日本の周辺国が装備する兵器のデータベース

▼WZ-1223 試製戦車(中型戦車試験車)

▼WZ-1223と推測される車両(砲塔は122型中戦車)


中国軍は各国の第3世代戦車の登場を受けて、1978年4月に開催された党組拡大会議において「レオパルド2の水準を基点とし、T-72に対向できる第2世代戦車」の開発と、西側との関係改善に伴って入手可能となった各種新技術を基にして西側第2世代戦車に準じた性能を持つ戦車の開発が決定された。この決定に基づいて122型戦車(WZ-122)を基にしてWZ-1223、WZ-1224、WZ-1226、WZ-1226F2の4種類の次世代戦車のテストベットが開発され各種新技術の実証に用いられた。

WZ-1224、WZ-1226、WZ-1226F2が次世代戦車のために開発された新技術の技術実証試験車であったのに対して、WZ-1223は西側との関係改善に伴って入手可能となった各種新技術を実地試験し、第二世代の中戦車を早期に実用化するためのテストベット車両として位置づけられた。そのためWZ-1223は中型戦車試験車(中型坦克試験車)とも呼ばれる。WZ-1223は、122型中戦車の上部と69式中戦車の車体下部を結合させて製作されたとされている。ただしその詳細な開発過程については、資料に乏しいため不明な点が多い。WZ-1223の開発によって得られたノウハウをベースとして、中国第二世代戦車として80式戦車88式戦車85式戦車96式戦車と続く一連のWZ-122系列の戦車がここから派生することとなる。

なお、北京郊外の中国人民解放軍坦克博物館には、80式戦車と同系統の小転輪6個の車体 に122型中戦車の砲塔を搭載した戦車が展示してある。展示説明では「80式戦車」として紹介されているが、この車両がWZ-1223である可能性がある。

▼WZ-1224試製戦車

▼WZ-1224試製戦車 西側第三世代戦車のコンセプトを導入して設計された

▼砲塔前方に複合装甲ブロックがあるのが分かる

▼WZ-1224試製戦車側面図


性能緒元(WZ-1224試製戦車)
重量45t以下
エンジンmb8v331tc41型水冷ディーセルエンジン(1000hp)
最高速度 
武装120mm滑腔砲×1(砲塔後部17発+車体?発)
 副武装については不明
装甲砲塔溶接装甲+複合装甲 車体溶接装甲
乗員4名

毛沢東の死と文化大革命の終結をうけて、1977年の第11回三中全会で各分野での秩序回復が決議され、以後兵器工業での混乱も沈静化していった。これを受けて兵器部では、棚上げになっていた次世代戦車開発について再検討を行った。

当時開発中の次世代戦車である122型中戦車(WZ-122)は、実用化にはなお一層の技術的成熟を要し、性能的にも各国の第三世代戦車に対抗することが困難であることが予想され、西側との関係改善に伴って各種の新技術の入手が可能となったことも、戦車開発を再検討する要因となった。

122型中戦車開発の中心だった「五種新型車両会戦領小組」は、1978年4月に山西省大同で党組拡大会議を開催し、新しい国産第二世代戦車の達成目標についての検討を実施した。検討の結果、122型中戦車の開発は終了すること、西側技術を導入するための試験車両の製作、そして次世代戦車の開発に先駆けて必要な各種技術を研究・実用化するための技術実証車を開発することが決定された。これは122型中戦車が技術的裏づけの充分で無い状態で開発されたために実用化に手間取り、最終的に配備に至らなかった教訓を受けてのことであると思われる。技術実証車は、車内配置、全体設計、動力装置、変速機、走行能力、火砲技術、射撃統制システムなど次世代戦車に必要な総合的技術を設計開発し、実地試験を行い次世代戦車に必要なノウハウを蓄積することとされた。

この会議では達成すべき技術水準として「レオパルト2の水準を基点とし、T-72に対向しうる第二世代戦車の開発」が提示された。具体的な目標としては重量43〜45t級、エンジン出力は900〜1000hp、最大速度65km/h、路上平均速度45km/h。120亞蟾佶い鯏觝椶掘▲灰鵐團紂璽燭砲茲訌躪臈射撃統制システムを採用し赤外線暗視装置による夜間戦闘能力を有する。そしてNBC防御装置、自動消火装置、煙幕発生装置と発煙弾発射機を装備し、潜水渡河能力を有するものとされた。開発は内モンゴル自治区包頭(パオトウ)の第617工場(現FIRMACO)と北京の201研究所(現NEVORI)の合同で行われることも決定された。この時期(70年代末〜80年代初)中国軍では次世代戦車の技術実証車を製作するのと平行して、西ドイツからレオパルト2を購入する交渉を行っていた。ソ連機甲部隊の脅威は当時の中国陸軍にとって深刻な問題であり、軍内には時間のかかる次世代戦車の開発を止めてその予算でレオパルト2を輸入しライセンス生産することで、T-72等のソ連新型戦車に対抗しようという派閥が存在した。国産派と輸入派の論争は数年にわたって続いたが、最終的には財政上の問題からレオパルト2の導入は見送られ、レオパルト2に代表される西側第三世代戦車のコンセプトを取り入れた技術実証車を開発するという派が勝利を収めた。

