日本の周辺国が装備する兵器のデータベース


▼73式100mm滑腔対戦車砲


▼73式の開発のモデルの1つ、ソ連のT-12 100mm滑腔対戦車砲の側面・正面図 (C)ZW-OBSERVER


73式100mm滑腔対戦車砲性能緒元
口径100mm(54.5口径)
砲身長5,450mm
牽引時重量3,630kg
牽引時全長9,520mm
牽引時全幅2,120mm
牽引時全高1,838mm
後座長1,050mm
砲身高1,088mm
初速1,505m/秒
最大射程1,730m(直接射撃)、13,705m(間接射撃)
発射速度8〜10発/分
俯仰角度-4〜+38度
方向射界左右26度
砲弾APFSDS(19kg)、HEAT-FS、HE-FS(30kg)
要員8名

性能緒元(73式の原型、ソ連のT-12 100mm滑腔対戦車砲)
口径100mm(61口径)
砲身長6,126mm
牽引時重量2,750kg
牽引時全長9.5m
牽引時全幅1.8m
初速1,575m/秒
最大射程1,000m(直接射撃)、8,200m(間接射撃)
発射速度14発/分
俯仰角度-6〜+20度
方向射界左右27度
砲弾UBM1/2 HVAPFSDS、BK3 HEAT-FS、OF15 HE-FS
要員6名

中国は1950年代、ソ連から多数のM43 57mm対戦車砲と対戦車/野砲兼用のD-44 85mmカノン砲の供給を受けて対戦車砲部隊の編成を行った。その後中国は両砲のライセンス生産に踏み切り、M43は1955年に55式57mm対戦車砲として、D-44は1956年に56式85mm加農砲として制式採用された。55式は小口径であり戦後登場した戦車に対しては早々に有効性を失ったが、56式は1950年代後半から1980年代までの間、中国軍の主力対戦車砲の地位にあり続けることになった。56式のスペックは、口径85mm、砲身長4,685mm(55口径)、全備重量1,725kg、初速845m/秒(APHE)、貫通力はAPHE弾で100mmの60度傾斜鋼板を貫徹可能、発射速度15〜20発/分、最大直射距離は1,200m。発射可能な弾薬はAPHE、HEAT、APDS、HEの4種類であり、これらの砲弾は62式軽戦車や63式水陸両用戦車の62式85mm戦車砲でも使用することが可能。

56式が大規模に実戦に投入されたのは、1969年に勃発した珍宝島(ダマンスキー島)を巡る中ソ国境紛争であった。中国軍は紛争の拡大を恐れて戦車の投入を行わず、歩兵、砲兵のみを投入し、彼らは56式85mm加農砲、56式対戦車ロケットランチャー、75mm/85mm無反動砲、対戦車地雷/手榴弾といった対戦車兵器でソ連軍のT-62、BTR-60装輪装甲車等との交戦を行った。中国軍が投入した対戦車兵器は何れもT-62の正面装甲を貫通することが出来ず、中国軍は苦戦を強いられることになった。この戦訓を受けて中国は対戦車戦闘に関する研究を行い、当面の対策として部隊における対戦車攻撃訓練の強化や122mm/130mm加農砲の対戦車兵器への転用を行いつつ、ソ連戦車を正面から撃破可能な次世代対戦車兵器の開発を行うことを決定した。この決定によって登場したのが、69式対戦車ロケットランチャー、75式105mm無反動砲、そして本稿で紹介する73式100mm滑腔対戦車砲である。

73式100mm滑腔対戦車砲の開発のモデルの1つとなったのが、1955年から生産が開始されたソ連のT-12(2A19/M1955)100mm滑腔対戦車砲である。T-12はD-54 100mmカノン砲をベースに、D-48 85mm対戦車砲とほぼ同型の開脚式砲架を持つ対戦車砲として製作された。100mm滑腔砲の砲身長は6,126mm(61口径)で、砲口にはM46 130mmカノン砲に類似した「солонкой」=「saltshaker」式多孔式マズルブレーキを有する。閉鎖器は垂直式鎖栓式を採用している。砲弾発射速度はスペック上は14発/分とされているが、実戦では最大10発/分、通常は6発/分に留まる。最大射程は直射で1,000m、間接射撃で8,300mになる。使用される砲弾はUBM1/2(HVAPFSDS、初速1,575m/秒、射程1000mで215mmの垂直鋼板を貫徹)、BK3(HEAT-FS、全射程で380mmの垂直鋼板を貫徹)、OF15(HE-FS、最大射程8,200m)。砲架には防弾とブラストデフレクターを兼ねた防盾が装備されている。砲左部には光学照準器(直射用)と光学パノラマ照準器(間接射撃用)が設置されており、赤外線暗視装置を装着して夜間戦闘も可能。砲の上下左右の方向調整用ハンドルも左部に設置されている。これは砲手が照準作業を行いつつ砲の操作を実施するための配置である。T-12の操作要員は6名で、一個中隊は砲6門と指揮車両、補給トラックで構成される。一個大隊は二個中隊と 9M14M 対戦車ミサイル搭載 BRDM 装甲車一個中隊もしくはT-12対戦車砲中隊のみ三個から構成される。T-12はMT-LBまたはZIL-131またはZIL-157で牽引される。

