそ知らぬふりで続ける。
「みんなで食べた方が楽しい。紗枝も遠慮するなだって」
「そうそう、せっかくの先輩の申し出、受けなきゃ損だよ」
「お前はもっと遠慮しろ」
「橋本先輩に言われたくない」
「……」
 後羽さんは少し逡巡したようだったが、やがて小さく微笑した。
「……それじゃ、私もお呼ばれしますね」
 瞬間、紗枝の顔に微かな笑みが生まれた。
 それを見て、ぼくは胸にじわりと嬉しさが広がるのを自覚した。


 放課後。
 夕焼けに覆われたアスファルトの上をぼくと紗枝は歩いていた。
「え、うちに来るの?」
 頷く幼馴染みにぼくは戸惑った。それは、ちょっと、
「……」
「いや、変なことなんて考えてないけどさ」
 紗枝は玲瓏院流という古武術の有段者である。襲ったりしたら白打と蔓技でボコボコにされる。そもそも彼女に対してそんなことをする気はない。
 紗枝は右の親指をぐっと立てて見せた。
「なら問題ないって……まあいいけど」
「……」
 夕日の下、紗枝は無表情な小顔を微かに緩ませた。
 その微笑は幼年の頃を思い起こさせるような懐かしい顔だった。
 普段から無口で、学校ではほとんど無表情で、紗枝は本当に何を考えているのかよくわからない女の子だ。
 そのくせ他人の世話をよく焼き、誰に対しても真摯に接するので、周りからはとてもよく慕われている。
 そんな紗枝が、かつてはいつもぼくの後ろに隠れていたなんて、誰が想像できるだろう。
 無口で引っ込み思案な性格だったため、なかなか友達ができなかった昔。それを助け、フォローするのはぼくの役目だった。
 そんなぼくにたまに見せてくれた表情が、今目の前の微笑だった。
 無表情な彼女が見せる精一杯の笑顔。とても大好きな顔だ。
「シチューが食べたいな。じゃがいものたくさん入った」
 ぼくの言葉に紗枝は微笑んだまま頷いた。