生産番号WZ-1224と命名された技術実証車の開発に当たっては900〜1000hp級の高出力エンジンがネックとなった。当時の中国で最も強力な実用戦車エンジンである12150水冷ディーゼルエンジンは730hpの出力であり、636工場で開発中のより出力の高い8気筒165型水冷ディーゼルエンジンは開発未了で生産には入れない状態であった。最終的にWZ-1224は西ドイツから輸入した民生用mb8v331tc41型水冷ディーセルエンジン(1000hp)を搭載することとされた。エンジンは横置きとされ機関部のコンパクト化に務めた。エンジン冷却装置はドイツ流の機関室上部に2基の環状放熱機を設置する方式がとられた。エンジン、変速装置、冷却装置をパワーパック化したのも初めての試みであった。変速機には油圧式流体クラッチが採用され、油圧式パワーステアリングとともに操縦性の向上に寄与した。足回りはトーションバー式で59式戦車以来の大型転輪から小型転輪六個(上部小転輪付き)に改められ、以後この形式が中国戦車に引き継がれることになる。また履帯にはゴムパッドの装着が可能となったのも新基軸であった。

WZ-1224の実証項目には複合装甲の実用化も含まれていた。砲塔は従来の鋳造方式からレオパルト2等西側第三世代戦車を意識した溶接砲塔が採用された。砲塔前面には中国戦車として初めて複合装甲が採用された。これは砲塔前部に複合装甲ブロックをネジ止めしたものであり着脱交換が可能であった。この装着方式は以後の中国戦車に採用されることになる。砲塔内部の設計は人間工学を配慮したものとなっているのも新しい試みであった。WZ-1224の武装は122型中戦車(WZ-122)「3液型」に採用されたのと同じ形状の排煙装置を持つ120亞蟾佶い採用された。レオパルト2に習って砲塔後部に砲弾バスルを設置し、砲弾装填には自動装填装置(弾薬17発搭載)を採用した。しかしこの自動装填装置は技術的に未成熟で、また当時の砲塔設計の中心的方針はなお59式戦車以来の半球型鋳造砲塔であり、WZ1224の西側式溶接砲塔はその後の中国戦車には継承されなかった。

WZ-1224は1979年末に完成し、200時間近い試験を行い走行距離は1557kmに達した。夏季試験と1981年の冬季試験でも331型エンジンは良好な機動性を発揮した。しかしmb8v331tc41型エンジンは本来民生用で、軍用としては重量過多であり軽量化を必要とした。設計変更後の試験では、原型に比べ冷却系統での出力の消耗が多くなってしまった。油圧式流体クラッチについては要求性能を満たしたが、より一層の技術的発達が必要となった。足回りの性能は良好であったが、振動吸収能力は油気圧式サスペンションと比べると劣ると評された。

▼WZ-1226、WZ-1226F2試製戦車

▼WZ-1226試製戦車


▼WZ-1226試製戦車側面図


性能緒元(WZ-1226/WZ-1226F2試製戦車)
重量(WZ-1226)45.3t
重量(WZ-1226F2)45.8t
全長9.947m
エンジン(WZ-1226)8気筒165型水冷ディーゼルエンジン(1000hp)
エンジン(WZ-1226F2)12気筒150型水冷ディーゼルエンジン(1000hp)
最高速度 
武装120mm滑腔砲×1
 54式12.7mm重機関銃×1
 59式7.62mm機関銃×1(推定)
装甲砲塔鋳造装甲(200mm) 車体溶接装甲+複合装甲
乗員4名

