日本の周辺国が装備する兵器のデータベース






S-70C-2性能緒元
重量6,216kg(空虚重量)
 9,926kg(最大離陸重量)
全長19.76m(ローター込み)
全幅16.36m(プロペラ直径)
全高5.18m(ローター無し)
エンジンGE社製 CT7-2C 1,625hp×2(初期)
 GE社製 CT7-2D 1,723hp×2(改良後)
最大速度296km/h
巡航速度278km/h
航続距離583km
ホバリング限度3,170m
武装 
乗員2+12名(緊急時には19名の搭乗が可能)

S-70ブラックホークはアメリカ軍の主力汎用ヘリコプターUH-60ブラックホークの民用向けの名称。中国向けの機体はS-70C-2の名称が付されている。

米中国交回復後、アメリカから中国に各種兵器が輸出されたがS-70もその1つである。中国軍がアメリカに対して行った汎用ヘリコプターの調達要求に応じたのは、アメリカの2大ヘリコプターメーカーであるベル社とシコルスキー社であった。ベル社はベル204(ベルUH-1汎用ヘリコプターの民間型)を、シコルスキーはS-70を提示し最終的にシコルスキーが勝者となった。1984年7月に中国はシコスルキー社とS-70の輸出に関する協議を行い、24機を1機あたり700万ドルで調達することで合意した。最初の4機の引渡しは1984年11月に実施され1985年12月までに全機の納入が完了、1987年に陸軍航空隊(1986年創設)に配備された。

UH-60ブラックホークは世界中で様々な用途に用いられている双発中型のタービン・ヘリコプター。ベルUH-1汎用ヘリコプターの後継として、アメリカ陸軍のUTTAS(多用途戦術輸送機システム)に1976年末に選ばれた。主ローターは全関節型の4枚ブレードで、先端には後方へ折れ曲がったような後退角が付く。ローターヘッドはチタニウム製。ベアリングは潤滑油不要のエラストメリックで、ヘッドの上にはバイファイラー吸振装置が備えられている。尾部ローターは直径3.35mの4枚ブレードで、2本のスパーを十字に組み合わせたクロスビームにグラスファイバの外皮という構造である。回転面が左に20゜傾けられており、180kg相当の揚力が生じるため重心位置の移動範囲に余裕がある。尾部の水平安定板は自動可変式。対気速度、コレクティブ・ピッチ、飛行姿勢などに応じて迎え角が変わり、ホバリング時には+34゜程度、オート・ローテーション時は-6゜になる。胴体はセミモノコック構造。機内には正副パイロットとガナーの3名が乗り組み、完全武装の兵士11名を搭載する。機外吊り下げ能力は最大3,630kgである。最初の量産型であるアメリカ陸軍向けUH-60Aは兵員輸送、患者輸送、偵察、空中指揮、機雷敷設など多用な任務に使用された。

中国向けのS-70C-2はGE社製CT7-2C ターボシャフトエンジン(1,625hp)、もしくは出力強化型のCT7-2D(T700-GE-701Aの民用版、1,723hp) を2基搭載している。最大離陸重量は9,185kg、航続距離は583km、最大3,630kg(4,072kg説も)の積荷を機外吊り下げ式で輸送することが可能。定員は正副パイロットと12名の搭乗員だが、緊急時には19名が搭乗できる。S-70C-2が突出しているのがその高地性能である。S-70C-2の導入まで中国軍は海抜3,000mを超える高原地帯で運用可能なヘリコプターを保有していなかった。シコルスキー社と中国軍は共同でS-70C-2の高地運用の研究を行い、最終的には海抜5,200mでの運用を可能とした。この高地でのヘリ運用ノウハウはアメリカにとっても貴重な経験となり、シコルスキーにはまたとない宣伝実績となった。高地での運用を可能とするためにエンジンは原型のUH-60AのT700-GE-700(1,560hp)よりも出力の高いCT7-2D(1,723hp)に変更、トランスミッションはより能力の高いSH-60と同じものにされ、航法装置も米軍の標準装備に換えてLTN3100VLF航法装置システムを採用した。

S-70C-2は北京軍区と成都軍区の陸軍航空隊に配属され、後者では高地での輸送、救助任務など軍民の幅広い方面で活用されることになった。特にチベットなどの高地での山岳救助や急病人の緊急搬送は、S-70C-2の高地運用能力が最も有効に発揮された任務だった。1987年の配備から1989年までの約2年間でS-70C-2の飛行時間は合計11,000時間以上に達したが、これほど過酷な環境下での長期間の運用が可能な強度を有するへリコプターはそれまでの中国には無かった。S-70C-2も何度か事故を起こしているが主要な原因は悪天候と人為ミスで、機械的トラブルに起因するものは一部に留まっている。

中国軍ではS-70C-2の運用実績に満足しさらなる追加発注を検討しており、シコルスキー社でもS-70C-2の中国向け輸出は100機に達するものと推測していた。しかし1989年6月4日の第二次天安門事件が状況を一変させることになった。アメリカは中国への制裁措置を発動し、軍事分野での支援を全て停止した。これによってS-70C-2の追加輸出はもちろん、各種部品の調達も停止することになってしまった。S-70C-2の追加調達が不可能になった中国は関係の改善したロシアからMi-17を購入することになり、その中には高地運用型のMi-17V5も含まれていた。Mi-17V5の導入で高地運用型ヘリコプターの不足を埋めることは出来たが、運用・維持コストではS-70C-2はMi-17に対して優位に立っており、高原での防腐食対策ではMi-17より遥かに優れていると陸軍航空隊では評価している。

部品調達の困難や機体の老朽化にもかかわらず、現在も10数機のS-70C-2が陸軍航空隊で引き続き運用されている。このことは中国軍がS-70C-2を極めて高く評価していることの表れであるともいえる。なおS-70C-2を空輸するための専用輸送機としてY-8輸送機(運輸8/An-12)を改造したY-8Aが開発されている。

【参考資料】
別冊航空情報 世界航空機年鑑2005(酣燈社)
航空世界 2006年1月号「鷂鷹一撃驚天下-陸軍航空兵成立20周年系列之(一)」(航空世界雑誌社)
GE-Aviation公式HP
Chinese Defence Today
空軍世界

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