日本の周辺国が装備する兵器のデータベース





■"性能緒元"
全備重量40〜42トン
全長9.6m
車体長6.8m
全幅3.27m
全高2.63m(機銃含む)
エンジンデトロイト・ディーゼル8V-92TA 8気筒ターボディーゼル752hp(変更可能)
最高速度55km/h
燃料搭載量
航続距離548km
渡渉深度1.1m
武装M68 105mmライフル砲×1(34発)
 ブローニングM2HB 12.7mm重機関銃×1(600発)
 7.62mm機関銃×1(3,500発)
装甲溶接+鋳造装甲、複合装甲+中空装甲
乗員4名

開発経緯
中国は西側諸国との関係改善に漕ぎ着けた1970年代後半以降、西側諸国からの技術導入による装備近代化に積極的に取り組むようになった。西側技術の導入は陸海空の各分野で推進されたが、戦車開発においても例外ではなかった。当時の中国軍の戦車部隊の主力は1958年に生産が開始された59式中戦車であり、東西両陣営の各国の戦車と比較しても技術的格差は大きなものがあった。また、当時の中国は改革開放が緒に就いたばかりであり、戦車開発のための充分な資金を調達する事は財政的に困難であった。

このような状況において中国当局は、外国市場をターゲットとした輸出用戦車開発を企画提案して、その車両の調達を希望する国との間で共同開発を行う事で開発資金を補填するという新しい開発形態を考案した。この方法はいくつかの海外パートナーの関心を引くことに成功し、85式戦車シリーズ90-II式戦車(MBT-2000/アル・ハーリド)(両車ともパキスタンとの共同開発)、そして本稿で取り上げるアメリカのキャデラック・ゲージ・テキストロン社と共同開発を行ったジャガー戦車などがこの方法で開発される事になる。

ジャガー戦車の淵源は1970年代後半に遡る。この時期、輸出市場向けの新型戦車を開発する計画が立案され、国立企業である中国機械設備進出口総公司が中心となってパートナーとなる西側企業の募集と選択に当る事となった。広範な調査研究と分析を経て、最終的に共同開発のパートナーとして選択されたのはアメリカのキャデラック・ゲージ・テキストロン社であった。中国機械設備進出口総公司とキャデラック・ゲージ・テキストロン社は、59式戦車をベースとした輸出専用戦車の共同開発と生産を行う事を取り決めた。この新型戦車にはジャガー(Jaguar、中国語では「美洲虎」主戦坦克。)の名称が与えられる事となった。中国機械設備進出口総公司は59式中戦車の現物を提供し装甲などの開発を担当、キャデラック・ゲージ・テキストロン社は2軸砲安定装置、設計全般と試作車両の製造、各コンポーネントのインテグレーションなどを行う事とされた。両社はそれぞれ40%ずつのコンポーネント開発を担当し、残る20%の装備はイギリスなどの会社から調達する事とされた。

ジャガーのコンセプトは、59式中戦車をベースに西側の最新技術を盛り込む事で、第三世界の国々でも調達可能な価格で、費用対効果に優れ21世紀まで第一線に立ち続けられる能力を持つ戦車を開発するというものであった。これは、F-7戦闘機をベースに米グラマン社と共同開発中であったセイバーII/スーパー7戦闘機と同じ開発コンセプトであり、当時の中国政府が積極的に推進していた兵器開発方針(西側技術による近代化と兵器輸出による開発費回収と外貨獲得)にも適合していた。ジャガーは、第三世界の国々、特にT-54/55、59式中戦車を使用している国を市場として想定していた。59式中戦車を開発のベースとする事で、これらの国々の既存のT-54/55、59式用の整備インフラを活用する事が可能となり、導入に際して大きなセールスポイントとなると見込まれた。国際的な兵器市場での競争力を得るために、予定生産価格は100万ドル以下に抑える事が定められた。