WZ-1224の開発と試験の完了を受けて、第二の技術実証車の検討が開始された。高出力エンジンの問題は依然として解決していなかったため、異なる国産エンジンを搭載した2種類の車両を製作することが決定された。この車両には生産番号WZ-1226、WZ-1226F2の名称が与えられた。両者の違いは、WZ-1226はようやく実用化された165型水冷ディーゼルエンジン(1000hp)を採用したのに対し、WZ-1226F2は617工場で別途開発された12気筒150型水冷ディーゼルエンジン(1000hp)を搭載した点である。

WZ-1226、WZ-1226F2はWZ-1224よりも大型化し戦闘重量はそれぞれ45.3t、45.8tとなった。砲塔はWZ-1224とは異なり122型中戦車の砲塔に類似した従来型鋳造装甲(重量11.6t)とされ、車体は溶接鋼板で車体前面に複合装甲を封入した。足回りにはドイツ式の波型サイドスカートが装着された。両車とも動力部はパワーパック化され整備面での効率性を向上。エンジン冷却装置は温度変化に対応した軸流ファンと平板式放熱機を採用し、油水熱交換器とした。変速装置は両者とも同じ油圧式流体クラッチ(前進4段、後進1段)を採用し、操縦性は容易に、変速時のショックも小さくなり、加速性・方向転換も良好となった。小型転輪6個、油気圧/トーションバー方式の足回りを採用し、良好な振動吸収能力・走行性能を発揮し足回りの寿命も延長したことで従来の大型転輪方式に比べ優位が立証された。WZ-1226、WZ-1226F2は、WZ1224とは排煙装置の形状の異なる120亞蟾佶い鯏觝椶靴拭Kっ討榔親哀┘優襯ー弾、HEAT弾、HE弾があり、半燃焼式薬筒式。砲弾の装填は装填手が行うが、装填補助用の半自動装填装置が搭載された。射撃統制システムは弾道コンピュータと昼間/夜間用サイトとレーザーレンジファインダーを兼ねたペリスコープ照準器から構成される。

WZ-1226、WZ-1226F2の開発は1981年から82年にかけて行われ、当初目標の多くを達成することに成功した。ただし、信頼性と整備性にはなお多くの問題があった。主な問題点は変速装置の容積が大きく車内の多くの空間を占めていること、自動変速装置の動作に不具合があり寿命も短いことがある。この自動変速機のような大型複雑な部品の開発は初めての経験であり、問題の発生は避けられなかった。当時の中国の脆弱な工業基盤では克服すべき難題があり、WZ-1226、WZ-1226F2の開発ではこの問題の解決を迫られることになった。

WZ-1224、WZ-1226、WZ-1226F2の研究開発は、WZ-1223試製戦車や80式戦車による西側技術導入とともに中国における第三世代戦車開発のための技術蓄積に大きく貢献した。その一方で開発過程や試験運用から、レオパルト2に代表される西側戦車の技術水準の高さと、それに匹敵する戦車を中国の技術水準で開発実用化するためには、更なる技術的発展が求められるなどの点も明らかになった。また建国以来、ソ連式戦車を運用生産してきた所に異なる設計思想の戦車を導入することは、生産ラインや運用上で大きな負担を要することが予想された。これらの検討結果を受けて、西側第三世代戦車のコンセプト導入は実施されないこととなった。その後、次世代戦車が参照すべきモデルとしてT-72とメルカバ戦車が候補に挙がりそれぞれのコンセプトを取り入れた2つの設計案が策定されたが、最終的に中国軍の次世代戦車はT-72に範をとったソ連系戦車の設計を基本としつつ、西側より導入・中国国内で開発した技術を結合させてT-72の性能を上回る車両とするとの決定がなされるに至った。

98式戦車(WZ-123/ZTZ-98)で結実することになる中国の第三世代戦車開発は、このあとさらなる紆余曲折を経ることになるが、WZ-1224、WZ-1226、WZ-1226F2の開発は次世代戦車の方向性を決定したという点で中国戦車開発史において重要な転換点の一つとなったといえるだろう。

(参考:孔凡清「三代主戦坦克在孕育-中国122中型坦克」『坦克装甲車両』2005年3月号、『坦克装甲車両』雑誌社/王軍「試金石-中国下馬主戦坦克型号内幕」『国際展望-尖端科技報道』総第529期 2005年12月号、国際展望雑誌社/Chinese Defence Today-Type 99 Main Battle Tank/「中国坦克族譜」中国武器大全/「図説我国早期研制的二代坦克」兵器知識網)/「中国99式中型坦克」坦克與装甲車両/「1226主戦坦克図片」中華網/

98式戦車(WZ-123/ZTZ-98)
80式戦車(WZ-122/ZTZ-80)
122型戦車(WZ-122)
中国陸軍

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