否定派主張

スマイス資料は市の陥落当時(12月12日〜13日)の人口は20万から25万であったと推定する。南京が陥落した翌年の生存人口は約25万なので、この資料から判明する事は、南京陥落から三ヶ月経過した後でも、人口が大幅に減少したという認識は存在しなかったということになる。つまり、市民が数万〜20数万も殺害されたという認識はなかったということである。(グース氏)

反論

この主張もいままでの「人口論」のバリエーションに過ぎない。
繰り返しになるが、陥落時の人口がなぜ問題とされるのか、というと

虐殺の犠牲者数がよくわからない、なかなか確定できない。
中国は30万人だという。
では、陥落時の人口【A】から、虐殺終了時の人口【B】を引いてみたら、虐殺数【C】が出るはずだから、言われている犠牲者数が正しいかどうか”検算”してみよう。
その差【C】が言われている犠牲者数よりずっと少なければ、言われている犠牲者数は誤りだ、ということになる。

−−−こういう考え方である。

この主張の第一の問題は陥落時の人口の信憑性、誤差である。
スマイス報告では陥落時人口はどうやら、虐殺終了時の人口【B】+虐殺数【C】で計算されているようである。【B】や【C】は測定値のように見えるので陥落時人口【A】が正確なようにみえるのがミソである。しかし、スマイスが把握した虐殺終了時の人口、25−27万人は実際は推定値であった。ただしその値は結果的に正確であった。犠牲者数1.2万人は観測値であったが、それは犠牲者のうちで埋葬されたものの一部であった。このことをスマイスは知らなかった。スマイスの同僚であるベイツはその年のうちに犠牲者は5万人以上と認識を改めていた。

虐殺終了時の人口をスマイス推定の25−27万人とすれば、陥落時人口は26−28万人となるべきところである。しかし、陥落時人口はどういうわけか20−25万人となっている。それはもしかして、陥落時から虐殺終了時の間の調査対象地域には人口の流出入のせいなのだろうかと、スマイス報告を読み直して見てもそれについて一切説明はない。【B】+【C】のように見えて実はきちんと足し算をしたわけではないのである。

第二の問題はこの人口論は検算のように見えてちっとも検算になっていないことである。なぜなら、スマイスの陥落時人口推定値の中にすでに犠牲者数1.2万人が算入されている。そもそも検算が成り立つのは陥落時の人口【A】が虐殺終了時の人口【B】や虐殺数【C】と独立して測定されたときである。【A】そのものが【B】+【C】で算定されていたのなら、【A】−【B】を計算したら【C】になるのは当たり前で、これは検算でも何でもない。この数字をもって「市民が数万〜20数万も殺害されたという認識はなかった」ということに意味はない。

今日では埋葬資料や日本軍の資料中国側の資料からもっと多くの犠牲者があったことは明らかになっている。それらの資料を意識的に無視して、当時スマイスが認識していなかったから、大量虐殺がなかったというのは欺瞞以外のなにものでもない。
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