日本周辺国の軍事兵器 - 新型コルベット計画(迅海計画艦)

▼2010年に公開された「迅海計画」近岸巡邏艦の概念CG

▼2013年8月に公開された「迅海計画」艦一番艦の模型


性能諸元(一番艇)
満載排水量502t
全長60.4m
全幅14m
主機ディーゼル4基/ウォータージェット推進装置4基
速力38kts
航続距離2,000nm
乗員41名

【兵装】
対艦ミサイル「雄風3型」艦対艦ミサイル4連装発射機2基
  「雄風2型」艦対艦ミサイル4連装発射機2基
オットー・メララ Mk75 62口径76mm単装砲1基
近接防御ファランクス 20mmCIWS1門
12.7mm重機関銃4門

【電子装備】
レーダー水上捜索レーダー1基
火器管制レーダー1基
電子戦装備チャフ/フレア発射装置 
電子戦システム 

【計画立案の背景】
台湾海軍は、1990年代に大規模な艦艇の調達を実施し、成功級康定級済陽級という3クラスのフリゲイト計21隻からなる有力な艦隊を整備、さらに、沿岸防衛用には錦江級哨戒艇12隻、海鸚級ミサイル艇50隻などを建造することで、保有戦力こそ多いもののその多くが旧式な艦艇であった中国海軍に対する質的優位を確保することで水上戦力における軍事的均衡を達成していた。

しかし、21世紀に入ると、中国海軍では急速な経済成長を背景として、新型の駆逐艦やフリゲイトの配備を進めたことで、台湾海軍と中国海軍の水上戦闘艦艇の戦力差は大幅に縮まることになった。中国海軍の艦艇整備ペースの堅調な伸びに対して、21世紀になってから台湾海軍が新規に調達した大型水上戦闘艦は、キッド級駆逐艦4隻と成功級1隻に留まっており、かつてのような優位はもはや期待できない状況になっている。台湾と中国の軍事費の差から見ても、中国海軍に対抗して大型の水上戦闘艦艇を調達し続けることは困難である。さらに、沿岸向け水上戦闘艦艇についても、中国海軍がステルス性を重視した022型ミサイル艇を80隻程度建造して、ミサイル艇戦力を一新したのに対して、台湾海軍では海鸚級を更新する「光華6型」ミサイル艇31隻を2012年までに配備する計画を推進すると共に錦江級哨戒艇のミサイル艇への改造により戦力の維持に努めているものの、沿岸向け水上戦闘艦艇の分野においても両国の戦力の差は明らかになりつつある。

このような情勢の変化を受けて、台湾海軍では2009年初めに公開された艦艇調達計画において、「迅海計画」と称する排水量900〜1,000t級の先進的コルベット(台湾海軍では近岸巡邏艦=沿岸哨戒艦、もしくは近岸巡防艦=沿岸フリゲイトと呼んでいる)の存在を明らかにし、同年作成された国防予算案に「迅海計画」に関する先行研究費を計上した[1]。近岸巡邏艦は小型ながら先進的な技術を採用して優れた戦闘能力を有し、平時には領海警備任務に従事し、有事には台湾海峡において、中国軍の海上封鎖に対抗する任務に従事することが想定されている[2][3]。近岸巡邏艦が想定している主な対象は、中国海軍の大型水上戦闘艦と022型ミサイル艇に代表されるミサイル艇部隊である。近年急速に増強が進んでいる中国海軍の大型水上戦闘艦艇に対して、近岸巡邏艦はその高いステルス性と大量に搭載した艦対艦ミサイルを生かして「海上機動火力基地」となり、「海の非対称戦」とも言うべき複数の小型艦艇による水上打撃戦を中国海軍に仕掛けることで、中国側に傾いた水上戦闘艦艇戦力の拮抗を得ることを目指している[1][2]。中国海軍ミサイル艇部隊に対しては、大量建造された022型ミサイル艇に優位に立てる性能を得ることにより、数的/質的に不利になっている台湾海軍の沿岸向け水上戦闘艦艇部隊の戦力を回復する狙い[4]。