 家に着くと、紗枝は鞄からエプロンを取り出した。
 紗枝がぼくの家で着用する、そっけない白のエプロン。
 ぼくはそれを見た瞬間、心臓が高鳴って息が詰まりそうになった。
 それは甘利紗枝が甘利紗枝でなくなる変身スーツなのだ。
 そして変身した彼女は、ぼくだけの無敵の存在になる。
 藍色の制服の上から、紗枝がエプロンを着けた。ワンピースであるために、なんだかメイドみたいな格好だ。足りないのはカチューシャだけ。
 瞬間、紗枝の目が夢から覚めたみたいに大きく開かれた。
 そしてぼくに相対するや、ぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです、風見(かざみ)さま」
 いつもはまず聞かない声が涼やかに放たれた。
「久しぶり。冴恵(さえ)」
『変身』した彼女はにこやかに笑う。紗枝にはありえない表情。
 と、
「えいっ」
 いきなり首に抱きつかれた。
「うわっ!」
 小さな体をなんとか支える。柔らかい胸の感触が心臓に伝わる。
「ちょ、ちょっと」
「寂しかったです、ずっと会えなくて」
 頭を肩に乗せて頬を寄せてくる冴恵。穏やかな匂いがぼくを惑わせる。
「わかったから、ちょっと離れてくれ」
「くっつくのイヤですか?」
「そうじゃないけど、帰ってきたばかりで着替えてないし、鞄も置きっぱなしだからさ、ちょっと待ってて」
「わかりました。じゃあ私、下で待ってますね」
 ぼくは冴恵をリビングで待機させると、二階の自室へと戻った。
 着替えながら、下で待っている彼女のことを思う。
 冴恵はあの白いエプロンに憑いている精霊だ。……たぶん。
 確証が得られないので明言は避けるが、本人に言わせるとそういうことらしい。
 出会ったのは一年以上前。フリマで見かけたエプロンをたまたま購入して、それを見た紗枝がひどく気に入ったのでプレゼントしたのだ。
 早速身に付けた紗枝は一瞬で様子が変わり、あの『冴恵』が現れたのだった。
 急にご主人様呼ばわりされた時は紗枝がふざけているのかと思ったが、開く口から次々と放たれる明るい言葉に、ぼくはそれが紗枝じゃないことを確信した。
 事情を聞いてみると、冴恵は自分がいつ生まれたのかわからないらしい。精霊というのもなんとなくな自己感触でしかなく、怪しいものだった。
 ただ彼女は、特定の誰かのために尽くすことを使命のように思っているらしく、ぼくのために尽くしたいと言ってきた。
 お願いします、どうか見捨てないで下さい、必ずあなたのお役に立って見せますから。
 冴恵が涙を流しながら訴えるのを見てぼくは怯んだ。幼馴染みの姿で幼馴染みにありえないことをされると不気味というか、凄まじい違和感を覚えた。
 それでも少し気の毒に思ったので、ぼくは彼女の申し出を受けた。
 思えば安請け合いしたものである。ある問題をすっかり失念していた。
 冴恵はエプロンを誰かに着てもらわないと現出できないのだ。
 要は自由にできるボディがいるのだ。誰かの体を借りなければ彼女は何もできないのである。
 タンスの中に押し込んでおけば実質封印できるので、彼女から逃れるにはそれはむしろ好都合な点だった。
 しかしタイミング悪いことに幼馴染みがそれを気に入ってしまい、プレゼントして以来度々着用するのである。
 その度に冴恵は紗枝の体を使い、ぼくに仕えるようになった。
 プレゼントしたエプロンを今更取り上げるわけにもいかず、結局そのままにしてある。
 悪事を働くわけでもなく、むしろパーフェクトなまでに身の周りの世話をしてくれるので、有用なことこの上ないのだが、やはり幼馴染みの姿形に違和感ありありである。
 まるで幼馴染みがぼくだけの専属メイドになったかのようで、たまらなく邪な心が時折沸いて出てしまいそうだった。
「そりゃ嫌じゃないけどさ……」
 知らず一人ごちる。
「ありがとうございます」
 背後から急に返されてぼくは振り返る。
「お茶をお持ちしました、風見さま」
「ノックぐらいしてくれ……」
「したんですけどお気付きになられなかったようで」
「……」
 ぼくは首を振って、ごまかすようにベッドに倒れ込んだ。自分の子どもっぽい行動が少しだけ恥ずかしかった。