ジャガーの開発作業は1988年末から開始された。キャデラック・ゲージ・テキストロン社は、中国から提供された59式中戦車の車体を元に改造作業を進めていった。まず、59式中戦車の動力部や各種装置の能力分析試験が実施され、その諸元を元に将来生産される戦車のスペックを確定し、そのスペックを叩き台として各種システムの設計・製作・試験が重ねられた。各部の試験に続いて試製1号車が製作され、米ネヴァダ州の陸軍兵器試験場での初歩的な試験を経て、中国に送られて残りの試験を実施した。試製1号車は予定されたすべての試験の終了後に再びアメリカに送り返された。続いて、キャデラック・ゲージ・テキストロン社では1989年下半期から試製2号車の生産に取り掛かった。なお、同年6月4日に発生した第二次天安門事件を受けてアメリカは中国に対する制裁措置を発動し、スーパー7戦闘機やJ-8II戦闘機(殲撃8B/F-8II/フィンバックB)など米企業との共同開発計画の多くが消滅する事になるが、ジャガーについてはその影響を受ける事なく、計画が推進されている。試製2号車の製作はアメリカ側単独で実施され、アメリカで製作された各種コンポーネントを組み込んだ、より実用型に近い車両として製作されていた。試製2号車は、各種試験で要求された各種項目を満足させる性能を発揮し、本車を量産型のベースとする事が決定された。

ジャガーの改良点について
ジャガーは、59式中戦車を元に開発されているが、改修の範囲は火力・機動力・防御力の全て分野に及んでおり、外観を一変させるとともに大幅な性能向上を達成している。

車体は機関部拡張のため、原型の59式のシャーシを前後に延長して必要な空間を確保している。足回りについては大型転輪5つであるのは59式に準じているが、新たに上部転輪を左右2つ追加装備している。車体や砲塔の基本構造は手が加えられていないが、車体と砲塔全体が増加装甲で覆われたため、外観は59式とは大きく異なっている。ジャガーの装甲は、59式の溶接/鋳造装甲車体の上に、増加装甲を装着する方式を採用。車体砲塔正面や車体正面といった被弾率の高い箇所には複合装甲ユニットを装着し、残りの箇所もHEAT弾対策として中空装甲を全面的に採用した。これらの増加装甲の開発は中国側の担当。また、車体側面にはサイドスカートが装着された。乗員4名は、59式と変化は無いが、車長用キューポラや砲手サイトの位置は59式とは逆の砲塔右側に移っている事から、砲塔内部の乗員配置もそれに伴って変更されたと推測される。

動力部は、デトロイト・ディーゼル製8V-92TAターボディーゼル(752hp)とデトロイト・ディーゼル製XTG-411全自動トランスミッションから構成されるパワーパックに換装された。車体延長はこのパワーパックを搭載するためにおこなわれた。ジャガーは原型の59式に比べて大幅に出力を向上(520hp→752hp)させたため、重量が6t増加したにも拘らず、出力重量比は14hp/トンから17.9〜18.8hp/トンへ、最高速度は50km/hから55km/hへと機動性向上を実現した。ただし、開発陣ではこの結果に満足せず、更なる機動性の向上を目指してより強力なエンジンを搭載するための検討を行っている。最終的に、エンジンについてはユーザーの要求に応じて675〜900馬力の各種エンジンを選択する事が可能とされた。パワーパックを採用した事で整備面で有利になった事も見逃せない利点である。パワーパックの技術は、その後の中国の戦車開発にとって重要な経験となった。操縦系統には操縦手の負担軽減のため油圧式パワーステアリングが組み込まれた。

ジャガーの試作車両はアメリカ製M68 51口径105mmライフル砲を搭載した。イギリスの105mmライフル砲L7を起源とする105mmライフル砲を搭載したのは、西側の標準的戦車砲として各国に広く普及しており調達が容易な事、APFSDS-T弾などの新型砲弾を採用する事で今後も十分な威力を確保できる点など評価されたため。ジャガーは、M68のほか、イギリスのL7、中国でのライセンス生産型である79式などの数種類の105mm砲を搭載する事が可能であった。105mmライフル砲の砲身には外気温の変化による砲身の歪みを減少させるためにサーマルスリーブが取り付けられている。砲弾についてはNATO規格のすべての105mm戦車砲弾の使用が可能。車内構造には大きな変更は施されていないため、砲弾携行数は原型となった59式中戦車と同じ34発に留まっている。副武装は、対空用としてブローニングM2HB12.7mm重機関銃、主砲同軸に7.62mm機関銃を装備する。携行弾薬数は12.7mm重機関銃が600発、7.62mm機関銃が3,500発。砲塔側面には4連装発煙段発射機×2基が装備された。