【「迅海計画」艦のコンセプトについて】
「迅海計画」の構想段階でのスペックは以下の通り。

性能諸元(構想段階)
排水量900〜1,000t
全長40m
全幅
主機
速力
航続距離
乗員45名

【兵装】
対艦ミサイル「雄風3型」/ 連装発射機4基
オットー・メララ Mk75 62口径76mm単装砲1基
近接防御ファランクス 20mmCIWS1門

排水量900〜1,000t級と小型艦ながら先進的な船体設計を施すことにより、重量余積を広く確保して将来の任務の派生・拡充に応じた能力向上が容易な艦とすることが目指されている[1]。台湾海軍の蘭寧利予備役中将は「迅海計画」艦について、モジュール化された各種兵装を任務に応じて組み合わせることで、多様な任務に対応可能な艦になると分析している[1]。大型水上戦闘艦を整備するよりも低コストで複数隻を調達できることも、中国軍よりも少ない国防費で対抗しなければならない台湾海軍にとっては魅力的な点である。排水量を900〜1,000t級に抑えることで、漁港など設備の整っていない小型港でも入港・補給が可能となり、沿岸の地形を生かして艦影を隠すことも容易になり戦術的な選択肢が広まる利点がある[2]。

小型艦艇に多様な任務を遂行させるため、任務に合わせてモジュール化された装備を搭載することで対応するという発想は、アメリカ海軍が配備を進めている沿海域戦闘艦(LCS:Littoral Combat Ship)などに近いものがある[5]。航続距離が限定され、ペイロードも制限される小型艦艇のデメリットを「斬新な船体設計」の採用により克服するという手法もLCS計画と共通するものであり、その影響が窺える[5]。

2010年4月1日には、国軍歴史文物博物館での展示会において近岸巡邏艦のCGが初公開された。これにより、海軍が近岸巡邏艦についてどのようなイメージを有しているのかが明らかになった[1]。

CGの船型は双胴の船体の間に水面から離れたもう一つの船体を加えたもので、オーストラリアで開発された所謂ウェーブピアサー船型と酷似している[1]。ウェーブピアサー型船体は、船体抵抗の大幅な減少を狙って極端に細長い船体を利用、復元性能を確保するために双胴としたもので、高速性と安定性を両立できるだけでなく、同一排水量でモノハル型船体よりも広い甲板面積を確保することが可能[6]。喫水を浅く出来るため、大型艦では入港が困難な小さな港の利用が可能となる。台湾海軍では沿岸部に多数存在する漁港にミサイル艇を展開させて必要に応じて出撃させる事を意図しており、浅喫水はそれを可能とするための重要な項目となる[13]。ウェーブピアサー型船体を取り入れたミサイル艇としては、中国海軍が大量建造を行っている022型ミサイル艇が存在している。台湾海軍では近岸巡邏艦のコンセプト作成に当たって、仮想敵であり任務も似通っている002型ミサイル艇について分析研究した上で似たようなアプローチを採用したものと推測される。

もう1つの特徴は、ステルス性を重視した設計が全面的に取り入れられていることである[1]。船体やマストはレーダー反射断面積(Radar Cross Section:RCS)を低減化する設計が施され、船体と一体化した上部構造物は、対レーダー・ステルスのため逆V字型に傾斜している。艦首から艦尾まで全通するナックル・ラインにも逆V字型の傾斜が取り入れられている。搭載艇や各種装備は極力、上部構造物内部に収納されており、上部構造物中央に搭載された対艦ミサイル発射筒も船体構造物に隠れるように設置されている[1]。外観からは煙突の所在は不明であるが、排煙冷却システムなど赤外線ステルス対策も取り入れられているのは間違いないと見られている[1]。

レーダーを初めとする電子装備については対空/対水上捜索用レーダーなど最小限のものにとどめられている模様で、単独での探知能力は限定されている。これは、データリンク機能を使用して僚艦や哨戒ヘリコプターなどから敵情報を得ることにより、自艦は(敵に察知される恐れのある)レーザー波を発しないまま敵目標に対する攻撃を行うことが前提になっているためと思われる。

CGから確認できる搭載兵装は、艦橋直前にステルスシールド付き76mm単装砲×1、上部構造物後端にファランクス20mmCIWS×1、艦中央部に複数の艦対艦ミサイル発射筒[1]。ステルスシールド76mm砲については、2013年に錦江型ミサイル艇の湘江(#PG-611)に搭載されて試験が実施されている[11]。

立法院に提出された予算資料によると、近岸巡邏艦は8発の雄風3型超音速対艦ミサイルを搭載するとされており、排水量900〜1,000t級の艦艇としては強力な艦対艦兵装を有することになる[1]。構想では、複数の近岸巡邏艦がステルス性を生かして中国艦隊に発見される前に射程外から大量の対艦ミサイルを発射して中国艦隊の対処能力を超える飽和攻撃を実施することが想定されている[2]。