中国では1960年代後半から、次世代戦車/対戦車砲として120mm砲と100mm砲の二種類の滑腔砲の開発が開始された。このうち120mm滑腔砲は、122型中戦車の主砲として開発され、122型中戦車自体は開発中止になるが、120mm滑腔砲の研究は継続され最終的に89式120mm対戦車自走砲の主砲として実用化されることになる。100mm滑腔砲は戦車砲と対戦車砲の二つが開発されることになった。100mm砲の開発ではソ連のT-62戦車のU-5TS 115mm滑腔砲とT-12 100mm滑腔対戦車砲を参考にして作業が進められた。中ソ国境紛争により既存の対戦車砲の旧式化が明白になったことから開発が急がれ、1973年には73式100mm滑腔対戦車砲(73式100毫米滑腔反坦克炮)として制式採用された。ただし、73式が部隊に配備されたのは、制式採用から実に10年後の1983年になってからである。ここで問題になったのは73式の貫通力不足である。対戦車砲部隊からは現状の73式の貫通力では、T-62を撃破することは出来ても、ソ連の次世代戦車T-72には対抗できない状況に陥る危険性が指摘された。貫通力不足の問題は、同時に開発された69式100mm滑腔戦車砲(69式中戦車の主砲として採用)も、工作精度の低さに起因するAPFSDS弾の短射程や低貫通力の問題に悩まされていた。73式の開発スタッフは、貫通力向上という課題に取り組むことになった。彼らは装薬の量を増すことにより発射時のエネルギーを増加させることにした。改良によって73式の装薬量は西側のL7105mmライフル砲のそれよりも多いものとなった。しかし、装薬量を増加すれば砲身に掛かる圧力はより高い物になるため、砲身強度を増す必要に迫られた。これは、当時の中国の冶金技術ではかなり困難な課題であった。そのため73式の改良には長期の時間を要したが、1980年12月の試験において所定の成績を収めることに成功し、1983年から部隊配備を開始した。1981年には73式を原型とした100mm滑腔対戦車砲と特殊合金製APFSDS弾の開発が国家重点目標に指定された。これが後の86式100mm対戦車砲と86式APFSDS弾になる。

73式100mm滑腔対戦車砲は、T-12 100mm滑腔対戦車砲を参照しつつ開発されたが、T-12のコピーとは言うことは出来ない。T-12の砲身長が6,126mm(61口径)であるのに対して、73式は5,450mm(54.5口径)であり、砲口初速もT-12の1,575m/秒に対して僅かに遅い1,505m/秒となっている。その後、西側から導入した冶金技術を基盤として73式の初速向上が行われ、86式100mm滑腔対戦車砲として採用されることになる。73式は砲身長や初速ではT-12に劣るが、最大射程は、直射(1,000m→1,730m)においても間接射撃(8,200m→13,705m)でもT-12に比べて向上している。特に間接射撃については、最大仰角を20度から38度にまで上げたことが影響している。ただし、上でふれた69式100mm滑腔戦車砲のAPFSDSは、射程1,000mを超えると命中精度が急落する問題が発生していた。73式用の砲弾「73式APFSDS弾」が最大射程1,730mを達成するには、工作精度の向上という課題をクリアする必要があり、それが73式の実戦配備を遅らせた原因の1つではないかと思われる。外見上は73式はT-12とほぼ同じ構成をとっている。ただしマズルブレーキはT-12の「солонкой」とは異なる形態のものに変更されている。73式の全備重量は各所の変更により、T-12よりも880kg重い3,630kgになった。砲一門当りの操作要員はT-12の6名から8名に増員されている。