射撃統制システムはイギリスのマルコーニ社製のものが搭載された。同システムは砲手サイトに内蔵されたレーザー・レンジファインダー、防盾上に搭載された二段階微光増幅式暗視装置、2軸砲安定装置(これはキャデラック・ゲージ・テキストロン社製)、弾道計算機、環境センサーなどで構成されている。ジャガーは最大10kmで誤差10m以内の照準能力を有し、2,000m以内の移動目標に対する本格的な行進間射撃能力を実現したとされる。砲安定装置と砲塔の旋回は電気油圧式が採用されている。なお、ユーザーの要求によっては2軸砲安定装置を搭載せずに価格を抑える事も出来る。

ジャガーは輸出向け戦車として、ユーザーの多用な要望に応じてさまざまなバリエーションが用意された。基本価格は100万ドルであるが、射撃統制装置を簡素化し、より低出力のエンジンに換装して70〜80万ドルという低価格仕様にする事も可能。オプションとして、NBC対策装置、独立ブロック式油気圧サスペンションなど顧客の懐具合に応じた各種装備も準備された。

ジャガー開発計画の終焉
前述の通り、ジャガーは当時の米中兵器共同開発の中では例外的に天安門事件によるアメリカの武器禁輸政策をすり抜けて試作車両製作に漕ぎ着けた。ただし100万ドル以下を目標とした生産価格については達成が困難となり、量産時の単価は155.4万ドルに達する見込みとなった(1991年時点)。

さらに悪い事に、東西冷戦の終結に伴う緊張緩和で、ジャガーが市場と見なしていた第三世界諸国での戦車など新規装備の需要は大幅に減ずる事になった。さらに、東西両陣営で多くの戦車が現役を退き、これが大量に国際市場に流れ出すようになり、第三世界の国々でもこれらの退役戦車を安く購入する事が可能となった。また、1991年の湾岸戦争では各種ハイテク兵器の存在が各国に大きな印象を与え、新規に戦車を購入する財政的余裕のある国々では西側諸国の第三世代戦車を購入する方向に流れ、財政的に余裕の無い国々では退役戦車の購入や既存の戦車のアップグレードにより戦車戦力の陳腐化を防ごうとする二極化が進んでいった。このような状況下、ジャガーのような安価で値段相応の性能という戦車は市場での競争力を失っていった。

海外での採用の見通しが暗くなる中で、中国機械設備進出口総公司とキャデラック・ゲージ・テキストロン社では、中国軍がジャガーを59式中戦車の後継として採用してくれる事を期待した。しかし既に中国軍ではジャガーとあまり遜色の無い性能を有する88式戦車(80-I式戦車/WZ-122A/ZTZ-88)の生産に着手、大量に就役中の59式中戦車についても戦力向上のための近代化改装を進めており、あえてジャガーを導入する必要性は乏しかった。また、ジャガーは装備の多くがアメリカやイギリス製であり、対中武器輸出規制が続く限りこれらのコンポーネントを輸入する事すらままならない状態に置かれていた。最終的には、ジャガーは内外いずれの軍からの発注を受ける事も出来ないまま、開発計画は終焉を迎える事となった。

【参考史料】
王軍「試金石-中国下馬主戦坦克型号内幕」『国際展望-尖端科技報道』総第529期(国際展望雑誌社/2005年12月)
宇垣大成「第3世界との兵器共同開発-米国兵器産業生き残りの道」『軍事研究』No.305(螢献礇僖鵝Ε潺螢織蝓次Ε譽咼紂/1991年8月)
「戦車マガジン4月号別冊AFV91―1991世界の戦車年鑑」(株式会社戦車マガジン/1991年)
亜東軍事網「[図文]中美聨合研制的“美洲虎”坦克」(2006年6月7日)

59式戦車(WZ-120/ZTZ-59/T-54)
中国陸軍

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