否定派の主張

ラーベ日記は三等史料である。歴史事実を検証する材料としては信頼性が低い。

反論

東中野修道氏は『やはり「ラーベ日記」は三等史料』と題する論稿を書いた。「三等史料」というタイトルで「史料価値が著しく低いもの」という錯覚を誘った積もりのようだ。これにまんまとひっかかったのが、小林よしのり氏でラーベの日記の価値が低いとマンガに書いている。

この「史料等級論」は、もともと「坪井九馬三博士」という昭和初期の学者が提唱し、内藤智英氏が戦前発行の本で紹介したものである。その骨子は歴史的事象と記録者の時間的、地理的近接性によって史料を機械的に分類したというものである。これは単なる便宜主義的な分類であって、資料の持つ価値がこれで一義的に決まるわけではない。内藤氏自身は「一等史料」から「三等史料」までは「根本史料」に分類しており、決して「三等史料」の史料価値が低いと考えていたわけではない。

そもそも内藤氏の定義に忠実に分類すれば、ラーベ日記は「一等史料」にあたり、ドイツに帰国して加筆された部分が「二等史料」となるはずである。

「史料等級論」に史料価値の等級の意味合いを持たせるには少なくとも記録者の観察力、洞察力といった能力、記録された内容に対する関心の度合い及び歴史的事象を観察するのに近い場所にいたか、遠い場所にいたかといった「言及能力」を加味すべきである。現代の歴史家にこの粗雑な等級論を使うものはいない。

ラーベについていうと、彼は中国人と30年のつきあいがあり、南京滞在も長く、南京にいた外国人の中でも中国の事情には最も通じていた。南京戦の前には推されて国際委員会の委員長につき、絶えず難民の保護のために働き、日本軍の暴行を日本軍や日本人外交官に訴えた。一貫して事件の中心にあって包括的な観察をしたから、南京事件に対する「言及能力」については好個の位置にあった人物であった。

「ラーベの日記」は内容的に見て、補筆は限られており、ほとんどが当時の日記そのままである。日記はともすると目先のミクロの観察や感慨に終始するきらいがあり、一連の事件について包括的な報告を書くために多少の補筆はむしろ必要である。後日書いた部分は二等史料に分類されたとしても、史料価値はむしろ高くなったと見なければならない。

分類法の詳細についてはリンク先を参照。
ラーベ日記は「三等史料」か?
http://www.geocities.jp/yu77799/sigakugairon.html
南京事件資料館・南京事件FAQ Q20
http://nagoya.cool.ne.jp/whitecray/nakkin_faq_ans2...

ラーベ『南京の真実』の誤訳
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3924...
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