船体後部にはヘリコプター甲板が設置されているが、船体サイズから固有の艦載ヘリコプターの搭載は困難と見られる。(艦載UAVを搭載する可能性が指摘されている[1]。)近岸巡邏艦の兵装は、中国海軍の沿岸戦闘艦艇の主力である、022型ミサイル艇に対して優位に立つことを前提として設定されていると見られる。

【「迅海計画」の今後の展望】
台湾海軍が中国海軍の増強に対応するために立案した「迅海計画」であるが、その実現には曲折を経ることになる。海軍では2011年度予算に一番艦の建造費用を計上する計画であったが、陸軍のAH-64D攻撃ヘリコプターUH-60M汎用ヘリコプターの調達計画が優先されたことにより、予算計上は見送られ一番艦の調達時期も2011年から2013年に変更された[3]。2011年には計画が承認され民国101(2012)年度の防衛予算に一番艦建造費用が盛り込まれ、まず10隻が調達されることになった[7][8]。この時点では、近岸巡邏艦一番艦の海軍への引渡しは2013年が予定されていた[7]。

明らかにされた一番艦のスペックは、排水量500t、全長40m、最高速力30kts、乗員45名[7][8]。ネームシップは、双胴船体やステルス性に配慮した設計は当初案のままだが、排水量は当初計画の半分の500tに削減された。これは建造費用を抑えるためのスペックダウンと推測されるが、装備の搭載スペースや将来の発展性を犠牲にするのは否めず、重武装によるトップヘビーも相まって復原性の低下や外洋での航行性能にも悪影響を与える懸念も存在する。速力については、構想段階では通常の水上戦闘艦よりも高速にすることも検討されていたが、一番艦では30ktsに押さえられることにされた(後述)。排水量が半減された一方で兵装については、当初計画の雄風3型超音速対艦ミサイル8発に加えて雄風2型対艦ミサイル8発を追加して計16発を搭載するとされた[3][8]。16発の対艦ミサイルを搭載したミサイル艇としてはロシアで設計されインドでライセンス生産されたMod 1241RE型(満載排水量560t、3M24「ウラン」艦対艦ミサイル4連装発射機×4)が存在するが、近岸巡邏艦一番艦の「雄風3型」8発と「雄風2型」8発という武装はMod 1241RE型に匹敵する重武装になる[9]。搭載火砲については詳細不明だが、船体の小型化と対艦ミサイルの搭載数増加の代償として当初計画よりも削減される可能性が高いと思われる。一番艦は建造後、設計コンセプトの妥当性や性能実証のための各種試験を実施して、その成果を踏まえて量産艦の建造が進められると見られている[1]。

台湾海軍内部では「迅海計画」艦に対する期待感が高く、同艦をベースとして船体を大型化した上で、「小神盾=ミニ・イージス」艦として防空能力を大幅に強化する発展型についても検討されているとのこと[3]。これは、アメリカ海軍のLCS計画において、将来の発展型にSPY-1F/Kフェイズド・アレイ・レーダーとMk.41VLSを搭載することを計画している事例を参考にしたものと思われる[10]。

【2013年11月13日追記】
2013年8月に開催された台北国際防衛展示会において「高効能艦艇」の名称で「迅海計画」艦の一番艦の模型が展示された[11]。基本的な形状は2010年に公開されたCGを踏襲しているが、具体的な装備や細部の形状などこれまで不明だった点がかなり明らかになった[11]。

明らかにされたスペックは以下の通り[11][12]。
全長60.4m
全幅14m
全高6.3m
喫水2.3m
最高速度38kts
航続距離2,000nm
乗員34名
なお、排水量については公開されなかった。全長は当初計画の40mよりも20m程延長され、最高速力が30ktsから38ktsに大幅に向上しているのが変更点。ただし、排水量については満載500t程度[11]で2011年度予算時と大きな変更はない。喫水については排水量186,5tの「光華6型」ミサイル艇が3mなのに対して、排水量500tにもかかわらず喫水2.3mとなっているのは、ウェーブピアサー船体を採用した事が功を奏しているといえる[13]。