 程よい温度の紅茶を飲みながら、ぼくは目の前のメイドを眺める。
 にこにこと笑顔を浮かべながら正座する冴恵。なんだかぼくの側にいられるだけで幸せといった様子だ。
「風見さま」
「何?」
「今日は何時までよろしいのですか?」
「親が帰ってくるのが十一時くらいだから、まあその前までかな」
「ならあと四時間はありますね」
 嬉しげに笑う冴恵。
「夕食はシチューとポテトサラダを作りますね。お風呂はさっき準備しましたので、あと二十分もすれば入れますよ」
「ありがとう。でも大丈夫? 久しぶりで結構疲れたりしない?」
「優しいですね、風見さまは。でも大丈夫です。私、あなたのためなら疲れませんから」
「……」
 顔が熱くなる。面と向かってそんなことを言われると、なんというか、
「照れました?」
「……からかわないでくれ」
「本気でもありますよ?」
「……」
 嘘はないようだった。
「……あのさ、どうしてそこまでぼくのために」
「ご主人様だからです」
 即答だった。
 それからふと砕けた声音に変わり、
「……でも、今は少し違うかもしれません。風見さまだからこそ私は頑張ろうという気になるんだと思います」
「……どういうこと?」
 冴恵は自分の耳を恥ずかしげに撫でた。
「これまでほとんどのご主人様は、私に優しい言葉なんてかけてくれませんでした。でも風見さまは私を対等に見て下さっているように思って、すごく嬉しかったんです」
 あんまり昔のことはよく憶えていないんですけどね、とごまかし笑いをする。
「だから私、風見さまのために一生懸命頑張ります。お望みでしたら、夜伽の方もお世話させていただきますよ」
 ぼくは思わぬ言葉に紅茶を噴き出しそうになった。なんとかこらえようとして喉の奥に引っ掛け、激しく咳き込んだ。
「だ、大丈夫ですかっ?」
「だ……だい、じょうぶ」
 ごほっ、ごほっ、と何度か咳き込み、時間をかけて持ち直した。
「急に変なこと言わないでくれ。夜伽って」
「そんなに変なことですか?」
「いや、その、」
 冴恵の顔が真剣な色を帯びていく。
「風見さまは私の申し出に応えてくれました。私が思い出せない名前を代わりに考えてつけてくれました。あなたに尽くすことが私は好きなんです。尽くせることが嬉しいんです」
「……」
「あなたが私の体を求めるなら、私はいつでも、いくらでも差し出します」
 冴恵の目には混じりっけのない純粋な想いがこもっていた。
 小さいながらも健康的に発達した体のラインが服の上から窺える。
 ぼくは小さくため息をついた。
「駄目だよ。絶対に駄目」
「なぜですか?」
「その体は紗枝の、ぼくの大切な幼馴染みのものだ。それを傷付けることはできないよ」
「――」
 はっとなった冴恵に、ぼくは微笑みかけた。
「君が実体を持っていたらまた別だけど、その体でいる以上は、その点は譲れない」
 大切な幼馴染みを欲望だけで傷付けるなんて、ぼくにはできなかった。中身や外身の問題でなく、ぼく自身の想いの問題だ。
「……」
 冴恵はしばらく何も言わなかったが、やがてにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「紗枝さんを大事に思っているのですね」
「うん」
「やっぱり風見さまは私にとって最高のご主人様です。すばらしいです」
 別にすばらしくはないが、冴恵は納得したようだった。うんうん頷いて勝手に自己完結してしまっている。

「あ、でも、一つだけわがまま言っていいかな」
「? なんですか?」
「シチューはじゃがいも多めでお願い」
 冴恵はきょとんとして固まった。
 だがそれも一瞬で、理解が及ぶやすぐに花のような笑顔を咲かせた。
「――はいっ」
 幼馴染みの小顔がより一層輝くようだった。



 翌日。
「おはよう、紗枝」
 玄関を出てすぐ向かいの家から出てきた幼馴染みに、ぼくはいつもどおり挨拶をした。
 紗枝もすぐにこちらに気付き、ほっそりした右手をひらひらと振って返してきた。
 もちろんその体にはエプロンなんか着けてなくて、
「少し寒いかな。風邪とかひいてない?」
 ふるふると首を振る彼女は、昨日とはちがって無口なままで、
「……」
「え、今日もお弁当作ってきた? じゃあまたいっしょに食べよう」
 世話を焼く辺りはあまり昨日と変わってなくて、
 それだけを見ればあのメイドさんはやっぱり演技なのではないかと疑ってしまう。
 それでも構わないと思う。エプロンを着ければ彼女は現れ、それ以外はいつもの幼馴染みでいてくれる。問題はない。
 エプロンを着けてる時だけ、学校で頼りにされている優等生じゃなく、ぼくだけの無敵のメイドになってくれる。誰も知らない秘密だ。
「多めに作ってきたの? ああ、折本たちの分か。後羽さんのだけでよかったと思うけど」
「……」
「いや、あいつは単に食い意地張ってるだけだ。断じてクリームコロッケは譲れん!」
「……」
「子どもっぽくてごめんなさい。あー、でも後羽さんにならコロッケ取られてもいいかなー」
「……」
「い、いや、別に気があるわけじゃないって。ようやくかわいい後輩に恵まれた感が強くてね。うん、妹に欲しい」
「…………」
「じ、冗談だよ。そんなに怒るなって」
 いつもと変わらないやり取りをしながら、ぼくらは登校する。
 朝日が冷たい空気を吹き飛ばすように上がっていく。白い息も、小鳥のさえずりも、毎朝と同じ光景だ。
 小さな秘密を抱えて、また今日も、一日が始まる。





次話
作者かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
2008年02月29日(金) 02:16:28 Modified by mukuchihokan




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