73式は1983年から部隊配備を開始したが、その3年後には西側より入手した各種技術を元に73式に改良を加えた86式100mm滑腔対戦車砲が制式採用されており、73式の生産はこの前後に終了したものと推測される。両者の差異は、貫通力を強化するために砲弾重量・炸薬量を増加したこと、特殊合金製APFSDS弾(86式APFSDS弾)の採用、それに対応した砲身強度の向上や各部の改修を実施した程度であり、両者の外見上の区別は困難である。

牽引式対戦車砲は、第二次大戦後西側諸国からは急速に姿を消すことになった。牽引式であるため戦術機動性に劣る点、戦車の防御力の向上に対抗するには重量増加が不可避でありそれは更なる機動力の低下を招く点、軽量で威力の高い無反動砲や対戦車ミサイルの発達等がその要因として挙げられる。それに対して、東側では牽引式対戦車砲は対戦車兵器としての地位を失うことなく開発が継続されて現代に至っている。中国で牽引式対戦車砲の運用が継続している理由としては、以下の様な点が挙げられている。

第一に挙げられるのが、軍の予算面の問題である。中国軍は各国の技術革新に遅れを取らない様に新しい軍事技術の開発を推進するが、その新技術に基づく新型装備を導入するだけでなく、従来の装備にも新技術をフィードバックして威力を向上させる方針を採っている。牽引式対戦車砲が維持されているのは、中国軍が大量に保有する牽引式対戦車砲を高価な自走式対戦車砲で代替するのは財政的負担が大きすぎることによる。また大量の旧式装備を近代化することが出来れば、それは有事において大きな戦力に転化できるという目論見もある。この方針に沿って、中国軍では多数保有している牽引式対戦車砲の改良と新型APFSDS弾導入による威力向上を行うことで戦力としての有効性の維持に努めている。

第二点は、牽引式対戦車砲が有する戦術的優位点である。牽引式対戦車砲の正面投影面積は自走式対戦車砲に比べると極めて小さい。地形などを利用することでこの優位性はさらに高まる。そして対戦車砲は対戦車ミサイルと異なり多種多様な砲弾を使用出来るため、砲弾の改良による能力向上が容易であり、対戦車任務以外にも榴弾による火力支援、直射による陣地攻撃等の多様な任務に使用することが可能である。砲弾の値段が対戦車ミサイルに比べて安価なのも無視できない点である。

第三点は、複数の対戦車攻撃能力を保持することの利点である。中国軍の対戦車兵器は、対戦車ミサイル、120mm/100mm対戦車砲、歩兵携行式対戦車ロケット、無反動砲など多岐に渡る装備が存在する。これらの装備を状況にあわせて組み合わせることで、相互の欠点を補完し合う重層式対戦車防御網を構築することが可能になる。大量に保有されている牽引式対戦車砲は、この対戦車コンプレックスを支える重要な構成要素であるというのがこの見解の要点である。

このほかに見逃せないのが、対戦車砲部隊が所属している砲兵科の意向である。砲兵科にとっては牽引式対戦車砲部隊が何の代替もされずに削減されることは首肯し得ない事態である。牽引式対戦車砲部隊の存続には、砲兵科の組織防衛的な意図があるのではないかという推測もされている。

ただし、ロシアでは現在も牽引式125mm対戦車砲の開発配備が継続しているが、中国では牽引式対戦車砲の開発は86式が最後であり、以後は89式120mm対戦車自走砲87式100mm装輪自走対戦車砲(PTL-87)とその改良型02式100mm装輪自走対戦車砲(PTL-02)といずれも自走式対戦車砲の開発が行われている。中長期的に中国軍において牽引式対戦車砲というジャンルが存続するのかについては、今後の推移を見る必要があると思われる。

【参考資料】
月刊グランド・パワー2004年6月号(ガリレオ出版)
中国兵工企業史(李滔、陸洪洲/兵器工業出版社)
Chinese Defence Today
Global Security
ZW-OBSERVER
中華網「中国坦克炮和弾薬的発展(上)」
中華網「武器装備庫」
新浪網「中国陸軍列装新型100毫米輪式突撃炮(組図)」
東声網「我軍為何仍列装大量的牽引式反坦克炮(図)」
中国武器大全「中国高(月+堂)圧火炮的発展」

【関連項目】
87式100mm装輪自走対戦車砲(PTL-87)
02式100mm装輪自走対戦車砲(PTL-02)
86式100mm対戦車砲

中国陸軍
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