模型では水線下の形状も再現されており、ウェーブピアサー式船体を採用している事、胴体後部には合計4基のウォータージェット推進装置が搭載されているのが確認された[11]。武装については1000tクラスのサイズを想定していた構想段階と基本的な変更は無く艦首部の76mm単装砲と上部構造物後端のファランクス 20mmCIWSに加えて、上部構造物の前後に合計4基の12.7mm重機関銃が搭載された[11]。これは近接戦闘や領海警備、治安任務などで使用するための装備と見られている[11]。主兵装である艦対艦ミサイルは、船体中央部に「雄風3型」SSM連装発射機2基と「雄風2型」SSM連装発射機2基を配置した合計16発搭載と言う強力なもの。ミサイル発射機は発射口以外は上部構造物に隠れるように配置されており、ステルス性の向上が図られている。船体側面にはスライド式シャッターが設置されており、ミサイル発射時の排煙・炎を舷側から逃がす様になっている。

電子装備については、艦橋上部にSSM/砲用の火器管制レーダー一基を搭載。艦橋直後の並列式マストには航海レーダーと2次元水上レーダーを配置している[11]。この他、合計3基のレドームが配置されており、これはデータリンク用アンテナや衛星通信用アンテナを内蔵しているものと推測される。自己防衛用に電子戦システムとチャフ・フレア発射装置を搭載しているとされる[11]。

【2014年3月29日追記】
2014年3月14日、蘇澳龍徳造船廠で建造されていた「迅海計画」艦の一番艇が進水式を挙行、「沱江」(艦番号618)と命名された[13]。進水式の報道の際に明らかにされたスペックは基本的には上記の台北国際防衛展示会で公開されたものと同じだが、乗員数が38名から41名に増加している点が異なる[13]。

龍徳造船廠の黄守真社長によると、「沱江」は41個の船体ブロックで構成されており、台湾では初となるアルミ合金製カタマラン船体を実現したとしている[13]。台湾立法院では軍に対して、「沱江」に雄風2E巡航ミサイルを搭載して対地攻撃能力を付与する事を求めていたが、台湾国防部ではスペースの問題から現状では雄風2Eの搭載は行わないと回答している[13]。海軍では12隻の「迅海計画」艦の建造を目指しているが、十分な建造予算が確保できるかが課題となる[13]。

1番艇沱江Tuójiāng6182012年11月2日起工、2014年3月14日進水、2014年11月4日海軍に引渡し予定[11]。
(注)一番艇の運用実績を踏まえて量産艇の建造に移行予定

【参考資料】
[1]特搜小組報道「ROCN’s New Stealth Corvette-「迅海」雙船體匿蹤艦-海軍新型近岸巡邏艦」『亞太防務雜誌』25期(2010年5月号)12〜13頁
[2]蘋果日報「首曝光 海軍新艦專剋航母」(2010年 04月12日)
[3]Yahoo!奇摩部落格-林郁方立法委員「匿蹤迅海艦 將巡弋東南沙」(2011年4月19日)
[4]Yahoo!奇摩部落格-中華台灣福爾摩沙國防軍-「海軍密研飛彈近岸巡防艦 900噸級(應該是近岸飛彈巡邏艦!沒水準!)」(2009年9月7日)
[5]藤木平八郎「米LCSに求められるもの」(『世界の艦船』2005年6月号/No.643)75〜79頁
[6]世界の艦船編集部「注目の中国新型艦艇5 ウェーブピアサー型ミサイル艇」(『世界の艦船』2005年9月号/No.647)86〜87頁
[7]Yahoo!奇摩部落格-中華台灣福爾摩沙國防軍「國防新聞迅海艦明年招標 103年起交艦」(2011年4月26日)
[8]Defense News「Taiwan To Build New 'Stealth' Warship」(2011年4月18日)
[9]Bharat-Rakshak.com「Veer (Tarantul I) Class」
[10]ロッキード・マーチンLCSプログラム・チーム「ロッキード・マーチン社案」(『世界の艦船』2005年6月号/No.643)82〜87頁
[11]MDC軍武狂人夢「「迅海專案」雙船體飛彈攻擊艦」
[12]雑誌『兵器』報道組「小市場、小展会−台北国際航太曁国防工業展印象」(『兵器』2013.11/《兵器》雑誌社)14〜24ページ
[13]中時電子報「台匿蹤飛彈巡邏艦 沱江艦下水」(楊俊斌/2014年3月15日)

台湾海軍